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本日二話目です。
それもそのはずでハイナには魔眼士がいない。その情報を求めて今攻め込んでいるのだ。であれば、六倍の速度で動く人間など見たこともない。順応する時間もなく攻め込まれる。
速度だけで言えば、当然車の方が速度は出る。だが、細かい動きができるのは人間の方だ。車であればある程度直線的な動きをするため、予想はしやすい。人間は走る方向をいきなり変えたり、減速加速させたり、跳んだり横にステップしたりと判断がしづらい。
まだ二倍・三倍で動く人を見たことがあるユーフォテイム国の兵士であれば順応できたかもしれないが、そうでもない兵士たちがいきなり六倍で動く思考のある生き物と遭遇したら対処のしようがなかった。
眼では追えず、気付いたら近寄られていて命を落としている。攻撃は全て防がれるか避けられて、遠くから様々な物を飛ばして刈り取り、時には開く左眼と視線が交わっただけで事切れる。
まさしく戦場の英雄。一騎当千。そして殺人者ということと同義の悪魔。
様々な戦場を跳び、右眼に元々の紅い瞳孔に能力の緑色の輪郭、そして月の兎固有の黄色い兎。その三色とまるで人を喰らうかのような槍捌きから人喰い三色兎とまで呼ばれている。
「もう詰みだな。敵さんの本拠地が目前ではないか」
「……そうですね」
ヒュルクは百メートルほど跳躍しながら銃で眼に映る兵士を屠った。慣性やら助走などを含めればそれぐらい跳ぶことも可能なのだ。
まだパワードスーツが三体、残っていた。クレイネスに任せてしまえば一瞬で片が付く。のはずなのだが、援護射撃は来ない。ヒュルクはそこら辺に落ちていた銃を拾い、関節部を狙って撃ち続ける。
月の兎は肉体を強化するだけであり、発射される弾丸の威力、持っている槍の強度などは変わらない。これが機械を苦手とする理由。
槍はさすがにそんじょそこらの鉄を叩いたり刺したりした程度では折れない強度になっている。だが、破壊できるわけでもない。
だから破壊するには結合部であったり、関節部といった構造上脆い部分を狙わなければならない。あとはマニュピレータや、脚のホバー機能を有している場所など、無力化させる方法ならいくらでもある。
(くそ、火力不足だ!)
ヒュルクは三体が右側のマニュピレータに持つガトリングから避け続ける。あんなもの、当たったらすぐに死んでしまう。数発程度なら筋肉の強化によって耐えられるだろうが、その後結局は蜂の巣だ。
一体が左腕のパンツァーファウストを放ってきた。上に逃げたらロックされる。このまま走り抜けるしかない。
視力も上がっているため、弾丸が一秒で何十発も放たれても、一発一発視認できるほど鮮明に動きが見えていた。足元の小石を拾い、それをただの弾丸には当たらないように、パンツァーファウストの弾にのみ当たるように走りながら投げつけた。
小石は弾に当たり、ヒュルクとパワードスーツの間で爆発を起こした。その爆風でマシンガンの弾丸が散らばり、黒煙が浮かび上がっていた。
それが晴れる前にヒュルクは駆けた。一体の左腕についているパンツァーファウストを槍で斬り伏せて奪い、それを持って他のパワードスーツの足元へ滑り込み、撃ち放った。
至近距離でパンツァーファウストなんて代物を受ければ、さすがのパワードスーツも動きが止まる。そこへコックピットへと槍を突き刺した。
中から肉が抉れ、血が溢れる音が残酷にも漏れ始めた。槍を引き抜くと、朱く血で染まっている。生身の兵士を何度も斬り、刺してきた魔の槍。黒一色でも不気味だったそれは、戦場で最も恐怖を植え付ける色を重ねて、うねりを挙げていた。
「撃て、撃て!」
「ケンが、ケンが……!」
「そんな風に呪っても、あいつは帰って来ないんだよおおおおお!」
そんな機械越しの音声が聞こえてからマシンガンの連射音が聞こえてきたが、倒したパワードスーツに身を潜めているだけでやり過ごせた。壊してしまったとはいえ、その強固さは健在だった。
さすがに大型の爆弾でも使われない限りビクともしない壁のままだ。ヒュルクは耳に付いているヘッドホンに向かって愚痴をこぼした。
「見てるんだろ?時間の無駄だ。さっさと片付けてくれ」
「そうだな。そこは所詮通過地点だ」
その通信の後、二機の頭上から光子が放たれ、その大きな図体のほぼ中央を貫通していた。弾丸の嵐も止んでいた。
機体の動力炉に引火したのか、残骸が残らない程の爆発を引き起こした。三十年先を行く科学の結晶も、レベル四の魔眼を前にしたら赤子の手をひねるほどちゃちなものだった。
「で?何ですぐに援護しなかった?」
「一人でやれると思ったからだ。良い所を見せるのも騎士としては重要な役目だぞ?」
「俺は騎士じゃなくてただの兵士だ。それも対人専用のな。相性ってものがあるんだよ」
ヒュルクは腰のホルスターからレディースガンのような細い銃を取り出し、壁として使っていたパワードスーツのコックピットに向けて三発程撃った。
これで確実に中にいる人間は死んでいる。そのための予防であり、それから強引にコックピットを開き、動かない人間だったものを眼に映さないようにしながら生きているコンピューターにアクセスした。
「クレイネス。詰め所に繋いでくれ。敵のデータを抜く。あとは大佐殿に任せたいんだが。降伏交渉とか」
「繋いだぞ。あと、君の任務は敵の大佐を確実に殺すことだが?」
「……これ以上は無駄な殺しだ。向こうも動く様子を見せない。殺すだけならいつでもできる。けど、殺さない選択だって大事だ」
戦場にいた兵士は眼につく限り殺した。今だって惨たらしくパワードスーツに乗っていたパイロットを執拗に殺した。
それでも、この先にいる敵の本丸には衛生兵や通信兵など、非戦闘員だって多いはずだ。それまで殺し尽すというのは、戦場ではやらなくてはならないことなのかもしれないが、そこまで非情にはなりきれなかった。
「甘いな。その油断が命取りになるぞ?」
「俺の最優先事項はソラウの護衛、及びルトゥナさんの身辺警護だ。その二人に今危機が及んでいないんだから、別にいいだろ……」
「それでいつか大切な人を亡くしたらどうする?」
「……そうならない状況を選択しているはずだ」
今回の騒動がこちらの一方的な勝利で終われば、ハイナは当分こちらに手出しはできなくなる。危険は減るはずなのだ。
そういう制裁を与えるためにも、戦場の指揮官を残しておくという選択もある。
見せしめというのも大事な方法だが、それは恐怖政治だ。
「残念ながら、こちらの大佐様は向こうの殲滅がお望みだそうだ。……お前がやりにくいなら俺がやるが?」
「そうか……」
ヒュルクの階級からして、大佐の命令であれば絶対だ。軍曹ごときが逆らっていい権力ではない。
クレイネスたちは国家魔眼士であるため国の代表ではあるが、総意ではない。ここで個人的な干渉は代表だからこそできないという方が正しい。
「いや、いい。向こうの大佐の首は残さないといけないんだろ?お前の力だと、ほぼほぼ蒸発するから」
「細かいレーザーを何本か打ち込めばまだなんとかなるぞ?」
「建物の中が見えないのにどうやって?」
「む」
ヒュルクが論破すると、コックピットをいじってスピーカー機能をONにして、マイクのコードを伸ばして向こうに聞こえるように設定した。
「ハイナ軍へ。我々はそちらへ降伏するよう勧告する。ジェーン・グロウ大佐の首さえもらえば、他の人間は全て捕虜としての身分は保証する。条約さえ締結されれば、自国へ帰ることも叶うだろう」
これがヒュルクの出来る最低限の口約束。
正式なものではないから何も効力はないが、ヒュルクに下された命令は敵兵力の殲滅とジェーン・グロウ大佐の殺害だけだ。それ以外はある程度自由にする権利はある。
「そんな出鱈目、信じられるか……。悪魔め」
ヒュルクはまだ月の兎を使用しているため、聴力も強化されている。駐屯地の建物の中でも、聞こえていた。
「そうよ……。英雄気取りのつもり?ただの殺戮者が……」
「付け足そう。今我が軍はこちらの施設へ向かって来ている。あなた方を捕縛するためではなく、確実に殺すためにだ。私に与えられた任務はこの度の国境越境作戦の指揮官を殺すこと。……最後の勧告だ。投降するように。十分以内に返事がなかった場合、実力行使せざるをえない」
ヒュルクは最大限脅すと、あとは時間を確認してどちらに事が転ぶかを待つことしかできなかった。
「言いすぎではないか?そんな保証、確約できないというのに……」
「さすがに大丈夫なはずだ。捕虜の条件とかは世界的に取り決められているからな。向こうがこれから反撃してこない限りは、政府がどうにかする。これで捕虜を皆殺しとかにしたら、国際問題に繋がる」
マイクの電源を切って、クレイネスと通信していた。これは国際的な法に則った勧告だ。これで怒られる謂れはない。
「あー、少年。ソラウお嬢さんに少し代わる」
「はい?」
ヒュルクが確認するよりも早く、クレイネスはヘッドホンを外してソラウへ渡していた。
「ヒュルク。もう少ししたら例の大佐が一人で出てくるわ。……でも、武装しています。ご丁寧に魔眼対策のゴーグルをつけて」
「ああ……。ありがとうございます。あの、無理に力を使わなくても……」
「いつものことよ。気にしないで構いません。あとこれはフォルナさんからの伝言です。フィロ准将がこちらに向かっていると」
「わかりました。ありがとうございます」
それで通信は終わり、あとは目の前の出来事に集中した。
数分後、出てきたのはソラウの言う通りゴーグルを付けた軍服の男性。手には携行式マシンガンと筒状の機械。それは熱をある程度の長さで維持する、放熱疑似剣だ。平たく言えば実体のないヒートソードである。
魔眼の代わりにそんなものを発明してしまう科学力に敬服したが、ハイナではそういう問題ではないらしい。
「こちらは降伏などしない。貴様を倒すだけだ」
「残念です」
だが、その真意はわかりきっている。ここからハイナが勝つ未来はない。主戦力は壊滅、駐屯地まで敵兵に侵入され、そもそも仕掛けてきたのはハイナ側だ。
ユーフォテイムからすれば自衛行為であり、撤退ができないところまで追い込んだのであれば、国家間で勝敗を付けるまで制裁を行える。
何をしても負けという事実は変わらない。その上、責任を押し付けられるとすれば作戦を主導した人物だ。
ここで死んでしまえば、本国から言われることなど本人には何もない。その張本人は長いことハイナでは語り草になるだろうが、死んだ人間には届かない。
「確認しますが、ジェーン・グロウ大佐でありますか?」
「ああ。貴様は?」
「ユーフォテイム国防軍魔眼特殊機動部隊第666大隊所属、ヒュルク・アスターク・ネイン軍曹であります」
「……そうか。この度の貴様の戦果を讃えて、隻眼の悪魔と呼ぶこととしよう」
「……残念ながら、隻眼ではありません」
ヒュルクは念じることなく、左眼の眼帯を外してポケットにしまった。そこに隠れていた紅い瞳にはすでに青い輪郭が浮かび上がっていた。
「オッドアイか……。ダブルなら隠す意味がないからな。もう一つの能力を使わずとも余裕だったと?」
「いえ。俺が使いたくないだけです」
「ふむ。ならばオッドアイの悪魔だな。ああ、バケモノめ。貴様ら魔眼使いはバケモノばかりだ」
「その力を求めていた人がそれを言いますか?」
ヒュルクがレディースガンを向けるのとほぼ同時にジェーン大佐も持っているマシンガンで応戦してきた。だが、月の兎を用いているヒュルクには敵わない。
ヒュルクは器用にゴーグルの端へ弾丸を当てて、大佐の両眼が見えるようになった。
能力を使い切るまではずっと発動したままの魔眼。常時発動型である直死の魔眼は、生き物の眼を見た途端発動する。
今回は。まるで手元が狂ってしまったかのように左手に持っていたヒートソードがジェーン大佐の胸を突き刺していた。
支える棒を失くしたようにその体は地面に落ちていき、その手からは凶器であるヒートソードが、役目を終えたように熱を発しなくなり、転がっていった。
「……あなたのそれは、逃げですよ。……でも、『ボク』も変わらないか……」
ヒュルクの皮が破れながらも、左眼に眼帯を付け直して自軍の増援が来るのを一人で、まだ残っている敵に動きがないかを確認しながら待った。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。
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