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過去回想はここで終わりです。
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ナナシが三歳から八歳の頃、彼はNO.6と呼ばれていた。
その数字はどういう基準でつけられたのかはわからない。他に数字で呼ばれている人間もいなかったことだけは覚えている。
今度NO.6が収容された部屋は真っ暗だった。
内装も黒く、トイレの場所すら探すのは一苦労だった。
しかも両目に覆い被さるように大きな眼帯、バインザーをつけられてしまったので、本当に感覚で動くしかなかった。
慣れてくればどこに何があるのか感覚でわかり始めていたのだが、一年に一回、施設を変えられたために再び感覚をリセットしなくてはならなかった。
能力の研究という名の元、拷問やら薬やら、魔眼の無理矢理の使用など、何でもやった。
人もたくさん殺した。
その人たちが悪人だったのか、善人だったのかわからない。
NO.6はただ眼帯を外されて、目の前にいる人間を見ただけだったのだ。
大量に血を吐いたり、首や手から血が出たり、胸を押さえながら倒れたり、その目の前にいる人間の死に方は多種多様だった。
NO.6は何か変えようと思って見ているわけではない。
ただ、もう左眼で人間を見たくないとしか、思っていなかった。
それでもNO.6は抵抗する力がない。
せめて右眼が使えればこの場所からの脱出もできたのかもしれないが、右眼に至っては五年間光を見た覚えがなかった。
記憶も定かではなく、意識が朦朧とすることが何度もあった。そんなことが何度も続いたことと、勉強などしていないのだから言葉がどんどん失われていった。
どうしても忘れてはいけない言葉だけはなくさないようにしていたが、記憶とともに忘れていく。自分の名前すら忘れた時点で、すでに取り返しがつかなかった。
そんなある日のこと、白と黒の被検体が着るような汚れも目立つ囚人服を着て、ほとんど死んだように部屋の床で倒れていると、何故か誰かの悲鳴と、何かが壊れる音が聞こえてきた。
意識が朦朧としてはいたが、さすがに相当大きな音であったため聞こえてきた。それは消えることなく、NO.6にとってはただ耳障りなだけだった。
NO.6は関係ないと思っていたことと、眠くて眠くて仕方がなかったためにそのまま横になっているだけだった。
どうせ誰かが鍵を使わなければ何も見えない。
(……見えなくていいや)
誰かを殺してしまうのであれば、いっそ眼なんて開かなければいい。そう思っていた。
何かが起きているのであろうが、この部屋の扉が開かれるのは実験の時と人を殺す時だけ。
それならずっと開かないままでいい。
そんな願いも虚しく、扉が開かれる音がした。
「お、ここか。しっかしひどい格好だな」
知らない男の声だった。だからといって何かするわけではなかった。やろうと思っても何かできるわけでもない。
足音が近付いてきた。一人ではないようで、大きな足音と、細かい小さな足音も聞こえてきた。
「君が直死の魔眼を持ってるNO.6君かな?髪色と体の大きさからして間違ってないと思うけど、できれば本人からの確証がほしいもんだ」
「……」
NO.6は何も言うことができなかった。
口も開けず、そもそも今言われた内容を理解できていなかった。NO.6と呼ばれたことしかわからなかった。
「ん?もしかして口がきけないのか?ふむ……。まあ、試してみるか。ソラウ、能力を使っていなさい。解除したら駄目だからな?」
「はい。お父様」
もう一人の正体は小さい女の子であった。NO.6は動けずにいると、男の手が頭の後ろに回っていることがわかった。
そして、次の瞬間眼帯が外れる音がした。
「ッ!ダメ!」
NO.6は外されて落ちそうになった眼帯を左眼だけは光を見ないように、誰も見ないように拾って、左眼に当たるように押さえていた。
「何だ、口はきけるのか。人格は少しは残っていると……。左が例の魔眼だな?本当なら俺を殺してみせろ、少年」
「…………殺したく、ない。ダメ、ダメ、ダメ!ボクはもう……この眼で何も見たくない!」
NO.6に残っている語彙で、必死に言葉を絞りだす。そうしてこの場から去ってもらうしかなかった。
眼帯を押さえる手は震えだしていたのだが、男はその手を取った。
「俺を殺さないために、そんなにも頑張ってるんだな?……ありがとう。君の誠意はよくわかった。俺はね、君を救いに来たんだ。君が左眼で見ても死なない人もいるって教えに来たんだ。俺と、この子は死なないよ」
男の言葉を信じることなどできなかった。
少年の眼を見て生きていた人間は少ない。能力のインターバルであった時に見た人間くらいしか生きていないのだ。
能力はインターバルを過ぎると勝手に発動し、誰であろうと死という結果だけを残した。
おそらく今はインターバルを過ぎている。ここ最近部屋から出た覚えがないのだ。
その感覚すら麻痺してしまっているのだが、殺さないという保証はなかった。
「安心しろ。俺は死なない」
もう一度男はそう言い、眼帯を強引に奪った。
NO.6は目の前の男の眼を見てしまった。能力が発動している証拠である青線が眼の輪郭にはっきりと表れていた。
NO.6も能力が発動してしまった感覚はわかっていた。
なのだが、目の前の男に変化は全く起きなかった。苦しそうにもしておらず、倒れることもなく笑っていた。
ただ、どこか寂しそうに笑いながら、残念そうに次の言葉を述べていた。
「……ほらな?そこにいる俺の娘も君は殺せない。能力を発動している時だけだけどな。さてさて、君のことは何て呼ぼうか?……それは後ででいいか。君をここから連れ出す。俺たちと暮らそう」
何を言っているのだろうか。NO.6は目の前の二人を殺せないことは理解した。それでも、他の人は殺してしまう力だということは理解していた。
そんな自分が、誰かと暮らすというのがわからなかった。
そもそも、ここの施設の人間はどうなったのか。NO.6の研究をしていたのだから、研究対象がいなくなるというのは問題のはずである。
その不安を感じ取ったのか、男は、理事長はその解答を言ってくれた。
「ここの人間が心配かい?いや、君にまた何かするかもしれないと不安なのかな?なら問題ない。全員俺が殺した」
「……え?」
「君を傷付ける人間は全員殺した。そんな悪人の俺と暮らすのは嫌か?……君の眼も、俺の手も、もう変わらない。なら、一緒に暮らしたって問題はないとは思うけどな」
NO.6の意識はそこで切れていた。久しぶりに会話をして頭を使ったこと、話の流れについていけないこと、能力を使ったことで心身ともに疲弊しきっていた。
その後は理事長の腕の中でただただ、眠り続けていたということを後々知っただけだ。
夜の十八時にもう一話投稿します。




