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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
一、獣爪の独楽と幽霊騒動
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サーラ先生の精霊教室

 カテノア救出から二日経ち、詰所でユーカと一緒に報告書を書いている。

 俺の向かいの席では、サーラ先輩がユーカの菓子を奪いつつ冷茶を飲んでいた。

 この人、倉庫の番人なのに持ち場を抜け出して平気なんだろうか。


「たぶん腕輪の燐光石に宿った光の精霊がカテノアちゃんをずっと守っていたんだろうね」


 カテノアはあの家で起きた出来事を全て見てきたそうだ。

 両親の死、姉の結婚、姪の誕生、姉夫婦の死、姪の結婚。

 触れられない家族を見守りながら、自分も何かに守られていると常に感じていた、とカテノアは言っていた。

 腕輪が切れたあの時、俺は光に包まれた何か大きな存在を見た。

 それは精霊というよりも、母親のように見えた。


 事件は一応の解決を見せたが、まだまだ謎が多い。

 ユーカも頬に手をつけ、色々と考えている様子を見せて口を開く。


「カテノアさんが部屋から出られなかったのは何故でしょう?」

「闇精霊がカテノアちゃんごと腕輪を自分の領域に引きずり込んだ。でも、腕輪に宿っていたのは光精霊。飲み込むに飲み込めず、力が拮抗したんだね。そうしてヴェッツ夫妻宅に光精霊が自らの領域を作った。家の内と外で性質の違う領域ができたんだ、普通の人間に移動は無理だよ」


 大きく黒い魚に飲まれた光虫が、魚の体内に巣を作っている絵を想像する。


「では、燐光石を腕輪に使っていなければ、そのまま闇に飲み込まれて……」

「うーん、ちょっと違うかな。文献によれば闇精霊は光精霊が苦手だとされているんだ。腕輪に用いた植物は燐光石を変質させる。たぶん光精霊の力も変質するんだと思う。それが闇精霊には美味しそうに見えたから飲み込もうとしたんだ。……燐光石を使っていなければ、そもそも闇精霊に飲まれなかった可能性が高いよ」


 美味そうに見える葡萄を口に入れたら、酸っぱすぎて飲み込めない、って感じかな。

 頭がこんがらがってきた。

 サーラ先輩は難しい話を噛み砕いて話してくれるのだが、余計に理解が難しくなることも多々ある。

 ちょうどいい、俺の疑問もぶつけてみよう。


「カテノアが年を取らなかったのは何故ですか?」

「“向こう側”……人ならざるものの領域は魔術用語で“理の外”という。人間の法則から外れた場所ってことだね。だから何があってもおかしくないよ。小さな女の子が突然消えて十年後、老婆になって戻ってきたという話もある」


 “向こう側”と“こちら側”は何かの拍子に繋がることがある。

 繋がりやすい場所や時間、状況などがあり、繋がりやすい人なんてのもいる。

 そういえばユーカに教えてなかったな。

 えーと、今回の事件では……


「本件の境界は毛布ということでいいんですか?」

「たぶんそうだね。大事なことだからユーカちゃんも覚えておきなさい。境界を越えるときは注意するんだよ」

「境界ですか? 土地の境界線?」

「もちろん土地もそうだけど、他にも、扉、窓、川、森、昼夜の間、波打ち際、大嵐、日付、結界、そして魔法陣の外枠。境界は全て“向こう側”に繋がる可能性があるんだ」


 万が一、偶然“向こう側”へ行ってしまったら深入りしてはいけない、違和感があったらすぐに戻るんだよ、とサーラ先輩は教えてくれた。

 今回は精霊の腕輪という特殊な道具があったために、毛布が境界になってしまった。

 ……日付はどうやって戻ればいいんだろうな。


「カテノアは五十七年間、ずっと“向こう側”に囚われていたのに、何故二十三日前に突然“こちら側”へ出現したんでしょう?」

「リート、覚えていないのかい?」


 うん?


「ユーカちゃんは龍脈というものを知っているかな? 大地の下を龍脈という大きな力の川が流れているんだ。ところが二十三日前、とある阿呆が山を削って龍脈の流れる方向を変えてしまった」


 サーラ先輩とユーカが、ちらちらと俺の方を見ている。

 背筋に冷や汗が噴き出た。

 重々、反省しております。

 

「龍脈はあらゆる精霊を引き寄せる。龍脈の移動に合わせて、この辺りの闇精霊もたくさん引っ張られたはずだよ。結果、あの家で拮抗していた力は光精霊に傾いた。でも光精霊は光が無ければ力を使えない。“向こう側”は闇精霊の領域だから太陽光は届かない。ただ唯一、毎晩部屋の中で灯された火の光だけが届いた。だから火を灯す度に“こちら側”へ来れたんだ」


 ユーカは得心がいっていないようだ。

 今しがたの説明を思い出しながら疑問を口にする。

 

「室内で料理……煮炊きが行われていれば、その火の光も届きそうに思います」

「良い質問だね。煮炊きに使った火の力は、なんと食材の精霊が全部吸収するんだ。光精霊より食材精霊の方が強いんだよ。面白いよね」


 サーラ先輩は食材精霊と言ったが、要するに食物に宿る大地の精霊だ。土地に根ざした実体に宿るのだから、そりゃあ強い。


「それで“こちら側”に現れるようになったんですね。それなら月光を集めなくても満月を待つか、普通に火を炊けば助けられた、ということですか?」

「いいや、龍脈が移動してからそんなに時間が経っていないからね。まだまだ移動する可能性が高いから急いだのは正しいよ。それに月光以外の方法で腕輪を切ったら何が起こるか、まだ実験していない。過去の事例を参考にして、月光を選択したのはとても良い方法です」


 サーラ先輩が先生形態になった。

 これ以上はもっと話が長くなるからここらで切り上げだ。

 

「ユーカの出身は王都だったか?」

「いいえ、ファガナン市です」

「それなら王都へ来て、まだ日が浅いのか」


 ファガナンは王都グラスランドの南東に位置する広大な平野の街だ。

 麦と芋の生産加工が主産業で酪農も盛ん、名産品のチーズは王都でも人気。

 百年前の戦争では決戦の地、だったか。


「リートよ、ユーカちゃんに王都の案内をしてあげたらどうだい?」


 そうだな。そうするか。

 俺達にとって王都全体が職場だ。道を覚えるのは早い方がいいだろう。



一、獣爪の独楽と幽霊騒動、了

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