表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十六、人狼
104/112

十六、人狼



「荒れたなぁ……」


 事務所入口前の雪かきを終えて辺りを見渡せば、年に一度の猛吹雪である。通りの向かいに存在するであろう雑貨店がまったく見えない。大通りの地面には風雪が作り上げた波模様が広がっており、真っ白い砂漠のようだ。

 実際にこの目で砂漠を見たことはないが、商人達の話を聞く限り、きっとこんな感じだろう。絵画に描かれた砂漠の風景に似ているしな。


 こんな日は騎士団も休めばいいのに、と思わなくもないが「冬のさなかでも王都守護は隙なく万全でなければならないのだ」と、年始の挨拶で騎士団長閣下がおっしゃっていた。まあ、王都民の税金を頂いている以上勝手に休めないのは道理である。

 そんなわけで万象調査隊は吹雪の中、今日も通常営業だ。


「リートさん、お茶が入りました」

「ありがとう。今行く」


 身体に積もった雪を払いながら声の方へ振り向く。扉をほんの少しだけ開き、その隙間からユーカが顔を半分だけ覗かせていた。部屋にこもった熱を逃がしたくないのはわかるが、なんか怖いぞ。


 さて、事務所が通常営業であるのは間違いないのだが、他の調査隊員は昨夜の吹雪で足止めを食ったらしい。今朝事務所にいるのは俺とユーカだけだ。ランジャック隊長やアンルカさんはまだ来ていない。

 隊長の自宅は北区の中ほどにあるから、今頃王城の周辺で雪に巻かれつつ「うおおおお!」とか叫びながら遭難の一歩手前になっていると思われる。


 上意下達が徹底している騎士団において、上司の命令なく動くことはすなわち服務規程の違反である。俺達が茶を片手にのんびりしていても文句は言われまい。


「ああ、身体が温まる……。ユーカ、お茶に何か入れたか?」

「いいえ、地元で買った品なんですけど、乾燥ショウガが入っているそうです」

「ふむ」


 食べ物や飲み物で身体を温める場合、ショウガを使うのが雪国の常識だ。トウガラシだと汗をかいて逆に凍えてしまうからな。


「里帰りはどうだった?」

「おかげさまでゆっくりできました」

「それはなにより」


 ユーカはまだ遊びたい盛りなのだから、もう少し長い休暇をとってもいいよな。

 俺はダメだ。あんまり休みすぎると退屈で疲れてしまう。


「そういえば王都へ戻る途中にオオカミを見ましたよ」

「群れていたか?」

「いいえ、親子でした」


 それなら問題あるまい。群れが街道付近に現れたら対処しなければならないが、はぐれや親子連れならすぐにどこかへ行ってしまう。


「まだ遊び足りないだろ」

「いえ、実家に戻れば道場の手伝いがありますから……。まだここにいる方が気が楽です」


 そういってユーカは情けない笑顔を見せた。

 なるほど、聞けばユーカは師範代として生徒に教える立場なのだという。豪傑リギンの道場だから、やってくる生徒も名を上げようとする屈強な男達だ、ユーカがやりにくいと思うのも無理はない。武術家って大体臭いし。


「それは偏見です」

「すまん」


 俺の経験上、出会った数多の武術家がたまたま臭かっただけである。よく考えればユーカも武術家の一人だ。ユーカからは甘い匂いがするから特徴にあてはまらない。


 窓の外を見ればあいかわらず強い風が吹きすさんでいる。下から上に降っているのではないかと思うほど無茶な動きで雪が舞っており、窓のふちにも大量に積もっていた。昼過ぎには雪が窓を覆っていることだろう。

 残った茶を一息に飲み干したところで、廊下から扉の閉まる音が聴こえた。ランジャック隊長のご出勤かと詰所から覗けば、ずいぶんと慌てた様子の見知らぬ人物である。


「誰かいませんか!」


 声を上げた人物は、年が三十前後で背の高い男だ。一瞬、女に見えるほどのきれいな顔立ちをしている。


「どうかなさいましたか?」

「騎士様! 息子が、息子がさらわれて」


 男は肩で大きく息をしている。どこからか走ってきた様子だ。


「くわしく話してください。息子さんをさらったのは賊ですか?」

「いいえ、あれは人じゃなかった! 人狼です!」



 昨日、息子のクィーグを連れて王都へ買出しに来ていました。昨日の内に連峰の山裾にある家へ帰る予定だったんですが、嵐で帰れなくなってしまって宿をとりました。南東地区にある安宿です。

 そうして今朝、物音と寒さで目が覚めました。ふと横を見ると寝ていたはずのクィーグがいなくて窓が開いていました。窓を閉めようとしたらそこに、二本足で立ち、腕にクィーグを抱えたオオカミがいたんです。横には別のオオカミもいて、何か話していました。私が「クィーグ!」と息子の名を呼ぶと、オオカミ達はこちらを一瞥して走り去っていきました。



「……オオカミ達は確か、“バーチ”とか、“バース”とか言っていました。喋っている言葉はレスターナ語ではなかったように思います」

「わかりました。ユーカは引き続き話を伺ってから調書にまとめておいてくれ。俺は王城へ報告に行く」

「了解」


 外套をはおって表へ出る。痛みを感じるほどの冷たく厳しい風が俺の身体を包んだ。先ほど除雪したばかりだというのに、すでに雪がくるぶしの高さまで積もっている。足が取られ思うように進まない。


 人狼の目撃だけならまだしも、これは誘拐事件だ。騎士団本部か騎士団長へ直通で報告しなければならない。

 しかし……、人狼? 人狼が人の子を誘拐?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ