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HRが始まる前にすでに全員がジャージに着替えていた。そうするように昨日の時点で言われていたのだ。
HRが始まってクラウス先生による本日の魔眼診断のやり方について説明が始まった。
クラスで一斉行動をして、同系統の魔眼を一気に診断する。どのような測定を行うのかはその都度に説明される。
基本的に測定するのは国家研究員。その結果はもちろん国のデータベースにも保管されるため、しっかりやること。
(やらないなぁ)
手抜きを考えているヒュルクにしっかりやるなんて考えはない。
それでもクラウス先生の説明は続く。
自分の診断ではなくても他人の診断はしっかり見る。
これは他人を知るために、そしてどんな魔眼があるのかを知るために必要だから一年の間では強制であること。
二年からは見たい人のものだけ見ていいということ。
この結果が六月中旬にある全国魔眼コンテストという名の競技大会に出るための判断材料になること。
これはオケアマス学園ほどの学校となると予選免除でいきなりの本戦出場となる。実際それでも勝ち上がれるほどの実力の持ち主が集まっているから問題はない。
なにせ、出場する選手のほとんどがレベル三の魔眼を持っているからだ。
そんな人たちばかりが出場するのだから、一年生ではほとんど出場できない。
できるとしたらオッドアイか、特殊魔眼の持ち主だけだ。
そんなところで説明が終わり、最後にこんな一言で締められた。
「ま、お前ら一年生はほとんど選ばれないからそんなに気負わなくていいぞ。二年になるまでにレベル二にすれば可能性はあるかもな」
「俺らにも期待してくださいよー」
「んん?じゃあ少しだけ発破をかけてやろう。一年生でもいつも通りなら十人は代表に選ばれる。クラスに一人計算だな。頑張れよー。こんなもんでどうだ?」
そんな言葉を受けてクラスでは二人の人間に視線が向けられていた。自己紹介でオッドアイと名乗っていた男子生徒、アルトム・ヴァン・ユースとヒュルクだ。
ソラウにも視線を向けられたが、すぐに正面に戻っていった。
(俺は出ないって。軍人が出てたまるかよ……)
それでも視線は向けられる。そのことが余計にヒュルクの顔を不機嫌にさせていた。余計な期待を受けて、それでどうなるのか。期待を受けるような人間でもないのに。
「もしかしたら二人共って可能性もあるよな……?」
「お、じゃあ俺はヒュルクに賭けるわ。購買のパンとかでいいだろ?何たって特殊魔眼でレベル二だからな」
「いいないいな!じゃあ俺は大穴で両方だ!」
「ちょっと男子!賭けとかやめなさいよ!」
「そうだぞー。デニム、よく教師の前で堂々と賭けなんてしようと思えるなー」
デニムと呼ばれた男子生徒はクラウス先生が持っていた学級日誌で頭をはたかれたことで教室に笑いが起きていた。
「言い出しっぺの俺だけ叩かれるのかよー!」
「お前が主犯だからな」
「まあでも、二人とも応援しようっていうのは本気だぜ?」
「皆、やめてくれよ。俺は確かにオッドアイだけど能力が噛み合っていないんだ。どっちもレベル一だし、可能性は低いって」
アルトムが照れながら、少し困りながらそう言ったことで視線がヒュルクに集まってしまった。
そのことでソラウは小さく吹き出していた。ヒュルクの心境がわかっているからと、よほどひどい顔をしていたのだろう。
絶対に眉間にしわが集まっている。目つきも鋭いことだろう。
「……別に、ただ診断を受けるだけですよ。それで副産物でそういう結果が出るかもしれないってだけでしょう?俺はただ、普通に能力を使うだけです」
「その普通が俺たちと違うから期待してんだろ?」
デニムが笑いながら言ったことでクラスには微笑みと期待の眼差しがまた産まれていた。
クラウス先生ですら、一年間良いクラスになりそうだと思っていたほどだ。
だが、ヒュルクとソラウはそんな風に思っていなかった。
((普通じゃないから、困ってるのに……))
その想いは、表には出さない。
「時間だな。移動を始めるぞー。まずうちのクラスは第二体育館だな。廊下に並べー」
ぞろぞろと教室から生徒が出ていく。その表情や話の内容からとても楽しそうだ。嬉々としている。それほどこの診断が楽しみなのだろう。
ヒュルクとソラウは今夜からのことを考えているとそんな嬉々とした表情を浮かべられなかった。
ヒュルクも立ち上がって廊下に出ようとしたところで、誰かに袖を掴まれた。
そんな奇特な行動をヒュルクに対してする人間は誰だろうと思いながら振り向くと、そこにはメルニカがいた。
「……メルニカさん?どうかしたか?」
「えっと、あの……。クラスの皆が言うことは気にしなくていいと思います。ヒュルク君の魔眼に期待するのはわかります。だってわたしだって期待していますし、どんなものなのか気になりますから」
「……えっと、嫌味?」
メルニカが言いたいことがよくわからなかった。ヒュルクの頭があまり良くないということも関係しているのかもしれない。
ソラウはしばらく二人のやり取りを見ていたが、呆れたような表情で先に教室から出て行ってしまった。
「嫌味とかじゃなくて……。たぶん皆の反応は仕方がないことだと思うんです。ヒュルク君も前に言ってましたけど、それが皆にとっての普通なんです。特殊魔眼のレベル二を所持した人なんて周りにはいませんから」
「そうかもしれないね。別段特別だなんて俺は思っていないけど」
「ヒュルク君はそれでいいと思います。だから今日の診断だって気にしないでヒュルク君の普段通りにやればいいと思います。だってそうでしょう?それがヒュルク君のいつも通り、なんだから」
そう言ってようやくメルニカは袖から手を離してくれた。
思っていることが言えたからか、豊かな膨らみの前に手を置いて安堵の息を吐いていた。
「それを言うためだけにわざわざ?」
「あ、はい。ヒュルク君、あまり期待されたりするのが好きじゃないのかなって思って。でも仕方ないかなぁとも思ったので、とりあえず伝えようかなと……」
「……君は、視界がいいね。大切にするべきだ」
「?はい!これでも視力は2・0あるんですよ!」
視力のことを褒めたわけではなかったのだが、ドヤ顔をされた上で小さな背を精一杯大きく見せようと胸を反らしていた。
人を見る目がある、ということを褒めたのだ。そもそも視力がいいことなど、わかりっこない。
(ヒュルクの皮が剥がれてるのか……?いや、違う。これはヒュルクと「ボク」の、少ない共通点だ……)
「行くよ、メルニカさん。急がないと先生に怒られる」
「あ、はい!」
明日も18時に一話投稿します。




