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2-4-2

今日一話目です。

 二人は東校舎の一階にある第一保健室に着くと、メルニカが扉をノックして先に入っていった。

 ドアノブにかかっている小さなホワイトボードには可愛いウサギが描かれており、そこから吹き出しで「いるよ~」と書かれていた。常駐の先生の趣味なのだろう。


「失礼しまーす……」


「健常者は帰りなさい。迷惑よ」


 メルニカが入って早々バッサリ切られてしまった。そんな冷徹なことを言い放ったのは回転いすに座っていたまだ二十代ほどの女性のはず。

 メルニカよりもさらに小柄であり、スタイルも小さく収まっている。金髪碧眼で、右眼の下にある泣きボクロが特徴的な、スーツの上に白衣を着ていなければ妖精の国から来たと言われても信じてしまいそうな容姿だ。

 しかも童顔。スーツを着ていなければ先生とも、二十代なのだろうという予想も立てられなかった。実は二十代ではない可能性もあるが。


「ちょっと、ラヴェル先生⁉わたしです、保健委員の……」


「そんなの一々覚えてるわけないでしょう?保健委員が何人いると思ってるの?ボクだって暇じゃないんだから……」


 メルニカの後ろにいた、頭の痛い表情をしているヒュルクを見てラヴェル先生の呆れた顔が一気に愉しそうな顔へと変わっていった。

 むしろ至上の喜びを見つけたような、獲物を見つけた鷹のような瞳だった。

 実際ヒュルクは頭が痛かったし、このラヴェル先生に会うことで余計に頭を悩ませていた。この人は、理事長の知り合いなのだ。


「何よ、ヒュルクちゃんじゃない!何々、問題起こしちゃった?それともいつもの発作?家族とケンカしちゃったとか⁉」


「……何で病人を目の前にしてそんなに嬉しそうなんですか……。人格疑われますよ?」


「これがボクなんだから仕方がないじゃないか。人格を疑うってことは、その人たちの普通に当てはまれっていうんだろ?そうしたら個性はどこにいくんだい?本当に普通の人間なんていないのに。こんな魔眼なんてものがひしめく混沌とした世界なんだゼ?」


 さも楽しそうに言う。ラヴェル先生が正しいとは思わないが、少しは正しいのではないかと思わされてしまうのがヒュルクは苦手だった。


「ま、それは置いておいて、いつもの発作だね?頭痛だけか。……にしても今回はひどい。無理矢理じゃないか。覚悟してない時に勝手(・・)()開かれた(・・・・)()?」


 この人は怖い。純粋にそう思う。ただその人のことを見ただけで、その人の状態を把握してしまう。本人が気付いていない怪我や内面の状態まで把握してしまうのだから。


「ちょっと待ってください!ヒュルク君はほっぺにも怪我を……」


「そんなの、飼い犬に手を噛まれたのと変わらないわよ。いや、舌ずりと変わらないか?……っていうか、君まだいたんだ?」


 メルニカの必死の訴えをペットとじゃれ合っていただけと斬り伏せた。家族にやられたということまで把握している目の前の人物にヒュルクは寒気が止まらなかった。


「いました!……あの、ラヴェル先生?わたしたちに見せる態度とヒュルク君と接する態度違いすぎませんか?そっちが先生の地なんですか……?」


「地?全部ボクだぜ?あー、マシュマロ・キョウチョウちゃん?お役目ご苦労、戻って診断の続きしてきなさいな」


「何ですか、その名前は!メルニカです!」


 ラヴェル先生が言った名前は完全にメルニカの身体的特徴だ。

 何が強調されているかなんて言うまい。今が体操服であるからこそそれが顕著であるなんて更に言えない。


「実際メロンちゃんにこれから先何かできることあるのかい?ただの保健委員だろう?ボクのように免許があるわけでもない。医学の心得があるわけでもない。誰かを治せるような、救えるような聖人的な魔眼を持っているわけでもない。そうでしょ?」


 メロン、の部分に反論しようとしていたが、その後の正論にメルニカは何も言い返すことができなかった。

 そうこうしている間にラヴェル先生はヒュルクの背中を押してベッドへと誘導していた。


「そういうことでリンゴちゃん?うん、メロンはなかったね。特に問題なかったって担任の先生に伝えといて」


「わかりました……」


 ヒュルクはいつの間にかベッドに押し倒されてしまった。カーテンも閉め切られてしまい、ヒュルクの眼には小さいはずのラヴェル先生の顔が大きく映っているのと、若干白い清潔な天井が見えるだけだった。

 小さい身体のはずなのに、馬乗りされてしまい、しかも離れてはいけないような魔力を感じる。


「いつまでこんなもの持ってるの?邪魔よ……」


 上のジャージを回収され、ベッドの下に投げ捨てられた。もう少し丁寧に扱ってほしい。


「フフッ……。ソラウちゃんも可愛いんだから。こんな風にアナタを自分の物のようにアピールするだなんて……」


 白魚のようなか細く、透明だと見紛うばかりの白い手で、両頬に触れられた。押さえられているわけではなく、本当に慈しみの想いを持って触れているだけだ。

 叩かれた頬は腫れているわけではなくわずかに赤くなっているだけ。今では痛みもない。


「開いたものを見せなさい。気持ち悪いもの、ボクが全部取り除いてあげる……。そのまま、じっとしていてね……。ボクが全部やってあげる」


 ヒュルクは抵抗することもなく、ラヴェル先生のピンク色の唇が自分に近付いてくるのをただただ見ていて、もうすぐその唇が顔に触れそうになった。

 その刹那。


「ま、待ってください!二人で隠れて何をやってい……キャーーーー⁉」


 メルニカにカーテンを開けられてしまい、しかもその姿を見られて黄色い声で叫ばれてしまった。顔なんてどこを見ても真っ赤である。


「不潔です!先生と生徒で、その、そういったことは!」


「ちょっと待ってくれ、メルニカさん。何か誤解を……」


「あらら?君のようなお子様には刺激が強すぎたかな?体ばかり成長していても意味がないっていう人生の先輩からの教訓だ。少しは自分の武器を使うことを考えたら?ボクはこうやって!」


「チョッ⁉」


 首に腕を巻かれて、脚を折り曲げて完全に身体全てがヒュルクの上半身で収まっていた。その上首に吐息がかかっていた。


「男の子を手玉にするなんて簡単なんだよ。大抵の男はこれで落ちてくれるんだけど……」


 耳元でささやかれるのがくすぐったい。また頭が痛くなってきた。

 あと、場合によっては落ちるの意味も変わってくる。


「何でか、ヒュルクちゃんは落ちてくれないのよね~。お父さんに似たのかな?」


「ラヴェル先生!いくら小柄でもこうやって体重かけられると痛いですから!」


「アハハ。ごめんごめん」


 やっとヒュルクの上からどいてくれた。その一部始終を見ていたメルニカは呆然としていた。下手したら魂が抜けているかもしれない。


「メルニカさん。これ、この人の治療法なんだ。能力を使っている時に邪魔されたくなくて、こうやって患者と二人だけになるのがこの人にとっての普通というか……」


「そういうことだからカーテン閉めて帰ってくれる?早くヒュルクちゃんがクラスに帰れるようにっていうボクの優しいヤサシイ気遣いなんだけど?」


「……わかりました」


「実際生徒に手出してたら懲戒免職喰らうって」


 ラヴェル先生のその言葉で納得したのか、それでもヒュルクの顔をじっと見てきたが、正確にはラヴェル先生に馬乗りにされている構図を見ていぶかしんでいたのだろうが、保健室のドアに手をかけた。


「それでは先生、ヒュルク君のこと、お願いします。あと、わたしの名前はメルニカです」


「はいはい。でもボクは人の名前を覚えるの苦手だからたぶん覚えないや。ごめん」


 メルニカはため息をした後、ドアを開けて出ていった。それを見てラヴェル先生は再びカーテンを閉めて、馬乗りになって頬に触れられた。


「ごめんなさいね。時間がかかって……」


「あなたがメルニカをからかうからでしょ?余計に頭が痛くなってきた……」


「フフ。あなたが久しぶりに顔を見せるから嬉しくなっちゃって」


 触れられていた小さな白い手を、ヒュルクは掴んでみた。

 とても小さく、か細い。ヒュルクの半分ぐらいの太さと大きさしかない。

 こうして触れていると、雪のように融けてしまいそうな、パラパラと崩れてしまうような、すぐにヒビが入ってしまう陶器のような儚さを感じた。


「あら、何?ホントにボクに惚れたっていいんだゼ?久しぶりに会ったらボクの魅力にメロメロとか?」


「……細いですね。七年前から変わってない……」


「七年前?ボクと最後に会ったのは軍事学校に入ってすぐくらいの三年前だろう?その後も一方的に何度か会ってるけど」


「初めて会った時から変わってないって言ってるんですよ。見た目だけなら十代前半です。俺より年下にしか見えません」


 実際、白衣もスーツも着ないで可愛い私服を着ていれば、誰も学校の先生とは思わないどころか、可愛い女の子にしか思われないだろう。


「およ?本気で口説いてる?」


「心配しているんですよ。あなたが変わらないことを。……身体の成長が止まってしまうのがあなたの能力の副作用なんじゃないかって……」


「プ……アハハハハ!そんなことはないから心配しなくていいよ。……さてさて、別のものを開こうか。今のはヒュルクとしてのセリフかい?それとも名前のない君自身なのかな?」


 その答えは簡単だった。さっきまではメルニカがいたが、この場では二人しかいない。


「ヒュルクの言葉じゃありません。あなたに初めて会った時はまだ、ヒュルクじゃなかったから……」


「素の君を見せてくれるっていうのは嬉しいゼ?それだけ信頼されてるってことだ。で?お姉さんに溺れたくなったのかい?」


「見た目はお姉さんに見えませんよ。言葉遣いも。……メルニカに昔主治医だったことを話せばすぐ済んだ話だったのに……」


 メルニカが誤解を産み、面倒なことになった要因だ。

 昔から理事長と交流があり、三人と家政婦の人と暮らし始めてすぐラヴェル先生が主治医兼教育係としてやってきた。

 そしてヒュルクの人格形成に関わった人の一人。相談事は基本的に理事長かラヴェル先生にしていたため、一番迷惑をかけた存在かもしれない。


「ボクの愉しみだから。しっかし見ない間にカッコよくなっちゃって~」


「……そうですか?」


「ああ。チューしたいゼ」


「唇じゃなければ別にいいですよ。っていうか、散々してきましたよね……?」


「だってそうでもしないと君、落ち着かなかったじゃない。これも治療法の一つだゼ?」


「先生がそう言うなら、信じますけど……」


 ヒュルクは医学的な知識など全くない。応急手当の方法くらいしか知らないのだから、医者としてのラヴェル先生の言葉には従うようにしている。正直な話、第二の母である。


「じゃ、そろそろやろうか。目を閉じて。何も考えないようにして……」


「はい……」


 実際に頭の中を空にするのは不可能だ。何も考えないということはそこに存在していないことと同義だ。

 ラヴェル先生の能力はヒュルクの精神の中に入り込んで異端(バグ)を取り除くものだ。そのために、他人を受け入れる余裕、隙間を開けてあげればいい。

 頭を支えられおでことおでこが合わさった。二人とも目を閉じていて、治療に専念する。


 目を閉じているはずなのに、黒い空間に一人ぼっちでいる感覚が湧き上がってきた。何故か体育座りをしていて、プカプカと浮いていた。

 そこに、いつものようにラヴェル先生がやってきた。だが、ヒュルクは動けない。視線を向けることくらいしかできない。ここではヒュルクの自意識などないに等しい。


 ヒュルクの中であるはずなのに。そのラヴェル先生はゆっくり近付いてきて、ヒュルクのことを抱きしめた。柔らかい四肢の感触、漂う香水の香りまでしてきた。

 そのままヒュルクは瞳を閉じて、さらなる感覚に溺れ落ちていった。










「ま、ホントは唇にも何回かしちゃってるんだけど」


 能力を使い終わり、ヒュルクが小さく寝息を立てている時にラヴェルはそんなことを呟いていた。表情は完全にニヤついていて、唇に指を添えていた。


「そういうわけだし、もう一回くらいしておいたってバチは当たらないでしょ。そもそも神様なんて信じてないし」


 ラヴェルはヒュルクの唇に自分の唇を短くだが重ねて、満足したのか自分の回転いすに戻っていった。ヒュルクは気付かぬまま、眠り続けている。


18時にもう一話投稿します。

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