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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
一、獣爪の独楽と幽霊騒動
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向こう側の少女


 俺が報告書で読んだ、ランジャック隊長が若い頃に担当した事件の話。

 ある寒い冬の日、男の子が一人行方不明になった。四日後、男の子はひょっこり家に戻ってきた。話を聞けば四日前からずっと家に居たのだという。

 

 家族に声をかけると無視された。僕はここにいると言っても誰も聞いてくれない。そこで男の子は異変に気が付いた。家族の体に触れても反応してくれない、押すと何故か自分の方が弾かれる。腹は減らず、喉も乾かない。眠くもならない不思議な感覚だった。

 助けを呼ぼうと玄関扉を開けたら、昼間なのに外は真っ暗闇。外へ足を踏み出そうとすると身体が動かなくなる。何も見えない。見えないがそこに恐ろしい何かがいることはわかった。


 どうしようもなくなり、窓辺で満月を見ていたら腕輪が切れた。途端に不思議な感覚は失せ、家族に認識されるようになった。父親は突然戻ってきた息子を見て、思わず叱ってしまったという。



「その腕輪が精霊の腕輪、ということですか」

「ああ。その切れた腕輪は今も倉庫にあって、俺も見たことがある。鉱山で採れる燐光石という石の欠片が付いていて、暗闇に持っていくと白く光るんだ」


 本来、燐光石は暗闇で青色か緑色に光る。

 だが精霊の腕輪に装飾加工すると白色光へと変化する。

 自然界で白色に光るものはそう多くないと、サーラ先輩から聞いたことがある。これは予想だが、腕輪に用いた植物の成分に石が反応したのだと思う。


 ヴェッツが、皿の模様がちょうど埋まる程度に油を注ぎ、芯に火をつけた。陽が完全に落ちたようだ。

 あと一刻ほどで問題の時間。その時がくれば、少女がこの場に現れるはず。

 話を聞いていたメレナが口を開く。


「私の父と祖父は炭鉱で働いていて、この家にも珍しい石がたくさんありました。畑の端にいくつか残っていると思います」

「行方不明になった男の子の父親も鉱夫だ。おぼろげだが話が見えてきたな」


 いつ頃か燐光石を使った、光る精霊の腕輪の製法が子供達の間で広まった。

 燐光石を手に入れるには宝石屋で買うか、鉱山組合へ行って分けてもらう方法がある。大人なら入手は簡単だが子供には難しい。だが鉱夫の知り合いがいるなら話は別だ。


 腕輪をつける時、特定の条件で“向こう側”へ連れていかれる。

 条件は闇の精霊がいる場所。つまり『暗闇で腕輪をつける』とかそんなところだろう。


 まず入手した燐光石で、光る精霊の腕輪を作る。そして、光る腕輪を楽しむには暗闇へ行くしかない。暗闇で腕輪を着けた子供は“向こう側”へ連れて行かれる。

 仮定だが、つじつまは合う。

 

 ユーカが俺の上着の裾を摘んで何か言いたげだ。


「“向こう側”へ行った子供が何かの拍子に、この部屋に現れた、ということですか?」

「話を聞く限り、その可能性があるという程度だ」

「仮にそうだとして、対処法は腕輪を切るか月光を浴びればよいのでしょうか」

「わからん。情報が足りないからなんとも言えない。もしかしたら本当に幽霊かもしれないしな」


 揺らめく火の灯りと俺達の沈黙が部屋を支配した。

 とりあえず油が切れる前に方針を決めよう。

 

「本人に直接聞いてみよう。生者でこちらを認識できるなら反応するはずだ。もしも精霊の腕輪が原因なら対処法を調べる」

「近所に行方不明の女の子がいないか、問い合わせも必要ですね」


 方針を述べるとヴェッツ夫妻は安堵したようで、顔に血色が戻った。

 ここからは夫妻にいつも通り行動してもらう。油が切れ、灯火が消えたら寝台で横になる。俺達は部屋の隅で待機だ。


 風が一度窓を叩いた後、灯火がゆっくりと小さくなっていき、そのまま消えた。

 隣に立つユーカの顔が見えないほどの完全な暗闇。部屋には窓があるのに、月明かりすら入らない。

 夫妻は慣れているのか、すぐに寝台からきしみが聴こえた。ユーカの手が俺の上着の裾を握ったままだ。

 

 一瞬だった。

 兆候すら一切なく、目の前に少女が立っている。肩口で揃えた金髪が横顔を隠していてよく見えない。寝台を見ているのか、それとも夫妻を見ているのか。

 左手首の光に気が付いた。

 あれは――間違いない、精霊の腕輪だ。いつ姿が消えるかわからないから急ごう。準備していた言葉を心の中で整理して声をかける。


「お嬢さん、俺の声が聴こえるか? 俺の姿は見えるかな?」


 幽霊とおぼしき少女が顔を上げてこちらを向いた。なんだ、可愛らしい顔じゃないか。

 目を見開き、口を開けて驚いている。よし、反応あり。


「先に言っておく。俺は明日の夜もここへ来る。いいね?」

「……はい……はいっ……!」


 細く小さいがしっかりした、確かにそこに生きている人間の声だ。


「お嬢さんの名前を教えてくれるかい?」

「……私はカテノア。アベイラお姉ちゃんの妹です」


 アベイラ、と呟く声が聴こえた。この声はメレナだ。


「俺は、カテノアが困っているなら助けたい。どうしてここにいるのか教えてくれるか?」


 カテノアと名乗る少女は口を開き、何かを言おうとして、現れた時と同様に一瞬で消えた。

 一つ大きく深呼吸をして油を皿に注ぎ火を灯す。

 寝台の上で涙を流すメレナと、その震える肩を支えるヴェッツが灯火に照らされていた。


「アベイラは、三年前に亡くなった母の名です」



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