100億の絶景
絶景に100億の価値があるってどういうことだろう
そんな思いをみなさん思ったことはありませんか
100億の絶景とはこういうことさ
100億の絶景
「行ってきます。」
部屋から出た時、昔の記憶に比べて青い空がずいぶん高くなった気がした。いつもと何も変わらない、とある一日に過ぎないのに。ただ私が自分の足ではなく、手で車輪を回して移動するようになっただけ。ミーン、ミーンと蝉が鳴くなか、私は視線を下に戻すと目一杯道を突き進んだ。
私は山が好きだった。登るのは実はそんなに好きではなかったけれど、登り切った後、目の前に広がる景色は毎度、私から言葉を奪った。朝、昼、夜、いろんな顔が頂上にはあった。私は一生山を愛そうと心に決めた。山もそんな私を愛していたらしい。そう、私の両の足を奪い取ってしまうくらいに。そうして私は二度と山を登れなくなった。
大失恋をした私は出歩かなくなった。世界にもう何も価値がないかのように思えた。人は代わりの絶景があると言っては、ガラス張りの高層ビルに連れて行った。でも私には夜景の美しさはわからなかった。人工的な光を愛する事などできなかった。暗闇は息をひそめた暗闇のままであってほしかった。
ずいぶんと窓から外を眺めるだけの生活が続いた。でもある日見た一つの夢が私を再び動かし始めた。山が再び私を呼んでいる気がした。
私は熱に浮かされるように勉強を始めた。必要な知識をすべて学ぼうと思った。必要なものは知識だけではなかった。誰にも理解されない夢に向かって、ただそれだけのためにもう一度生きようと思った。
そして長い時を経て今その時がついに来ている。私は息を切らせながらもう一度全力でずいぶん頼りなくなった腕に力を込めた。なんとか草木を踏み倒しながらたどり着いたのは一つのエレベーターだった。それはなんの変哲もないただのエレベーター。管理者もいなければ保守点検もされない。だって私が私のために作った世界に一つだけのものなのだから。必要な動力も明日になれば充電切れだ。
ボタンを押すと鉄の扉が開いた。ちょうど一人乗れるだけのスペース。私が乗り込んだことを確認するとドアは閉まり、ゆっくりと上昇を始めた。私はポケットから一冊の本を取り出した。長旅になるからと事前に用意しておいてよかった。まだ昼前だったけど、しばらくは着きそうにもない。エレベーターは道のりの10分の1も進んではいなかった。
わくわくするのと同時に、着いたら終わってしまう気がして怖かった。私は夢を叶えたあと何をすればいいのか分からなかった。
それでも私を乗せたこの箱はぐんぐんと定められた速度で高度を上げて行った。そして、ついにチンっという金属音とともにドアが開いた。冷たい空気が一気に肺流れ込んでは、かみついてきた。ゴホゴホとせき込みながら、前に進むと後ろでドアが閉じる音がした。二度と上がってくることのないエレベーターが降下していく音を聞きながら私はさらに前へ進んだ。
そこには私が待ち望んでいたはずの景色があった。夕暮れが赤く谷を染めていた。真っ青だった空もいつしか色を少しずつ濃くしていた。
私は太陽が完全に沈んでからも空を眺め続けた。太陽とは入れ替わりに、無数の星が空を満たした。暗闇の中で、空を彩るかすかな光に私は見とれた。寒さもいつしか気にならなくなっていた。かじかんでいた両手にはすでに感覚がなかった。
そして朝日を迎えた。その時私にはもう確信があった。今回は山がすべてを受け入れてくれるのだと。私が命がけでここにたどり着いたことに山も答えようとしてくれている。
ここから先がどこに繋がっているかは分からない。何も遮ることなく降り注ぐ鋭い光に目を細めながら、招かれるままに私はゆっくりと車輪を回し始めた。
おわり
エレベーターの総工費用に詳しい方がいたら訂正ください