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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
三、王都侵食
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つまらない噂


 進行中の神秘は“伝染する噂話”。判明している神秘の影響は“情報源の記憶の欠落”だ。そして理由はわからないが、俺だけが影響下から外れている。アンルカさんとユーカの記憶から噂話の内容も欠落している可能性があるが、そこは重要な点ではないはず。……ランジャック隊長に犠牲になってもらうか。


「隊長から指示をもらおう」

「はい。リートさん、念のため記憶のすり合わせをしておきましょう」


 俺とユーカ、アンルカさんは詰所での話と出来事を書き出した。もう一度記憶を反復する。俺は“ユーカ”と“アンルカさん”から幽霊の噂を聞いた。大丈夫だ、忘れていない。


「失礼します」

「どうした二人とも。アンルカも一緒か」


 隊長室へ入ると、例のごとく書き仕事をしているランジャック隊長がいた。焦ったそぶりを見せていないから、今回の神秘にまだ気付いていないか。


「隊長は幽霊の噂をお聞きになりましたか?」

「その件か。そんな噂が流れている、とだけ聞いたな。……俺にそれを聞きにきた、ということは何か裏があるんだな?」


 さっすがー。たった一言で事態の重さを把握してしまった。


「はい。神秘の確証はありませんが、ただの噂ではなさそうです」

「よし、話せ」

「その前に一つ、実験をさせて頂いてもいいですか?」

「実験? 俺に対してか? いいぞ、やれ」


 この上司にはかなわないな。アンルカさんやサーラ先輩、騎士団長も大人物だが、ランジャック隊長以上に懐の深い人間を俺は知らない。いつかはこうなりたいものだ。


「ユーカ、隊長へさっきの話をしてくれ。なるべく言葉を変えずに」

「はい」


 ユーカが何者かから聞いたという要領を得ない幽霊話をする。話といってもほんの数秒、肝心な情報が一つも見当たらないような話である。


「それだけか? 何だその話は」

「隊長、今聞いた話を復唱できますか」

「もちろんできる。王都南の外れに――」


 どうやら聞いた話自体を忘れることはないようだ。ランジャック隊長は一語一句間違えず、完璧に復唱した。


「次にアンルカさんの話を聞いてください」


 アンルカさんが先ほどと同じ話をする。話を聞いてもらった後、同様に復唱してもらう。


「では隊長、最初の話を誰から聞きました?」

「それは……」

「二番目の話をしたのは誰ですか?」


 ランジャック隊長が手を机に置いたまま、眉をひそめて固まった。決まりだな。


 一つ、噂話を聞くと情報源の記憶を欠落する。

 一つ、内容は重要ではないか、始めから存在しない。

 一つ、今回の神秘では俺だけが例外となっている。


「どういうことだリート。俺は何故思い出せない? 俺はいつ、誰から聞いた?」

「最初の話をしたのはユーカです。二番目はアンルカさん。つい今しがた隊長の目の前で話をしました。そして俺だけが、話の情報源が誰なのか覚えています」


 ランジャック隊長は椅子から立ち上がり窓の方へ身体を向けると、腕を組んで考え込んでしまった。自分の身に神秘現象が起きたのだから、これは紛れもなく異常事態である。


「教えられてもそうだとは思えん。リートは誰から話を聞いた?」

「ユーカとアンルカさんです」

「情報源を忘れないための条件があるはずだ。リートにあって、俺にないもの、リートがやって、俺がやらなかったことが」


 俺にあって、隊長にないもの。

 いくらでも思いつくが、俺がアンルカさんを忘れていない点が気になった。ユーカとは日中ずっと一緒にいるから、ある意味特別な間柄だ。これだけ近しい存在なのだから忘れていなくても不思議ではない。

 だがアンルカさんとは任務内容や命令を聞く時以外に会うことが少ない。アンルカさんと会っている時間は隊長の方がずっと長いのだ。


 隊長が腕を組みながら天井を見上げ、口を開いた。考えを巡らせ、想像の中で事実を組み立てているときの格好だ。


「三人は話を聞いて最初にどう思った?」


 俺は「それだけかと思いました」、アンルカさんは「調査任務にはならない話だと」、ユーカは「つまらない噂だと思いました」と続けて言った。


「そうだ。噂話としてはつまらない。なにせ、まともな内容が無いのだからな。噂話として成立しているかどうかすら怪しいものだ。だというのに、王都では今なお噂が広がり続けている。何故だ?」


 話し手が聞き手に情報を伝え、それが連鎖するから噂は広がる。真偽不明な情報を共有し互いに楽しむのが噂話の本質である。

 だが、それは内容が真偽不明で面白いから成り立つ。人の間で共有して楽しめる話題だから噂は広がっていく。中には人を傷付けるような噂話もあるだろうが、“悪意を共有して楽しむ”という点では本質から外れていない。


 つまらない噂が広がる理由とは何か。話したくないのに話してしまう理由といえば、買収、命令、拷問、脅迫、催眠だ。買収以外はどれも話し手の意思が無視され、聞き手や第三者の意思によって話が伝わる。

 ……話し手の意思とは無関係に噂が広がっている?


「ユーカ、今朝俺に『噂を聞いたか』と言ったな?」

「はい、言いました」

「どうして“つまらないと思った話”を俺にしようとした?」

「何故でしょう? たぶん……無意識だったと思います」


 よく考えてみれば、ニラックさんに聞かれたあの時も不自然だった。調査に対するただの助言だと思っていたが、意味の分からない噂話について助言などするだろうか? それならば……


「何も無い所から自然に発生したとは思えない。きっと原因が、作為がある」


 噂話には話し手と聞き手以外の意思が介在している。

 人間か人外か、神秘そのものか。正体はわからないが何者かの作為が関係していると考えた方がいい。情報源の記憶を欠落する、という点も作為があるならば理解できる。噂話の出所を探っても、大本へ辿りつけないようにするためだ。


「リート、どうして作為があるとわかる?」

「幽霊です。まるで脈絡のない話なのに、『幽霊を見た』という部分だけが共通しています」

「なるほど。噂話の形式にするため幽霊という題材を選んだ、というわけか」


 これが例えば、『八百屋がニンジンを売っているらしい』という話なら噂になりようがない。当たり前の話は噂にならないのだ。真偽不明だからこそ噂として成立する。

 皆が前提を知っていて真偽不明で面白いもの。幽霊なら題材として充分要件を備えている。『ニンジンの噂』だと意味が分からないが、『幽霊の噂』なら聞き手の想像をかきたてるし話もしやすい。

 この神秘は噂でなければならない。これは作為だ。神秘を伝染させる、という作為である。

 

 問題は目的だな。伝染という影響があって初めて達成される目的。

 汚染、病の発生、刷り込み、意識の改変、記憶の改ざん。……思いつくことが多すぎる。せめて目的が分かれば、話の大本が分からずとも対処できるのだが。


「あっ!」


 ユーカが突然声を上げたせいで、驚いて思わず硬直してしまった。


「どうしたユーカ?」

「あの、……もしかしたら……いえ、やっぱり違うかもしれません……」


 なんだ? 言いにくいことか?

 アンルカさんと隊長の鋭い視線がユーカへ刺さっている。これは情報を催促する視線だ。

 どれ、ここは先輩として助け舟を出してやろう。俺はやらしい先輩、もとい、優しい先輩なのである。


「ユーカ、どんな小さな情報でも、例え間違った情報でも、皆で共有するべきだと俺は思う。一人じゃ解決できない事件でも、仲間と一緒ならきっと解決できる。その為の調査隊だ」


 ちょっと言い回しが臭かったかしれないが、俺の本音だ。

 調査では物事に対しあらゆる角度からの視点が必要となる。だが他の視点が必要だと理解はできていても、一人きりでそれを得るのは難しい。


「そうですね……。リートさんが情報源を忘れない理由、私、わかったかもしれません」



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