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1-7-1

本日二話目です。

今日初めての方は一つ前からお読みください。


※すみません。ネットワークのトラブルで昨日の18時に投稿できていなかったみたいです。

 これとは別にもう一話、今日の18時に投稿します。


   7


「そうそう。まだ眼鏡とコンタクトは変えなくていいのか?」


 理事長のその言葉で現実へと戻ってきていた。

 そろそろナナシからヒュルクへと戻らなければ、ヒュルクの皮に亀裂が入ってしまう。


「ええ、大丈夫です。効果はどっちも出てますよ。左眼は完全に能力を使えていませんし、右眼も効力を半減にされています」


「私も確認しているので大丈夫だと思われます」


 ヒュルクは、眼鏡を外して左眼にだけ入れたコンタクトレンズを外した。それでも能力が発動している痕跡はなく、それを見た理事長はうなずいていた。


「毎日ソラウが確認してるんだな?なら安心だ。学校の中だったらずっとそれを付けておけよ?月の兎にしろ、直死の魔眼にしろ、お前が本気を出すと面倒だ。それこそ死者が出かねん」


 その言葉にヒュルクは苦笑していた。実際両眼の能力をフルで使ってしまったらヒュルクを個人的に止められる者はほとんどいない。

 肉体強化系の月の兎で標的へと即座に近付き、左眼で見るだけでその相手を殺してしまえる直死の魔眼。


 この二つがあれば、相手を殺すことだけに特化した殺人鬼の完成だ。ヒュルクの皮さえ被ってしまえば、ヒュルクは人を殺すことをいとわない。

 それでもナナシは、人を殺す度にその相手がどんな人間であっても躊躇してしまう。

 殺してしまった後でも、罪悪感で胸が締まり、吐き気を覚える。


 ヒュルクとして平然としたまま帰ってきたとしても、ソラウしかいない空間ではナナシに戻ってしまい、トイレで戻しているなんてことは多々あった。

 ヒュルクという皮さえ被っていれば、ナナシはまだ耐えられた。逆に言えばこの皮がなければ耐えられない。


「俺が学校で左眼を使うことはないでしょう。理事長は自力でどうにかできるでしょうし、ソラウが学校で狙われることはないでしょうから」


「ソラウの魔眼のことは誰も知らないからな。ソラウ、お前も自分から魔眼を使うなよ?お前の力がばれたらここが戦場になる。それは誰も望んでないだろ?」


「はい。……ヒュルクがバカをしなければ使わないですよ」


「むぅ」


 もしもの話。

 ここが戦場になったとしてもこの学校ではソラウはただの無力な少女。

 避難させられた結果、何もできないのが関の山だ。つまり、能力を使う機会が与えられない。


 では、どのような状況でソラウが能力を使う可能性があるか。

 それは能力を使っているヒュルクが暴走した時、及び力を抑えられた状態で倒せない相手が現れた時だ。

 ソラウはナナシを家族として受け入れた時から、彼のことを弟のように大事にしている。

 家族が家族を守ることは当たり前だというのが彼女の信条。家族に愛を持って接するというのも信条の一つにしているのだ。


「何かあってもこの学園を使って何もかもからお前らを守ってやる。何を犠牲にしても、ソラウとヒュルクは守ってやる。この箱庭にいる間は安心しろ。ヒュルクの手は借りるかもしれないけどな」


「それは本望です。二人を守るためなら俺だって何でもします。……この眼だって使います」


 NO.6を助けた時の理事長のように、ヒュルクも二人を助けるためになるなら直死の魔眼をいくらだって使う。色々制約はあるが、相手の眼さえ見てしまえばどのような死因になったとしても相手を死に至らしめる。

 研究所から理事長が奪ってきたデータにより、ヒュルクは自分の眼がどういったものかある程度理解し、五年間どのように過ごしてきたのか把握した。


 直死の魔眼、レベルは二。

 三日に一回しか使えない魔眼。要するにインターバルが三日間もあるということだ。

 その代償として、能力は絶大だ。左眼で見た者には確実に死をもたらせる。今のところ二人ほど例外がいるが、その二人以外に殺せなかった人間はいない。


 人間以外にも通用し、動物には通用する。ただし植物や無機物には通用しなかった。眼の焦点を合わせる必要はなく、ヒュルクが対象の眼を見ればいい。

 相手の死に方は選べないため、そこはもう諦めていた。レベルが二に上がっても変わらなかったためだ。


 レベルが一から二に上がった際に変わったことは、正直ヒュルクにもわかっていなかった。目に見えた変化は現れていないのだ。

 ヒュルクは持っていたコンタクトを左眼につけなおして、眼鏡もかけた。そうすると理事長が二人の成績ではない何かの書類を手渡してきた。


「そうそう。二人ともこれに目を通しておけ。ハイナの武装集団がうちの近くに来ているかもしれないっていう軍からの通知だ」


「ハイナ……。やっぱり魔眼の情報を得るためですかね?あそこは魔眼の研究が遅いから……」


「だろうな。ま、そもそもあの国は宗教やら何やらって理由で魔術師を忌み嫌っていたんだ。何百年って前からな。そのせいで今や立派な魔眼後進国で軍事国家になっちまった。自業自得だが」


「その排除に、ヒュルクが呼ばれる可能性があると?」


 ソラウの問いかけに理事長は当たり前であるかのようにうなずいた。


「ここジュマイスはハイナと国境を隔ててすぐだからな。今軍が動いているそうだが、長引いたら国家魔眼士も呼ぶついでにお前も招集される。統率してる奴の首を確実に相手へ見せつけるために」


「心構えはしています。いつでも大丈夫ですよ」


「おう。ならいい。今日の用事はそれだけだ。帰っていいぞ?」


 そう言われて二人はカバンを持って出ていこうとしたが、ドアの前でソラウが何かに気が付いたのか、振り返って理事長に尋ねた。


「お父さん。部屋の掃除はしなくて大丈夫?」


「ああー……。まだ大丈夫だろ。そんなに汚すほど使った覚えもないし」


「お父さんのそういう言葉、信用なりません。ヒュルク、見に行くわよ」


「はいはい」


 理事長は申し訳なさそうにしながら、頭の後ろを掻いて恥じていた。この父親がこんな風に顔を赤くするところはあまり見ない。他の人間と逢っていても、たとえ昔馴染みと逢っていたとしても、このような表情を見せることはない。

 こんなみっともない表情を見せるのはヒュルクとソラウの前だけであり、なおかつそんな表情を引き出せるのはソラウだけである。ヒュルクでは無理なのだ。


 ヒュルクもそうなってこそ本当の家族だとは思っているのだが、なかなかソラウと同じ高みには立てない。接してきた時間の差もあるのだろうが、それでもヒュルクはこの二人と本当の家族になりたかった。


(まだまだ修行が足りないな……。いや、観察眼、か……?)


 ヒュルクはソラウの後を追い、同じフロアにある理事長の私室へと向かった。

 鍵はかけていないのでそのまま開けると、綺麗なキッチンと、汚い机と床が見られた。ゴミが床に散在しており、衣服も適当に脱ぎ捨ててあった。


「やっぱり……」


「片してから帰るか、ソラウ」


「ええ、そうね」


 ヒュルクとソラウは手慣れた手つきで部屋に常備されているゴム手袋をつけて、ごみと洗濯物を分別していった。

 いつも通り水回りだけは綺麗なのだが、どうしても床と机は汚くなっていた。


「いやはや、いつもすまんなぁ」


「「いつものことだからべつにいいです」」


 後ろからやってきた理事長の言葉に二人はシンクロして返答していた。こういったところが誇らしい。

 主にごみをまとめるのがヒュルクの仕事で、洗濯物をまとめて洗濯機にかけるのがソラウの仕事。

 理事長はポットに水を注ぎ、火を付けてお湯を沸かし始めた。その上でカップを温め始めた。


「飲んでから帰ったらどうだ?別に急ぐような用事はないだろ?」


「そうしてもいいでしょうけど……。何で理事長は水回りの掃除しかできないんですか?」


「俺の趣味がお茶だからだよ。珈琲でもいいが。そういった趣味に関連することならできるんだがなあ」


「お父さんは他のことがてんで駄目ですからね。きちんとご飯食べていますか?そろそろ本格的に使用人でも雇ったらどうです?私たちの家にはいるんですから」


 大方床が見え始めてからソラウが尋ねたが、返事は芳しくなかった。ヒュルクも掃除をするたびに同じことを考えていたのだが、いつまで経っても理事長は自分のために使用人を雇うことをしない。


「……こうやって家族の愛を確かめているんだよ、俺は」


「「嘘です」」


 またもや二人はシンクロし、そのことで理事長は軽くずっこけた。


「たはは……。やっぱりわかるか」


「お父さんは自分のプライベートを犯されたくないだけでしょう?私たちにはいいけど、赤の他人は嫌……。丸見えです」


「そういうこと。ご飯はきちんと学食で食べてるよ。お、そろそろ沸けたな」


 理事長は慣れた手つきで茶葉を入れていき、三人分のカップに平等になるように注いでいった。茶葉の鼻腔をくすぐるいい匂いが掃除の手を止めてしまった。

 アールグレイだ。そうはいっても、ほとんど掃除は終わっていたが。


「ほら、子どもたちよ。もう掃除はいいから飲みなさい」


「では、いただきます」


 ゴム手袋を外して、手を洗った後綺麗にしたばかりの机へと戻っていくと、ティーセットが三人分用意されていた。

 いつもは一人で飲むためにキッチンだけ綺麗にしているのだが、二人が飲むとしたら机の上を空けるしかない。

 二人は椅子に座ってカップを手に持ち、口につけた。


 美味しい。

 口に含んだ瞬間にわかった。良い茶葉を使っていること。理事長の腕が確かであること。こういったことには手を抜かず、本気で取り掛かること。


「熱すぎないだろ?ソラウは猫舌だから少しぬるめにしておいた」


「わざわざありがとう、お父さん。美味しいです」


「まあ、掃除の報酬だからな」


 理事長は椅子に座らず、立ったまま飲んでいた。いつも一人で飲む時は立ったままらしく、だからこそキッチンさえあれば平気なのだ。

 紅茶でも珈琲でも、頭を空っぽにできるから好きなのだとか。


明日も18時に一話投稿します。

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