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 自覚なき揉め事処理。坂口夏樹はプリントの束をもって職員室へと向かっていた。

 

「ゴメンね、坂口君。手伝ってもらっちゃって」

「いや、まあ…………気にすんなよ」

 

 隣を歩く、茶髪でパーマの入った髪をポニーテールで纏めた少女は申し訳なさそうだ。

 彼女は1年C組クラス委員を務める四季沢遥。その手には夏樹よりも少ないがプリントの束があった。

 

「それにしてもちょっと意外、かな。坂口君ってこういうこと無視する人だと思ってたよ」

「よく言われる」

「むしろ、美作君とかの方が直ぐに飛んできそう、だったかな」

「アイツは視野が前に寄りすぎてる。視界に入らなきゃ気付かねぇよ」

 

 友人に対して辛辣な物言いだが、美作大悟はどちらかと言えば直情型だ。

 猪突猛進とも言える。

 

「…………そういえば、結構言う人なんだな、四季沢さん」

「あ、ごめん…………その、思ったことが直ぐ口にでちゃうんだ、あたし」

「別に責めてる訳じゃないんだがな」

 

 これは突っ込んじゃいけない話題か、と流石の夏樹も気が付いた。

 少し考えれば分かるだろう。ズバズバと言う人間は得てして好かれにくい。

  横目でチラリと盗み見た程度だが、その表情には若干の翳りがあった。

 そこからは沈黙。遥はまだしも、夏樹から話題を切り出すことは限りなくゼロに近いものがある。

 

「おう、来たか」

 

 職員室。幾つも置かれた事務机の一つ。

 学年ごとに教員が集められており、その一つ一つに個性が見られた。

 その一つ、夏樹と遥の二人はそこで一人の教師に対面していた。

 

「浪山先生。今日提出の課題を集めてきました」

 

 遥がプリントの束を机に置き、それに夏樹も続く。

 その傍らでは主たる教師、浪山信助は椅子に座って何やらごそごそとやっていた。

 

「お、あったあった」

 

 鞄から取り出したのは、棒つきの飴。

 

「ほら、駄賃だ。貰っとけ」

「え、でも…………」

「遠慮すんなよ」

 

 押し付けるようにして、二人の手に渡された飴。

 

「み、みそ汁…………?」

「こっちは、鯖味噌か…………」

「面白いだろ?ネット通販で買ったら変わり種が大量に来てな」

 

 アッハッハ、と浪山教諭は快活に笑う笑う。持たされた二人は苦笑いも良いところだが。

 

「浪山先生って、悪食なんすね」

「おいおい、坂口。人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。ゲテモノは美味と、相場が決まってるだろ?ぶり大根は中々の味だったぞ」

「味、ですか」

「ああ、味、だ」

 

 交錯する視線。遥は首をかしげているが、夏樹は気付いていた。

 浪山先生は一度としてこの飴が美味しかった、とは言っていない。

 

「……………………まあ、貰っときますよ」

「おう、そうしとけ」

 

 何となくだが言葉で勝てない雰囲気を察して、夏樹は引き下がる。

 

「ほいじゃあ、次は俺の授業だからな。飴は昼休みか放課後にでも舐めとけ」

「あ、はい」

 

 話についていけなかった遥は何となく釈然としない返事。

 彼女は勉強は出来るのだが、先ほどの夏樹や浪山先生の会話など裏を読みあうようなやり取りは苦手としていた為だ。

 そんなこんなで、二人は職員室を出る。

 

「ねぇ、さっきの意味って…………」

「そのまんまだ。あの先生、一回も美味しいとは言ってないだろ?」

「……………………?」

「ゲテモノは美味しいって言ってたさ。けど、この飴事態が旨いとは言ってない」

 

 クリクリと飴の棒を弄りながら、夏樹は嫌そうな顔だ。不味いとは決まっていないが、彼の持つ味は鯖味噌味。飴を舐めている間、魚の生臭さを味わい続けるのは一種の拷問と言えるだろう。

 

「どうしたもんかな」

 

 

 ※※※※※

 

 

 時は進んで、放課後。学ランのポケットの中で飴を弄びながら、夏樹は図書館へと来ていた。

 目的は、世良茜の件に首を突っ込むため。

 興味本意や、その場のノリという軽い理由ではない。

 今は丁度、グループ形成の瀬戸際なのだ。ここで弾かれると、いじめが起きかねない。

 本来ならば教師陣の役目ではあるが、入学したての一年生の人格など全て把握できている筈もない。

 更に言えば、世良茜は大人しい生徒であり、何かと教師の目には留まりにくいのだ。

 そして、大人しいタイプの人間は何かと自分への危害を我慢しがちとなる。

 彼は周りが荒れることを嫌う、だからこそ動くのだ。

 

「……………………あ、さ、坂口、君」

「よお、世良さん」

 

 始まりと同じ、洋書コーナー。二人はそこで再び言葉を交わす。

 普通ならば、ここで世間話でも挟んで腕の傷へとそれとなく訊ねる事だろう。

 だが、夏樹はまどろっこしい事はしない。

 

「世良さん。腕の調子はどうだ?」

「!…………な、何の事、でふか」

 

 単刀直入過ぎるのではなかろうか。

 現に茜もしどろもどろとしており、バツが悪そうだ。

 

「最初に会ったときに気付いたんだ。その腕の所、包帯が、な」

「…………」

 

 バッと茜は思わず、左袖を抑えて後ずさる。その瞳には警戒、そして若干の──────期待、のようなモノが浮かんでいた。

 

「まあ…………なんだ、手を貸せるような事なら、と思ってな」

「…………」

 

 黙ってしまった茜。

 やっぱりダメか、と夏樹は頭を掻き息をついた。

 

「…………別に、無理に聞きたい訳じゃないんだ。ただ、気になって、な」

 

 お節介だったな、と夏樹はそう続けて頭を下げる。

 だが、茜の内心は違っていた。

 

(気づいて、くれた…………)

 

 それは感動ともとれる感情。

 自分を見て、そして心配してくれた、という事実。

 

「ちょ、いきなり泣かないでくれよ…………!」

 

 言われて初めて気が付いた。頬を暖かな滴が伝っていたのだ。

 止めようと思っても、止まらない。涙はどうしようもなく、止まる気配を見せなかった。

 

「……………………ぐすっ、ご、ごめん、なさい…………」

「あ、いや、オレも不躾なこと聞いたし、な」

「…………」

「それで、どうする?話したくないことなら、オレは聞かないし。先生に相談すべきなことなら、取り持つけど…………」

「……………………聞いて、もらえ、ますか?」

 

 少しの逡巡、その後茜は切り出し歩き出す。

 その後を着いていけば、そこは図書館の最奥。

 日当たり悪く、何処かカビの臭いがしそうなジメリとした場所であった。

 

「これ…………何ですけど」

 

 振り返った茜の、捲られた左袖。肘近くまで白い包帯で巻かれていた。

 

「……………………火傷か?」

「…………ッ」

 

 首は横に振られる。

 

「ちょっと触るぞ」

 

 夏樹は差し出されていた左手に軽く触れた。

 瞬間、ビクリと彼女の全身が震えた。

 彼はその反応の仕方を知っている。単に人なれしていないモノではない。痛みが走る際の反応だ。

 

「アザか…………結構酷いやつだな」

「分かり、ますか…………?」

「怪我に関してはチョイとあってな」(処置が荒い。自分で巻いたか…………薬は、無し)

 

 広く浅く。

 そんな夏樹の知識の幅が生きた。

 友人である大悟は、サッカーをやる手前、よく怪我をするのだ。

 その際に時々だが、彼は怪我を周りに隠そうとする。

 最初こそ無視していたのだが、やがて隠していた怪我が悪化し、危うく二度と歩けなくなる所にまで行ったのだ。

 周りが荒れに荒れた。それはもう、引くほどに、荒れたのだ。

 平穏無事が座右の銘とも言える夏樹にとってそれは看過できない事態。

 結果、その範囲の知識に手を出し身に付けた。天才スペックは二流止まりだが本を読むだけで自分のものとしたのだ。

 触診、応急手当等はお手のものである。

 

「…………とりあえず、ここじゃ処置できねぇ。保健室に行くぞ」

「ッ、だ、大丈…………」

「大丈夫じゃねぇ。下手したらこれ、骨に罅が入ってるかもしれねぇぞ」

 

 単純な青タンならばまだ、良い。

 だが、骨は不味い。更にこの上からダメージを与えられれば他の骨よりも圧倒的に折れる確率が増しているからだ。

 茜の右手を掴んだ、夏樹は一気に本棚の森を抜けていく。

 

 

 ※※※※※※

 

 

「さ、坂口、く…………」

「悪いが話は後だ。さすがにオレもここまで酷いとは思わんかったんだ」

 

 保健室。保険医が居なかった為に救急箱だけ借りて夏樹は処置を施していた。

 包帯の下は酷いものだ。青タンというよりは鬱血。赤黒くなっており、酷い有り様だったのだ。

 

「後は暫く冷やすか…………」

 

 冷蔵庫の氷嚢を取りだし、上からタオルを巻き付け、彼は茜の腕をとって優しく押し当てた。

 

「本当なら湿布を使いたい所なんだが、場所がよく分からん」

「…………」

「さて、続きを聞かせてもらおうか。これは親父さんにやられた、合ってるか?」

「!どうし…………」

「単純な予想さ。経験上、物理的に手を出すのは男親。ネグレクトとかなら女親が多い」

 

 私見だがな、と彼は続けた。

 実際それらに当てはまらない虐待も多々ある。

 が、今回はそれが的中したようだ。

 

「私…………父子家庭、なんです」

「親父さんは酒浸りか」

「いいえ、しっかりと働いてます…………ただ」

「…………?」

「父は完璧主義者で…………その、私はこんな性格ですから…………」

「…………随分と古い躾法だこった」

 

 言いつつ、同時に彼は茜の父親の失策を知る。

 体罰による躾は確かに、一時的な効果がある。しかしそれは時折あるからこそだ。

 常の体罰は子供の内面を歪ませ壊す。

 その体罰にも負けずに、反発できる強い人間ならば、それらを糧に大きく飛躍できるかもしれない。

 だが、茜の様に元の気質が穏やかで大人しく、誰それに歯向かわないタイプはそのまま心を腐らせてしまう。

 

「で、どうする。ハッキリ言ってやりようなら幾らでもあるが」

「…………」

「穏便に治めるか、それとも手厳しくいくか。世良さんが決めてくれ」

 

 選択肢。これは迷ったものには救いの手となる。

 数多の候補があるからこそ迷うのであり、だれかが狭めてやれば何れ決めてくれるのだ。

 

「どうして…………、そこまで、してくれるんですか?」

「?」

「私と貴方は、単純なクラスメイト。初対面、ですよね?…………どうしてここまで…………」

「生憎と、そこまで深い理由は無いぞ。単に気になったから首突っ込んだだけなんでな」

 

 夏樹の行動理由など、自身の平穏、若しくは何となく、でしかない。

 

「で、どうする?」

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