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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
二、山の異変と魔法遺物
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王都案内の距離

 果汁で甘く味付けられた豆をぽりぽりと噛みながら、西区第一商店街へやってきた。

 地元の人間で溢れた狭い商店通りは、他区と比べて古い店や専門店が多いのが特徴だ。色々と融通が利くので俺もちょくちょく通っている。

 雪解けから木枯らしが吹き始めるまでの間は店先に商品を並べていて、さながら目抜き通りで開催される露天市のようである。

 雨が降り始めると、慣れた動きで商品を店内にしまう商人の姿もここの風物詩だ。


 それにしても、俺とユーカの豆を取る手が止まらない。

 一応勤務中なので、口に物を入れて歩くのは褒められたことではない。ないのだが……

 おや、先ほどまで柑橘味だったのに今度は山葡萄味だ。少し酸味がきついが風味は素晴らしい。

 店ではどうやって果汁を保存しているんだろう。酒にするのか、油に風味をつけるのか、砂糖漬けという手もあるな。

 甜菜の根から糖を取り出す技術が輸入されて以降、菓子の種類は増える一方だ。その内、甘い食べ物以外は残らず駆逐されるのではないか。


「これ、かわいい」


 ユーカが店先の軒下で見つけたのは、雪の結晶を象った小さな装飾品だ。

 青灰色と銀白色の二色の金属を組み合わせてあり、……材質はなんだろうな。


「おばちゃん、これ何でできてるんだ?」

白鑞しろめだよ。あら、あんた騎士のお兄ちゃんじゃないの。デートかい? 安くしたげるから可愛い彼女に買ってあげなよ。ついでに紐も付けちゃう」


 ほうほう、白鑞といえば金持ちが銀食器の代わりに使う錫合金だ。

 触れてみると予想より少し硬い。錫ほど柔らかくないんだな。

 鍋で融かせるから、溶練炉がなくても鋳造できると聞いたことがある。


「何年か前に、白鑞は禁制品になったんじゃなかったか?」

「外国製の白鑞食器だけね。鉛が混ざってるんだってさ。だからほら」


 おばちゃんが指差した壁には、鉱山組合の証明章が貼ってある。混ぜ物のない国産の鉱物のみを扱っているという証明だ。


 昔から鉱山を擁する王都では経験則として鉛毒が知られているが、他の地域では鉛が広く使われているという。

 銀ほど高価ではないが、まあまあ良い値段だな。

 どれ、おじさんが買ってあげよう、げっへっへ。


「いけません。こういうのは、なんというか、とにかくダメです」


 しっかりしてんなあ。

 俺か兄貴だったら即座に食い付く場面だぞ。俺の家では貰えるものは貰う主義なのだ。


「まだ任給が出ていないだろう? 貸しだ、貸し。給料が出たら奢ってくれ」


 こうして物で相手の心を買って、俺に逆らえないよう恩を売るのだ。げっへっへ。

 ……というのは、もちろん言い訳だ。馬鹿な俺でも、人の心を買うことはできないとわかっている。

 買ったのは俺自身の心の安定、売ったのは恩ではなく絆だ。だから返してもらわなくても何も問題はない。


 ユーカが受け取った紐付きの装飾品で後ろ髪を縛り、肩の前に垂らすと、髪房が微風を受けてふわりと舞った。


「ありがとうございます。……大切にしますね!」


 向けられた笑顔を見て、釣り合わない買物だったと反省した。

 もう少し良い物を買ってやるべきだったな。


 再び歩き始めると、少しずつ職人向けの商店が増えてきた。いわゆる道具街というやつだ。

 調査隊の皆は、よくこの辺りで仕事道具を買っている。もちろん自腹である。


「リートさんの剣って少し短くないですか?」


 ユーカは豆を口に入れつつ、俺の腰に下げた剣を見て疑問に思ったようだ。

 この剣はいわば飾りだ。

 騎士たるものいかなるときも帯剣すべし、と騎士団規則にある。しかし、支給品の重い鋼鉄剣を持ち歩きたくないので、普段は軽くて短い安物を下げている。まず使用することはない。


 というか鞘に収めているのに、よく剣が短いとわかったな。鞘自体は支給品に合わせた長さなんだが。


「歩き方でなんとなくわかりました」

「ユーカの剣は……普通の直剣だな。鍔が少し広いか?」

「刃は騎士団から支給された時のままです。鍔は父から頂きました」


 警邏を行う者が支給されるのは直刀両刃の剣だ。自分の体格に合わせて幅や切っ先の長さ、重量配分を弄る者が多い。ユーカのように自分専用の鍔や柄へ交換することも可能だ。

 守衛は槍と短剣、近衛の連中は刺突剣が支給される。


「重くないか」

「小さな頃から剣に慣れていますから」


 聞けばなるほど、ユーカの実家は祖父の代から剣術道場をやっているそうだ。農繁期は農耕に精を出し、農閑期になれば道場を開くという。

 祖父の名を聞いて驚いた。


 豪傑リギン。王都でも高名な剣豪だ。

 毎年の初め、そりに乗って王都へ来ては王室と騎士団に剣術指南をしていく師匠でもある。

 もしかして俺、ユーカに勝てないのでは……?


 一緒に剣術訓練をしようと誘われたら恥をかくことになりそうだ。さっさと次の目的地を決めよう。


「他にどこか行きたい所はあるか」

「あの、鐘楼に上ることはできるでしょうか」


 王都の南北と西、それぞれの地区広場に一本ずつ立っている背の高い尖塔が鐘楼だ。主に日時と火災、議会開場の報知に使用される。

 地盤に溜まった水を掘へ抜いているからもっと高く作れる……らしいが、その辺はよく知らない。

 東には戦時中に築かれた街壁があり、見張り台の鐘が今でも現役だ。


「鐘楼か、鐘楼ね、あー……」

「やっぱり、無理ですか?」


 鐘楼への立ち入りは原則禁止されている。例え守衛でも有事以外は無理だ。

 普段、許可無く入れるのは鐘守だけである。


「少し遠いが北の鐘楼へ行こう。あそこの鐘守は知り合いだから、なんとかなるかもしれん」


 途中で酒屋に寄り、鐘守に渡すための酒を買った。

 これは賄賂ではない。公務に携わる者が賄賂のやり取りをするなど言語道断。あくまで借りた酒を返すという俺の個人的事情からきているものである。

 いいか、これはけっして賄賂ではない、とユーカに言い聞かせる。


 ……借りた酒、ってのはちょっと苦しかったか。



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