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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十六、人狼
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誘拐の理由


 いきなり捜索隊を向かわせて平気だろうか。吹雪だから移動に時間がかかるぞ。


「ツィーゼ隊長、いいんですか?」

「空振りならそれでかまわない。……僕らの仕事はいつだって後手に回る。“後手の先手”だよ。優先順位を間違えちゃいけない」


 “後手の先手”とは盤上遊戯の用語だ。後手番であっても目先の対応にとらわれることなく、先々のことを考えてしっかりと補強しておく。そうして打った手は終盤に近付くほど活きてくる。

 さすが隊長様、人使いにためらいがない。そして、こういう上司だからこそ皆が尊敬できる。俺達の最優先目標は王都の民の安全だ。取り返しのつかない事態が起こってからでは遅いからな。


 報告を終え、再び情報を集めるべく立ち去ろうと一歩踏み出したところで、ふと自分の行動に疑問が浮かび上がった。今、俺はツィーゼ隊長に“バーチ”という言葉の意味について話した。

 

 たしか俺は、サーラ先輩へ言葉の意味を聞く時に「バーチ、あるいはバース」という言い方をしたはずだ。だが、被害者の父親であるエリガンはそんな言い方をしていたか? 「バーチとか、バースとか」という言い方ではなかったか?

 ……もしも“バーチ”と“バース”が、それぞれ違う意味を持つ言葉であったら?


「ユーカ、バースという言葉に聞き覚えはないか?」

「エリガンさんの証言の中にあったと思います」

「意味はわかるか?」

「外国では誕生日のことをバースデーというそうです」


 誘拐中に誕生日を気にする犯人などいるのかね。他には人名や地名などの固有名詞、一般的な物を指す名詞の可能性もある。

 ユーカが「あっ」と短い言葉を吐いた。


「そういえば地元でお茶を買う時に、船頭さんがバースと言っていました」

「船頭? 船の行商か?」

「はい。言葉の意味まではわかりません」


 着席しようと腰を下ろしかけたツィーゼ隊長が、再び立ち上がる。


「誰か! 船乗りか商人の用語でバースという言葉を知らないか!」


 書類を片付けていた一人の衛兵が手を挙げた。


「隊長殿、荷物を積み下ろしする岸や係留場のことをバースといいます。船乗りの世界共通語です」

「確かか?」

「入団前は貿易船に乗っていました」


 元船乗りの衛兵までいるのか。人材豊富だな、衛兵騎士団。

 ツィーゼ隊長が机に広げられた地図を覗き込む。王都には北のバナリー川、南のカシリー川、それぞれに運搬船用の係留場がある。王都内の水路には小さな係留場がたくさんあるが、冬だからほとんど閉鎖しているはずだ。

 ツィーゼ隊長が口を開く。


「リート君、開いている係留場はわかるか?」

「冬場、王都で開いている係留場は二ヶ所です。バナリーとカシリーに一つずつ」

「王都の外は?」

「それぞれの上流に一ヶ所ずつ。下流には個人が使っているものも含めてたくさんあります。バナリー上流の係留場はシラカバの森のすぐそば、鉱石の運搬用です」


 色々と見えてきた。人狼が船を使うとは思えないが、人買いの賊なら話は別だ。

 誘拐した人間を一旦シラカバの森へ連れて行き、そこから船で下流へ下る。街道を通らないから検問の網にかからない。そして王都や他の街で停泊しなければ荷の検査もない。誰にも見られずに国外へ連れ出せるって寸法だ。


「捜索隊の一班はバナリーへ、二班はカシリーへ向かえ! 動いている船は全て止めろ!」





 王城一階東側、廊下一番奥の客室にエリガンはいた。柔らかい布張りの椅子に座りながらも気持ちが落ち着かないようで、ひざを細かく揺らし続けている。


「エリガンさん、昼食です。喉を通らないかもしれませんが無理にでも召し上がってください。それと、……ユーカ」

「はい。こちら現状の報告です。気が付いたことがあったら何でもおっしゃってください」


 ユーカがエリガンに渡した書類には、事件発生から現在まで集められた情報がおおまかにまとめられている。内容はこうだ。



 誘拐現場である宿の窓が一部破られている。

 現場の部屋に大きな獣の足跡が残されていた。

 昨年、アノンダリア王国で密輸組織が一つ壊滅しており、その残党がレスターナ王国へ入り込んでいる可能性が高い。

 組織が扱っていた密輸品には、動物、植物、そして人間が含まれる。

 組織の構成員は何らかの動物の毛皮で顔を隠している。



 客室から見える外の風景に目を向ければ、一面の白色が広がっていた。かろうじて遠くに東区の街壁が見える。朝方に比べ、吹雪が弱まってきたようだ。


「エリガンさん、俺には一つわからないことがあります」


 今朝、話を聞いていて感じた疑問をぶつける。


「犯人達はどうして、宿で眠っていたクィーグをさらったのでしょう?」


 場当たり的な犯行だとすると異常な状況だ。外が吹雪いているのだから窓に鍵がかかっていたはず。風で窓が開いてしまうからな。つまり犯人達は、未明にわざわざ窓を破ってクィーグをさらっている。隣で父親が寝ているにもかかわらずだ。


 たとえば宿の主人が犯人と結託しているなら、窓から侵入する必要がない。素直に部屋の扉を開ければいい。当然主人は部屋の鍵を持っている。

 そもそも眠っているところを誘拐する意味がわからない。標的が外出したところを狙う方がはるかに簡単だ。ということは――


「さらうのがクィーグでなければならない理由があるのでは?」


 おそらく犯人達は始めからクィーグを狙っていた。時間をかけて綿密な誘拐の計画を練ったはずだ。しかし誘拐の実行予定日である昨日か今日、不測の事態が起きた。年に一度の猛吹雪で、エリガン親子が足止めを食ったのだ。そしてやむを得ず宿へ忍び込んだ。そう考えると納得がいく。


 次にクィーグでなければならない理由。

 たとえば父親のエリガンが金持ちか、あるいは権力、影響力がある場合だ。身代金が目的なら、標的は富豪の家族でなければならない。エリガンに権力があるなら、脅迫が意味を持つ。

 他にはクィーグ自身に特別な何かがある場合。人身売買で高値が付く、何かだ。


 エリガンは外の白い世界をじっと見た後、俺の顔をまっすぐ見据え、口を開いた。


「私の血筋のせいだと思います」

「血筋?」

「私の家系はアノンダリア王家の遠縁にあたります。他に原因は思い当たりません。私は農夫ですから、我が家に財産などありませんし……」


 確かにアノンダリア王家は親類が多い。アノンダリアにはかつて大規模な後宮があり、国王の正室や側室となった女奴隷が山ほどいた。正室だけで三十人以上いたというのだから推して知るべしだ。しかし百年以上前に後宮は解散。多数の女達が子連れのまま民間人になったという歴史がある。

 そんなわけで、たとえ王家の遠縁であっても継承権はない。財産分与の対象からも外れているはずだ。


 それならどうしてクィーグを狙う? エリガンが嘘をついているようには見えないが……。というか、エリガンの顔立ちがきれいで表情が変わらないから、嘘をつかれても見抜けないな。


 ……クィーグが父親譲りの美男子だから誘拐された、とか?

 まさかな。美しさに高値が付くのは女だけだ。そして子供だから労働力にもならない。


 クィーグが誘拐された理由がわからない。理由がわからない以上、人狼による犯行の可能性も捨てきれない。いまいち疑念を拭えないが、犯人が人狼だと考えれば、クィーグが狙われた理由も理解できるからだ。


 オオカミは匂いで獲物の良し悪しを判断する。弱い個体を狙う。そうして見つけた極上の獲物を、長い時間をかけて追い続ける習性がある。

 つまり、捕食だ。




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