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第7話  海岸都市(下)

 焼けた瓦礫と無数の屍。

 一晩で完膚なきまでに壊しつくされた海岸都市。

 夜明けの日差しが辺りを照らすが、人の死に絶えた街からは泣き声さえ聞こえない。


「ふわぁ………ちょっと頑張りすぎたね。

 寝不足で気持ち悪い」


 さわやかな朝風に身を晒しつつ、魔王は欠伸混じりに伸びをする。

 そんな彼の背後では、合流した魔人たちが思い思いに寛いでいるようだった。


「魔王様、周囲を散策しましたが生き残りは見当たりません。

 とりあえず、殲滅に成功したと言って良いかと」


「りょーかい。

 プリーストもお疲れ様」


 魔王は労うようにプリーストへ伝えると、瓦礫の影で寝ているウィッチの方へ目を向ける。


「ほら、ウィッチ。終わったよ。

 起きろー」


「はぃ? 朝ですかー?」


「君、30分仮眠とか言っといて………結局最後まで寝ていたな」


 寝ぼけ眼のウィッチへ、魔王が呆れたようにため息を吐く。


「別に私が寝てようが、グールは半自動なんだからいいじゃないですか?

 こんなに夜更かししたら、肌が荒れちゃう………」


「わかったわかった。

 いいから、顔でも洗って来い」


 魔王はしっしと手を振り、ぐったりとその場に座り込む。

 そして苦しげに息を吐き、浅く呼吸を整える。


「魔王殿、体調が優れないのか?」


「流石にね………。

 貧弱な魔力で調子に乗りすぎたみたいだ………最初の炎だけで止めとけばよかった。

 う………吐きそう」


 魔力を使いすぎた魔女は体調を崩し、微熱や眩暈、吐き気などの症状に襲われる。

 全ての魔力を使いきった魔王も動揺で、まるで重度の二日酔いになったかのように体が不調を訴えていた。


「軟弱な。日ごろから体を鍛えんから、そんなザマになるのだ」


「バルバロイ、君はいつも手厳しいな」


 魔王は汗を拭い、ゆっくりと立ち上がる。

 そして多少おぼつかないものの、ゆったりとした足取りで瓦礫の山へと登っていった。

 元は巨大な建築物だったと思慮されるその瓦礫群の頂上では、荒廃した海岸都市を一望することが出来る。


「海岸都市………正直どうかと思っていたけど。

 やれば出来るもんだね」


 つい昨日まで、無数の人々が行き交い巨大建築物が数多くひしめいていた海岸都市。

 今はそれが、焼けた瓦礫と死骸の山に覆われている。

 その景色を見下ろしながら、魔王は心が満たされていくのを感じていた。

 体調は最悪だが、気分は上々だ。胸が高揚しているのが自覚できる。


「やっぱりこう、達成感があるよね。

 これなら、王都を破壊することだって夢じゃない」


 海岸都市と言えば、この大陸で王都に継ぎ2位に位置する巨大都市。

 それを一晩で破壊し尽したのだ。

 彼の願いは思っていたより早く、収受することが出来るかもしれない。

 魔王は瞳に陶酔の色を滲ませ、呆然と廃墟群を見下ろし続ける。


 しかし、次に彼が見納めたのは吹き出る血飛沫と己が胸を刺し貫く剣先であった。 


「あ………」


 魔王は小さな悲鳴と共に、ガラガラと瓦礫の山から転がり落ちる。

 魔人とは言え、結局のところは生き物。

 一般的な人間より頑強ではあるが、胸を貫かれれば十分致命傷と成り得てしまう。


「魔王様!?」


 魔人たちは驚愕に目を見開く。

 彼らの視線に映るのは、屈強な姿をした戦士の姿。

 戦士は先ほどの魔王と入れ替わるように瓦礫の山に立ち、外套に描かれた大亀の紋章をはためかせながら、魔王と魔人たちへ憤怒の眼を向けている。


「貴様ら………よくも我らの街を………。

 我々の海岸都市を!!」


 戦士はこの海岸都市の守護者たる防衛隊統括者。

 防衛連隊長、フクツ・ブルスクーロ。

 歴戦に歴戦を重ねた古強者である。


「ちぃっ!」


「待て、プリースト!」


 即座にプリーストはサブマシンガンを向けるが、それは魔王の声によって差し止められる。


「魔王様………?」


「いや、いいんだ。

 奴はちょっとした昔馴染みでね」


 胸から血を流しつつ、魔王がよろりと立ち上がる。

 どう見ても致命傷と呼べる負傷であったが、魔王は構わずに二ヤリとフクツへ笑いかけてみせた。

 

「誰かと思えばフクツか………いや、合いも変わらぬ抜け目のなさだ。

 俺に隙が出来るのをずっと伺っていた訳か?」


「………笑うな」


「流石は魔女討伐騎士団の生き残りだ。

 伊達に修羅場は潜っていないということか。

 魔女討伐騎士団………いや、今は『誇り高き英雄の騎士団』だったか。

 ふふ、英雄とは笑わせてくれる」


「笑うなと言っている!!」


 激昂するフクツと、煽るように笑うことをやめない魔王。

 一度は蚊帳の外に置かれた魔人たちであったが、未だ血を流し続ける魔王を見かねバルバロイが一歩前へ出る。


「魔王殿、下がれ。

 その出血は生死に関わる。そやつは俺が始末しよう」


「引っ込んでいろバルバロイ。こいつは俺が殺す」


「む………」


 バルバロイの言葉を、魔王は冷たく吐き捨てる。

 その声音からは、普段の人懐こい響きが失せていた。

 

「………治癒」


 魔王は胸に開いた風穴へ手を翳し、もう片方の手で魔術式を描く。

 彼が発現するのは治癒魔術。

 修道魔術にも満たない、簡単な治療の術である。

 実際のところ、魔王が用いることが出来るのは発火魔術と治癒魔術のみ。

 この世界の女性なら、訓練さえも必要としない簡易な魔術だけであるのだ。


 しかし魔王が胸を一撫でしただけで、貫通した筈の刺突痕がたちどころに塞がっていく。

 それはもはや、治癒というより再生と形容するべきものだった。

 異能『魔王』

 それは魔王が用いた魔術を超強化し、もはや奇跡と呼べるほどまで効果を強めることが出来るのだ。


(とはいえ、異能を使うのはもう限界だな………)


 傷こそ癒したものの、魔王の顔色は更に蒼白で脂汗が浮いていた。

 そもそもが魔力の枯渇状態。

 簡易な治癒魔術だって、今の魔王にとっては消耗が激しいものだ。

 魔王は仕方ないといったように、腰の剣を抜き取ってフクツと相対してみせた。


「かれこれ20年ぶりか。老いたなフクツ。

 最初、誰かわからなかったよ」


「逆にあなたは全く変わらんな。

 姿も声も、あの頃のままだ」


 冗談めかした魔王の物言いにも、フクツの表情は微動だにしなかった。

 ただその瞳に憤怒を宿らせたまま、責めるように魔王へ訴える。


「変わったのはその心だけか。

 何故だ!? 救国の英雄とまで謳われた貴方が、どうしてこんなことを!?」


「俺を英雄と呼ぶな!!」


「答えろ!! グレン・ヴーロート!!」


 フクツの咆哮に対し、魔王もまた咆哮によって応じる。

 そして一拍置くと、再び表情を憎らしく歪め、皮肉な声音で答えて見せた。

 

「どうして? よくもそんな言葉が吐けるものだ。

 王国が………お前らが!

 俺にしたことを忘れたとは言わせんぞ!」


 口元こそ笑みを浮かべているものの、魔王の目は一切笑っていない。

 フクツに負けず劣らずの憤怒を込めて、かつての仲間を睨み返していた。


「この大陸に居る人間たちは、すべからく俺の敵だ。

 いいか、フクツ。これは戦争なんだよ。

 お前ら全員と、俺たち5人の戦争だ。

 勝敗を決めるのは互いの全滅だけ。例外は一切存在しない。

 どちらかが滅ぶまで、俺はこの戦いを止めない。

 そして―――」


 魔王は真っ直ぐにフクツへ目を向ける。


「そして、俺は勝つ。

 お前ら全てを必ず、根絶やしにしてみせる!」


 魔王は頑とした様子でそう言い放つ。

 それは言わば、彼から全人類に向けた宣戦布告。

 真紅の瞳には確固とした決意と狂気が宿っていた。


「そうか………私の知っている団長は、やはり20年前に果てたのだな………」


 フクツは諦めたように俯くと、剣を握りなおし魔王へと掲げる。


「ならば、お前は彼の形をした贋物だ!

 存在自体が彼への冒涜である!

 私は貴方の部下として、お前をこの世から消し去ってやる!!」


 海岸都市防衛連隊長、フクツ・ブルスクーロ。

 かつて、魔女討伐騎士団にて、死線につぐ死線を乗り越えてきた戦士である。

 四十路を越えた今もなお、その武勇は衰えを知らない。


 フクツは手にした剣を振り上げ、魔王へ横一文字に斬りつける。

 それはあまりに愚直に過ぎる斬撃。

 魔王とて、魔人に堕ちる前は王都一の剣士として知られた男。

 こんな安直な一撃を受けるような男ではなかった。

 

 激昂のあまり冷静さを欠いたか? と魔王はその横薙ぎを剣腹で受け、返しに一撃を加えんとフクツの右側へ足を滑らせる。

 しかし、その動きはポキリという場違いな音と共に、止められることになった。


「何の疑問も無く刃を交じらせるとは………いささか失望したぞ、魔王」


(失念していた。

 そうだ確か、こいつの得物は―――)


 手にした剣の重量が軽くなったことに気付き、魔王は己が失態を自覚する。


 フクツが持つのは幅広な片刃の長剣。

 しかしその峰は櫛状に加工されている。


 破断剣ソードブレイカー


 峰の凹凸によって相手の凶器を無力化、もしくは破壊するための剣である。

 フクツが狙ったのは魔王自身ではなく、手にした剣。

 最初から武器破壊が目的の一撃であったのだ。


 防衛隊の主たる任務は対象を殺すことではなく無力化、捕縛することである。

 アルカナ・マギアとの紛争を終えて20年、海岸都市にてその技を奮い続けて来たフクツの破壊術は、騎士であったころよりもその凄味を増していた。


 刃を半ばで砕かれ、魔王はフクツから身を離す。

 しかしフクツは逃がさんとばかり魔王を追い詰め、破断剣の切っ先を翻して連続突きを見舞っていく。

 フクツが狙うは咽喉、胸、頭。

 魔王の治癒能力を見定め、一撃で彼を仕留める算段だった。


 無数の刺突が疾風のように魔王へ降り注ぐ。

 それを防ぐのは、半ばで折られ故障品となってしまった剣。

 一見すれば、明らかに魔王が不利な状況と見受けられた。


「ぐっ………」


 しかし、フクツは猛攻を加えながら歯噛みしてしまう。

 武器を砕いてからの全力攻勢、なのに魔王は一歩も引かず、無力化した筈の剣によって全て弾き返しているのだ。


「まんまとやられてしまったよ、フクツ。

 だが、剣を砕いたところで俺には無意味だ。

 損壊武器で戦うなど、剣奴と呼ばれていた頃にいくらでも経験している」


 絶え間ない連撃を受けながら、余裕さえ持って魔王はフクツへ語りかける。

 開いていた筈の間合いはいつの間にか至近距離まで迫り、魔王はフクツの至近距離まで前進しているようだった。

 いかに半ばで折れた剣とは言え、こうも切迫されてしまっては魔王の攻撃可能圏内に入ってしまう。


「ちぃ!!」


 焦燥を帯びたフクツは再び横に剣を薙ぐ。

 今度は魔王自身を狙った殺意の一撃。好転しない展開にいささか焦りの交じった斬撃であった。

 魔王はそれを剣身の根元で受けると、握りを捻り剣鍔をフクツの持ち手へ押し付ける。

 

「ぐううぅぅ!!」


 剣の握りと魔王の剣鍔に挟まれ、フクツの指がベキベキと音を立てて折れ曲がっていく。

 鍔迫り合いから、持ち手の破壊。

 かつて魔王が得意とした剣術である。

 

 利き腕の小指と薬指、剣を扱う上で不可欠な二指を骨折し、フクツは破断剣を取り落とし膝をつく。

 魔王はフクツの足甲を踏みつけ、彼の利き足を封じるとおだやかに微笑んでみせた。


「さよならだ、フクツ。

 なに心配するな。

 昔の仲間たちもみんな、同じ場所へ送ってやる」


「がっ………」


 魔王はゆっくりとフクツの腹へ剣を刺し込んでいく。

 途中で歪に折れた剣身は貫通力を明らかに欠いてしまっていたが、魔王は無理やりねじ込むようにグリグリと、憎悪を込めてフクツの腹を蹂躙していった。


「グレン………団長」


「そんな奴は、もういない」


 フクツが最期に呟いた言葉を否定し、魔王はそのまま彼の体を蹴飛ばしてしまう。

 地面に倒れ付したフクツはもう話すことも無く、ただ微かな痙攣をするだけになっていた。


「いやぁ、まいったまいった。

 予想外に手こずってしまったよ」


 魔王は魔人たちへ振り向くと、いつもの人懐こい笑顔で笑って見せる。

 フクツとはかつて、釜の飯を分けたような間柄であるが、もう魔王にとっては殺すべき対象の一人に過ぎない。

 その死を後にしても、これという感慨は浮かばなかった。


「魔王様、あまり心配させないで頂きたい!」


「てかてか、魔王様。いま魔力ヤバイでしょ?

 無理しないで下さいよ」


 固唾を呑んで戦いを見守っていたプリーストと、枝毛の手入れをしながら見守っていたウィッチが次々に駆け寄ってくる。彼らから少し離れた場所ではバルバロイが呆れたように肩を竦めていた。


「魔王殿。剣の形状を見れば武器破壊など明らかだったろう。

 なぜ、みすみす搦め手などにやられたのだ?」


「いやー、何せこいつと会うのは20年ぶりくらいだったからさ。

 破断剣のことなんて、すっかり忘れてた」


 少し照れたように頭を掻きながら、魔王が嘯く。


「まったく魔王様、もし今後の敵は全て私達に任せて頂きますよ!?」


「わかったわかった、後の事はみんなに任せるよ」


 なおも激昂するプリーストを適当にいなし、魔王は非難から逃れるようにその場を立ち去っていく。

 

「………グレン、団長」


 次第におぼろげになっていく視界の中。

 フクツが最期に見たのは、振り向くこともなく立ち去る魔王の姿であったのだった。



 フクツとの戦いが終わった後も、魔王たちはしばし海岸都市跡を徘徊していた。

 瓦礫の下やかろうじて残った建物の中に、まだ生存者たちが残っている。

 彼らの目的は住民の鏖殺である、一人だって生き残りがいることは許されないのだ。


 丹念に瓦礫をよけ、建物内を探り。

 一人ずつ、確実に生き残りを消していく。


「あれ?」


 魔王たちがそんな作業を続けて数時間ほど、魔王は荒廃した景色の彼方に動く、二つの影を見咎めた。


「あそこに何か………人影みたいなモノが見えないかい?」


「人影? グールじゃないですかぁ?」


「いや、それにしては、足取りがしっかりしているような………」


 はっきりとはわからないが、人影はしっかりとした足取りでこちらへ向かってくるようだ。

 生き残りであれば隠れ潜むか逃げ出す筈だし、グールにしても様子がおかしい。

 妙である。


「どれ、私が確認してみましょう」


 プリーストは魔王の隣へ並び立つと、どこから取り出したのか望遠鏡を構え、人影を観察しはじめる。

 彼が望遠鏡を覗いている間も、人影たちは着々とこちらへ向かって進んでいるようだった。


「………」


「プリースト、何か分かったかい?」


 いつまでも望遠鏡を覗き続けるプリーストへ魔王が問うと、彼はゆらりそれを外し魔王へ向き直ってみせた。


「…………」


「プリースト?」


 振り向いたプリーストは明らかに様子がおかしかった。

 虚ろな目を魔王へ向け、口からは涎が垂れ流しになっている。

 普段、折り目正しい彼がこんな表情を見せたことはない。


 ぞくりと魔王の背へ悪寒が走る。

 こんな表情の者たちを自分は知っている。

 これは―――


「―――」


 プリーストはもごもごと何かを呟き、手にしたサブマシンガンの銃口を魔王へ向ける。

 危機を直感した魔王が身を翻すのと、銃口から弾丸が降り注ぐのはほぼ同時であった。


「プリ君!?」


 ウィッチの驚愕をよそに、プリーストは逃れる魔王を追いかけて地上へ弾痕の線を描いていく。

 彼の振るう鉄火を受けては、流石の魔王とて一溜まりも無いだろう。 


 突然の事態にウィッチは唖然とし、魔王は鉄火から逃れることだけに必死。

 現状で動くことが出来るのは一人だけだった。


「ちぃ!!」


 バルバロイはプリーストの背後へ肉薄すると、そのまま彼を羽交い絞めにする。


「プリースト殿、突然どうした!?

 乱心でもめされたか!?」


「―――」


 バルバロイの問いかけにも答えることはなく、プリーストは必死になって銃口を魔王へ向けようとする。

 バルバロイは仕方ないと言ったように、そのまま頚動脈を締め上げ、プリーストを昏倒させた。

 意識を失いだらりと伸びたプリーストの手から、からりとサブマシンガンが落ちていく。


「び、ビビった………。

 魔王様、無事ですか?」


「な、何とかね………」


 物陰から恐る恐る首を出したウィッチへ魔王が頷き、二人は視線をプリーストへ向ける。

 プリーストはバルバロイの手の中で気絶し、完全に落ちているようだった。


「ありがとう、バルバロイ。助かったよ」


「それはいいのだが………プリースト殿はいったいどうしたのだ?

 錯乱の気など、無かったと思うのだが………」


「いや、僕に一つ心当たりがある」


 流石に困惑を隠しきれない様子のバルバロイへ、魔王は静かに頷き答える。


精神簒奪マインド・ユザーブ


「まいんど・ゆざーぶ?」


「魔術………精神簒奪マインド・ユザーブ

 人の心を簒奪し、術者のモノとしてしまう幻想の魔術。

 その術中に嵌まった者は、傀儡として意のままに操作されてしまう。

 さっきのプリーストは、それに捕われた者たちとそっくりだった」


「精神簒奪? そんな魔術、私だって知りませんよ?」


 ウィッチが戸惑いの声を上げる。

 こと魔術に関しては彼女の方が魔王より専門家だ。

 しかし魔王の言う魔術など、ウィッチは聞いたことも無かった。


「そりゃあ、ウィッチは知らないだろうね。

 魔術とは言っても、精神簒奪は普通の魔女に決して持ち得ない特異な魔術。

 アレを使えるのはあの魔女、ただひとりだったから―――」


 魔王はそんな言葉と共に荒野の先、さきほど人影が居た方向へ目を向ける。

 さきほどまで人影であったそれは、魔王たちが一悶着を起こしている間に目前まで迫っていたらしい。

 姿が露になったそれは無表情に魔王たちを見上げていた。


「これは幻覚か………それとも悪い夢でも見ているのかな?」


 その七色の視線を見つめ返し、魔王は額に汗を滲ませる。

 彼らを見下ろしているのは新雪のように鮮やかな純白の髪と、見る方向によって色彩が変わる七色の眼球を持った少女。


 それは魔王にとって、未だ恐怖の対象となる少女であった。


「今日は随分懐かしい顔に会う日だな。

 お前は20年前僕が、この手で殺した筈だ。どうしてこんなところにいる?

 ええ? 幸福の魔女さん」


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