十五、新地下倉庫探訪
今、俺は広大な場所に閉じ込められている。遭難して途方にくれている最中だ。俺の背中ではサーラ先輩がのんきに眠っている。腹も減ったし喉はからから。正直、もうどうしていいかわからない。
せっかくの休日だというのに何故こんなことになってしまったのか。
話は今朝にさかのぼる。
「それではリートさん、後をよろしくお願いします。五日後には戻ってまいりますので」
「うん、ユーカもゆっくりしてくるといい」
「夫婦みてぇなやりとりしてんじゃねえ」
天気は快晴。地表の熱はあらかた空へ逃げてしまい一段と寒い朝だ。白い息がきらきらと輝くほどまぶしい陽が、王都東門を明るく照らしている。
年始恒例、豪傑リギンを師に迎えた騎士団剣稽古をつつがなく終え、俺はユーカとユーカの祖父リギンを見送りに来ていた。
ユーカにとって調査隊へ配属されてから初めての長期休暇だ。もしかして俺に合わせて休みを取りにくかったのではないか、と少々反省している所である。
王都からユーカの実家がある南東のファガナン市まで馬で一日かかるのだが、二人は犬ぞりを使うため半日で行ける。街道を道なりに進む必要がないからだ。
冬の間、馬が進めない荒地を雪が覆ってしまうため近道ができる。そして賊は冬季休業中。
考えられる危険は急な嵐、冬眠し損ねた熊、狼の群れに遭遇することの三つだ。ユーカとリギンならどれも問題にならないだろう。そりを引く大型犬がそばにいるから狼が寄ってくる可能性も低い。
「リートよう、お前本当にユーカに手ぇ出してねえだろうな?」
「その話は五度目です。リギン先生もお達者で」
「勝手に話を切り上げるな」
リギンが王都に来てからずっとこんな調子である。孫娘が心配なのはわかるが、もう少し信用してもらいたい。
精悍な顔付きに衰えを見せない筋肉。俺よりも低い身長でありながら、伸びた背筋で実際よりも体躯が大きく見える。髪もヒゲもふさふさだし、まあ、色んな意味で勝てる気がしない。本当に六十台の農家かよって感じだ。
そんな人物であるからいつもは丁寧に接しているのだが、こうもしつこいと俺の対応も雑になるというもの。仕方のないことである。
「まあいい、そいじゃあまたな」
「はい先生」
ユーカとリギンを乗せたそりは、動き出したと思ったらあっという間に速度を上げ、白い地平の彼方へと見えなくなった。視界一面に広がる雪の大地、輝く太陽と雲一つない青空が俺の心まで晴れやかにしていく。
さて、どうしようか。
ユーカとリギンの見送りに合わせて、俺自身も休みを一日取っている。そして本日の予定であるユーカの見送りを済ませてしまったので、やることがなくなってしまった。
新しい手甲でも作ろうかと思案しながら朝の東区工房街を見て周っていると、見知った顔に出くわした。
「エグバジルさん」
「よう、仕事はいいのか」
「今日は休みです」
先代の地下倉庫番人でサーラ先輩の師匠、その人である。俺にとっては万象調査隊の大先輩だ。つるつる頭が朝日を反射しており、とてもまぶしい。
「それならよ、昼になったらサーラん所行ってくんねえか」
「何かあったんですか?」
「たいしたこっちゃねえんだ。地下倉庫を改造したっつうから見てきてくれ。俺ぁ今から用事でよ、しばらく出なくちゃなんねえ」
そういえば以前そんな話をしていた。賊に侵入されたから、倉庫の警備をより厳重にするのだとサーラ先輩が言っていたと思う。ふむ。
「見てくるだけでいいんですか」
「ああ。サーラはああ見えてヘマするからな。リートから見ておかしくねえか調べてやってくれ」
「わかりました。何かあればご報告します」
二、三度会っただけの俺の名前など忘れていると思ったが、しっかり覚えていてくれたようだ。やはり優秀な人物である。
さっさと辻馬車に乗り込んで寮へ戻り、裏庭で洗濯をしていると掃除屋の少年がやってきた。寮の連中が出勤している間、水場や廊下、窓の掃除をするのだ。
少年が厠を前にして口を開く。
「おおっ!? 便器が燃えている!」
そういって厠の水かけ掃除を始める。掃除開始の合図だ。
それを聞いた俺や他の非番連中は「エイサッ」とか「セイヤッ」とか火消しの真似をしながら洗濯をし、汚水を便器へ流すのだ。お互い掃除と洗濯を終えたら「消火完了」と言って少年と固い握手をかわす。騎士団男子寮の伝統行事である。
一方、共同で裏庭を使っている女子寮の連中は、ゆるく洗濯をしながら世間話に花を咲かせている。俺達の熱い消火作業には見向きもしない。
自室に洗濯物を干したら軽く運動をする。本当は王城の周りを走りたいのだが、冬は除雪の邪魔になるため外で体を動かすことは少ない。
そういえば衛兵になりたての頃は無駄に体を動かしていた。
朝早くに連峰へ向かって走り出し、正午頃に山裾へ到着。折り返して夕方までに寮へ帰るという、ありあまる体力を使い果たすようなこともしていたのだが、大抵そういう時に限って緊急出動がある。
へとへとの体を引きずって仕事をするのはいかん。あれはダメだ。社会に対する恨み辛みが心を支配するからな。そんなわけで“ほどほど”を身をもって学んだ俺は、優雅に読書を楽しむのである。
あ、これ読んだことある。……出かけるか。