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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
二、山の異変と魔法遺物
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暮れる路地に鐘が鳴る


 休憩を挟みつつ西区商店街から歩き続け、王城そばにある劇場の脇を道なりに進めば北区鐘楼前広場へ到着だ。

 広場の中心に設置された小さな花壇と日時計が、行き交う住人の目を楽しませている。

 辺りを見れば陽がだいぶ傾いてきた。良い頃合だな。

 ユーカがまた何か食っているが気にしないことにした。


 塔の銅扉を開き、更に奥の木扉を開いて、中を覗く。

 大きな水時計のそばに、分解された雪転車が見えた。冬場、馬に引かせる路上用の雪かき道具である。

 そういや、広場の倉庫としても使ってるんだったか。


「じいちゃんいるかい」

「おお、リートや。今から鐘突きじゃわい」


 そこにいたのは首が隠れるほど長い白ヒゲの爺さんだ。

 俺が調査隊に配属される前、巡回の衛兵をしていた頃に知り合った、気の良いじじいである。

 知り合った頃は金物店の店主だったが、息子へ店を譲ってから日がな一日、鐘守として広場を見守りながら過ごしている。


「なんじゃおめえ、女連れかいな。あれか。あれ」

「俺の後輩だ。てっぺんの景色を見せてやりたいんだけどいいかな」

「お爺様、お願いします」


 ユーカが袋を開き、俺が中から酒甕さかがめを出して机にどんと置いた。


「んなもん……駄目にきまっておるわな? ふっふっふ、ついてこい」


 話のわかる爺である。

 塔の地階から右回りの螺旋で九十段、二階から逆方向の螺旋で九十段。計百八十段を上り詰めれば、四方に大きな窓が開いた鐘突き部屋へ辿りつく。

 地階から縄を引っ張って鐘を鳴らすこともできるが、爺さんは「足腰の鍛錬じゃな」と言って毎日三度、この階段を上下しているという。


 普段から訓練で身体を動かしていても、この階段を上るときはさすがに疲れる。疲れるが、鐘突き部屋にはそれだけの価値がある。


 階段から部屋に顔を覗かせれば、真横から射した夕日が小さな部屋全体を茜色に染めているのが見える。

 一抱えほどもある大きな鐘が鈍く金色に輝いて、反射光が天井を明るく照らしていた。

 南向きの窓辺からユーカに手招きをする。特等席だ。

 

「わあ……」


 丘陵地帯に作られた街なので区域ごとに土地の高さが違い、なだらかな傾斜に夕陽が当たり複雑な陰影を作っている。

 街の外には収穫を迎えた冬越えの麦畑が整然と波打ち、風の姿を地に映していた。

 街を一望できるこの部屋は、俺のお気に入りの場所だ。

 今見ている夕景も美しいが、朝焼けの王都もそれに負けぬほど美しい。滅多に見られないという点も良いな。


 正面の王城まで真っ直ぐ伸びる大通りへ目を向ければ、一日の仕事を終えた住民達が足早に家へ向かっているようだ。

 川に架けられた石橋の上には王城へ向かう馬車がゆっくりと進み、川面が光をたたえて、きらきらと揺れていた。

 民家の煙突からは煮炊きの白い煙が伸びて、夕方の優しい風にあおられ何本も横にたなびいている。

 家族の帰宅を歓迎する狼煙のように見えた。


 西側の窓辺へ移動すると、同じように家路を急ぐ人々が多く行き交っている。きっと帰りを待つ誰かがいるのだろう。

 全体が濃緑に包まれた連峰の頂に、太陽が触れた。


「お穣ちゃん、これ持って下に引っ張るんよ」


 鐘守の爺さんが鐘の下に伸びた縄をユーカに手渡す。縄を引くと木槌が鐘の内側から叩く仕組みである。

 ユーカは俺の方を見て、自分が鳴らしても良いのかと不安げだ。


「夕方の鐘は、同じ長さで八回鳴らすんだ」


 ユーカの背後から手を伸ばし、縄の上の方を持つ。

 勢い良く縄を引くと、澄んだ音色が街の上空を走るように響いた。


 ユーカが縄を引っ張る。大通りに音が響く。


 俺が縄を引っ張る。屋根の上を音が走る。


 ユーカが縄を引っ張る。路地裏を音が包む。


 ややずれて、他の鐘楼で鳴らされた鐘がかすかに聴こえた。


 大通りの端を明るく照らしている酒場からは、大きな笑い声も聴こえてきた。

 太陽は少しずつその姿を山間に隠し、刻一刻と空の色を塗り替えている。

 鐘を鳴らし終える頃、天上には星が、地には民家の灯りがぽつぽつと見え始め、王城前の篝に点けられた炎も、夜の到来を知らせていた。


 今日一日の記憶と心地良い疲労が身体を満たして、肩の力が抜けた。

 乾いてささくれ立った心に潤いが戻ってきた、という気分だ。

 後輩に癒されてしまったのはどうにも癪だが、ユーカがいなければ、改めて王都を見て周るなんてことはしなかった。

 感謝した方が……良いんだろうな。


「さてと、それじゃあ帰るか」

「はい。今日はとっても楽しかったです、本当に」

「ああ、俺も楽しかった」


 満足して今日を終えられるなら何よりだ。


「リートよ。最近この時間になると山がおかしいんじゃが何か聞いておるか?」

「山?」


 まさか龍脈移動の影響か……?

 慌てて言い訳を用意する。


「ほれ、あそこじゃ」


 連峰に目を向けると、特におかしな所はない。

 いつも山を見ているわけじゃないが、これといって気が付く点は何もなかった。


「あ! リートさん、あそこの稜線を見てください」


 んん?

 山頂、尾根、禿山、渓谷、森林と順に目を凝らす。暗くてよく見えないが何か不自然なような。

 そうだ。一箇所だけ小さな禿山がある。

 先ほど俺が見た連峰は全体が緑に包まれていたはずだ。


「目を離した隙に、いつの間にか禿山ができとるんじゃ。昼間は見えんのになあ」

「黄昏時は目の錯覚を起こしやすいと聞いたことがあるが……なんだあれ?」

「一応、これも隊長に報告しておきましょうか」


 二人で鐘楼に上ったことがばれそうだな。



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