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本日二話目です。本日最初の方は一つ前から見てください。
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「それでは、肉体強化系の診断を始める!継続時間は計らない。実戦診断だ。俺と戦うのが診断だ」
第三グラウンドで唐突にそんなことを言われた。言ってきたのは国家研究員の三十代ほどの筋肉質な男性。
聞くところ戦士のレベル二、ダブルということ。彼と殴り合うのが診断。
「さて、じゃあこのクラスは三人か。出席番号順だな」
ヒュルクは二番目であったため、軽く準備運動をして待つことにした。最初の診断者も準備運動を簡単にしてから診断を始めていた。
生徒の方はシングルのレベル一。いくら同じ倍率であっても、身体つきが異なる。正直生徒の方は能力にすがっている、というか怠けている。
自分の身体自体を鍛えないのは宝の持ち腐れだ。その証拠か、国家研究員に瞬殺されていた。綺麗な背負い投げだった。やはり武術を習得している。
「はい、終わり。次」
ヒュルクは上のジャージだけ脱いで、そこら辺に置いておいた。そして、一度礼儀として頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
ヒュルクは頭を上げた後、特に構えたりしなかった。最初に構えを作ってしまったらこちらの動きが読まれてしまう可能性があるからだ。
多人数戦闘であればヒュルクは槍を片手にきちんと型を作って、その上で暴れる。だが、こういった一対一では構えを作らない方が状況を有利に運びやすいと考えている。
「……あーと、やる気ないのか?」
「いえ」
実際、もう月の兎は発動している。クラスメイトは眼に兎がいることに気付いてひそひそと話していた。
「本気でやれ。こっちから攻め立てることはない。お前から攻撃しろ。本気でやらないと評価しないぞ?」
ヒュルクの中でスイッチが押されてしまった。何かが、いや安全装置が切れてしまったという方が正しい。
ただ座っていたソラウがマズいと感じて腰を地面から浮かせていた。その様子を見てメルニカが何事かと首を傾げていた。
本気で殺れ。それはヒュルクが任務の際に教官に言われた力のセーブを外す呪いの言葉だった。その言葉を聞いてから、ヒュルクは手加減ができない。自意識がほぼないまま暴れていただけだった。
ヒュルクは次の瞬間、飛び上がっていた。その高さは校舎三階に到達するほどだった。そこから右足を振り落とし、重力と肉体強化三倍の力を込めた踵落としを喰らわせた。
それは両手を交差して防がれたが、二倍の肉体強化程度では防ぎきれていなかった。足が地面にめり込み、腕が痺れているようだった。
ヒュルクはそのまま左足だけで着地し、両手を地面に付けてそのまま回し蹴りを横腹へ喰らわせ、追撃して拳で殴り飛ばした。蹴り飛ばされる速度より、三倍で走る速度の方が速かった。
「お、おい、ヒュルク!」
クラウス先生の制止など通用せず、まだヒュルクは追撃をしようとしていた。
この程度では人間は死なないことを知っている。肉体強化を施しているのであればなおさらだった。
見ている生徒たちは初めての恐怖を抱いていた。恐怖とも認識していなかったかもしれない。
それは猛禽類が獲物を狩る時のような、重く黒い何かを全身から感じたからだ。
起き上がろうとする国家研究員に向かってヒュルクは突っ込みながら右拳を握っていた。
思いっ切り殴らなければ、殺すことなどできはしない。
振り上げた刹那、誰かが間に入って来ているのがわかり、そこで拳は止まっていた。
本気でやれ、と言われただけであり、皆殺しにしろと言われたわけではない。今回の対象は一人だけだったために止められたのだ。
「やめなさい、ヒュルク・アスターク・ネイン。今のあなたは、誰?何をする人?」
息を切らしながら全速力で駆けつけてくれたソラウの問いかけでやっと正気に戻った。スイッチが切れた、という方が正しい。
ただのソラウが肉体強化をしているヒュルクに追いつくはずがない。ソラウもまた、肉体強化を施していたのだ。
「……ただの学校生活を送る、平凡な学生だよ」
「ならよし」
ヒュルクが魔眼を消すと、ソラウに思いっ切り平手を喰らった。パァンといういい音が辺りに響き、クラスメイトもクラウス先生も、国家研究員ですら驚いていた。
これでようやく、冷静になれた。
「すみませんでした。思いっ切りやりすぎました。……本当に申し訳ありません」
ヒュルクはソラウの脇に立って深々と頭を下げていた。実際にやりすぎたのは事実で、誠意を見せる方法など、こんなことしか思いつかなかった。
「立てますか?」
「ああ……」
ソラウが手を差し向けて、国家研究員を立ち上がらせていた。だが、見た感じこれ以上診断を進められそうにない。
「先生、この方を中央棟の診察室に連れていきます」
「あ、ああ。診断が終わっている男子、運ぶのを手伝ってやってくれ」
クラウス先生の指示で三人ほど男子がソラウの手伝いとしてついていった。それを見届けてから、ヒュルクはクラウス先生に近付いた。
「先生、すみませんが頭を冷やしたいので保健室に行ってもいいですか?」
「そうだな……。ああ、頭を冷やして来い。そういった自分のコントロールも大事なことだ。次はああいうことにならないようにな。強い力だからこそ、きちんと使えるように」
「……はい」
ヒュルクはそのまま東校舎に向かった。そこには保健室があり、本来であれば中央棟前にある救護本部へと向かわなければならないのだが、クラウス先生からの許可が下りたので問題はないだろう。
「ッ!」
自分の意志ではなく、半場無理矢理魔眼を使ったからか、頭痛がしてきた。無理矢理やらされたとヒュルクが思ってしまうと、投薬のことを思い出して頭痛やら肌がピリピリしたりするのだ。
「……はあ。ホント嫌になるな……。あとでソラウに謝らないと」
「え、ソラウに謝らないといけないんですか?」
後ろから声がしたので振り返ってみるとメルニカがいた。
どうして後ろに立っているのか、本当にわからない。
「あれ?何で後ろに……」
「一応ヒュルク君のジャージを届けようと思ったのと、あとは保健室に一人で行けるのか不安でしたし。ほら、わたし保健委員ですから。クラウス先生にも許可はもらいました」
理由は納得できた。持ってきてくれていたジャージも受け取り、一緒に保健室に向かうことになった。
最近のヒュルクは抜けている。後ろからついてきたメルニカに気付かないだなんて、軍事学校にいた時には有り得なかった。
足音を聞き逃すことも、気配を感じ取れなかったこともなかった。
頭痛がしていたとしてもそんなことはなかったのだが、学校生活がヒュルクを妨げていた。これでは肝心な時に、ソラウも理事長も守れない。
「ヒュルク君、すごいですね。圧倒していました」
「それはまぁ、能力の差だから。……特殊魔眼ゆえの利点だよ。レベルが低くても同じ系統の魔眼には負けない。何かしら利点があるのが特殊魔眼だから」
頭が痛いからか、何故か当たり前のことを言っていた。
こういう時には嫌悪感がよじのぼってくる。何を話せばいいのかわからなくなってくる。
「えっと、それでどうしてソラウに謝らないといけないんですか?平手受けてましたよね……?」
「あれは俺を落ち着けるためのものだから。……正直、ああやってソラウに止めてもらわなかったらあのままあの人を殴り殺してたかもしれない」
「フフ、それはさすがに冗談ですよね?」
笑われてしまったが、冗談ではない。本当に殺しかけていたからソラウが必死になって止めてくれたのだ。
だというのに、何故メルニカは恐怖を覚えずこうして近付いてくるのか。あんな姿を見せたら怖がって誰も近付いてこないと思っていたのに。
「第一保健室でいいんですよね?救護本部じゃなくて」
「ああ。……たぶん保健室には常駐の先生が一人はいるはずだから」
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。
感想などお待ちしております。




