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第5話  海岸都市(上)

 木々が鬱蒼と茂る深い森の中。十数名ほどの騎士たちが草葉を切り分け進んでいく。


「くそ、予定より酷く遅れてしまった」


 暗褐色の空を見上げ、ユウキは憂鬱な表情を浮かべる。

 空からは冷たい雨によって地面がぬかるみ、歩行を困難なものにさせていた。


 ここは王都から遥か南西に位置する名も無き森の中。

 スオウから魔王を調査せよと指示を受けたユウキは、海岸都市に向けて道無き道を行軍しているところであった。

 序盤こそ障りなく、予定通りに行軍進めていたのであるが、この南西地域に入った途端天候が崩れ、予定が遅々として進まなくなってしまったのだ。

 更に言えば、国内とは言え王国はまだこの地域の地理を把握しきれていない。

 五大都市近辺や王都周辺はともかく、いまユウキたちがいる小さな村が点在しているだけの辺境地帯。

 こういった地域は碌な地図も無いのが現状であった。


「せめて、雨が治まってくれればいいんですけどね………」


 ユウキの隣で、彼よりも更に若い少年のような容姿の騎士が言葉を漏らす。


「セイギ、道はこれで合っているのか?」


「一応、案内人として雇った男は、これでよいと言っていたのですが………」


 ユウキの問いかけに、少年騎士が声音に少し不安の色を混ぜてしまう。

 採用したお前が不安がってどうする? とユウキは少しばかり苛立ちを混ぜ、ため息をついてしまった。


 セイギ・ファルケイン。

 誇り高き英雄の騎士団に所属する16歳の少年で、ユウキが調査部隊の副隊長に指名した男である。

 まだ経験が浅く、精神的にも幼いところがある彼を副隊長に据えるのはどうかとも思ったのだが、生憎他の騎士では信用に欠ける部分があった。


 かってグレンが王都にて行った大殺戮。

 それにより国王は今もヴーロート一族を危険視し、現当主であるスオウに対しても猜疑の目を向けている。そのため国王は、スオウが統率する『誇り高き英雄の騎士団』へ間者とでも言うべき手駒の者たちを何人も潜入させており、騎士団内で誰を信用してよいのかわからない状態であったのだ。


 そんな中、セイギは政争や権力争いとは無縁な庶民上がりの騎士である。

 その心も童子のように純真で、キナ臭いものと関わる類の人間ではない。

 スオウにとって信頼に足る部下がユウキであったように、ユウキにとって信用できる部下はこのセイギしかいなかったのである。


 もっともセイギは騎士としてお人よしに過ぎるところがあり、副隊長を任せるのはやや不安なところがあるのだが………。


「案内人はどういった出自の者だ?

 信用できる男なのか?」


「はぁ………たぶん、大丈夫だと思うのですが………」


「たぶんって何だ!?」


 はっきりしないセイギの態度にユウキがイライラと苦言を呈す。

 こんな辺境の地とはいえ、その案内人が国王の手の者ではないとは言い切れないのだ。


 ユウキは生まれも育ちも王都の人間である。

 唯でさえ地理が判然としない南西地域。土地勘の無い自分たちよりも、周辺に詳しい地域住民に道案内を任せた方が良いだろうとセイギに見繕わせたのだが、失策だったかもしれない。


「おい、採用の時に出自を精査している筈だな!?

 案内人はどんな奴なんだ?」


「付近の村に住んでいた男です。

 何でもお金に困っていると言うので、可哀想に思って雇ったのですが………」


「そんな基準で判断するやつがあるか!」


 あんまりと言えばあんまりなセイギの言葉に、ユウキはとうとう激昂し背後の隊列へ振り返った。

 国王の目に留まらぬよう、自分達は調査部隊という名目で遠征している。

 そこへ国王の間者などに忍び込まれては目も当てられない。引いてはスオウの失権に繋がってしまうかもしれないのである。 


「もういい! 俺がその案内人とやらに当たる!

 おい、どこにいるんだ!?」


 ユウキはセイギを押しのけ、その案内人とやらの姿を晒す。

 セイギは信用こそ出来るが、いまいち信頼できるまでには至らないのが残念な少年であった。


「はい? 俺っすか?」


 ユウキの言葉に応えるように、騎士たちの中から一人の男―――案内人が姿を現す。

 案内人はなにやらずる賢い目をした汚い男で、彼が辺境の民であることを差し引いても胡散臭さに余る雰囲気を持っていた。

 どこをどう判断して、セイギはこんな奴を雇うつもりになったのだろう?


「お前が案内人か………。

 おい、道は本当にこれであっているのだろうな?

 進めど進めど、森を抜けられないではないか」


 ユウキが案内人に問い詰めるも、彼は誤魔化すように口笛を吹き適当に言葉を述べる。


「まあまあ………そのうち抜けるっすよ、多分。

 要するに騎士さん方は海岸都市へ行きたいんでしょう?

 だったらこのまま南西に真っ直ぐ進めば、そのうち着くっす!」


「本当だろうな?」


「た、たぶん、大丈夫じゃないっすかね。

 なにぶん、俺も海岸都市なんぞ行ったことがないもんで………」


「何だと! 貴様、自分が行った事のない場所へ連れて行くなどと嘯いたのか!?」


「はっはっは! まあ、そういうこともありますよ!」


 案内人は誤魔化すように笑い声を上げると、ユウキから逃げるように再び騎士たちの影へと隠れていく。


「ちっ………」


 なんといいかげんな男だ。

 国王の間者ではなさそうだが、とんだはずれくじを引かされてしまったものである。

 本当に、彼の言う通り進んで良いものだろうか?


「あれ………彼、雇うときは海岸都市に何度も行ったことがあると言っていたのに………」


「馬鹿。担がれたんだよお前は。

 セイギ………この代償は高くつくぞ?」


「そんなぁ………」


 落ち込んでしまったセイギを睨みつつ、ユウキ自身も己が判断を反省する。

 まだ少年に過ぎないセイギにこんな役目を任せたこと事態、軽率だったかもしれない。


「まあいい。奴の言葉ではないが、方角さえ合っていればそのうち海岸都市につくだろう。

 後はこの森さえ早く抜け出せればいいのだが………」


 ユウキは億劫そうに背後を顧みる。

 あくまで偵察が名目の調査部隊。動員できる隊員は少なく、森の中であっても行軍にさした支障があるわけでも無い。

 しかし、自分たちには『あれ』がある。


 ユウキが憂鬱な視線を向けるのは、一台だけ引かれた小さな馬車。その中にはいっている備品である。

 スオウがどうしてもと言うので仕方なく持っていくことになったのだが、森の中を進むとなれば馬車一台でもかなりの手間となってしまう。


(スオウ様はなぜ、あんなモノが必要だと考えるのだ?)


 そんな風に、ユウキが己の上官に対して少しだけ疑問を抱いた時、不意にパッと視界が開ける。

 ユウキの目の前に広がるのは一面に見渡せる、背の低い草の草原。

 ようやく、この鬱屈とした森を抜けることが出来たようだ。


「ほれ! 俺の言った通りじゃないっすか!!」


 なにやら都合のいいことをほざく案内人を無視し、ユウキは団員たちへ激を飛ばした。


「よし、総員このまま前進。

 海岸都市を目指せ!」



 海岸都市。

 王国の標榜たる五大都市の一つ。他都市に比べ王都から最も離れた位置に存在する都市である。

 もっとも、離れてはいるが王都との商業的結びつきは強い。

 この都市はその名の通り海岸沿いの立地しており、他大陸とこの大陸を結ぶ一大貿易拠点であった。


 海岸都市は今日も行き交う人々でごった返している。

 喧騒に溢れる、賑やかな昼下がり。

 市民達はいつもと同じ、忙しい日常を過ごしていた。


「フクツ連隊長、2番街で喧嘩が起こっていると連絡がありました!」


「そんなもの巡回小隊にやらせろ。

 唯でさえ人が足りないんだ」


 街の中央に造られた大きな拠点。

 その中で鎧を纏った戦士たちが慌しく声を上げている。

 拠点の入り口には『海岸都市防衛隊本部』と書かれており、甲羅を掲げる大亀の旗印が大きくはためいていた。


「それが………喧嘩が喧嘩を呼んで、すでに十数人規模の乱闘騒ぎになってきていると………」


「ああもう!

 何と手の掛かる住民どもだ!!」


 伝令からの言葉に、一人の男がため息を漏らす。

 男の名はフクツ・ブルスクーロ。

 海岸都市防衛部隊の連隊長を務める中年の男である。


「わかった………。

 それでは巡回小隊を2部隊。それから付近の小隊を一つ向かわせろ」


「了解しました!」


 海岸都市防衛隊。

 20万都市であるこの街を守る駐留部隊で、その規模は実に通常都市防衛隊4隊分に当たる8000名。

 他大陸の小規模国家となら対等以上に渡り合えるほどの大軍勢であった。


「いつものことだが………全く人手が足りん」


 そんな8000名の総司令を務めながら、フクツは思わずぼやいてしまう。

 市民20万人に加え、他大陸からの交易者数万人。

 毎日のようにもめごとや喧嘩など、街は喧騒で賑わっている。

 8000人の隊員が居ても、人が足りないと感じてしまうほどの繁栄であるのだ。


「…………」


 しかし、顔に疲労を浮かばせながらも、フクツはどこか満足気であった。

 忙しいのは、別に嫌いじゃない。

 それに、怪我をすることはあっても死ぬことは滅多に無いのだ。

 20年前、骸の山を踏み続けてきたフクツにとって、この都市での仕事は決して嫌なものでは無かった。


「おっと………」


 不意にフクツの肩が誰かにぶつかる、考え事のせいであまり周囲に気を配っていなかったようだ。

 ぶつかってしまったのは、黒衣に身を包んだ一人の男。


「あ、すみません」


「いや、こちらこそすまなかった。

 つい余所見をしてしまったようだ………」


 男に謝りながら、フクツは彼に対して何か違和感を感じる。

 男は黒いローブに黒いフードを被り、顔を顎先しか伺うことが出来ない。

 海岸都市には様々な人種がいるが、こんな格好をしている人間は見たことがなかった。


「僕に何か?」


「いや………」


 怪訝な声音の男から、フクツは視線を反らす。

 まあ、この街には他大陸の人間や他の知的種族だって多くいる。

 こういった出で立ちの者がいたって、おかしくはないだろう。


「連隊長! 今度は1番街で窃盗です!」


「ああ、もう! 待ってろ!」


 だからフクツはあまり深く考えず、男から興味を失ってしまう。

 元より多忙な日々、あまり他者に構っている余裕はない。

 そんなフクツの背を見送りながら、黒衣の男は意外そうな表情で呟き声を上げた。


「あのフクツが今や、海岸都市の連隊長殿か………」


「魔王様、いかがかされましたか?」


「いや、僕も年を取るわけだと思ってね」


「はぁ?」


 不思議そうな様子のプリーストに対し、魔王はにこやかに答える。


「そんなことより早く行こうか、プリースト。

 待ち合わせに遅れたりしたらウィッチたちに何を言われるかわからない」



 海岸都市の街外れ。

 最北端に位置し、ちょうど街を一望に出来る小高い丘。

 そんな丘の上に、黒衣を纏った4人の男女が立っていた。

 中心街での喧騒もこの丘には及んでおらず、突き抜ける風の音だけがビュウビュウと音を立てている。


「プリースト、風向きはどうだい?」


「南西方向にやや強風………悪くない按配です」


「よし」


 その言葉を合図に、一団は黒衣を取り払う。

 同時に晒されるのは純白の髪に真紅の眼。

 魔王は合流した面々に対し、確かめるように問いかける。


「それでは、計画を再確認しよう。

 ウィッチ、僕らの目的は?」


「海岸都市住民の鏖殺。

 それと、建築物を灰燼に帰すことです」


 魔王の問いかけに、ウィッチが短く答える。


「よし。それではプリースト。

 僕達の計画は?」


「魔王様の異能と私の超遺物オーパーツで、先だって大量の住民を虐殺します。

 その後、その遺体をウィッチの屍姫ネクロニカにてグール化。

 生き残りたちを確実に、一人残らず消し去ります」


「その通りだ。

 最後にバルバロイ、注意点を頼む」


「うむ。注意すべきは、この都市に駐留しているに防衛部隊。

 この都市は王国の中核。滞在する防衛部隊も今までのような雑魚ではない。

 更に言えば魔王殿の異能は燃費が悪い故、人間達の反撃に注意されたし」


 バルバロイは魔王の問いに答えつつ、更に言葉を続ける。


「まあ、防衛部隊には俺が当たろう。

 王国軍如きが一万人束になろうと、俺の敵ではない」


「よし、いいね」


 眷属たちの答えを聞き、魔王は満足したように頷いてみせる。


「それじゃあ………始めようか。プリースト、ウィッチ、先ずは君たちからだ。

 さっそく頼む」


「承知しました」


 プリーストは一つ頷くと、胸元に両手を寄せ、集中力を高めていく。


「我が創造するは未知なる物質。

 右に顕現するは硫化鉄。

 左に具現するは希塩酸。

 我は独創を持ってこの二物質を高度に化合、精製するものとする………」


 プリーストの詠唱と共に地面から無色の液体が水源のように湧きあがり、小さな泉となっていく。

 プリーストの超遺物オーパーツ

 無から有を生み出す、奇跡のような異能である。


 プリーストが泉を発現させると同時、ウィッチが宙へ魔術式を描いていた。


地走る烈風(ジンガ・ゲイル)


 ウィッチが巻き起こした烈風の魔術、それは泉をなぞるように南方向へ吹き流れていった。

 バルバロイは風に仮面を抑えつつ、不思議そうに問いかける。


「その泉は何だ?」


「あまり近づかないように。

 これは硫化水素を水溶液化したものです。近づけばバルバロイ殿にも危害が及びますよ」


「毒か?」


「猛毒ですね。

 硫化水素。硫黄と水素の無機化合物で、目や皮膚、粘膜から人体へ致死性の刺激を加える劇物です。

 今は水溶液化していますが、酸素に触れればガス状に変質してその猛威を奮うことになるでしょう。

 言わば、毒霧のようなものでしょうか」


「そして、それを私の魔術で街へ送り込んでいるってワケです!」


 ウィッチがプリーストの言葉を引き継ぎ、説明していく。

 これが計画の第一歩。

 先ずプリーストが毒ガスを形成、それをウィッチの魔術によって街へと送り込んでいくのだ。

 

「ウィッチ………お主、普通の魔術も使えたのか?」


「な、何を失敬な! 私の本職は魔女!

 屍姫はおまけみたいなモノですよ!」


 プリーストの泉が完全に気化するまで風を流し続けた後、ウィッチは確認するように魔王へ目を配った。


「魔王様、どうでしょ?

 そろそろいい按配かと」


 ここからでははっきりわからないが、致死性の毒ガスを直接街に送り込んだのだ。それなりの死傷者は期待出来る。


「そうだね。後は随時、増やしていくような形にしよう」


「はーい」


 魔王の言葉を受け、ウィッチは両手を南に―――市街地の方向へと翳す。


「屍よ、仮初めの生は朽ち果てた。

 今こそ汝は在るがまま。

 その在り方を我へ差し出せ」


 彼女の持つ屍姫ネクロニカの異能。

 それによって毒殺した住民たちをグール化、海岸都市殲滅の尖兵とするのである。

 そして、グールによって殺された者は更にグールへと変質し、ウィッチの眷属はネズミのように数を増やしていくのだ。


 この丘に声は届かないが、それでも街が苦悶と驚愕の色に染まっていくのがわかる。

 突如として襲ってきた毒ガスとグールの群れ。今ごろ海岸都市は混乱の渦に飲まれているだろう。


「それじゃあ、最後の仕込みといくか………」


 魔王は市街を揚々と眺めると、自らも小さく魔術式を描いていく。


「火よ」


 魔王が呟いたのは、そんな小さな単語だけ。

 しかし、途端に都市部から黒い炎が巻き起こり、意志を持った怪物の如く街の中を駆け回る。


 魔王が最も得意とする火の魔術―――得意というか使えるのがこれくらいだけなのだが―――とにかくそれが海岸都市の中心部を縦横無尽に焼き尽くしていった。


 魔王は最後に微笑むと、仲間たちへ振り返った。


「さて仕込みはこれで終了。こっからが本番だ。

 さあ、ちょっと街へ繰り出すことにしようか」



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