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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
二、山の異変と魔法遺物
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布のようなもの


「久々の、山登りは、体に、こたえるね、はあ……」


 頭脳担当で指揮担当のサーラ先輩は休憩をご所望のようだ。

 俺も少し疲れてきたな。


「サーラさん、もうちょいだから頑張ってよ」


 キアフットはまだまだ余裕があるようで、さらさらの茶髪をかきあげて白い歯を輝かせている。

 この身軽な優男は、配属十年目で俺から見ると四つ上の先輩だ。

 装備に変な仕掛けを施すのが趣味で、身に付けている装備はどれも原型を留めていない。

 剣の鞘に細い鉄線を巻いてるけど、どうやって使うんだろう。

 普段、寮で一緒に装備の改造をしたり武器談義をしているから、先輩って感じがしないんだよな。


 今、俺達がいるのはカラウ山の五合目手前。推定だが気にしてはいけない。

 雲間で見え隠れする昼下がりの太陽が身体を熱していて、考えるのも億劫だ。


 朝早くに馬車で王都を出発した俺、キアフット、サーラ先輩はカラウ山麓に到着後すぐに登り始めた。

 この山道は主に伝令が使っている道で、幅が狭く急坂も多い。小川沿いなので飲み水には困らないが、登るのは一苦労だ。

 七合目を越えれば高山の植生に変わるが、今回はそこまで行かない。

 俺達が目指すのは五合目と六合目の間の谷、カラウ山第二渓谷である。


 後ろを振り返ると新緑がなんとも眩しい。だいぶ登ってきたな。

 キアフットは大荷物を背負っているくせにけろっとしてやがる。その体力をサーラ先輩に分けてもらいたい。


「リート、今回の獲物は魔法遺物なんだろ? この人数で平気か?」

「まだ遺物かどうかわからないですよ。予想が外れれば気分良く帰れるんだけどな」


 ユーカが言っていた、「春の終わりに大雨が降った」という言葉が心でぐるぐると渦を巻いている。

 谷間の土砂が雨で流れたことで谷底にある何かが露出したとなれば、それは昔からそこにあったということになる。

 記録の一つさえ残されていないほどの昔から。


 五合目に着くと、ぱっと視界が開いた。

 尾根からは第二渓谷の全体がよく見渡せるものの、谷自体が深いのか、底は樹木の影に隠れてほとんど見えない。

 ここから尾根を外れ、少し下れば予定の野営地だ。


「サーラ先輩あと少しです。ほら、俺が手を引きますから」

「ごめんねえ」


 サーラ先輩の綺麗な指が少し荒れているな。薬品を扱うせいだろうか。

 帰ったらアンルカさんに質の良い保湿液がないか聞いてみよう。


 到着した野営地は鬱蒼とした樹木に周囲を囲まれ、ここからも谷を視認することはできない。

 小川から聴こえる水音が心地良いな。

 キアフットがてきぱきと野営の準備を進めているようだ。

 荷物を置き装備を身軽にしてから、サーラ先輩に「谷を見てきます」と言い残し、木々の間を分け入った。


 何だあれは。

 想像していたよりもずっと大きい。

 広々とした谷の底に、茶色の布としか例えようのない何かが広がっている。

 細長い楕円形、地面の凹凸や樹木に被さって形を変え、一つの小山のようになっていた。


「わ、わ、……ずいぶんと大きいんだね。王城くらいなら包めそうだ」


 体力が復活したサーラ先輩も追ってきた。

 王城はちょっと言い過ぎだが、平屋の民家四、五軒くらいなら包めそうな大きさだ。

 後ろでキアフットが目を丸くしている。


「谷へ下りる道を探そう」


 背の高い草を刈りながら谷底へ下りると、改めてその巨大さと不自然さに圧倒されてしまった。本当に何なんだこれ。


「見てみろよリート、これは“布のようなもの”じゃない。布そのものだ」


 端を間近で観察してみれば確かにどう見ても布だ。

 茶色と焦げ茶色の繊維が重なるように接着された不織布と、格子状に荒く織られた部分が、太い糸、というか紐で規則正しく縫合されている。

 明らかに人為的に作られたものだ。


「布だね。ああ、まだ触ってはいけないよ。何があるかわからないからね」


 サーラ先輩が薬品やら何やらを布に垂らして反応を見ている。


 ――さっきから何か引っ掛かるな。

 始めは水滴のような違和感だったが少しずつかさを増して溢れそうだ。

 違和感の正体が見つからないかと首を廻らせると、一本の樹木が目に留まった。


 布がかかった樹木。

 そうだ。

 布は昔から谷底に埋まっていた、と推理した。

 何故樹の上にかかっている? 何故地形に被さり凹凸を作る?


 確か測量の部隊員は「茶色の何かが谷から空に向かって生える」と表現していた。

 この布は一度、谷の上の空中まで移動している、ということか。

 そこから地面に下りたと考えれば、この状況には説明が付く。


 しかし、巨大な布がひとりでに浮いたとは考えにくいな。空中から引っ張られたというのも不自然だ。

 やはり、そうなのか。


「これは間違いないね。魔法がかかっているよ」

「どんな魔法かわかりますか?」

「わからないけど、神殿遺跡の古文書に記された魔法に似てるかな」


 神殿遺跡には冥界の使者……死神を象った石像があった。つまり、あの場所は墓地だった可能性が高い。

 墓地に関連する魔法といえば、鎮魂と死霊の操作だ。

 サーラ先輩が裾に付いた砂を払って、こちらへ向き直った。


「さて諸君。我々に課せられた任務は異変の確認と対策立案である。諸君も予想していると思うが、目の前のこれが“石の布”であるなら布の下には巨人がいるはずだ」


 目撃証言と伝説を照らし合わせればたどり着く答えである。まあ、それはいい。

 問題は、この巨人が動く可能性がある、ということだ。

 測量の部隊が目撃したのは夕方。荷物持ちの少年が目撃したのは早朝。俺とユーカが見た禿山も関係しているなら夕方過ぎだ。

 巨人は日の出と日没に動く、と仮定できる。


「巨人の姿を確認しておきたいんだよね、リート」

「頼むぜリート」


 何故二人とも俺の方を見るのか。

 ……わーかーりーまーしーたー。


 重たい布を何とか持ち上げ、布の下へ潜り込む。

 少し暗いが、繊維の隙間から光が射していて手元は良く見える。


 ああ、この色と形は知っている。

 骨だ。人骨だ。ひと目見て人骨だと分かった。

 この頭蓋骨の形状は人間以外にありえない。歯もきれいに揃っている。

 通常と違うのは、横倒しにされた頭蓋骨の大きさが俺の胸の高さほどもあるということだ。


「サーラ先輩、ありました」


 俺が布の端をめくり上げると二人が入ってきた。

 うわっ、とキアフットが声をあげる。いくら想像できていてもさすがに驚くよな。


「こりゃすげえな、こっちが魔物と言われても納得できるぞ」

「リート、キアフット、ここを見てごらん。オトガイが細いんだ」

「オトガイって何ですか」


 下あごのことだよ、とサーラ先輩が骨に触れながら言った。


「そのオトガイが細いとなんなの? サーラさん」

「巨人が普通の人間と同じ特徴を持っているなら、この骨は女性か子供ってことだね」


 魔物と戦った巨人なのだから、屈強な男の戦士だろうと勝手に確信していた。

 やはり固定観念は怖い。


「それにしても綺麗な骨だよね。長いこと埋まっていたなら汚れるか、欠けるか、石になっていてもおかしくないんだけど」


 一つため息をついて顔を上げると、澄んだ青空が見えた。

 ん? 今は夕方だ。

 それに、どうして布の内側まで青く光っている?

 青い光は瞬く間に円形の模様へと収束し、骨と俺達を包み込んだ。


「魔法陣だ! すぐに離れて! 走れ!」


 慌てて布を飛び出し、サーラ先輩をおぶって一直線に谷を登ると、山間に太陽が沈んでいくのが見えた。

 しまった、日没の時刻を完全に失念していた。


 後ろを振り返ると布が徐々に形を変え、次第にその全貌を現した。

 布の隙間から伸びた白い手が地面を押さえ、地に足を付け、膝を伸ばし、背を丸めて骨がぐんぐん高くなっていく。

 骨同士がぶつかる鈍い音が響いて、ああ、これは報告にあった音だな、と納得した。

 音に驚いた鳥達が一斉に飛び立ち、散り散りに谷を離れていく。

 やがて布は見上げるほどの高さまで立ち上がり、俺達三人に深い影を落とした。


 逆光の中に立つ、茶色の長いローブを着た巨人の骸骨だ。

 ローブの前面は開かれ全身の骨がよく見えた。

 布の裏側から紐のようなものが飛び出し、次々と骨の間接を固定している。

 そうか。あの巨人の骸骨が被っているフード、俺とユーカが見た禿山だ。


「リート! あんなデカブツどうすりゃ倒せる!? それとも逃げるか?」


 キアフットが剣を手にしたが、はたしてこれが役に立つのかと逡巡している。

 サーラ先輩は俺の背中で身動ぎさせ、地面に足を付けた。


「まだ敵と決まったわけじゃない。隠れて相手を観察しよう」


 立ち上がってはいたが、こちらへ何かをしてくる様子はない。

 巨人の骸骨はただ、じっとその場で山頂を見上げていた。



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