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本日一話目です。
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「よくやってくれた。三人とも」
あの後、ユーフォテイム国防軍がそのまま進軍。
生き残っている人間は皆捕虜にし、ハイナ国へと休戦締結を結ぶための――表向きはそうだが、実質勝利宣言を宣言するための――外交を行い、今度締結を結ぶための日時と場所を決めてこの国境沿いの戦争は終結した。
ヒュルクたち四人が正規軍に任せた後に駐屯地へ帰ってきて迎えてくれたのはさきほど来ると連絡があったフィロ准将だった。
年老いた証拠である綺麗な白髪に、まるで世界を見渡してきたかのような鋭い栗色の瞳。そして誰もが一目でわかる、軍人らしい鍛え上げられた肉体美。これで五十代後半だというのだから驚きだ。
ちなみに。すでにヒュルクはもう一度左眼をソラウに見せていた。今では眼帯も外し、コンタクトを入れている状態である。
「ソラウ君も協力感謝する。すまないね。君は軍属でも国家魔眼士でもないのに」
「いえ、大丈夫ですわ。フィロ准将こそ、今日はどうしてわざわざこちらまで?」
「君たちの入学祝いをまだ言っていなかったからね。二人とも、入学おめでとう。入学早々にこんな任務を与えてすまない」
「それほど切迫した状況だったのでしょう?わたくしは構いません。ヒュルクは軍属ですし。……わざわざお越し下さり、ありがとうございます。お父様にもお顔を見せに行かれてはいかがですか?」
応対は全てソラウがしてくれた。ヒュルクの方が直接関わった時間は長いだろうが、期間自体はソラウの方が長い。
このフィロ准将、理事長の親戚なのである。だからヒュルクは今の部隊に配属が決まった時、コネだの七光りだの散々言われた。
だが、実際に成果を、結果を残すことでそう言われることは減った。
そもそも、今の部隊は特殊魔眼を持った人間のみで構成される部隊である。一人も例外はいないため、入ってからは何も問題はなかった。
「ああ。ルトゥナ殿には明日辺りにでも顔を出すよ。国家魔眼士の二人もここまで来たのだから、顔を見せてから首都に帰りなさい」
「……あの御仁は苦手なのだが。正直何を考えているのかわからなくてね」
「ただの親バカだぞ?子供のことしか考えていない……子煩悩だ」
「あ、わかりますー!ソラちゃんとヒュルク君のこと、とっても大事にしてますもんね~」
年上のフィロ准将から見てもそう思われてしまう理事長。子供である二人は誇らしかったが、他の人から見たら違う印象なのだろう。
「ヒュルク。残念だったな?また願い事が叶わなくて」
「お嬢様にも言われました。一生、叶えさせてくれないそうです」
「一生は無理だろう。だが、我が部隊に所属させているのは君の願いを叶えさせるためではない。その願い、いつまで持ち続けるつもりだ?」
「……捨てることはないと思います。それが、唯一の望みなので……」
「はいはーい!しっつもーん!ヒュルク君の願いって何なの?聞いたことないけど」
フォルナが無邪気に手を高々と挙げて尋ねてきた。ただ単なる、好奇心からくる質問だったのだろう。
「それは……」
「わたくしの下僕、という立場からの解放です。一度首輪をつけたのだから、わたくしが納得いくまで離さない。それだけです」
真剣な表情でソラウが答えたが、他の人からすれば茶化しているようにしか見えない。
ヒュルクとフィロ准将は苦笑していたが、半分正解なので否定もできなかった。
ヒュルクは本気で、ソラウからも解放されたい。一緒にいると辛いこともある。
「すまないが、お嬢さん?我が友は君の家族で弟ではなかったか?なのに下僕は……」
「あら?本人が認めましたわよ?そもそもわたくしと彼、血が繋がっておりませんし?ヒュルクの扱いについてはお父様から一任されておりますから」
「……一応軍属であり我が国の国民なのだから、そういった下僕のような言い方は……。それに私の直属の部下なのだが?」
「失礼いたしました。でももう任務はおしまいでしょう?なら、ヒュルクはわたくしの護衛任務に戻りますよね?」
ソラウは悪魔的な笑みを浮かべてクレイネスとフィロ准将の問いかけに反発していく。
これではただの、お嬢様のわがままだ。
だが、そんな高慢な言い方をしてくれたおかげでフォルナからの質問を躱せたのも事実。
「うーんと?ヒュルク君はソラちゃんから離れたいの?」
「いつかは、ですよ。お嬢様のことは尊敬しておりますし、感謝もしています。ですがいつの日か、対等になりたいんです。それがきっと恩返しですから」
「で、それがソラちゃんは嫌なの?」
「ええ。ヒュルクは一生こき使います。わたくしを守ってくれて、傍に居続けてくれる人なんていませんから」
(それだけ聞くと、下僕っていうより愛的な何かなのではないか?准将殿)
(うむ。そうも取れるが、ソラウ君自身が認めないことと、ヒュルクが気付いてないからなぁ……)
(あらら)
クレイネスとフィロ准将の秘密の小話の内容は他の人には届かない。当然、当の若い二人にはなおさら届かない。
「私も傍にいるよ?ソラちゃんが特別視されてる理由って魔眼の能力でしょ?たぶん私の能力と似てるし、なんとかなるんじゃないかな~?」
若干十二歳で国家魔眼士になった少女は本気でそう思っている。自分がソラウの傍にいたいと思い、しかも能力的な面でも、性格的な面でも問題はないと言っているのだ。
「……それはわたくしの本当の能力を知らないから言えることですね。だってわたくし、ここの全員を相手にしても三秒あれば全て終わらせることができますよ?」
「まあ、それができてしまうのが彼女だ。だからこそルトゥナ殿はヒュルクを傍に置いているのだし、無理に力の全てを使わせないようにしているわけだが。あくまでヒュルクのサポートしかさせないのも、あえてなのだよ」
「えー?それ、本当ですか?だってソラちゃんの魔眼ってレベル三ですよね?」
事実、ソラウの魔眼はダブルのレベル三である。だが、物事には必ず例外がある。
「フォルナ君。君ともあろう者が特殊魔眼の存在を忘れたわけではあるまいな?レベル三だってレベル四を凌駕することはある。第一、君たち国家魔眼士は全員特殊魔眼だろうに」
「でもでも、希少性か、能力の上位互換とか種類はあるじゃないですか。私たちは希少性の方ですし。もしかして、ソラちゃんの魔眼って私の完全上位互換とか⁉」
その反応をフィロ准将は完全に予測していたのか、首を簡単に横に振った。
「似て非なるものだよ。君の魔眼はおそらく世界を見渡しても一人だけのものだ。私の魔眼も似てはいるが、少々異なるからな」
「……うーん。私ならヒュルク君の願い叶えてあげられると思ったのに」
「心遣いだけでも、感謝します」
ヒュルクは恭しく頭を下げた。実際のヒュルクの願いは異なるが、少しでも心配してくれたのだから、感謝の意を示さなければならない。
そんな中、何故かクレイネスが貧乏ゆすりをしていた。そのまま明後日の方向を見ながら、ぶつぶつと小さな声でこう言った。
「ずいぶんと、少年に優しいのだな?」
「それはそうだよ~。だって私、ヒュルク君のことスキだもん」
「す、好き⁉初耳だぞ!」
「あれ~?言ったことなかったっけ?」
突然の発言にクレイネスの声が裏返っていた。いつもの落ち着いた、大人の男性らしさはなく、垣間見えるバカっぽさもない。
「だって可愛いじゃない?ヒュルク君。ソラちゃんのことを想って、早く対等になりたいから頑張るなんて健気で素敵な男の子だよ。好感を持たない方がおかしいと思うな」
ちらりとソラウの方を見てみると、完全に白けた眼をヒュルクに向けていた。意味がわからずフィロ准将に助けを求めたが、やれやれといったような表情を見せるだけだった。
「ヒュルク君たち、学校に行ってるんでしょ?そういう女の子近寄って来ないの?」
「え、いや……。まだ学校始まったばかりですし、こうやって学校休んでまで来ているので……」
「あら?嘘はいけないわ、ヒュルク。可愛いくて小さい女の子と一緒にご飯を食べていたではありませんか?」
ソラウはこの場をどうしたいのか。誰の味方なのか、わからない。
「ヒュルク君やる~。モテモテだねぇ。青春だねぇ~」
「……誰にでも良い顔してるだけじゃないのか?」
それがヒュルクの皮なのである。優先順位はあっても、根本的には優しく人付き合いをする。それが生きていくための手段なのだから。
「養護教諭にも押し倒されたのでしょう?」
「わーお!先生とも⁉すごいねぇ!」
「あれはラヴェル先生が治療のために仕方なく……!」
「言い訳は結構です。事実でしょう?」
事実である。どちらも事実であるのが反論しづらい。
その脇でフィロ准将は珍しく口をへの字にして肩を落としていた。
(あの阿婆擦れは……。まだそんなことしてるのか)
「あの、フィロ准将!自分はこの後首都の本部へ出向すればよろしいのでしょうか⁉」
意地でも話題を変えたく、無理矢理フィロ准将に話題を振った。わかりきっていることだが、軍の規約に戻れば一旦話は置いておかれるからだ。
「ん?ああ。いつも通り報告書の作成と、魔眼のチェックを行う。学校に戻るのは早くて二日後だろうな」
「わかりました。早速首都ケイラネスへ向かう準備をします」
「いやいや、それほど焦らなくていい。ヒュルク、ソラウ君。少し向こうで話そうか。朝焼けが綺麗だ」
たしかにもう夜は明け、空が白ずんでいる。小鳥も鳴きはじめ、森も風に揺られて歌い始めていた。
夜十八時にもう一話投稿します。




