3-1
本日二話目です。
前の話はちょっとした小話ですので読まなくても大丈夫ではあります。
3 戦場の殺人鬼
1
「よく来たな、ヒュルク・アスターク・ネイン軍曹。私はユングレイ・クロッカス大佐だ。戦況はどの程度把握している?」
国境にあるユーフォテイム国防軍の関所に着くと、すぐに司令室に向かい、今回の司令に挨拶に行った。
ヒュルクは右手で敬礼した後後ろで手を組み、司令の話を聞いていた。司令はソラウのことを知らないようで、私服でついてきたソラウに訝し気な視線を向けていた。
「はっ。ハイナがこちらの国境に向かい、進軍中。向こうの規模は大隊が六つほど。戦車やパワードスーツなどの機械的武装が多く使われているため、現状混戦中。国家魔眼士二名が招集されたことまでです」
「そうだな。まー、一週間ほど交戦が続いていて、こちらの損害もそれなりに出た。やっと国家魔眼士の投入を検討したよ。彼らが着いたのもついさっきでね」
「……もっと魔眼使いを導入すれば、早期決着もできたでしょうに。それか、軍にもある程度魔眼教育を導入すればいいだけでしょう?」
ソラウが文句の一つも言うと豪快に笑ったユングレイ大佐がソラウに詰め寄り見下しながら話し始めた。
何かあれば仲裁しようと思ったが、一応は傍観をすることにした。
「君が誰かは知らんが、この戦闘はある意味パフォーマンスでもあるのだよ。あまり我が国に攻め込むバカもいなくてね。年々予算は減少傾向だ。あえて戦闘を長引かせることで国防軍の必要性を国に知らしめなくてはならないのだよ。我々狗は尻尾を振るために必死でね。あとね、我が軍のほとんどは盲眼だ。そういう彼らに、活躍の場を与えるのだって我々の役目なのだよ」
「その彼らが死んでは意味がないでしょう?戦闘が長引けば死傷者が増える。当たり前のことです。何事だって正論だけで進められるほど現実が甘くないことは知っていますわ。それでも、必要のない犠牲は避けるべきです」
ソラウはユングレイ大佐に一歩も引けを取らない。これが理事長の教育の賜物なのか、それともソラウが産まれもっていた素質か。
どんな視線を向けられても、どんな表情をされたとしても決して怯まない。目を離さない。そのままソラウは自分の意思を述べる。
「あなたは今回の作戦の将なのでしょう?その人間が部下をみすみす危険に晒すことが、将たる者の為すべきことですか?……政の関係もあるのでしょうけど、あなたは軍人であり、今はこの作戦の手綱全てを握っているのです。作戦に参加した人間のことを所詮物事の駒としか考えられないのであれば、あなたはここにいる資格はない」
さすがにこの一言でユングレイ大佐がソラウの胸倉を掴んでいた。ヒュルクは鉄面皮を装っていたが、内心めんどくさく思っていた。
「貴様、一般人であろう⁉そんな貴様が私に意見とか、何十年早いと思っている⁉作戦を立案しても、魔眼士の要請などいくら通しても通らない!やれるだけのことを私はやっているのだ!」
「やっていても、成果を挙げられなければそれは言い訳です。早くからヒュルクを投入することはできたはずでしょう?ヒュルクは軍属なのですから。責務の怠慢を、何かの言い訳で誤魔化すことはやめた方が良いでしょうね」
ユングレイ大佐が限界だと思い、ヒュルクは仲裁に入った。大佐の指を解き、ソラウを抱きかかえるように回収した。
「すみません、大佐。自分の方からもよく言い聞かせておきますので」
大佐自身は自分の指が簡単に解けたことに驚いていたが、ソラウは自分が抱きかかえられていることに驚いていた。後で怒られるのも嫌なので、すぐに降ろしたが。
「ソラウネット・ローム・ノアお嬢様。お戯れはそこまでにしてください。私がルトゥナ様に怒られてしまいます」
「ノア……⁉ルトゥナ・ノアのご息女⁉」
理事長の名前を聞いた瞬間に大佐の顔が引きつった。一般人の中でもユーフォテイム国では轟いている名前なのだが、軍の中では余計に意味のある名前なのだ。
理事長が潰した施設は軍も関与している部分もあったらしい。魔眼開発はユーフォテイム国の得意分野である。
その研究に軍も投資した結果理事長に潰されてしまったため、まさしく目の敵なのだ。できれば聞きたくもない忌み名の一族。
「そうです。自分が軍属でありながら日々部隊に所属していない理由です。もちろん要請がありましたらそちらを優先致しますが」
「……わかった!だが、ノア嬢。そのような口のきき方はあなたがどのような出自であっても感心しない。特にあなたは軍属ではない。軍に対して何も権力はないのだ。控えたまえ。ここでは私の方に発言権がある」
その言葉を目を塞いだままソラウが聞き流していたので代わりにヒュルクが答える。
「よく言い聞かせます。大佐、作戦会議はどこで行われるのでしょうか?」
「この階にある資料室だ。他の者はすでに待機している。軍曹も向かいたまえ」
「はっ」
再び敬礼し、ヒュルクとソラウは部屋から出ていった。出る時に大佐の顔を見たが、完全に切れている。もうあの大佐が司令官である限り、ヒュルクは呼ばれないだろう。
扉が閉まり、完全防音のために相手に言葉が届かなくなったのを確認して、ヒュルクは小さく溜め息をついた。
「お嬢様。自分のお立場というものを忘れないでください」
「そういうあなたはわたくしのことを軽々しく他人に公表しないでほしいものね。一対一。これで折半でしょう?」
「……折半ではないでしょうね、きっと。自分はこの後司令部のフィロ准将に小言を言われます」
フィロ准将というのはこれまた理事長の知り合いであり、ヒュルクの直属の上司である。
魔眼特殊機動部隊第666小隊。この部隊を統括するのがフィロ准将である。実際666もの部隊があるわけではないが、とある魔物から由来した数字であるとのこと。
この部隊に形式上所属しているが、今は特別任務中ということで席を外している。それでもヒュルクの上司であることに変わりはない。
ソラウが理事長の養子であることは機密情報であり、軍でも知っている人間は少ない。実の娘だと勘違いしている人間も少なからず存在する。だからこそ今後何か言われることは確定している。
「軽率な行動は避けなさい、ヒュルク」
「こちらのセリフです」
軍にいる時はいつもこのような話し方である。他の軍人に要人護衛であると知らしめるためと、実際ソラウは要人であると同時にゲストであることに変わりはないからである。
二人は資料室というプレートがかかっている部屋の前に着くと、ヒュルクがドアを三回ノックして入り込んだ。
中にいたのは三十代の男性が一人、二十代の男性が一人、二十代の女性が一人だった。皆円卓を囲って立っていた。ヒュルクが敬礼をして到着を伝えた。
「ヒュルク・アスターク・ネイン軍曹、司令部からのめ――」
「ヒュルク君とソラちゃんだー!相変わらず可愛いー!」
話している途中だったのに女性に飛びかかられ、ヒュルクとソラウで支えるような形になったが、それでも女性は力強く二人の首にかかっていた。
その様子を三十代の軍服を着た男性は唖然としていて、もう一人の男性は何故かドヤ顔をしていた。
誰にでも可愛いと言う件の女性、国家魔眼士のフォルナ・ユンゲル・シェイパーだ。身長はソラウよりも若干低いので、彼女から可愛いと言われるのは何か負けた気分、というのはソラウ談。
「あ……。ヒュルク軍曹、着任を確認しました」
「はい。フォルナさん、そろそろ放してください。首の血が止まります」
「ウフフ~。ヤダ~」
「駄々っ子ですね、相変わらず……」
ソラウはすでに諦めていた。ヒュルクだって諦めている。だが話が続かないので無理矢理剥がした。
その行為をまるでもったいないとでも言いたげに若い方の男性が視線を向けていた。
「全く。美少女に抱き着かれて、何が嫌なのだ?少年」
「美少女と言われましても。フォルナさん自分たちより年上なので」
「そういえば二人とも何歳になったんだっけ?十八くらい?」
「まだ十五ですよ。フォルナさんとは五歳差なので」
フォルナは現在二十歳。最年少国家魔眼士なのだが、その存在は公表されておらず、六人目の国家魔眼士である。国家魔眼士になったのは十二歳の時。その時にはすでに両眼ともレベル四であった。
琥珀色の瞳に、ハーフサイドアップにした亜麻色の髪が特徴の、ある程度誰にでも男女問わず可愛いと言う困った人。
もう一人の男性はクレイネス・フォン・ミッシド。一応最年少の国家魔眼士と世間ではされている。だが、事実は異なる。灰色の髪に紅色の瞳の平均的な身長の人物。ヒュルクより若干小さい。
「アハハ。そうだっけ~。うっかり」
「……。それで、早速作戦の内容を教えていただけますか」
「あのね、いつも通りだよ?クレちゃんが援護で、ヒュルク君が敵の大将の首を落とす。わたしは保険だって」
「大雑把に言ってしまえばそうです。クレイネスさんに戦車やパワードスーツを破壊してもらい、ヒュルク軍曹には歩兵の排除と本部への強襲。フォルナさんは前線が瓦解した時の保険と二人のバックアップと、要人の警護とあります」
「ね?いつも通りでしょ?」
本当にいつも通りである。選ばれた二人の国家魔眼士からして察していたが、それはそれでやりやすい。
他の人であればヒュルクが援護に回ることもあり、むしろヒュルクがバックアップとしてソラウの近くにいるだけということもある。
ちなみにクレちゃんとはクレイネスのこと。本人がそう呼ばせているとか。
このことについてソラウは見事にキモイと斬り伏せており、呼んでいるフォルナ自身も同意していた。
「わかりました。作戦開始時刻は?」
「あと約一時間後。○三○○に決行です。最前線にはすでに撤退準備を始めてもらっています」
このまま戦線を維持していたら味方が味方を殺してしまう。それを避けるために押されていると見せかけて戦線を下がらせるのだ。
レベル四というのはそれほど危険な存在である。その一人でもいなくなってしまったら、国が転覆するかもしれないレベル。今はどこの国も良いバランスで魔眼士のレベルは均衡を保っている。
それが大きく崩れるとしたら一番能力の高い国家魔眼士の喪失だ。世代交代はあったとしても、このバランスが崩れることだけは許されない。国の運営に関わってきてしまう。
フォルナはそういった世代交代に向けた候補生である。ただそれは肩書きであり、実際クレイネスよりも早くレベル四になったとはクレイネス談。
「フォルナさん。ソラウお嬢様のことお願いします」
「うんうん、お姉さんにまっかせなさいっ!いつも通りソラちゃんとイチャイチャしてればいいんでしょう?」
(この人は任務のことがわかっているのか……?)
三十代の軍人はそんな風に心配したが、全く問題はなかった。これがこの四人が集まった時の当たり前なのだ。そしてそのいつも通りが嫌な人物が二人。
甘えてきなさい、お姉さんに。そんなことを毎回言われてどう接すればいいのかわからないソラウ。あまり百合百合しいのは好みではないクレイネス。
フォルナがこんな風にお気楽なのはクレイネスとヒュルクを信頼しているからである。
「クレイネスさん、あなたがやりやすい場所に移動してください。自分は戦線の中央をそのまま駆け抜けますので」
「ああ、任せたまえ。淑女二人の護衛とは、私にしかこなせない任務だからな!」
「……とりあえず、ヘッドホンだけはつけてください。じゃないと合わせられませんから」
ヒュルクは机の上に置いてあったヘッドホン型の無線機を耳にはめた。
クレイネスはせっかく決めポーズをしてまで宣言したのに無視されたのが癪に障ったのか、しぶしぶヘッドホンを手に取った。
「あと、ソラウお嬢様。お願いします」
胸ポケットから、フィロ准将からの贈り物である機械仕掛けの左眼用の眼帯を取り出した。といっても片メガネのレンズなしのように、眼の形に沿った縁があるだけだった。
それをつけてからソラウが近付いてきて、頭を力強く押さえられた。
何故か力強い。こんな風に何かを砕くように頭を押さえられるのは初めてだ。
「……」
「あの、お嬢様?」
「質問に答えなさい。あなたは何のために人を殺すの?軍のため?国のため?それとも自分のため?」
なんて惹き込まれる瞳だろう。黒曜石のように黒の妖しい光が乱反射して見える。
何でこんなにまつげが長いのか。端正な顔立ちなのか。きめ細かい桜色とも言える肌に整えられた濡羽色の長い髪。
そう、一般的な男性であれば思ったのかもしれない。だが、ヒュルクはそう思わなかった。その顔も、表情を見るのも日常なのだ。
「いいえ。全ては貴女の願いのために。……手伝わせてください。貴女の願いの成就を」
「そう。眼を開きなさい」
その答えに納得したのか、目元に手を当ててきた。近くにあった瞳には赤い輪郭が浮かび上がっていた。その輪郭が消えきる前にソラウが手で眼を押さえたため、眼帯が自動的に閉じた。
なかなかに高性能な眼帯だ。ヒュルクの思考に則って開閉ができるのだ。
「行きなさい。……そして、あなたの願いは絶対に叶えさせないから」
「……ひどいですよ、お嬢様。まだ、駄目ですか?」
「一生、よ。あなたの願いはわたくしが生きている限り叶えさせない。たとえ能力を失ったとしてもよ」
仮面のような笑み。無理矢理顔につけたような、意味のないしわくちゃな笑顔。
それをソラウに向けた後、ヒュルクは一礼して部屋から出ていった。
残りの三人はやり取りの意味不明さに困惑していた。
こんなやり取りは初めてなのだ。ソラウが能力を使っているようなやり取りをクレイネスとフォルナは見たことがあったが、願いというやり取りは初めてであった。
「さて、わたくしたちも移動しましょうか。クレイネスさんのことですから、場所の目星ぐらいつけているのでしょう?」
「それはもちろん。エスコートさせていただきますよ、お嬢様方」
クレイネスは驚くことなく二人より先に部屋を出ていく。
ヒュルクやソラウがたまに芝居がかった会話をするのはクレイネスの影響なのだが、それは二人とも口には出さない。
今日は夜十八時にもう一話投稿します。




