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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
閑話 リートさんについての調査報告
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閑話 リートさんについての調査報告 その一


 おはようございます。

 

「おはようございますです、ユーカさん」


 寮の部屋を共にするコーニさんへ挨拶をすると、私ことユーカの一日が始まります。

 ここ数日、コーニさんの寝覚めがとても良いです。少し前までは「お城の守衛やりたくない」と駄々をこね、毎朝寝台から降りるのを渋っていたのですが、街の巡回を任されるようになり仕事が楽しくなったと言っていました。王城の守衛は立っているだけの時間が長くて退屈な上、人目があり手抜きができないのだそうです。


 普段通りの順序で身支度を終え、私がコーニさんの髪を編み、コーニさんに私の髪を編んでもらったら、寮一階の食堂へ向かいます。

 寮母のロロンナさんが作る朝食は、美味しいのですが量が多いのです。いつも量が多いのです。本当に量が多いのです。

 改善よーきゅーです!


「ロロンナさん、量を半分にしてください」

「ユーカちゃん大丈夫? 夕方までもつかい?」

「平気です」


 寮で出る食事は朝夕の二回。

 王都ではお昼と夕方の一日二食が一般的なのだそうですが、騎士団の皆さんは一日三食以上とられる方がとても多いです。農家でも三食以上食べるのが普通なので、やはり一日を通して体を動かすには相応の食事が必要なのでしょう。

 私は朝と昼を少なめにして夕食をきちんと食べる派です。何故なら、午後のおやつが私を待っているのです。大事です。


 食事を終えた騎士団の皆さんは装備を整え、続々と仕事場へ向かっていきます。ちなみに私は結構ゆっくりです。だって持ち場はすぐ隣。今まで遅刻は一度もありません。


 あっ、リートさんが寮入口から入ってきました。ぼさぼさ頭の寝ぼけ眼、寝巻きの姿で椅子に座り、亀の如き速度で半開きの口へ卵焼きを運んでいます。

 寝巻きのまま隣の男子寮から通りへ出たのでしょうか。だらしないなあ。


 亀は“遅い進歩”を象徴していると聞きましたが、リートさんの進歩は少し遅すぎるのかもしれません。

 人が少なくなる頃を見計らい、ブラシを持ってリートさんの所へ向かいます。


「おはようございます」

「おあようユーカ、俺はもうだめら、あとを頼む」

「ほら、準備して仕事へ行きますよ、リートさん」


 最近、朝食を頬張るリートさんの髪を整えるのが、日課の一つになりました。

 リートさんの格好がだらしないと、一緒にいる私まで恥ずかしいのです。きちんと顔を洗ってヒゲを剃れるのだから、髪も整えてきたらいいのに。


「しっかりしてください」

「悪い。いや、気持ちはしっかりしてるんだ。おじさんだから身体がついていかないんだよ」

「二十三才がなにをいう」


 以前、櫛を使って髪を整えようとしたら「自分の櫛を他人に使うと別れを招くんだ。呪術の道具なんだぞ」と言われてから、ブラシに変更しました。どこまで本当のことなのか私にはわかりませんが、リートさんがおっしゃると妙に説得力があります。


 知れば知るほど不思議な方です。よく喋ると思ったら、急におかしなことを言い出します。突然黙ったと思ったら、鋭い一言を口にします。リートさんの人格がどのように形成されたのか、少し興味がわいてきました。


 食器を下げ、寮から一歩外へ出ると、暖かい空気が私を包みました。天気は良いのですが湿気が多いかもしれません。

 調査隊事務所へ一番乗りをしたら、まずお掃除です。これは仕事ではありませんが、実家にいた頃からの大事な日課なのです。

 窓を拭いていると補佐のアンルカさんが来ました。


「おはよう、ユーカ」

「おはようございます」


 アンルカさんがお掃除を手伝ってくださるので、いつも予定より早く終わります。お掃除を終えたら、次はお茶の準備です。ロロンナさんから頂いたお湯をポットへ移し、茶葉を落としました。


「んー、良い香りね」

「春摘みの茶葉が手に入ったので淹れてみました」

「高かったんじゃないの? 船便で来たやつでしょ?」

「いえ、今アノンダリアの商隊が王都へ来ていて、そちらで分けていただきました」

「へえ。ユーカが来てくれてから事務所が快適だわ。部屋がいつも綺麗だし、朝から暖かいお茶も飲める。ついでにお花も飾ろうかしら」


 それは良いかもしれません。明日は花瓶も洗っておきましょう。


「アンルカさん、一つお聞きしたいことがあるんですけど」

「どうしたの?」

「リートさんってどういう方なんでしょう?」

「あはは、何? 何かあった?」

「いえ、何もありませんが、なんとなく」


 疑問を口にしてから、私がリートさんの事を気にしていると思われたらどうしようと、おかしな発想が頭をよぎりました。よいのです。私はもう立派な大人です。惚れた腫れたを気にするような年ではありません。


「そうねえ、もう少し賢く仕事をしてくれれば私の苦労も減るんだけどね」


 私から見ればリートさんは充分に賢い方だと思いますが、きっとアンルカさんから見るとまだまだなのでしょう。調査隊の皆さんは知識が豊富な方ばかりです。私も頑張らねば。


「あと最後がね。いつも詰めが甘いのよね」


 なんとなく心当たりがあります。どこか抜けているような感じです。


 廊下の向こうから扉を開く音が聴こえました。ランジャック隊長がいらっしゃったようです。前日の報告書を揃え、隊長室へ向かいます。扉をノックノック。

 いけません、リートさんがいつも「ノックノック」と口に出して言うものだから、癖が移ってしまいました。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。問題はないか」

「ええ、こちら前日の報告書です」

「ありがとう。いつもすまない」


 報告書を揃えるのは新人である私の仕事なのに、隊長はいつもお礼を口にしてくださいます。上司としても、一人の人間としても尊敬できる素敵な方です。


「あの、お聞きしてよろしいでしょうか」

「うむ、どうした?」

「リートさんってどういう方なんでしょう?」

「リートに何かされたか?」

「いえ、そうではありません。ただなんとなく」


 何故リートさんについて聞くと、逆に聞き返されるのでしょう。やっぱり不思議な方です。


「ふむ……、一言でいうと馬鹿だ。そして詰めが甘い。書いた数なら報告書より始末書の方が多いかもしれん」


 アンルカさんと同じような答えが返ってきました。詰めが甘い、という部分がリートさんの特徴な気がします。


「今からこの書類をサーラへ届けてくれ。戻ったら詰所で待機だ」

「了解しました」


 書類を受け取り、事務所から王城へ向かいます。外に出て空を見上げると、先ほどよりも厚い雲が増えてきました。今日は雨が降りそうです。早めに午後のおやつを買っておこうかな。


 王城へ到着すると、使用人の皆さんが慌しく準備をされていました。今日は南の国アノンダリアから貿易商の方がいらっしゃるそうです。なんでも新しい繊維の開発に成功したのだとか。いずれ王都の服飾に使われるのかもしれません。楽しみです。


 地下倉庫の頑丈な鉄柵を横目に、サーラさんの書斎の扉を叩きます。ノックノック。

 はっ、いけません。


 はーい、いるよー、とのんびりした声が返ってきました。


「おはようございます」

「ユーカちゃんだ。おはようございます」

「隊長から書類を預かってまいりました」

「あい、どうもありがとね」


 この書斎へ来るといつも圧倒されてしまいます。外国の恐いお面や、幻想動物の剥製? まで置いてあり、このまま博物館ができそうです。机の上を眺めていると、綺麗なガラスの小瓶が目に留まりました。確か昨日は無かった気がします。


「サーラさん、その瓶は何ですか?」

「保湿液だよ。ユーカちゃんも使ってみなよ」

「いいんですか? じゃあちょっとだけ」


 手に液を付けて伸ばすと、なんだかお肌がしっとりでもっちもちです。これは……冬に使うとやめられないかもしれません。

 

 思い出しました。数日前、リートさんがアンルカさんに「良い保湿液がないか」と聞いていました。もしかしてリートさんが持ってきたものでしょうか。


「サーラさん、今わたし、色々な方にリートさんについて聞いて周っているんです」

「リート? また何かやらかしたのかい?」

「いえ、これは調査なのです」

「調査かー、じゃあ真剣に答えなきゃいけないね」


 やっぱり聞き返されました。何故でしょう。


「リートは阿呆だね。一日に三回、同じ質問をしにきたこともあるよ。まあ、事情があったんだけどね。あとはそう、詰めが甘いかな。いつも最後が締まらないんだよね」


 どうやら調査隊の皆さんにとって、『リートさんの詰めが甘い』ことは共通認識のようです。私にとっては、不思議でどこか抜けているけど信頼できる先輩、なのですが。

 まだまだリートさんには隠された秘密がありそうです。


「でも、人の気持ちが分かる男だと思うよ。この保湿液も、私の指が荒れているのに気付いたリートが持ってきてくれたんだ。ふふっ、だから長所は優しい所かな。……いや、短所かもしれないな」


 優しくあることが短所になるのでしょうか。私には分かりませんが、考えの深いサーラさんのことです。もしかしたらそういうこともあるのかもしれません。


 あっ、そういえば私も、リートさんに買って頂いたアクセサリーのお返しを何にしようか、ずっと悩んでいました。人を悩ませる優しさなのだから短所。なるほど納得できます。でも嬉しい悩みをくださるのだからやっぱり長所のような……。


「ユーカちゃんになら話してもいいかな。リートはね、たくさん失敗をするけど誰かを不幸にしたことはないんだ。でも、ただ一度だけ、致命的な出来事があった」



 昔、衛兵をしていたリートを私が調査隊へ誘ったんだ。あれはリートが調査隊に配属されて最初の冬だった。今でも覚えているよ。王城前の中央広場、風がまったく吹いていない満月の夜でね、大きな雪の結晶がほぐした羽毛みたいにゆっくりと降っていた。広場にいたのは私とランジャック隊長とリート、そして一人の少女。リートが少女に手を伸ばしたその時、少女は消えた。リートの目の前で、燃えた灰が風で飛ぶように消えてしまった。あれは仕方なかった。調査隊の誰であっても間に合わなかったし、誰のせいでもなかったんだ。

 

 その後は大変だったよ。リートが荒れちゃってね。落ち込んでまともに話もできないし、初めて強い酒を飲んで、衛士と喧嘩して水堀へ落ちたりね。……私はリートを誘ったことを後悔した。そのことをリートへ正直に話して、「辛いなら私と一緒に辞めようか」と言ったんだ。でもあいつ、何て言ったと思う? 「俺は調査隊へ入ったことを一度も後悔していません。だからサーラ先輩も後悔しないでください。後悔は少ないほど良いんです」って言ったんだよ。一番辛い思いをしているリートが私のことを慰めたんだ。私の方が先輩なのにね。



「なんか、朝から変な話しちゃってごめんね。あはは。でも、ユーカちゃんには知っておいてほしかったんだ」


 話を聞いて、私は何も言えませんでした。

 きっとリートさんの心には、今もその時の棘が残っているのでしょう。私には想像もできない痛くて苦しい棘が。


 でも……でも、ある一つの確信が私の心に灯りました。誰が何と言おうと、リートさんの優しさはとびっきりの長所です。そして傷を負いながら立ち上がった、その強さも。



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