調査隊の新人
レスターナ王国の王都グラスランド。
小国のほぼ中心にある丘陵地帯に築かれたこの街は、かつて穀物商人が集まる宿場町だったそうだ。
西の山脈を水源とする二本の川が丘を沿うように流れており、天然と人工の水堀が外敵と火災の延焼を阻んでいる。
丘の一段高い場所にある王城から街を見渡せば、周囲に煉瓦造り、さらにその周囲に御影石と木造の建築が並ぶ。
冬になると連峰の吹き降ろしと北風が衝突して豪雪を降らせるため、三角屋根はどれも鋭角だ。
最も鋭く背の高い三本の尖塔は鐘楼として使われている。
石畳の細い路地が坂道と階段を複雑に繋いでいるため、観光客は必ず迷子になるのだとか。
王城地下倉庫から城門を出て南の橋を渡り一丁、騎士団寮隣の職場へ向かう。
初夏の気温は軽く汗ばむほどだ。少しだけ歩を緩めて行こう。
路地の空中に架けられた縄に、色とりどりの洗濯物が干されている。俺の為に揚げられた凱旋パレードの旗だな。うむ、ご苦労。
騎士団寮の前では非番の連中が鎧に盾、剣を、顔が映るほどぴかぴかに磨いていた。
上半身裸の筋肉男と、銀色に輝く金属の塊が陽光を反射してどうにも暑苦しい。
何故わざわざ外で磨くのか。
やがて見えてくる、看板と補修箇所だけは立派な赤茶煉瓦造りの我が事務所。
総勢八名の部隊には少々手狭な平屋だが、使い勝手はなかなかのものだ。
本当はここに住んでしまいたいと思っているが、寮の隣なので許可が下りることはない。
裏庭に丸太組みの物置があるが、これは騎士団寮と兼用だ。
入口に掛けられたスギ看板には“グラスランド衛兵騎士団・万象調査隊”と流麗な筆文字が踊っている。
戦争が頻発していた百年前まで『王都治安衛兵隊』と『銀鷹騎士団』なる、カッコイイ名前の二つの組織があったのだが、現在は予算削減のあおりを受け一元化、晴れて衛兵騎士団という半端な名称になった。
平和が続いている証拠なので悪くはないのだが、騎士と衛士と兵士、さらに従士までがごちゃごちゃになっているため、外国人にはわかりにくいと評判だ。
我が国の制度において爵位に名目以上の意味はないので、雑な形式でも問題にならないのである。
奴隷の議員や半農の伯爵もいるし、「え! お前爵位持ってるの!?」なんて会話も珍しくない。
とにかくいい加減なのだ。
看板の下を潜って土間を抜け、すぐ左にある隊長室へ向かう。ノックノック。
「隊長殿、ただいま戻りました」
「来たな、歩く戦略兵器」
扉を開けば黒髪オールバックに細眼鏡が光る痩身のおじさん……と女が一人。
おじさんの方、俺の上司ランジャック隊長は外見は冷徹だが心は熱い。そして何故かモテる。くそう、四十路のくせに。いい加減結婚しろ。
隣に立っている女は誰だろう。騎士団の制服を着ているということは関係者か。 スレンダーな体型で編んだ髪をハーフアップにしている。まだ幼さが抜けきれていない顔だ。
「上の連中から小言を仰せつかった。前々回の任務、お前が山道を破壊したから測量と整備をやり直すそうだ」
「反省しております」
ヒゲの騎士団長閣下に「地図を書きかえねばならん。貴様は戦略兵器か」と叱られた記憶もまだ新しい。
それにしても戦略兵器のあだ名、定着しないだろうな?
「まあそれはいい。神殿遺跡の報告はアンルカに上げろ。それと、今日から彼女を任務に連れていけ」
ランジャック隊長はそう言って、隣の女を手で促した。
「昨日、万象調査隊に配属されました。ユーカです」
なんと! 俺の後輩か!
敬礼をする所作が綺麗だし発声も聞きやすい。濃紺色の長い髪がさらさらと揺れていてお手入れ完璧って感じだ。良い所のお嬢様かね。
「俺はリート、二十三才、配属五年目だ。よろしく頼む」
握手をすると予想していたよりも強い力が返ってきた。手の平に硬い肉刺の感触が当たる。どうやら真面目に訓練をやっているな。よしよし。
「二人とも詰所で待機せよ。リート、ユーカに仕事を教えてやれ」
「はっ」
握手した手を繋いだまま二人で詰所へ向かう。詰所は平屋の一番奥だ。
「あ、あの、手を……」
今度こそ逃げられないように優しくしなければ。二年前に配属された新人は十日目の夜、私物を置いて逃げた。
「隊のみんなには自己紹介したのかな?」
「はい。先日ご挨拶しました」
「訓練課程をどこまで修めたか教えてくれ」
「白戦、捕手術、棒術、剣術、馬術は修了しました」
槍術に弓術、それに砲術もない。王室勤務の近衛希望ってところか。
詰所に入れば正面ガラス窓の下に長机があり、右手に大きな円卓と六脚の椅子。これは会議用に設置されたものだが、まともに使用しているところを見たことがない。
左手には絨毯と毛布、天井まで届く書棚があり、年度毎の報告書が整然と並んでいる。
円卓から長机に椅子を移動させてユーカを座らせる。
優しい先輩がぬるい冷茶を淹れてあげよう。騙されたと思って飲んでみろ。ぬるいぞ。
職場の人間関係は大事だ。仲間との相性が良いと仕事の苦労が格段に減るし、ついでに出勤のつらさも減る。俺の祖母は「苦労と後悔は少ないほど良い」とよく言っていた。至言だと思う。
「リートさん、早速なんですが質問良いですか」
茶を机に置いて対面に座る。
うむ。何でも聞きたまえ。好物は鶏肉です。
「調査隊って何をする部隊なんですか?」
そこからか。そこからなのか。