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第6話  海岸都市(中)

「何が………いったい、何が起こっているのだ!?」


 フクツは目の前で巻き起こる悪夢の数々を、信じられない思いで見つめていた。


 今日はいつもと変わらない日のはずだった。

 多くの商人たちが駆け回り、喧騒の絶えない、賑やかないつも通りの日。

 防衛連隊長である彼もまた、そんな忙しい日常を送っていたのだ。


 異変が起こったのは昼下がりになってから。


 突如、都市に蔓延した腐った卵のような臭い。

 住民たちは口々に不調を訴え、北部の住民たちには倒れてしまった者も居るらしい。

 そして、数刻も置かず北部で発生した住民たちの暴動。

 悪臭によって倒れていた住民たちが突如起き上がり、他の住民たちへと襲い掛かっていったというのだ。

 

 フクツはこれを集団パニックに寄るものだと判断した。

 突発的な異臭騒ぎによって住民が錯乱してしまったのだと、そう考えたのだ。

 フクツは北部へ防衛中隊の派遣を決定。目的はあくまで錯乱した住民の沈静化、出来る限り傷つけることのないようにと厳命していた。

 

 しかし、伝令から告げられた中隊の末路は悲惨なものであった。

 当初は数十名であった錯乱者、しかしそれが今や数百名もの暴徒と化し、北部はもはや凄惨な事態へ陥っている。

 沈静を図った防衛中隊は、彼らによって袋叩きにされ全滅。

 更には、その殺されたはずの部隊員たちが立ち上がり、まだ正気を保っている住民たちを惨殺しているのだという。


 フクツは始め、伝令の言葉が信じられなかった。

 当然だ、死んだ人間が生き返る訳が無い。

 

 自分の目で確かめる!

 フクツがそう怒鳴って防衛砦から飛び出したのであるが、そんな彼を紅蓮の炎が包み込む。

 火の気などどこにも無かったはずなのに、海岸都市の中心部から突然の出火。それはまるで猛る獣のように燃え広がり、人と物を巻き込みながらその勢力を広げていく。

 

 炎はいかな消火活動を行っても消えることがなく、都市部を灰へ変えていったのだ。


 防衛部隊はこれらを緊急事態とし、住民たちの速やかな退避、及び錯乱住民の鎮圧に向かったのであるが、事態はどんどんと悪化。

 夕刻を越え深夜となった今、混乱はもはや動乱の呈をなし、海岸都市全体にまで広がっていた。


「フクツ連隊長、領主様から撤退せよとの指示が………」


「馬鹿者! まだ、住民の避難も終えていないのだぞ!?

 我々が先んじて撤退など出来るわけが―――」


「しかし、もはや命令系統も滅茶苦茶。

 誰がどこにいるかも分からない状態です!」


「ぐぅ………」


 フクツは歯噛みするように呻る。彼の言葉通り、防衛騎士団はすでに組織的行動が不可能な状態にまで陥っていた。

 

 フクツ・ブルスクーロ。

 齢45にして、海岸都市防衛部隊の連隊長を務める歴戦の戦士である。

 そんな彼の知識を持っても、現在の事態について理解が及ばない。

 まるで、悪夢を現実に顕現されてしまったかのようだ。


「いや………待てよ」


 しかし、彼の脳裏にとある噂が蘇る。

 それは、この近辺を荒らしまわっているという4人の悪魔の噂であった。


 黒い炎によって全てを焼き尽くす。

 死者を操り、屍鬼へと変えてしまう。

 魔剣によって、あらゆるものを両断する。


『たった4人によって、自分達は壊滅させられてしまった』


 遭遇した者たちは夢物語染みたことを訴え、その存在さえ疑われる者たちの噂。

 フクツだって、そんなものは唯の作り話だと思っていた。

 まして、実際に見たという者は、口を揃えて悪魔の姿が彼に似ていると言っていたのだ。


「グレン団長………」


「連隊長?」


「お前は残存者をまとめ、領主様の指示に従え!」


 フクツは部下にそう怒鳴り、残った戦士たちに背を向ける。


「れ、連隊長、いったい何を!?」


「私は奴に会わなければいかん!!」


 最後にそう叫び、フクツは炎漂う街中へと駆け出していく。

 

(魔王………もし、お前が実在するのなら………。

 もし、本当にお前が彼であるのなら………)


「私はお前に引導を渡さなければならん!」


 焼け落ちた瓦礫を蹴散らし、フクツはただ一心に海岸都市を駆けて行くのだった。



「ふう………」


 悲鳴と慟哭が重なり、阿鼻叫喚の様相を呈した街の中心で、魔王はため息を漏らす。

 彼の目の前には、死んだ母に泣いて縋る小さな子供の姿があった。

 子供の母は体の半分以上が焼け落ちており、残った部位をピクピクと痙攣させている。

 屍姫の効果は及んでいるようだが、ここまで体を損傷しては動くことが出来ないのだろう。

 そんなことも知らず、まだ母親が生きていると勘違いしているのであろう子供は必死になって母へ声を上げていた。


「お母さん………お母さん!!」


「あれだけ殺したのに、まだ生き残りがこんなにいるのか。

 ほら、ぼうや。泣かなくていい。

 どうせ君もすぐに死ぬんだ」


「え………?」


 魔王はあやすようにそう子供へ告げると、彼の前で静かに剣を引き抜く。

 そしてそのまま、正確に心臓を一突きに突き刺した。

 

「―――」


「まったく………殺しても殺してもキリが無い。

 鏖殺おうさつとは案外、手間がかかるものだね」


 何が起こったのかも分からぬまま死に伏せる子供を寝かせ、魔王は疲れたようにそう嘯く。

 そんな彼へ、背後のウィッチが呆れた目を向けていた。


「魔王様、最初から飛ばしすぎなんですよ。

 『魔王』は魔術を媒介にする異能なのに、魔王様って魔力がからっきしじゃないですか?

 そんな簡単に魔力を切らすなら、私達に任せとけばいいのに………」


「いやぁ、やっぱり「自分の手で滅ぼしたぞ~」って実感が欲しいじゃない?」


「また、よくわからない拘りを………」


 ウィッチは呆れた様子で肩を竦めるが、気を取り直して先ほどの子供へ手を掛けた。


「ぼうやもお仕事の時間だよ。

 ほら、行った行った」


「………」


 子供はそのままグールとなり、新たな生者を求めて街へと向かっていく。


「ウィッチはバテないなぁ。

 もう相当な数をグールにしてるんだろ?」


「ざっと5000といったところですか………。

 私はもともと魔女ですから、魔王様に比べてずっと魔術に見識があります。

 私からすれば、魔王様なんてヒヨっこもいいところですよ?」


「手厳しいなぁ。

 まあいいや。確かに疲れてしまった。

 ここもほとんど壊滅したようなものだし、後はみんなに任せよう」


 魔王は疲れたようにぼやき、そのまま横になる。


「プリーストとバルバロイは?」


「二人とも、好き勝手に暴れてますよ。

 まったく元気が有り余っているというか………」


「ははは、頼もしいもんだ」


 魔王は横になったまま、微かに笑い声を漏らす。

 実のところ、彼はもう立ち上がることさえ億劫なほどに消耗していた。

 ウィッチの言葉通り、元が騎士である自分は魔術を扱うのが下手糞であるようだ。


「まあ、街の中心部を焼き尽くした時点で魔王様の役目は終わり。

 私ももう、グールたちを制御するだけでいいでしょう。

 後はお二人に任せておこうじゃありませんか」



「うおぉぉぉぉ!!」


 バルバロイが刀を煌かせ、次々に戦士を打ち倒していく。

 戦士達は名を馳せし、海岸都市の防衛部隊。

 騎士団と比べても、遜色のない実力者揃いである。


「な、何だ!?

 何なんだよ! こいつは!?」


 そんな戦士の中隊を、バルバロイはたった一人で切り開き屍の山を築いていく。

 孤立奮闘どころではない、孤立無双である。

 何より異常なのが、彼の持つ見慣れない片刃の長刀。

 それは、戦士たちの甲冑をバターのように軽々と切り裂いていくのだ。


 驚愕に目を見開く戦士へ、バルバロイは刀を掲げてみせる。


「我が得物の銘は同田貫どうたぬき。兜割りと名高き豪のつるぎよ。

 貴様らの粗悪な具足など、紙切れにも劣る」


「く、くそ、畜生!!」


 仲間たちが全滅し、最後に残った戦士がバルバロイへ挑みかかるが、そんな彼へバルバロイは冷たい視線を向ける。


「足が笑っておる。

 そんな構えで人は斬れんよ」


 戦士へ向けられる魔剣の軌道。

 彼は頭から股にかけ、甲冑ごと両断されてしまった。


「やれやれ………大したものだ」


 無数に散らばる騎士たちの死骸を避けながら、プリーストが呆れた声を上げる。


「プリースト殿、お主は剣を抜かんのか?」


「私はあまり剣に頼る気がしないのですよ。

 あれは旧時代の遺物だ。今の時代はこれ、ですね」


 バルバロイからの問いにプリーストは肩を竦めると、勿体つけるように肩へかけた物を見せ付ける。


「何だ、それは?」


「ふふふ、私の新しい作品です。

 名づけて『嘶く鉄火の咆哮』。

 是非、この戦いで試してみたかったのです」


 プリーストが見せびらかすようにそれをひらひらと揺らす。

 それは大きさ80センチメートルほどの木と鉄で出来た物品で一見するとメイスか短槍のように見える。

 もっともメイスにしては柄頭が無く、短槍にしては穂先が無い。

 バルバロイは武器類に精通していたが、それでも見たことの無い形状をした物だった。


「鈍器か? それにしては、使い勝手が悪い気がするが………」


「鈍器? 何を仰るバルバロイ殿。

 この私が、そんな非文明的なモノを使うと?」


 プリーストがそれをうっとりと見つめながら陶酔したような声を上げる。

 これは危険な兆候だ。また彼の薀蓄うんちくなどを聞かされてしまっては堪らない。

 バルバロイはそう考え、さっさと足を進めていった。


 その後も挑んでくる防衛隊を蹴散らしながら、二人は都市の中を進んで行く。

 街はその大部分が焼け落ち、その中を真っ黒に焼け爛れたグールたちが闊歩する。

 生き残った人々はグールたちから逃げ惑い、驚愕と嘆きの狂い声を上げていた。


「さながら地獄の有様ですね。

 この街が墜ちるのも時間の問題でしょうか」


 死に掛け横たわる住民を踏み殺し、プリーストがつまらなそうな声を上げた時、二人の前に巨大で荘厳な建物が姿を現した。

 周囲の建築物が一様に崩れ落ちている中、建物は堅牢に出来ていて、この災禍の中でもその姿を保ち続けているようだ。

 プリーストはそれに、顔を顰めてしまう。 


「教会か………」


「それがどうかしたのか?」


「別に………」


 恐らくシェルターとしての役目も兼ねていたのだろう。

 教会は完全に外界と遮断され、グールたちの侵入も許さない。

 プリーストはやれやれと、教会のドアをノックした。


「失敬、中にどなたかいらっしゃいますか?

 私達はこの災禍から逃れてきた者です。

 どうか、我々も避難させて頂きたい」


「い、生き残りですか!?

 よくご無事で………。

 さあ、中にどうぞ!」


 プリーストの呼び声に答え、教会のドアがガラリと開かれる。

 中には火傷を負ったシスターと十数人の子供達が怯えるように抱き合っていた。


「かたじけない。こんな中でよくドアを開けてくれた。

 貴女の慈悲深さには、神も喝采を送っているでしょう」


 プリーストはニヤリと笑い、手にした『嘶く鉄火の咆哮』をガチャリと肩にかける。

 しかしシスターはそんな所作にも気付かないように、マジマジとプリーストを見つめていた。

 そして胸の前で両手を組み、助かったように喜びの声を上げる。


「その僧衣に、胸元の銀十字………。

 貴方は、教団領の聖戦士パラディン様ですね!

 私たちを助けに来て下さったのですか!?」


 シスターはプリーストの僧衣を掴み、安堵の涙さえ流しながら縋りついていった。

 遠隔教団領の聖戦士パラディン部隊。

 国王ではなく、聖帝直属の精鋭戦闘部隊である。

 その勇名は『誇り高き英雄の騎士団』に勝るとも劣らず、この大陸における最強戦力の一角に数えられている。

 シスターはその聖戦士部隊が、海岸都市へ救援に駆けつけたのだと、勘違いをしていたのだ。


「この街を悪夢のような災厄が襲ったのです!

 ………これらはきっと魔女たちの仕業に違いありません!

 聖戦士様! どうか私たちを助けて―――」


「黙れ。なつくな売女ばいたが」


 しかし、プリーストはそんなシスターを乱暴に突き飛ばす。


「ば、売女ばいた?」


「私にとっては聖女も魔女も変わらない。崇拝するのが神か悪魔かと言うだけだ。

 根拠無き信仰など、糞の役にもたたん」


「プリースト殿、どうした?

 随分と気が立っているようだが」


 普段と異なり、口汚く罵り声を上げるプリーストへバルバロイが不思議そうに問いかける。

 プリーストはハッとしたように佇まいを直すと、罰が悪い様子で苦笑してみせた。


「おっと、失敬。私としたことが………。

 しかしバルバロイ殿、ちょうど良かった。

 この『嘶く鉄火の咆哮』の力。こいつらでお見せ致しましょう」


「聖戦士様………?」


 なおも困惑の表情を浮かべるシスターへ、プリーストは『嘶く鉄火の咆哮』を構え、その先を彼女らへ向ける。


 同時に教会の中へバリバリという轟音が轟き、彼女の前へ燃える鉄火の雨が炸裂する。


「―――え?」


 一拍置いてから、彼女を襲うのは焼けるような熱さと槍で貫かれたような激しい痛み。

 彼女の全身には大きな穴が開き、周囲の肉が火傷によって爛れていた。


「聖………戦士、様………?」


 そのまま崩れ落ちるシスターを見下ろし、パラディンは満足気な微笑みを浮かべる。


「ふむ、結果は上々だな。

 フェイトの知恵を借りるようで小癪だが、なかなかいい殺傷力だ」


 『嘶く鉄火の咆哮』と名付けられた鉄火を吹く棒。

 一言で言えば、それは機関銃であった。


 正式名称『ベルグマンMP18』


 第一次世界大戦末期において、ドイツ帝国が開発した短機関銃の先駆けである。

 歩兵でも携行可能な軽量自動火器で、全長818mmと小型ながら350-450発/分の発射速度を誇り、同大戦の春季大攻勢ではドイツ軍大躍進の一端を担った傑作決戦兵器であった。


 小銃や拳銃に比べ格段に高火力を持ち、引金の引き方次第でバースト射撃やセミオート射撃も可能とする。それは銃剣類による白兵戦が一般的であった20世紀初頭において、革新を齎す新鋭の武器であったのだ。


 プリーストの異能『超遺物オーパーツ

 その名は伊達ではない。


 彼が造ったこの兵器は、銃火器使用の兆しさえ見えないこの世界において、完全なオーバーテクノロジーであった。

 プリーストと世界の間には、千年近い技術剥離が生じている。


 プリーストはシスターの死体を踏みつけ、更に背後の子供たちへ銃身を向ける。

 子供とは、成長すれば自分達へ牙をむくであろう、将来的危険分子。

 確実に殺さなければならない。

 彼らは魔王から、女子供を優先して殺すように厳命されていた。


 子供たちは奇声を上げながら机の椅子の下へ身を隠すが、そんなものは無意味である。

 サブマシンガンを前に、木材など紙に等しい。

 プリーストは口元にいつもの笑みだけは絶やさず、教会の中へ弾幕を張るように鉄火を撒き散らしていく。


 数刻置いて………教会の中は多数の死体と、火薬の濃い臭いが漂うだけになっていた。


「どうです? バルバロイ殿。

 私の『嘶く鉄火の咆哮』。

 なかなかに使える武器でしょう?」


「ふむ………バンという音と共に、鉄玉を高速で飛ばす武器か。

 その武器はこれから『バンバン』と呼ぶことにしよう」


「だから、勝手に名前をつけないで頂きたい。

 なぜみんな、私の発明品に勝手な名前をつけるんだ!」


「だがプリースト殿、敵はまだまだ多い。

 そのバンバンに頼らせてもらうぞ」


「だから、バンバンじゃなくて『嘶く鉄火の咆哮』だって―――」


 プリーストは必死に訂正するが、バルバロイはもう外に出て、新たな犠牲者を探し始めていた。

 この狂戦士はどこまでも殺戮を求めて止まないらしい。


 プリーストはやれやれとバルバロイの後を追いながら、そっと教会の中をを見返す。

 原型を破損するほどズタズタになった死体たちの上部には、厳かな十字架が奉られていた。


「………ふん」

 

 プリーストは吐き捨てるように十字架へサブマシンガンを向ける。

 そして、銃弾によってそれを完全に破壊すると、死体たちへ蔑むように言葉を吐き捨てた。


「シスター。

 確かに私はかつて、聖戦士パラディンと呼ばれていたが………今の私が信じるのは理学に準ずるものだけだ。

 不確かなものへ忠義へ尽くすなど、もうこりごりなんだよ」



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