1-7-3
すみません、投稿できていなかったみたいで遅れました。
本当にパソコンの調子が悪い……。
二人は部屋から出ていき、エレベーターに乗って一階に降りて、そこから自分たちの家に向かおうとしていると、一人の足音が聞こえてきた。こんな時間に中央棟を歩いているのは事務員か清掃員、あとは用事のある学生だけだろう。
足音が軽いことから、女性だ。しかも後ろからついてきていた。そのことにソラウも気付いたようで、視線をヒュルクに向けてきた。
「はぁ……。誰ですか、後ろにいるのは」
ヒュルクがしょうがなく後ろを振り返ると、一人の制服を着ていた女生徒が立っていた。それも見たことのある人物だった。
「あっ……」
「メルニカさん?どうして俺たちの後ろを?」
「学校の探索をしてて……それでここを見て回っていたら、二人をみかけたので」
「そうですか。それで、何を興味本位に感じて私たちを追ってきたのですか?」
ソラウは端的に、メルニカがついてきていた理由について問い質した。何か思うところがあるのであればそのまま話しかければよかったのに、そうしなかった理由について説明を求めていた。
「えっと……二人がとても仲が良いんだなと思って……。二人は前々からお知り合いだったのですか?」
「知り合いよ。そんなに長い知り合いではないですけど。私たち、二人とも交換特殊留学生なの。その書類確認とかで一緒にいただけです」
それはこの場を言い逃れる上で、さらに今後二人が一緒にいることを不審がられない言い訳であった。だが、それは言っても良いことだったのだろうか。
そんなニュアンスでソラウのことを流し見ると、何となく意図が読めた。
(別に言ってもいいわよ。これで干渉されなければ好都合だし、私、この子のこと好きになれないもの)
(そうですか……。面倒だから任せた)
そうやってメルニカへの対処を任せて、これからのことを考えていた。理事長からもらった書類に目を通さなければならないし、日課もこなさなければならない。
「初日から、ですか?」
「ええ。そもそもこのジュマイス地方に来たのが数日前で。そういった書類などの手続きは事前に行っていたのだけど、確認自体はまだしていなかったので」
「なるほど……。どうして二人はこの学校を選んだんですか?」
「知り合いがいるからです。その人が家も提供してくれているので。あと、この学校の就職率が高いからですよ。大学に行く気がないのです。私も、ヒュルク『君』も」
建前でしか話さない。ソラウは自分を偽っているわけではない。建前で話さなくていい存在と話しているわけではないからだ。
そういう友達が今までいたことがなかった。二人にとってはこれが初めての、普通の学校生活であり、関わってきたのは理事長とその知り合い、あとは軍関係の人間とハウスキーパーの人間だけだ。
同年代の人間と、ソラウは関わったことがない。ヒュルクはまだ軍事学校で少しは関わったことがあるのだが、ソラウは同年代の人間との距離感が掴めていないのだ。
「ああ。この学校を出たら高キャリアとして企業に認められますからね。……もしかして、同じ家に下宿しているとか?」
「まさか。同じアパートであることは認めますけど、さすがに同じ家ではありませんよ」
嘘である。
「その歳で、二人とも一人暮らしですか?」
「まあ、そうね。でもその知り合いの人が大家さんで、その人が食事の用意はしてくれるのでそんなに大変ではないですよ」
やはり慣れていないのか、口調が安定していない。外向け用の口調が統一されていないのだ。さっきまでヒュルクと理事長とゆっくり過ごしていたからでもあるだろう。
一度リラックスしてしまうと、中々他の自分へのスイッチは変えられなくなる。
それはヒュルクも似たようなものだ。
一度皮を外してしまえば、または破けてしまったら、再びその皮を被るのは難しい。ヒュルクという皮がどんなものだったかということを、忘れかけてしまうのだ。
そろそろ、ヒュルクは教室の時と同じように手助けをすることにした。
「一応注意喚起しておくけど、メルニカさん。この中央棟は書類審査とかで特定の部屋に用事がある生徒しか立ち入りできないんだ。見付かったら事務員さんに怒られるよ?」
「え?そうなんですか?」
「ああ。ここは他の学校や大学、企業との連携を取っている場所。その情報が全て管理されているんだ。そこを受けようとする生徒の個人情報や、今までどんな生徒が受かってきたのかの情報もある。ただの一生徒が簡単に調べた程度で洩れる情報じゃないけど、部屋に入ることすら難しかったんじゃないか?」
心当たりがあったようで、メルニカは小さく頷いていた。ここはある種情報センターなのだ。それ故、ほとんどの場所にセキュリティロックがかかっている。
その証拠を見せるために、財布の中から一枚のカードを出した。
「このカードがなくちゃ、どこの部屋にも入れないよ。これはちゃんと書類を提出しないと発行されない。このカードだって万能じゃなくて、指定された部屋にしか入れないんだ。面倒だよね。書類を確認するために書類を提出しないといけないなんて」
ヒュルクは人当たりが良いように、笑いかけた。
人当たりよく接するというのは男女関係なかった。それでもヒュルクは少しばかり表情が強張っていた。軍事学校にいた頃にはあまり異性と関わることがなかったからだ。
「あと付け加えるなら、無断入室が発覚した生徒は二週間の停学処分だったかな?たしか学生手帳に書いてあったはずだけど」
「二週間もですか……?今度から気を付けます」
「そうね。気を付けた方が良いでしょう。私たちだって用事がなければ来ませんから」
さっきからソラウは自ら墓穴を掘り続けている。ここに二人は毎日来なくてはならない。
今の家に帰るには、中央棟を通ることが一番の近道であるからだ。
正確には学校の建物からであればどこからでも帰ることはできるのだが、放課後はクラブ活動などで校舎に残っている生徒が多い。
中央棟であれば、居たとして少数の生徒と、事務員と、中央棟については詳しくない外部の人間。放課後すぐに帰るのであれば、この中央棟が一番人目につかないのだ。
そういったことをソラウが漏らしてしまうことを防ぐために二人の会話に割って入ったのだが、意味を為さなかった。
うっかりというか、会話に慣れていないというか。それとも会話を続けたくて話してはいけないことでも話して気を引いているのか。
「俺たちはこのカードを返しに行かないといけないんだけど、メルニカさんは?」
「わたしは……もう帰ろうと思います。色々なところを歩いて回っていたら疲れてしまいました。この学校、敷地面積が広すぎます……」
「他の学校の三倍くらい広いからね。……出口はわかる?」
「それは大丈夫です。それじゃあヒュルク君、ソラウネットさん。また明日」
「ああ。さようなら」
「……さようなら」
三人が別れの挨拶をすると、メルニカは一度頭を下げてから出口へと向かっていった。それを見届けてから、二人が歩き始めるとソラウが嘆息しながら謝ってきた。
「ごめんなさい。色々と喋った気がするわ。あと、あなた以上に他人に慣れてないみたい……。私って、内弁慶だったのね」
「喋ったことはたぶん大丈夫だ。家に帰る時に人目に気を付ければいいだけだろ?……人に慣れてないのは仕方がないんじゃないか?ソラウが関わった他人って、理事長の知り合いか、ハウスキーパーの人か、家庭教師の人だけだろ?」
二人は会話をしながら、地下へ続く階段を降りていった。そして倉庫と書かれた部屋の扉に付いていたカードチェックの機械へカードを当てて認証させて、中へ入っていった。
電気が自動で点き、壁に並んでいる本棚にぎゅうぎゅうに詰まっているファイルの一つを抜き、何にもないと思われる場所へ部屋にはいる時のようにカードを当てると、カードが認証されて、本棚が仕掛け扉のように半回転した。
まずはヒュルクだけ壁の裏側へと移動し、回転した接地面から離れると再び本棚は半回転した。
同じ要領でソラウも移動し、ファイルを渡して、ソラウが元の場所へ戻して接地面から離れたことで本棚は元のように戻った。部屋から誰もいなくなったことで、倉庫の電気は自然に消えていっただろう。
二人がいるのはきちんと整備されたトンネルのような場所だった。電灯も等間隔で設置されており、人が五人ほど並んで歩いてもまだ余裕があるほどには広く作られていた。
「この仕掛け、何回か使ってるけど凄いよなあ……。これがあるから父さんはここの理事長を選んだって言ってたよな」
「私たちが隠れるには最適だものね。初代理事長がこういう隠し通路が好きだったらしくて、この仕掛けと認証パスワードは歴代の理事長しか知らない。しかも理事長ごとにパスワードを変えてるから当代の理事長とその人に認められた人しか使えないってバカげてるわ」
「そのおかげでこうやって普通の生活ができてるんだけどな」
二人の家は学校の敷地内にある。だが、そこには普通の道を通っては行くことができないのだ。いわゆる理事長の別荘のような物で、または秘密基地のような場所だからだ。
明日はちゃんと18時に投稿します。




