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第4話  ヴーロート一族

 また、私は夢を見ていました。


 何だか最近、私はとみに夢を見るのです。


 夢の中に浮かぶのは、やっぱりあの人。

 おじさんに良く似た、だけど黒い髪をした男の人です。


 おじさんは絢爛な服を着て、とても豪華な部屋の中で女の人とお話をしているようでした。


『いよいよ、明日か………』


 静かな表情で呟くおじさんを、女の人が寂しそうな眼差しで見つめます。


『ねえ、グレン。

 今度のお仕事も危険なのでしょう?』


『まあ、お世辞にも安全とは言えないな』


 女の人は、とても綺麗な人でした。

 真っ白な肌に、背まで流れる絹のような美しい髪。まるで鳳仙花のように艶やかな赤い髪色をしています。


『なぜ、国王陛下はあなたにばかり、こんなお仕事を押し付けるのかしら………』


 不服そうに顔を顰める女の人へ、おじさんは少しだけ笑います。


『スカーレット。そんなことを言うものじゃない。

 国王陛下が直々に僕のような者を、騎士団の長に選んでくれたんだ。

 その信頼へ応えない訳にはいかないだろう。

 それに義父おやじ様や、義兄にいさんの件もある。

 この戦いで二人の無念を晴らせるなら、願ったり叶ったりというものさ』


 おじさんは困ったような伝えますが、相変わらず女の人は悲しそうです。

 目を伏せて、そっとおじさんの手を握りました。


『どれくらいで、帰って来れそうなの?』


『うん………恐らく、これまでで一番長い遠征になると思う。

 たぶん数年は帰って来れないだろう』


 おじさんは手を握り返し、そっと表情を引き締めました。


『王国に弓引く、魔女独立解放戦線アルカナ・マギア―――幸福の魔女を教祖とする狂信者たち。

 その勢力は日に日に増大している………。

 ヴーロートに名を連ねる者として、魔女たちの傍若無人を許すわけにはいかない』


 おじさんは引き締まった表情でそう伝えますが、女の人はむしろ寂しげに顔を伏せてしまいました。


『そう言って、お父さんも義兄にいさんも帰ってこなかったわ………』


『スカーレット………』


 おじさんは困ったように笑うと、そっと女の人の肩へ手を当てます。


『大丈夫だよ。僕は絶対無事に帰ってくる。

 これでも運の良さには自身があるんだ。

 僕は剣奴から武官まで、幸運だけで成り上がったような男だよ?

 こんな僕を見出してくれた王国へ、僕は尽くしたい。

 それに、魔女の討伐はスカーレットやルージュを守ることにも繋がるんだ』


『だけど………それではあまりにもルージュが不憫です。

 あの子はまだ、10歳にも満たないのですよ?

 ルージュはあなたのことが大好きなのに………』


『うん………』


 おじさんはそこで初めて、少しだけ顔を顰めると隣の部屋へ目を向けます。

 そこには、赤い髪をした女の子がスヤスヤと安らかな寝息をたてて眠っていました。


 おじさんは女の子の頭をそっと撫で、優しく呟きます。


『ごめんね、ルージュ。

 だけど、お父さんは行かなければならない。

 ルージュは、お母さんと一緒に待っていて。

 お父さんはきっと悪い魔女を倒して、無事に帰ってくるから………』



 まだ夜も半ばの丑三つ時。

 カラカラと車輪を回し、私はお屋敷の渡り廊下を進んでいきます。

 窓から見えるのは無限の夜空。

 何だかおかしな夢を見て、私は寝付けなくなってしまったのです。


「あれ? ルージュ。こんな時間にどうしたんだい?」


「おじさん」


 私がぼうっと空を眺めていたら、おじさんが灯りを手に不思議そうな様子でやってきました。

 

「もう夜中だよ? 子供は早く寝ないと」


「何だか寝付けなくて………。

 おじさんこそ、こんな時間までどうしたんですか?」


 私の問いかけに、おじさんは少し困った顔で笑います。


「いや、仕事の計画を練ってたら、こんな時間になってしまってね。

 おじさんももう寝るところさ」


「お仕事………おじさんはお仕事をしていたんですか?」


「な、何を失敬な! おじさんにだって仕事はあるよ!?

 まあ………趣味みたいなものだけど」


 おじさんは、少し疲れてしまっているようでした。目の下には薄っすらと隈が出来ています。


「そんなことより、ルージュはもう寝なさい。

 明日はみんなに伝えないといけないことがあるんだ」


 咎めるようなおじさんの声。

 だけど、私には部屋に戻りたくない理由がありました。


「………眠れないんです」


「え?」


「恐い夢を見てしまって………私、眠れなくなってしまったんです」


 それは、さっき私が見た夢。

 おじさんに似たあの人と、その家族の夢でした。

 別に恐いことなんてなかった筈なのに、あの人が夢の『ルージュ』という女の子へ向けていた視線を思い出すたび、私は何故か不安になってしまうのです。


 私は思い切って、おじさんに伝えます。


「ねぇ、おじさん。一緒に寝てくれますか?

 私、一人じゃ不安なんです」


「一緒に?」


 私の求めに対し、おじさんは少し困った顔になってしまいます。

 何か「またウィッチにバレたら面倒なことになるぞ………」とか、そんなことを呟いているようでした。


「ダメですか?」


 私ががっかりしてそう尋ねると、おじさんはやれやれと肩を竦めます。


「いや………いいよ。

 おいで、ルージュ。今日はおじさんと一緒に寝よう」


 おじさんは車椅子の取っ手を持ち、私をカラカラと運んでいってくれました。


「だけど、おじさん。結構いびきがうるさいよ?

 どうも年を取るごとに、いびきが大きくなってしまって………」


「ふふ………」


 そんな冗談めかしたおじさんの言葉を捉えつつ、私は何だか安心してしまっている自分に気付き始めていたのでした。



 魔王たちが拠点とする屋敷の遥か北東。

 山を越え、森を越え、五つの大都市を越えた先に、この国の王都はある。

 その王都の中心部に、王宮―――国王アウランティウム13世の居城があった。


「それでは、調査部隊の報告を教えてくれ」


「はっ」


 その王宮の一端。限られた者しか入ることを許されない深部の個室に、二人の騎士が円卓を囲み向かい合わせで座っていた。


 一人は茶色の髪をした、若い青年の騎士。

 そしてもう一人は、燃えるように赤い髪をした大柄な壮年の騎士―――彼は身の丈2メートルを優に越え、鋼のような筋肉に全身を覆われている。

 向かい合う青年とて小柄ではなかったが、彼の前では子供のようなものだ。

 二人は漆黒の軽鎧と、騎士団の象徴たる紋章―――黒い兎足ラビット・フットの刺繍が成されたコートを羽織っていた。

 円卓には大きな地図が広げられ、青年の方が地図に記された×印を指しながら説明をし始めた。


くだんについては、大陸の南西側。

 人里がまばらな辺境地域で多発しているようです。

 アラク村―――初めにここを滅ぼされたのが約半年前。

 斥候部隊によると、村があったことが信じられないほどの壊滅状態で、生存者は一人もいなかったそうです。

 そしてその半月後に、隣接していた集落が同様の状態で灰燼に帰し。

 その後多少の前後はありますが、付近の小規模な村や集落が一月毎に壊滅されている状態です。

 村を3つ、集落を4つ、そして街を2つで、その総数は9所。

 死者数は推定で万を優に超えると………」


 青年の説明に対し男は重々しい調子で口を開く。


「この現状を陛下は何と言っている?」


「それが………「そんなことに構っている暇は無い」と、禄に取り合ってもらえませんでした。

 陛下は王都内に存在するアルカナ・マギア残党への粛清に執心しているようです」


「ふん。大殺戮があったところで、場所が遥か彼方の辺境ならばどうでも良いということか。

 陛下は相変わらず、慈悲深くあられるようだな」


「スオウ様―――」


 壮年の男―――スオウの皮肉気な言葉へ青年が焦ったような声を上げる。

 王都直属の騎士団長である彼が、国王へ皮肉めいた言葉を吐くなどあってはならないことだ。

 そもそも、ただでさえスオウは王国において、煩瑣な立場にあるのである。


「それでユウキ。

 その『魔王』とやらを直接目撃した者はいるのか?」


「それが………」


 スオウの問いに青年―――ユウキが、生真面目な顔を更に糞真面目に顰めさせる。


「目撃した者の情報によると………何でも魔王は4人ほどの男女の集団で、複雑怪奇な術を操り瞬く間に街をを壊滅させていったと………そう報告するのです」


「複雑怪奇な術………か」


 重々しい様子で黙り込むスオウに対し、ユウキが顰め面のまま沈黙する。

 滅ぼされた村々は小規模であったといえ、在隊している防衛部隊や村雇われの傭兵団がいたという。

 たった4人で滅ぼすなど不可能なことだ。

 斥候部隊の報告を聞いたときは、彼らがふざけているのか憤ってしまったほどである。


 それでもユウキは彼らが嘘を吐いているとは思えなかった。

 報告をした調査隊員たちの顔色が、まるで悪魔でも見たかのように真っ青なものになっていたからだ。

 勇猛果敢で知られる彼らがあんなに意気消沈してしまうなど、調査部隊はいったい何を見たというのだろう?


「その魔王たちというのは、どのような見目をしている?」


「それが………20代前半から30代後半までの男女。

 そして4人全員が銀白の髪に真紅の瞳を持っていたとしか………」


「なんだと………?」


「え?」


 不意に驚声を上げたスオウへ、ユウキは問い返す。しかしスオウは考え事をしたまま一人何かを呟いているようだった。


「銀白の髪に、真紅の瞳………」


「ス、スオウ様?」


 ブツブツと意味不明な言葉を呟くスオウにユウキが心配そうな表情を向けるが、彼は断固としたように表情を硬めると、決意を固めたようにユウキへ宣言する。


「もう一度、南西の地へ調査部隊を派遣する。

 ユウキよ。今度はお前に部隊長を任せたい」


「わ、私にですか?」


「ああ。地図で見てもわかる通り、この地域のめぼしい集落は全て壊滅してしまった。

 もしその魔王とやらが実在するとしたら、次はどこに攻め込むと思う?」


「次に攻め込むとしたら………」


 ユウキは再び地図に目を走らせる。そして幾許もせずにスオウと同じ箇所を凝視した。

 地図につけられた九つの×印、それによって付近の村々は全て印がされてしまっている。

 この地域で残っている町と言えば………。


「………海岸都市」


 ユウキの言葉にスオウが黙ったまま頷いてみせる。


「しかし! 海岸都市は王国にとって貿易の要衝。

 王国の標榜たる五大都市の一つですよ!?

 在留する防衛部隊だって規模が違う!

 たかが4人程度の集団に滅ぼせるような場所では―――」


「そのたかが4人に、我々は辛酸を舐めさせられているのだぞ?」


「………」


 ぐっとユウキは息を呑む。そんな彼へスオウは静かに言葉を続けた。


「まあ確かに、あの海岸都市が滅ぼされるなど、いささか考えすぎかもしれん。

 だが、奴らの情報が少なすぎるのも事実だ。

 そこでユウキ、お前は調査部隊を率い海岸都市に向かえ。

 海岸都市にはあの男………フクツ殿が居る。

 お前は海岸都市で、フクツ殿に協力を仰ぐのだ」


「フクツ………フクツ・ブルスクーロ殿ですか?

 海岸都市防衛隊連隊長の?」


「ああ。フクツ殿はかって、この騎士団の前身………魔女討伐騎士団に所属し、多くの戦果を挙げた古強者だ。

 遠く離れた我々よりも魔王についての情報が入っているだろう。

 それに―――」


 そこまで話して、スオウは言葉を言いよどむ。

 それは彼にとって、語るにも口惜しい一人の人物に関連することなのだ。


「それに………彼はアルカナ・マギア討伐遠征において、グレン・ヴーロート直属の配下だった。

 お前は魔王の見目を更に調べ上げ、フクツ殿に報告するのだ」 


「スオウ様………?

 なぜ、そこでグレンの名が………?」


「調査部隊と銘打っているが、これは危険な遠征になるだろう。

 お前にその部隊長を務める覚悟はあるか!?」


 ユウキの困惑を遮り、スオウが厳かに問いかける。

 覚悟があるか、と問われた所でユウキの答えは最初から決まっていた。


「当然です!

 私、ユウキ・カスタードが魔王とやらの正体を見事暴いてみせましょう!

 早急の調査部隊の編成を行います!」


 ユウキはその名の通り勇みだって立ち上がり、部屋を後にする。

 そして、スオウは立ち去っていくユウキの背中へ信頼の眼差しを送っていた。


 ユウキ・カスタード。

 こげ茶色の髪に、琥珀色の目を持った若い騎士である。

 部隊を一つ任せるなど些か早すぎるという思いもあるにはあったが、敵ばかりが多い自分にとってユウキは数少ない信頼に足る部下だった。


「スオウ団長、よろしいでしょうか?」


 ユウキが部屋を立ち去るのと入れ違いに、一人の男がスオウの居室へと入ってくる。

 彼は駆け足のユウキへ無表情な視線を向けたまま、訝しげにスオウへ問いかける。


「スオウ団長。何やらユウキが浮き足立っているようでしたが、あの若造に何かさせるおつもりですか?」


「カシムか………なに、大したことではない。

 ただ南西の地に不穏な動きがあると聞き、調査へ向かわせるだけだ」


「国王陛下の許可も無く?」


「別に戦闘を行う訳ではない、ただの調査だ。

 それならば、私の権限でもまかり通る筈だが?」


「まあ、いいでしょう」


 ジロジロと真意を探るように視線を向けてくる男へ、スオウはげんなりと顔を反らしてしまう。

 彼はカシム・アフダルという名の騎士。

 騎士団の副団長を務め、名目的にはスオウの補佐する立場にある男である。

 スオウは出来るだけ愛想よく見えるよう、カシムへ微笑みかけた。


「こんな時間に何のようだ?」


「はい。今夜浄化する魔女の名簿が出来ましたので、団長の許可が頂きたく」


 カシムは書類の束を手に、スオウへお辞儀する。

 その書類には、彼らが魔女として捕え、本日処刑する予定である女たちの名前が記載されていた。

 スオウは億劫な様子で書類へと目を通す。


「………全員で58名か。

 国王陛下から与えられた割当ては一晩に50人だった筈だぞ。

 端数の8名は、何とか明日へ回せんのか?」


「『最低50名以上』です。団長。

 国王陛下は一人でも多く、魔女の屠殺とさつを願っておいでだ。

 処刑する魔女は多ければ多いほどいい。

 貴方だって、それは理解しているでしょう?」


「………」


 カシムの言葉にスオウは沈黙してしまう。

 騎士団の主たる任務は魔女の撲滅である。

 スオウは国王から直々に、一日最低50名以上の魔女を処刑するよう厳命されていた。


「スオウ団長、処刑の許可を」


 書類を手にしたまま、カシムが無表情に声掛ける。スオウは書類から目を離すとため息混じりに呟いた。


「この58人の内、果たして何人が本物の魔女であるのかな………」


「団長………魔女の処刑については厳正な規則のもと、確かな根拠を元にしております。

 今回の処刑についても、彼女らが魔女であると自白した上で取り決めました。

 我々の選定に誤りはありません。

 そのような言動は騎士団への不信、引いて言えば国王陛下への反意と捉えざる得ませんよ?」


「ふん………」


(何が確かな根拠だ、笑わせる)


 相変わらず無表情なカシムへ、スオウは皮肉気な笑みを浮かべる。その笑みには国王への隠しきれない不審が滲み出していた。

 

 魔女の拘束など容易い。誰かが「あいつは魔女だ」と密告さえすれば、騎士団は対象を捕縛することが出来る。

 そして、捕縛対象の魔女に対しては拷問でも薬物投与でも、自白の為ならどんなことをしても許されている―――いや、王国から直々に推奨されているのだ。

 どうせ今回の処刑者たちだって、騎士たちからの責め苦によって無理やり魔女だと言わされたのだろう。


 スオウはそんなことを思いつつも、この処刑を無碍にすることは出来なかった。

 無茶苦茶だとは分かっているが、自分はそれに逆らうことなど出来ない。

 魔女撲滅運動の主要指示者は他でもない国王―――アウランティウム13世である。

 それに逆らうということは、そのまま王国への反逆行為を意味していた。


「わかった。

 本日の処刑を許可しよう。

 実行についてはお前に任せる」


「ありがとうございます」


 カシムは礼をすると、ツカツカとスオウの前から去っていく。

 そして部屋を出る間際、思い出したように口を開いた。


「それから………先ほどの団長の言動。

 国王陛下へ報告させて頂きます。どうか悪しからず………」


「好きにしろ」


 スオウは吐き捨てるように呟き、背を向ける。

 カシム・アフダル。国王の命によって騎士団の副団長にすえた男であるが、十中八九、国王からの間者と見て間違いない。

 前団長グレンの一件以来、国王は自分達へ極度の警戒心を抱いてるようだ。

 カシムは要するに、騎士団へつけた鈴。スオウが少しでも反逆の意を見せれば、即座に国王の手が及ぶ。


「ちっ………」


 スオウはむしゃくしゃとした気分を振り払うように酒を一息に仰ぎ、大きく息を吐いた。


 カシムだけではない。現在騎士団に所属する騎士達。

 その大部分が国王からの番犬。スオウを監視するためにつけられた首輪のようなものだ。

 名目上スオウは騎士団長となっているが、実際に信頼できる団員など、ユウキを含めてごく少数の者たちだけだった。

 

「………」


 酒瓶が一本空になったころ、スオウは円卓から離れ、窓の外を仰ぎ見る。

 高階に設置されたこの部屋からは、王都の風景を一望することが出来た。


 外は星さえない漆黒の大空に覆われていたが、繁栄を誇る王都には無数の明かりが灯っている。

 

「………!」


 そしてその明かりたちの中で、一際輝く眩しい光を放つ場所がある。

 それはまるで街並みへ大火を灯したように、眩しく輝く怨嗟の光。


「カシムめ………さっそく始めたようだな」


 その光が灯っているのは王都の大広場。かつては『博愛の広場』と呼ばれた美しい国立公園だった。

 しかし現在、その広場をそんな名で呼ぶ者などいない。

 王都の住民たちは一様に、その場所を別の名で呼んでいる。


『魔女処刑場』


 それが、その場所の俗称である。



 60年ほど前のこと。

 突如として、この世界に新たな力が齎された。


 その力の名を『魔力』という。


 魔力はは体力や精神力と異なる新たな体内現象で、大小の違いこそあるものの、この世界に生きる女性全てへ平等に齎されることになった。

 魔力は調整しながら放出することで、時に炎を発生させ、時に傷を癒し、それまで人々が持ち得なかった奇跡を次々に可能なものへさせていく。


 人々はそれを学問として体系化させ、魔術という一つの分野を作り上げる。

 それを学び、魔力を制御する術を得た人々は魔女と呼ばれるようになった。


 魔女の力は凄まじく建設業、医療界など、あらゆる分野で功績を見せ始め、王国の平均寿命は莫大に伸長、各インフラストラクチャーも一気に向上していった。

 人々はその新たな力を大いに歓迎し、自分達の生活を向上させるものだと信じていた。

 魔女の社会基盤は磐石なものとなり、王国において一つの特権階級にまで成りあがっていたのである。


 しかし、魔女の発生から10年後。一つの事件を契機に魔女を取り巻く環境は大きく変化することになった。


 恋人との些細な諍いから狂騒を来たした一人の女。

 問題は彼女が魔女として並々ならぬ実力を持っていたことだ。

 彼女は王都において狂騒のまま、人が集まる集客施設、重要人が集まる政治施設などを中心に魔術によって多重爆破事件を起こしたのである。


 まだ全容が掴めていない魔術という力による犯行。

 群集へと紛れてしまえば、誰が魔女なのかなど誰にもわからない。

 王国の治安維持部隊もどう対応するべきかわからず、事件は混乱を極めた。

 魔女は人の集まる場所を爆破しては身を隠し、そしてまた別の場所で殺戮を繰り返す。

 結局三日三晩に渡って、彼女は王都へ恐怖と破壊を撒き散らしたのである。


 事件による総死傷者数は推定で10万人以上。

 その中には王国の運営に当たっていた多数の高官や、時の国王であったアウランティウム12世も含まれている。


 後世において『魔女の夜ヴァルプルギス・ナハト』と呼ばれるテロリズム。

 それは国家の存亡さえ揺るがした、王国建国以来最大の大事件であった。


 事態を受け、王国は新たな条例を政令する。


 国民による魔術使用の全面禁止。

 魔術を使用した者「魔女」に対する全人権の剥奪。

 そして、対魔女部隊として結成された武装組織『騎士団』の設立。

 これらを持って王国は、国を挙げた魔女への弾圧―――『魔女撲滅運動』へ邁進することになっていった。


 なぜ、この魔術という力が女にだけ与えられたのかはわからない。

 しかしそれは、この大陸に生きる全女性への大きな災禍になったと言えるだろう。


 騎士団は魔女と呼ばれる者たちへ容赦しなかった。

 魔女を殺すためなら、どんなおぞましいことだって許された。

 王国には暗雲が立ち込め、暗黒時代へと突入していくことになる。


 しかし、魔女たちも暴虐を受けるがままになっていた訳では無かった。

 彼女たちには、精神的支柱となる存在がいたのだ。

 それはユキという名の一人の魔女………人々から『幸福の魔女』と呼ばれ、救世主のように祭り上げられていた女である。

 ユキがどこから来たのかは誰も知らない。

 しかし彼女は他者に無い純白の髪と真紅の瞳を持ち、常人とは明らかにことなる特異な魔術を自在に操ることが出来た。

 ユキは王国の魔女に対する弾圧を激しく非難し、魔女の団結を訴える。

 彼女の訴えを受け、実力のある者、権威のある者、そういった力ある魔女たちが集まって『幸福の地』と呼ばれる場所に結集し、巨大な一大勢力を造り上げる。


 魔女独立解放戦線―――アルカナ・マギア

 幸福の魔女 ユキを教祖とする反社会的思想集団である。

 アルカナ・マギアは王国に対し武力革命を宣言、王国と雌雄を決することになった。


 組織化した魔女たちの力は圧倒的だった。

 鎮圧に向かった王国正規軍、遠征軍は敗走に敗走を重ね、幸福の地まで辿りつくことさえ叶わない。

 それらの事態を受け、王国はアルカナ・マギアに対し騎士団の派遣を決意する。


 王都内で魔女狩りに当たっていた騎士たち。彼らは「魔女と戦う」という点において一日の長があった。

 騎士団は『魔女討伐騎士団』と名を新たに、幸福の地へと遠征。アルカナ・マギアと熾烈な戦いを繰り広げることとなる。

 戦いは混迷を極め、時に押したり押されたり繰り返しながら、消耗戦の様相を呈していく。

 しかしどんなに騎士が死んでも、魔女が死んでも、戦いが終わることは無かった。

 もはや形振り構わなくなった王国は国民たちへ大規模な徴兵制度を施法、国内の若者たちを片っ端から騎士として死地へ送り込む。

 それによって女たちは働き頭を失い、その多くが貧窮の底へ沈むことになった。

 そしてそれは、アルカナ・マギアの付込む隙となってしまう。

 魔女たちは言葉巧みに貧しい女たちへ生活環境の改善や平等主義など耳障りのいい言葉を訴え、彼女らを魔女として組織の一員へと変えてしまう。

 

 騎士が増えれば魔女も増え、街からは人が消えていく。2匹の蛇が互いの尾を相食むように騎士と魔女の戦いは30年にも渡り、数世代分の男女がこの国から姿を消した。

 この紛争による総死者は100万を優に超えると言われている。

 

 そんな泥沼に陥った争いの先、遂に一人の騎士が紛争へ終止符を打つことになった。

 魔女討伐騎士団の団長として騎士たちを率いていたその男は、卓越した統率力と、人並み外れた武術によってアルカナ・マギアの教祖、ユキの殺害を果たしたのである。


 ユキはアルカナ・マギアにとっての精神的支柱。指導者を失った魔女たちは脆かった。

 その統率はすぐに乱れ、組織は分裂。

 内部ゲバルトが横行し、魔女が魔女を殺す蟲毒が如き有様を醸し出し、アルカナ・マギアは傍目から見ても分かるほど弱体化していった。


 そして、統率を失った魔女など、騎士団の敵ではない。

 ユキを殺害して間もなく、魔女討伐騎士団は幸福の地を制圧。

 立てこもっていた魔女たちを一人残らず殲滅し、紛争は騎士団の勝利という形で幕を閉じたのである。


 ユキを討ち取り、暗黒時代に終止符を打った一人の英雄。

 彼は王国から『救国の英雄』という栄誉を賜れることになった。


 救国の英雄 グレン・ヴーロート。

 王国へ連綿と仕え続けるヴーロート一族、第6代目の当主である。



 スオウは王宮の窓から見える大火。魔女たちを火刑に処している光景を見つめながら暗澹たる思いに包まれていた。

 グレンの活躍によって、アルカナ・マギアは打倒され、紛争が終わってから更に20年の月日が流れた。

 しかし、それだけの月日を費やしてもなお、スオウには暗黒時代が終わったように感じられない。


 アルカナ・マギアが壊滅して、いや、壊滅したことでより一層。

 魔女たちはカルト化し、その思想をより過激なものにしていった。

 亡きユキの信奉者たちは、もはや狂信者と成り果てて、王都にてテロ活動と言える破壊活動へ終始するようになったのだ。

 紛争という遠い地での脅威が、テロリズムという身近な恐怖へ代わったいま、この国の魔女狩りという活動は狂騒の域にまで達している。

 いま思えば、50年前の魔女狩りはまだ生ぬるいものであったのかもしれない。


 王都の夜。魔女たちを焼く大火が途絶えたことは無い。

 あの博愛の広場で魔女たちが焼かれる姿は、もはや国民たちにとって日常の一部にまでなっている。

 都民たちの密告合戦はもはや混乱の極地へ至り、虚言、妄想入り混じった告発が何百件と騎士団へ届けられる。

 なのに、それだけの取り締まりをしてなお、魔女によるテロ活動は衰えることを知らなかった。

 王都の各所では毎日のように、魔術による爆破事件が発生し、多数の人々を巻き込んで街に傷痕を残していく。

 

 もはや、この王都にかっての栄華は残っていない。

 魔女による爆破事件があっても、かってのように人々は動じたりしない。

 隣人が魔女として焼かれても、よくあることだと誰も関心を払わない。


 狂っている。


 狂っているのだ。


 狩るほうも、狩られるほうも、騎士も魔女も、それ以外の人々も。

 この国に生きる人間はみな、等しく狂ってしまっている。


「ぐっ………!」


 スオウはそこでバシリと壁を叩く。

 王国の守護者、騎士団長たる自分が何てことを考えてしまったのだ。

 これでは魔女たちよりも自分の方が危険思想の持ち主ではないか。

 あの大火を見続けたせいで、少しばかり気が参ってしまったのかもしれない。


 スオウは窓にカーテンをかけると、再び先ほどの地図へと視線を送る。


 たった4人でいくつもの村を崩壊させたと言われる『魔王』。

 その男の正体に、スオウは一人だけ心当たりがあった。


 かっては救国の英雄と讃えられ、人々からの賞賛を欲しいままにしていた一人の騎士。

 そして今や、殺人鬼、大殺戮者として汚名を受け続ける男。

 稀代の英雄にして、同時に最大の反逆者と称されるヴーロート家6代目当主。

 グレン・ヴーロートである。


「脅威の異能を持ち、まるで怨嗟を晴らすように人々を殺し続ける。

 その殺意に貧富貴賎の区別はなく、全てを平等に憎み続ける男………魔王」


 スオウは地図を見つめたまま、ぎりぎりと歯を喰いしばる。

 その目には誰も見たことがないような焦燥が浮かんでいた。


「グレン叔父さん………もしその魔王が貴方であったなら。

 私はヴーロートの誇りにかけて、今度こそ貴方を殺してみせる………!」


 かつて、グレンによって率いられていた魔女討伐騎士団。

 その騎士団は名前を変え、今も王国を守護するため、このスオウによって率いられていた。


 彼の名はスオウ・ヴーロート。

 英雄の一族ヴーロート家の第7代目当主。


 そして王国唯一の騎士団『誇り高き英雄の騎士団』の団長を務める男である。



「さて、みんな。

 朝から集まってもらってすまない」


 魔王はこほんと咳払いをし、周りを見回す。

 彼の周りにはバルバロイ、プリースト、ウィッチ。そしてルージュ。

 彼の眷属たる4人の魔人たちが集っていた。


「魔王様ぁ………こんな朝っぱらから何です?

 私、眠いんですけど………」


「君は夜更かししすぎだ。もっと早寝早起きを心がけないと―――」


「魔王殿、それより用とは何だ?」


 欠伸混じりのウィッチを尻目に、バルバロイが問いかける。


「ああ。今まで僕らはコツコツと、小さな村や集落を滅ぼしてきたんだけど………そろそろ大物に手を出してもいい頃合だと思うんだ」


「大物ですか?」


 魔王の言葉に、プリーストは察した様子で表情を固める。

 この近辺で「大物」となれば、他に考えられる街は無い。


「王国にとって他大陸との貿易拠点である要衝。

 王国が標榜する五大都市の一つ………海岸都市だ」


 王国が標榜する五大都市。


 他大陸との貿易拠点『海岸都市』

 武器や他製品の産地として繁栄する『産業都市』

 大陸の中心に位置し、人や情報の流通によって文化の発信地となった『交易都市』

 宗教上の最高権力者『聖帝』によって自治を認められ、神官たちの聖地となっている『遠隔教団領』

 王国発祥の地であり、歴史資料が大量に保管される学問の中心地『学園都市』


 海岸都市は王都から最も離れた位置に存在するが、その地理的特徴から多くの人々が行き交い王国第二の繁栄を誇る大都市であった。

 

「ふむ………」


「海岸都市の総人口は約20万人。

 滞在する防衛部隊は通常都市4つ分に値する8000人。

 まあ、これまでのチンケな村に比べると規模が全然違うね」


 魔王はパラパラと資料を捲りながら、魔人たちへと説明する。

 それに、プリーストは表情を硬め、バルバロイは眼へ殺意を灯し、ウィッチはあららと口を押さえ、ルージュはよくわからない様子で首を傾げていた。


「でもでも魔王様。

 私たちが今まで滅ぼした村って、人口5000人くらいだったでしょ?

 いきなり20万人ってランクアップしすぎじゃないですかぁ?」


「大丈夫だよ、ウィッチ。

 僕らは魔人。その兵法はそもそもが普通の人間とは違う。

 相手の数が多ければ多いほど、有利を得られることだってあるんだ」


「うーん………ちょっと不安だなぁ」


 髪を弄りながらそんな言葉を漏らすウィッチに、魔王は少し困ったように他の仲間を見つめる。


「バルバロイとプリーストはどうだい?」


「私は賛成です。我々の最終目的を考えるなら、海岸都市の制圧は必定だと考えます」


「俺も賛成だ。いい加減、村やら何やらを滅ぼすのにも飽き飽きしていたところだ。

 なに、防衛部隊の1万や2万。俺が全て殺してやる」


「ち、ちょっと、二人がそう言ったら、何か私だけが反対みたいじゃないですか!?」


 なにやら少数派にされてしまったウィッチが慌てた様子で立ち上がる。


「わかった、わかりましたよー!

 私も賛成。

 まあ実際問題、そろそろ五大都市の一つくらいは、滅ぼしていい頃合でしょう!」


 魔人たちの返答に魔王は満足気に微笑むと、再び魔人たちへ言葉を放つ。


「バルバロイの『剣鬼ベルセルク

 プリーストの『超遺物オーパーツ

 ウィッチの『屍姫ネクロニカ

 そして僕の『魔王』を組み合わせれば、きっとあの海岸都市だって滅ぼせる。

 僕らは魔人、摂理を越えた者。

 その異形を是非、人間どもに見せつけてやろうじゃないか」


「おじさんおじさん」


 魔王が剣呑な声をあげるも、それは場違いに幼い声によって掻き消される。見ればルージュが不満そうな顔での服の裾を握っていた。


「私は何をしたらいいんですか?」


「え、ルージュかい?

 えーと………いや、その」


 ルージュの質問に魔王は口ごもってしまう。

 そもそもルージュを戦力になど数えていない。


「………わくわく」


 キラキラとした視線を送りながら鼻息をフンフンと荒げるルージュの姿に、魔王がしどろもどろになってしまった。

 そもそもこの新入りは、どんな異能を持っているのかさえ不明―――というか、彼女は異能が発現する兆しも無い。

 これでは、ただ不老で変わった髪目をしただけの女の子である。


 言葉を濁す魔王を見かね、ウィッチが横から口を挟む。


「ほら、ルージュはさ。

 みんなが帰ってきた時のためにご飯を作っていてよ。

 帰ってきた時、ルージュのご飯があるーって思ったら私たち頑張れるからさ」


「おぉ………ご飯!

 わたし、がんばります」


 ルージュもまた瞳に闘志をメラメラと燃やす。

 人としての価値観が欠落している彼女にとって、殺人も食事の支度も大した違いは無かった。

 魔王たちの力になれるなら何でも良かったのだ。


 魔王はウィッチに視線で謝意を述べると、咳払いをしてもう一度魔人たちへ声を上げる。


「それじゃあ改めて………打倒海岸都市だ!

 みんなしまっていこー!」


「おぉー!!」


 自分の声へ応える魔人たちを見つめ、魔王は満足気な笑みを浮かべる。


 やっと………やっと、あれから20年の時を経てようやく、あの裏切り者たちを殺しつくせる時がきたのだ。その第一歩たる海岸都市の制圧は絶対に成功させなければいけない。


(待っていろよ人間共。お前達には完全な、破滅というものをくれてやる)


 魔王の瞳に燃えるような紅蓮ぐれんが宿る。

 それは怨嗟の炎を燃やすようにジリジリと輝きを増していった。


 スオウは『暗黒の時代』が未だに終わっていないことを憂いていたが、それは勘違いであったと言わざるを得ないだろう。

 時代はすでに、新たな時代へと移行している。

 これからこの国を待ち受けるのは破滅だけ。

 『破滅の時代』がようやく幕を開けたのである。


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