いちかばちか
「どうしましょう」
光り輝いている巫女の魂は巨大な骸骨から離れ、空中に浮いたままだ。
巫女が生者だったのなら、俺達は無理矢理身体から魂を引き剥がした、ということになる。
魂を身体に戻す方法なんてあったか?
「ねえユーカちゃん、このまま魂を放っておいたら勝手に冥界へ行かないかな?」
「それは……」
「サーラ先輩」
そうなれば立派な殺人者である。
法に抵触するかどうかはわからないが、夢見の良いものではない。
大体、素直に冥界へ行ってくれるとも思えない。
「サーラさん、もう一度魂を身体へ戻す方法はないんですか?」
「無くはないけど失敗する可能性が高いね」
「サーラちゃん、ちゃちゃっとやっちゃいなよ。ダメで元々なんだからさ。なんとかなるって」
ウィネットさんは軽いノリで言っているが、失敗した時の事を考えると恐ろしい。
手順を違えれば何が起きるかわからない。
まあ、しかし、ここまできたら成るようにしかならないか。
「ウィネットさんに賛成です。このまま魂を放っておく方がマズい気がします。ユーカもそれでいいか?」
「はい、何もしないよりは良いと思います」
「……そうだね。一か八か、やってみる」
サーラ先輩は新たな魔法陣を地面に描き、ユーカの所へ歩み寄った。
「ユーカちゃん、髪の毛を一本もらえるかな」
身体の一部を触媒に使う魔法だ。
強力な魔法は少ないが、確実性は高い。
「リートも一本ちょうだい」
何故、自分の髪を使わないのか。俺が禿げたら責任を取ってもらえるのか、是非、言質を頂きたい。ウチは代々禿げ頭を輩出する家系なのである。祖父と曽祖父も見事に禿げ上がっていた。親父と兄貴は今のところふさふさだが、俺もそうなるとは限らないし十年後俺の髪が無事である保証はどこにも――
あ、自分のも使うのね。
それならよし。
「みんな聞いて、これから魂を肉体に定着させる魔法を使うよ。でも上手くいくかわからない。初めてのことだし何が起こるかもわからない。覚悟だけはしておいて」
俺やウィネットさんはまだ良いが、ユーカと新人達が少しかわいそうだな。
いきなり覚悟をしろと言われても難しいだろう。
魂を肉体に定着させる、ということは復活の魔法だ。
魔法というか、まさに神の奇跡である。
普通の人間に扱える代物ではないし、生きている存在に使えばどうなるか想像もつかない。
しかも、明らかに普通ではない特殊な状況だ。
何か起きたら俺が身体を張るんだと、もう一度自分に言い聞かせた。
サーラ先輩がラクワナの杖を地面に立てると、輝いていた小さな光がゆっくりと広がりながら下降し、躯に吸い込まれた。
周囲の木々から様々な色の光の帯が何本も伸びて、躯全体を繭のように包んでいる。
幻想的な光景だが、勘違いした失敗の尻拭いと考えると気が抜けるな。
やがて繭は糸が解れるように消えていき、光をすべて失うと巨人の骸骨はどこにも見当たらなかった。
代わりにそこに立っていたのは、一人の少女である。
ん? 魂を躯へ戻すんじゃなかったか? 完全復活しちゃっているように見えるんだが。
それに、巨人ではなく普通の大きさの人間だ。
「いやあ、これは意外な結果が出たね」
「成功……したんですか?」
「成功と言っていいんじゃないかな。まさか奇跡が起こるとはね」
「で、あの子は何なんですか」
「普通の人間として復活したんじゃないの? リート、ちょっとあの子と話してきて」
何故、他人事なのか。責任逃れなのか。
どうも最近、損な役回りが増えている気がする。
ユーカという後輩ができたのだから頼れる先輩として独り立ちしろ、という愛の鞭なのだろうか。
少女へ近付いていくと、どこかで嗅いだことがある懐かしい匂いがした。心が落ち着く匂いだ。
一糸纏わぬ姿の白髪の少女は閉じていた目を開き、何度か瞬きをした後、こちらを見て柔らかく微笑んだ。
危険な存在には見えないが、油断はできない。
「こんにちは、お嬢さん。言葉はわかるかい?」
「うむ、わかるぞ、リートとやら。わしは今とても良い気分じゃ」
「名前を聞いてもいいか?」
「わしの名前はアトリアナという」
どこが巫女だ。神様じゃねえか。
いや、待て待て、まだそう決まったわけじゃない。ただの同名という可能性もある。
ユーカが布の切れ端を一枚持ってきて、少女を優しく包んだ。
「ローブは無事じゃったか。布をばらしたんじゃな」
「あー、君に聞きたいことが山ほどあるんだ」
「わしも聞きたいことがある。おぬしらはここで何をしておる」
「ああ、それは……」
「私達は、この谷で見つけた巨人の骸骨を弔うために来ました」
邪魔な骸骨と魔法を片付けに来た、と思わず言いそうになった。
棘のない良い答えですユーカさん。
「そうかそうか、わし、骨になっとったか。さもありなん」
「君は、……アトリアナはここで何をしていたんだ?」
「化物退治じゃな。皆困っておったから、わしが退治した。まあ色々あって動けんくなってしまったがの」
俺の目の前にいるのは、魔物カラウと戦った大きな人、で間違いないだろう。
伝説の当事者と直接話すことになるとは思わなかった。
人生、何があるかわからんな。
「サーラちゃん、そろそろ戻った方がいいんじゃない? 早くしないと日が暮れるよ」
ウィネットさんはすでに新人達に命じて帰り支度を始めている。
本当に動じないなこの人。
「話は王都で聞きましょう、サーラ先輩」
「そうだね。アトリアナ、それでいいかな?」
「うむ。じゃが足に力が入らん、誰ぞわしを運んでくれんかの」
「リート」
あ、やっぱり俺が背負うんだ。