騎士団の記録
「……サフタ、昔の兵隊って?」
「銀鷹騎士団だよ。あんたらの大先輩だ」
銀鷹騎士団。この国で一番最初に作られた自治武装組織だ。元々は商隊に雇われた名もなき傭兵団で、初代団長は毛皮の商人だったという。数百年前から数々の戦争で勝利し、レスターナの地を守り抜いた勇敢な騎士団である。
諸外国の記録によれば“敵地のど真ん中で畑を作り始めた”とか、“じゃんけんで交渉役を決めていた”とか、“戦闘中に新種の鳥を発見して一時休戦を提案”など、やや奇行が目立つ。まあ、レスターナ人らしいといえば、らしい。
およそ百年前、組織の再編によってグラスランド衛兵騎士団が発足。それに伴い、銀鷹の名が消滅した。しかし今でも、勲章や騎士団の旗にはタカの意匠が施されている。
「箱の底面に騎士団の印が付いているはずだよ。ちょっとリート、箱を持ち上げな」
このババア、人使いも悪い。腕に力をいれて箱を持ち上げると腰にズンときた。俺はまだ腰痛持ちになりたくないぞ。
「ユーカ、どうだ?」
「間違いありません。騎士団の旗に描かれているのと同じタカの印です」
「決まりだな。本部の資料をあたってみるか」
過去、この箱は銀鷹騎士団、現在のグラスランド衛兵騎士団の持ち物であった。それがどうして民家にあったのかは不明だ。払い下げられた品だとも思えない。符丁や開封厳禁の文字を残したまま市場に出すほど騎士団は馬鹿じゃないからな。
「リートにユーカ、箱は置いてけ。アタシが調べておくから」
「すまないサフタ、頼む。俺達が来るまでふたを開けないでくれよ」
「わーっとる。ついでにこれも持っておいき」
ユーカは俺の隣で椅子に座り、資料を真剣に読んでいる。と思ったら、サフタがよこした袋から焼き菓子を取り出してぽりぽりと食んでいた。
老人という生物は若者に食い物を渡す習性がある。祖母になぜかと聞いたら、自分が食べるよりも若者が食べている姿を見る方が“おいしい”のだという。俺にはよくわからない感覚だ。
王城北、騎士団本部の地下一階で俺とユーカは資料をあさっていた。
昼下がりの本部はとても静かだ。ユーカの菓子を噛み締める音がそこそこ広い資料室で反響するほどである。地下廊下を歩く騎士や衛士達はどこか落ち着いた印象で、時折笑い声まで聞こえてくる。事件が少なく暇なのだろう、良いことである。
「リートさん、この資料によるとレスターナの爵位はロンダーンから輸入された概念なのだそうです」
「ほう。そういえば昔、聞いたことがあるな」
レスターナ王国には爵位制度の上っ面だけが輸入されたせいで、肝心の実態が伴っていない。だから半農の侯爵や伯爵、奴隷の役員、議員までいる。爵位によって権利の範囲が大きく変わるということもないし、受けられる社会福祉は収入によって決まるから、身分は関係ない。税の額も同様だ。
我が国のことながらまったく意味がわからない。一体何のための制度なのか。
「……ユーカ、そろそろ真面目にやって――」
「あっ、これですね。ありました」
ユーカはそういって一冊の本を俺の前に出した。開かれたページに“銀鷹騎士団、物品目録”とある。書かれた年は今からちょうど百六年前。項目の中には騎士の装備品から筆の一本まで事細かに掲載されていた。
「どこだ?」
「ここです」
ユーカが指差した先、項目の一つを読む。
“運搬用黒鉄の箱、悪魔の封じ込めに使用。盗難により紛失、時期不明”
文章前半の文字の色が薄くなっており、後半から色が濃くなっている。製造者、責任者、予算の欄には何も記載されていない。
「どういうことでしょう?」
「“盗難により”から後年になって書かれた文字だ。予算が書かれていないってことは、かなり急な出費だったようだな」
「製造者と責任者が書かれていないのはなぜですか?」
「箱の調達と使用が、予定にない任務、または極秘任務だった」
なるほど、ハンゼスは箱の底面に描かれた騎士団の印を見て盗品だと気付いた。だから無知を装った。知っていたら騎士団の追求は免れないからな。
そして亡くなったクラーノは大口の取引に失敗している。借金や、その肩代わりに盗品を押し付けられたとすれば、クラーノが箱を所有していたことに説明がつく。
「百年以上前の品であれば隠す必要はないように思います。素直に騎士団へ届け出れば罪に問われることはないのでしょう?」
「ハンゼスとクラーノ、それにクラーノへ箱を押し付けた連中は百年前の品だとわからないだろう。つい最近盗まれた品だと思うかもしれない。タカの意匠は昔から変わっていないからな」
もしも最近盗まれた品だと考えたなら、騎士団に届けると自分が疑われる。当然売りに出すことも工房に持ち込むこともできない。あの大きさだから自分で加工するのも無理だろう。そうなると保管するか、誰かに押し付けるしかない。
「問題はこの文だな」
“悪魔の封じ込めに使用”
万象調査隊では、人に対して明確な悪意を持ち、害を為す神秘を“悪魔”と定義している。そして悪魔の存在が確認されたことは一度もない。
俺達が確認してきたほとんどの神秘は、ただ、そこに在るものだ。自然のようにただそこに在って、こちらから触れれば何かしらの害や益を残す。もちろん例外はあるが、いわゆる宗教画や絵物語に登場するようなわかりやすい悪魔は存在しない、というのが現在の仮説だ。
「箱に入っているのは、昔の人が悪魔に例えた何かと考えるべきだな。ある種の兵器か、それとも毒か」
「本当にそうでしょうか? ついこの前私達は、存在しないとされてきた人狼の親子と言葉を交わしました。悪魔の存在を否定することは難しいと思います」
……言われてみればなるほど、仮説は所詮仮説。存在を証明していないからといって、否定の材料にはならない。
つまり、俺達はすべての可能性を考慮する必要がある。箱に入っているのが、人類に破滅をもたらす悪魔だという可能性も。