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怪奇!衛兵騎士団調査報告  作者: 菊介
十五、新地下倉庫探訪
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乱心


「ねえ、リート、……これで何列目だっけ」

「六列目です。少し休憩しましょうか」


 角部屋から一つ部屋をずれて、左右の扉を同時に確認しながら進んできた。今、六列目を始める所だから、これまで四百弱の部屋を確認したことになる。残り千五百部屋を通過すれば全部屋を確認したことになるが、はたして次の日没までに間に合うのか。


「時刻がわからないのは不安だね」

「正午頃に迷宮入りをしたから……、角部屋についた頃がちょうど日没です。今は夜半の手前あたりじゃないですか」

「さすがリート」

「訓練を受けていますから」


 衛兵の訓練で、時間と距離の感覚を徹底的に叩き込まれた。何故そんなことを覚えるのかと当時は不思議だったが、今ならよく理解できる。孤立した時、役に立つ感覚だからだ。

 

 時間感覚がなければ知らない土地での移動は難しい。距離感覚がなければ移動できる範囲を見誤る。そして両方の感覚がなければ正確な方角を測れない。全てが生き残るための知恵なのだ。

 まさか王都のど真ん中で孤立するとは思ってもみなかったが。


「それじゃ進もうか」

「先輩平気ですか?」

「体力はまだあるんだけど……」

「けど?」

「早く帰らないと漏れそう」


 緊急出動である。急がなければなるまい。





「先輩ありました! 三枚部屋!」


 進みながら左側の扉を開けていくと、ある部屋で右手の壁に扉がないと気付いた。つまり一つ前進して左側の部屋がアタリだ。

 足取り軽くアタリの部屋へ入ると正面に扉が一枚だけ、ということはこの先が王城の書斎である。……ようやく上がりだ。気が抜けたら急に腹が減ってきた。


「いいかいリート、開けるよ」


 サーラ先輩がゆっくりと扉を開く。

 その先に……先に……小部屋があった。四方に扉が一枚ずつ。迷宮に閉じ込めれてからずっと見てきた小部屋だ。


「先輩、二枚部屋が裏口になっていると言ってましたよね……」

「ここは入口の部屋だね」

「もっと遠い場所にあったはずじゃ」


 ああ、そうか。日没を迎えて部屋が入れ替わったのか……。

 一瞬気を抜いたせいか、空腹や喉の渇きが襲ってきた。気付かないようにしていた身体の疲れまで、どっと押し寄せてくる。“家に帰るまでが遠征”とはよく言ったものだ……。


 いかん、呆けている場合ではない。先輩のアレやコレが緊急事態なのだ、気を取り直して進むべきである。


「次行きましょう、次!」

「リート、やけっぱちになってはいけないよ。騎士たるもの、どんな時も冷静でいるのが肝心だからね」

「先輩……」

「私は大丈夫。もう漏らす覚悟を決めたから」


 急ごう。

 部屋を一つ戻り、再び前進を始める。サーラ先輩と手分けをして左右の部屋を覗きながら進む。部屋を十ほど進んだところで、身体に異変が起きた。


 目がかすみ、足元がおぼつかない。喉の渇きが異常だ。思っていたより体力を消耗したのかもしれない。よく考えれば昼から飲まず食わずで歩き通しだ。夕方頃までサーラ先輩をおぶっていたから、きっとその影響もある。


 今まで確認した部屋は、ええと、どのくらいだったか。確か、今は十一列目……いや、十三? 喉が渇いた。サーラ先輩柔らかかったなあ。やっぱり十一列目? 俺はこのまま死ぬのか。

 上手く考えがまとまらない。


「リート……? あ、しまった! 仕掛け部屋か」


 仕掛け部屋ってなんだっけ。ああ、喉が渇いた。


「身体がほてる部屋だね。生物の催淫香を利用してるんだ。……よくもまあ、この広い迷宮から二つも仕掛けを引いたものだ。ほらリート、進むよ」

「先輩、喉が渇きました」


 俺は何を言っている?


「うん、たぶんもう少しだからがんばろう」

「飲ませてください」


 サーラ先輩の頬が紅潮している。きれいだ。目が離せない。


「飲み物は持っていないよ」

「どうせ漏らすんだからいいでしょう?」


 濡れたサーラ先輩のくちびるに、ローブの上から股間を押さえるサーラ先輩の手に、俺は欲情している。おかしいのはわかっている。わかっているのに止められない。


「いいですよね?」

「……ダメ」


 もう我慢できない。ええと、入れ物がないな。直接でいいか。毒を吸い出すみたいに、直接口で。いいよな?


「あっ、ちょっ、ちょっとリート! しっかりしなさい! ……ダメだってば……」


 片手でサーラ先輩の腰を抱きしめた。もう一方の手がローブの中へすべりこむ。

 そうだ、このまま押し倒してしまえ。いや、ダメだ。何を考えている。こんなところで先輩の、……先輩が悪い。こうなったのは全部先輩のせいだ。もういいや。後のことなどどうでもいい。俺は今欲しいのだ。だってすぐ目の前に――


「こりゃ! 二人ともそろそろ戻るのじゃ!」


 気の抜けた可愛らしい声が聴こえて振り返れば、背後の扉が開いておりその先にアトリがいた。奥に見えるのは見慣れた王城の書斎だ。

 途端に視界が広がり、心が晴れ渡っていく。急激に冷めていく身体。冴えていく頭。


「……アトリ?」

「夕方からずっと暗い所でいちゃいちゃしおって。まったく」

「書斎から来たのか?」

「何を言っとる。ここは書斎の奥じゃろう?」


 サーラ先輩がローブの裾を直しながら、一つ咳払いをした。


「おほん。……“夕方から”ってことは、一度私達のことを見たのかい?」

「リートに後ろから抱きついておったろう。びっくりして扉を閉めてしもうたわ」

「扉に鍵がかかっていたはずだけど」

「ふむ、またかけ忘れたんじゃろう。サーラはおっちょこちょいじゃからの」


 ……助かった。とにかくいろんな意味で助かった。

 扉をくぐり書斎へ入ると、漂う花の匂いの中にかすかに混じる薬品の匂いがした。わずか半日ぶりだというのに、匂いも、乱雑に積まれた本の山も、全てが懐かしく感じる。


「ふう……、やっと戻ってこられたね。反省点がたくさん見えたから、明日から早速倉庫の改造をしないと」


 書斎の外を覗けば真っ暗だ。すでに城門は閉められており、王城の中に静寂が広がっている。夜半過ぎってところか。


「先輩、あの、……すみませんでした」


 自分を見失っていたとはいえ、サーラ先輩にとんでもないことをしてしまった。そして都合が悪いことに、俺は今日の出来事をはっきりと記憶している。酒の席で掻いた恥のように何もかも忘れてしまえたら、どんなに楽であろうか。


「いいよ。元はといえば私のせいだからね。リートの休日もつぶしちゃったし……。私の方こそごめんね」


 もしも休日じゃなかったら、今頃騎士団による俺の捜索が行われていたはずだ。無駄に騒ぎが大きくならなかったのは不幸中の幸いだった。


「じゃ俺、寮へ戻ります」

「リートよ、泊まっていかんのかのう?」


 王城に泊まっても眠れる気がしないのだ。匂いとか感触とか全部ばっちり残っているからな。そして俺が自分を見失ってからずっと、まぶたの裏にユーカの顔がちらついている。冷たい夜風に当たって心を漂白しないと、なんだかどうしようもない気分なのである。

 城の脇戸へ向かうと、サーラ先輩とアトリが見送りについてきてくれた。


「今日のことは一応報告書にまとめておいて。特に仕掛け部屋で起きた変化のこと」

「わかりました、それじゃ失礼します。アトリもまたな」

「うむ。事情はよくわからんが、何があったのか話しにくるがよい。待っておるぞ」


 できれば話したくないが、誤解されたままになるよりはマシか。近いうちにまた来よう。

 勝手口を開けると冷たい空気が流れ込んできた。いつもなら寒さに凍えるところだが、半日閉じ込められた後の新鮮な空気は清々しい。……腹も減ったし、一杯引っ掛けていこうかな。


「ああ、リート」

「はい?」

「今度私に触れる時は、もっと優しくしなさいね。……ふふっ、おやすみ」


 今夜、俺は眠れるのだろうか。




十五、新地下倉庫探訪 了

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