閑話 リートさんについての調査報告 そのニ
事務所へ戻る途中、焼き菓子のお店で新作のお菓子を買いました。糖蜜が塗られたお菓子はとっても甘そうです。
今は我慢です。午後になったら食べるのです。そう、これは良い仕事をするための必要経費なのです。だからよいのです。
お菓子を抱え詰所へ入ると、ヘクスさんが座って書き仕事をされていました。体格が大きく、座っていても迫力を感じますが物腰がとても柔らかい方です。
「ただいま戻りました」
「ユーカ。リートは隊長と一緒に守衛隊の所へ行ってくるそうだよ。すぐ戻ると言っていた」
「わかりました。ヘクスさんは報告書ですか?」
「うん、前の件がハズレだったから一応ね」
ハズレ、とは神秘と無関係だと判明した事件のことです。
確実にハズレだと判明する事件は少ないと、リートさんに聞きました。例え事件を解決しても、いくつもの謎が残るのは当たり前なのだそうです。
「そういえばアトリはどうしてる?」
「今は王城でサーラさんと同居されています。落ち着いたら調査に協力して頂くそうですよ」
「へえ、そっか。良かったな」
「はい。……あの、ヘクスさんはリートさんのことをどう思っていらっしゃるんですか?」
「なんだ唐突に。俺がリートのことを好きかってこと?」
「違います違います! 隊長やアンルカさん、それにサーラさんに聞いたら、皆さんが『リートさんは阿呆で詰めが甘い』と同じことをおっしゃるので」
「ああ、そういうことか、はっはっは」
思わず顔が熱くなってしまいました。
今のは私の聞き方が悪かったですね。
「三人ともリートがかわいいんだ。愛情表現だよ」
「愛情ですか?」
「リートに捜査法を一から叩き込んだのが隊長、知識を教えたのがサーラさん、考え方を教えたのがアンルカさん。三人はリートにとって教師なんだ」
これは初めて聞きました。貴重な情報です。
「隊長は酔うと『リートは若い頃の俺に似て馬鹿だ』って言うし、サーラさんにとっては学生時代からの後輩で手の掛かる弟みたいなもの。アンルカさんにとっては配属して一番最初に教育を担当した生徒。三人が思っているよりもリートは賢いし、ちゃんと一人前の騎士だよ」
段々とわかってきました。
リートさんに対する皆さんの評価は、私の両親や祖父母が、私の事をいつまでも子ども扱いするのと同じなのかもしれません。
ぽつぽつと雨粒が窓に当たり、窓の外には通りにはみ出した商品を片付けている店員さん達が見えました。
外に出ている皆さんは大丈夫でしょうか。
「なんだか、リートさんが少し羨ましいです」
「うん。でもその精鋭達に育てられたリートが、ユーカの教育係なんだ。いつかユーカに後輩ができたら、きっとその後輩に同じことを言われると思うよ。ユーカさんが羨ましいって」
ヘクスさんの言葉に、私は恵まれているのだ、と気付かされました。
思い返してみれば、この仕事を嫌だと思ったことは一度もありません。
恐ろしい出来事もありましたが、リートさんがそばにいればなんとかなると、いつも感じていたような気がします。
不思議でどこか抜けているけど信頼できる先輩。
他の方の話を聞いても、結局この印象は変わりませんでした。
いいえ、違います。
変わったことが一つだけ。
不思議でどこか抜けているけど信頼できる、優しい先輩。
「ただいまー、いやあ降ってきたな」
髪へ付いた水滴を払いながら、リートさんが戻ってきました。
手に持っているのはなんでしょう? おもちゃ?
「ヘクス、ユーカ、ちょっとこれを見てくれ」
「なんですか?」
組木細工のパズル、でしょうか。
大きさは両手から少しはみ出すくらいで、立方体でも球形でもなく、対称の部分がない複雑な形です。汚れが付いてところどころ黒ずみ、かなり古いものに見えます。
「アノンダリアの商人が持ってきたパズルなんだが、どうやっても解けないそうなんだ。でな、この組木の中にマンドレイクの種が入っているらしい」
「マンドレイク?」
「万能薬の材料といわれる伝説の植物だ」
すげえ胡散臭いな、とヘクスさんが言いました。
貴重品が入っているのなら、鋸で切り開けば取り出せそうですが。
「正直、マンドレイクはどうでもいいんだ。ただちょっとな、解き方を知りたいんだよな」
「なんでまた」
何か、調査隊の仕事に関係するものなのでしょうか。隊長やアンルカさんからは、まだ何も聞いていません。
「いやー、それが……」
「万象調査隊の皆様、こんにちは」
そう言って詰所へ入ってきたのは、……エリエット様!
妹と同い年には見えないほど優雅な所作で歩く姿に、思わず見惚れてしまいました。
でも、どうして事務所に王女殿下が?
「素敵な髪飾りだね。あなた、ユーカでしょう?」
「お、お初にお目にかかります。ユーカと申します」
「はじめまして、リートから聞いてるよ。こんなに綺麗な人だと思わなかった」
私も殿下にお褒めいただけるとは思ってもいませんでした。
口ぶりからすると、殿下とリートさんはお知り合いなのでしょうか。
「エリエット殿下! 何故このような所に!」
いつも冷静なランジャック隊長とアンルカさんがとても慌てています。リートさんは、いたずらがばれた子供のように肩をすくめました。
「ええ、私がパズルの解き方を知りたいと言ったら、リートが任せろと」
「リート! お前な!」
隊長に叱られて狼狽するリートさんがおかしくて、殿下と顔を見合わせ、一緒に笑ってしまいました。
やっぱり、リートさんは不思議でどこか抜けた方です。皆さんがおっしゃる、『詰めの甘さ』も少しだけ……ほんの少しだけ理解できました。
あっ、そうそう。そうでした。
「エリエット様、新作のお菓子があるのですがご一緒にどうですか? とっても甘いんですよ」
「え、いいの!? ありがとうユーカ!」
「ユーカ!」
閑話 リートさんについての調査報告、了




