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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
二、山の異変と魔法遺物
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カラウ山の異変


「……ってなことがあったんですけど俺のせいじゃないです、よ、ね?」


 王都案内の翌日、俺達が聞いた行商の話と山の異変について報告をしたら、すぐに王城での待機命令が出た。

 そして今、俺とユーカは騎士団詰所ではなくサーラ先輩の書斎へ来ている。

 おそらく正式な調査任務となるので予習をしておこう、という狙いだ。

 固定観念に縛られることもあるので注意が必要だが。


「その話だけではまだわからないね。君のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。ユーカちゃんはどう思う?」

「リートさんが関係しているかはわかりませんが、二つの話には関係がありそうな気がします。根拠は何もありませんけど」


 谷底の茶色い大きな何か。夜になると見える禿山。

 同時期に起きた異変だが、それを言うならカテノアの件も同時期だ。偶然発生が重なったこともありうる。


 それよりも異変の場所が問題だ。どちらも連峰最高峰のカラウ山で起きている。現場の谷と俺が見た禿山の位置はかなり近い。


「仮にリートのせい、……龍脈移動が原因の異変だとしたら、いつかは起きることだからね。遅いか早いかの違いでしかない。気にすることはないよ」


 別に気になどしていない。

 また騎士団長に叱られたら嫌だなあとか、山麓の住民の間で問題が起きたら困るなあと思っているだけだ。ほんのちょっとだけ。


「先輩は茶色の苔について何か知りませんか」

「ふむ。茶色の苔といえば藻の一種だね。塩水でも真水でも、海だろうが池だろうが水がある場所ならどこでも発生するよ。それこそ雨水が溜まった壺の中でも発生する。川底の石にもたくさんへばりついているけど……ただ、カラウ山の縦谷で見かけたことはないね」


 縦谷とは山脈に沿って形作られた谷のことだ。傾斜があるため水は流れていってしまうし、風が吹いているので根が弱いものはその場に留まれない。

 谷底に川が流れていれば生えているかもしれないね、とサーラ先輩は言った。


 谷越えの道が通っているのだから、川が流れていたとしても人が渡れる程度の小さく浅い川だ。橋は架けられていないから、大きな川は流れていない。

 騎士団の地図でも橋の存在は確認できないから間違いないだろう。

 そして小川に藻が広く群生するとは、少し考えにくい。


「んー、あとはねえ、緑の苔が枯れると茶色になるよ。極端に暑い日が続くと枯れやすいね」


 異変を目撃した行商人は、山の雪解けを見て谷越えを決めたはずである。

 つまり雪が溶けるほど暖かかったのは間違いないが、王都では今年に入ってから暑い日など一日もなかった。麦の収穫や、野菜の植え付けだって例年通りに行われている。

 高山で平地よりも暑い日が続く、なんてことがあるだろうか。


「サーラ先輩、王都より山の方が暑くなることはあるんですか?」

「それは……うーん、暖かい風が山向こうから吹けばあるいは……いやしかしそうなると……」


 サーラ先輩が首をかしげて悩んでいる。これはなかなか見られない珍しい姿だ。

 理屈がすぐに見つからないのだから、やはり不自然ということだろう。


「わかった! 山と王都で別々の方角から風が吹けば気温が逆に!」

「なんだか無理矢理な推理ですね」

「そうだね。今のは無視していい」


 ユーカにつっこまれて照れているが、この姿はそれほど珍しくないな。

 山に熱風が、平地に冷風がそれぞれ別方向から吹く。道理は通っているが、そうそうあることだとは思えない。


 あとは気温以外で苔が枯れる原因だが、病気か、それとも毒か。

 そういえば春の終わりに大雨が降ったとユーカが言っていた。雨で土壌から毒が流れ出した可能性があるな。


 ――だが、それでは大雨以前に緑の苔が大発生していなければならない。

 冷たい雪の下で苔が大発生した、というのはさすがに無理がある。

 やはり藻か?


 情報を整理していると、サーラ先輩の言葉が一つ、心に引っ掛かった。

 “茶色の藻は海でも発生する”。


 俺とユーカが聞いた話では、異変を目撃した行商人は漁村に住む漁師だ。

 海で藻を見慣れている漁師が、見てもわからないというのはおかしい。

 相当に不自然な状況だったから、わざわざ兄貴に話をしたはず。


 茶色の苔説はどうも怪しいな。

 行商人の証言、“一枚布に見える茶色の大きな何か”という前提は、そのまま言葉通りに受けとった方が良いかもしれない。


「禿山についてはどうですか」

「似たような話はいくつか聞いたことがあるよ。一瞬目を離した隙に山に穴が開いたとか、山が消えたと思ったら翌日には元に戻っていた、とかね」


 山の異変は奇跡や精霊、怪異と関連付けられ、山岳信仰に繋がりやすい。

 ただでさえ圧倒的な存在がそこにあるのだ。信仰の対象となるのは自然な成り行きといえる。

 ただ、こういった話は一度きりの突発的な怪異であることが多い。


 今回は事情が違う。

 鐘守の爺さんは「最近この時間になると」と言っていたから、何度も異変を目撃している。

 つまり異変は現在も継続中である。正式な調査任務になると予想したのも、それが大きな一因だ。

 継続する異変は取り返しの付かない事態に発展する可能性がある。なるべく早く確認して、問題があるなら先手を打つ必要があるのだ。


「まあ、口伝はともかくだね、山が噴火する直前に山肌の一部が急に盛り上がった、といくつかの文献に残っているよ」

「特定の時間にだけ山肌が盛り上がることもあるんでしょうか」

「うーん、あるかもしれないが異例だと言っていいんじゃないかな」


 特定の時間、例えば潮の満ち引きと同じ理屈で山肌が盛り上がるなら、月と太陽の両方に影響されなければおかしい。つまり一日に二回、盛り上がることになる。

 明るい昼間に異変が起きたなら目撃者はもっと多いはず。


 サーラ先輩が何か思い出したようだ。


「そういえば騎士団で山道の測量をやっているんだったね。団長にも聞いてみたらどうだい?」



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