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第41話 出立


「みんな、早く早く!!

 荷物をまとめたらこっちに並ぶっす!!

 さっさとしねぇと、またあのおっかねぇ砲弾が振ってくるっすよ!!」


 ハロルドたちとの会合後、『王国の剣』を待っていたのは混乱の渦だった。

 彼らとの会合を終えたのは夕刻に差しかかろうとした頃のことだ。

 それから夜半までの数時間。その僅かな時間で彼らは8万もの住民を撤退させなければならないのである。

 困難極まる作戦を遂行するため『王国の剣』は兵士冒険者の区別なく、総出で住民たちへとりまとめていた。


「無傷の人は負傷者を支えて下さい!

 あと、空手の人は食料と衣類を!」


「くぉら、そこぉ!!

 余計な荷物増やしてんじゃねーっすよ!

 唯でさえ持てるモンは限られてんだ、飯と服以外は捨ててけ!!」


 突然の撤退指示に右往左往するドワーフたちを、案内人とセイギの二人が誘導する。

 住民の中には細々とした装飾品や日用品を持っていこうとする者もいたが、二人は必要最低限の物のみを持たせ、他の物品を放棄させる。

 産業都市は山間の中にある都市だ。山を越えなければ人里は存在しない。

 連なる山峰を縦走せねばならぬ彼らに、食料と防寒具以外のものを持っていく余裕などなかった。


「あー、もう!

 何で俺がこんなことまでしなちゃならないんすか!

 俺は唯の道案内っすよ!?」


 住民名簿に視線を走らせながら、案内人が嫌気の刺した様に訴える。

 彼はそもそも民間人であるが、非常事態だからと引っ張り出され何故か騎士たちと共に住民の誘導を任されていた。


「文句を言っている暇があったら、キリキリ動いてください!

 撤退が間に合わなければ案内人さんだって無事ではすまないんですよ」


「わかってるっすよ!

 くそ、後でユウキの野郎から追加手当をふんだくってやる!」


 この期に及んで給金のことを考えている案内人を追い払い、セイギはドワーフたちへと目を向ける。


(負傷者の数が多すぎる……それに無事な者だって疲労困憊だ)


 超常の殺戮を目の当たりにし、ドワーフたちの目は絶望に澱んでいる。

 先の榴弾砲撃によって半数以上が負傷している状況で、山越えは強行軍になってしまうだろう。

 季節は春の半ばを回ったばかり、時には雪さえちらつく山岳群を彼ら全員が越えられるとは思えない。

 凍死か衰弱死か。とにかく何割かは山を越えることなく、この地で果てることが想像できた。


「これが敗北か……。

 出来ることなら、もう二度と味わいたくないな……」


 凄惨な行軍を頭に浮かべ、セイギもまた疲れ果てた目で夕焼け空を仰ぐのだった。



 山岳都市の麓に造られた『王国の剣』駐留地。

 先刻まで騎士たちのテントが立ち並んでいたその場所も、今や元の更地へと戻っている。

 荒涼とした風の吹きすさぶ中、スオウは一人山の頂を眺めながら立ち尽くしていた。


「旦那ぁ! 住民の準備は整いましたぜ。

 さっさと指定場所に向かいましょうや!」


「スオウ殿、『王国の剣』も撤退の準備が整った。

 後は劉殿たちから指示を待つだけだな」


「そうか……」


 そんなスオウの元に、フクツとジンギがそれぞれの役目を終えて戻ってくる。

 しかしスオウはそんな彼らに一瞥も加えず、気の無い返事を返すだけだった。


「おい旦那、なに呆けてやがんだ。

 こっからが正念場なんですぜ?」


「ジンギ殿の言う通りだ。

 現状で山越えは困難を極める。

 スオウ殿には気を引き締めて頂かなければ」


「分かっているさ……」


 いつになく気の抜けたスオウへジンギたちが苦言を呈するが、当の本人はどこか他人事のようにひたすら産業都市の山並みを見つめているようだ。

 フクツとジンギは顔を見合わせると、疲れたように溜息をついてしまう。


「旦那ぁ、まだ劉 賢魯たちの事を気にしてるんですかい?

 これはあいつら自身が選んだ道だ。

 俺らがどうこう言ったって仕方ないでしょうよ」


「……」


 先ほどハロルドたちから聞いた産業都市の撤退計画。

 それは住民たちの避難と並行して、同時に魔王に対する陽動も行う算段となっていた。

 これから夜半にかけ『王国の剣』は住民たちを連れに山の裏手、麓の反対側から山稜を縦走する形で産業都市から撤退する。

 そして、その間。

 魔王たちの目を引くため、劉や覚悟ほか生き残った千名のドワーフ戦士たちが魔王たちへ最後の戦いを挑むというものだった。


 しかし、一万人のドワーフ戦士を持ってしても、バルバロイ一人倒すことが出来なかったのだ。

 この戦いに勝算は無い。


『ドワーフ族にとっては、恥ある生より栄えある死が尊ばれる。

 我ら千名、産業都市と心中してでも魔王へ一矢報いる所存』


 困惑するスオウへ劉が言った言葉である。

 彼らはここで死ぬつもりなのだ。


 そんなことを考えながら、スオウは山並みを見つめたまま静かに呟く。


「私は……この街を守ることが出来なかった。

 何が英雄だ、笑わせてくれる。

 唯の木偶の坊ではないか……」


「なにくだらねぇこと言ってんだ。

 負けちまったモンは仕方ねぇでしょうよ!?」


 ぼそぼそと慙愧を語るスオウにジンギは苛立たしげな態度を取るが、そんな彼の肩を抑えてフクツが静かに問いかける。


「スオウ殿、敗戦という物は初めてか?」


「……そう、ですね。

 私がこれまで行ってきたのは魔女狩りだけ。

 負けることのない戦いばかりでしたから、敗北は初めての経験です。

 まさか……これほど虚脱感を受けるものとは思っていませんでした……」


「ならば、今のうちに慣れておくが肝要かと。

 敗北を覚えてこそ兵は成長する。

 此度の敗戦が我々にとって良い経験になったと、割り切るほかありませんな」


「良い経験だと……?」


 スオウはそこでようやく、視線をフクツたちに向ける。

 唖然と見開かれていた眼がだんだんと怒りに歪み、いつしか獣の如く激しい炎を燃やしはじめる。


「そんな簡単に……割り切れるか!!」


「だ、旦那!?」


 スオウは怒りのままに、フクツの胸ぐらを掴みあげる。

 フクツとて190センチメートルに届く巨体であるが、2メートルを優に越えるスオウに掴まれては一溜まりもない。

 両足を浮かせ、宙へ吊り上げられるように掴みあげられてしまった。


「スオウ殿、どういうおつもりか?」


 掴みあげられながらも、フクツの表情は静かなままだった。

 そんな彼と対照的に、スオウは怒りのまま言葉を詰まらせながら怒鳴り続ける。


「私は……!

 私は彼らを守りたかった!!

 劉殿や覚悟殿……ドワーフたちの力になりたかった!!

 彼らは、私が初めて得た戦友。

 英雄でも、ヴーロートでもなく!

 私という人間を受け入れ、同胞になると誓ってくれた仲間だったんだ!!」


「スオウ殿……」


「私は驕っていた……。

 少しばかり体が大きく、力があるからと……自分が大層な大物であると勘違いしていた。

 この様は何だ?

 彼らとの約束も果たせず……それどころか、その命を使って逃走しようとしている私は何だ!?

 答えろ!! フクツ!!」


 スオウはフクツを掴みあげたまま、その顔に怒鳴り声を上げる。

 しかし、激昂するスオウと対照的にフクツの表情は静かなままだった。


「英雄だよ。

 ヴーロートに生まれた以上、貴方はどう足掻いても英雄だ」


「……ぐっ」


 スオウの腕から力が抜け、フクツは再び地上に足をつける。

 スオウはそのまま力なく膝に手をつけ、がくりと項垂れた。

 豪壮なスオウが見せるそんな態度は、彼の大柄さも相まって酷く滑稽に見えてしまう。


「しかし、未熟な英雄だな。

 この程度の敗北で心を折るなど、未熟者もいいところだ。

 苦境に立たされてこそ英雄はその真価を発揮する。

 私の知っている英雄は、何度敗北しようと、どれだけ仲間を失おうと、汚泥の底から這い上がり戦い続けるような男だった」


「だったら……私は英雄になどなれない。なりたくない。

 私は叔父のようにはなれん」


「だったら、やめればいい」


 投げかけられた言葉に、スオウはハッと顔を上げる。

 フクツは胸元の乱れも直さぬまま、ただ厳しい目をこちらに向けている。


「こんなもので泣き言をほざくなど、英雄どころか戦士にさえ相応しくない。

 さっさと荷物をまとめ王都へ帰るがいい。

 帰って、今までのように魔女を狩り続けていろ。

 魔王は私が倒す」


「フクツ殿……」


「この程度の敗北、私は何とも思わん。

 元より一戦で魔王を仕留められるなどと、甘い考えは無かったものでな。

 かつて私が魔女討伐騎士の一人であった頃、こんな敗北は日常だった。

 仲間たちを失うなど、当たり前のことだった。

 我々は死線に継ぐ死線を乗り越え、無数の屍を乗り越えて、幸福の魔女を討ち取ったのだ」


 ガシリと、今度はフクツがスオウの胸ぐらを掴みあげる。

 あくまで表情は静かなまま、しかし断固とした決意を持ってフクツはスオウを睨み上げていた。


「貴様は何故、魔王を倒すと決めた?

 安易な正義感からか?

 王国の未来を憂いてのものか?

 騎士団長の地位を捨て、家族を危険に晒してまで、貴様を突き動かしたものは何だ?」


「私は……」


 なぜ、自分は魔王を倒すと決めた?

 そんなもの決まっている。

 自分は約束をしたのだ。

 幼い頃から……きっと現在に至るまで。

 憧れ、尊敬し、ああ在りたいと願い続けた英雄と、確かな約束を交わしたのだ。


『もし叔父さんが魔に屈するようなことがあったなら。

 その時は勇者になった君が、僕を倒してみせるんだ。

 約束だよ、スオウ』


 スオウの脳裏に浮かぶのは、そんな幼い日の約束。

 何を思い、どんなつもりで言ったのかさえ分からぬそんな約束が、彼を突き動かす原動力になっていた。


「さあ、どうするね? スオウ・ヴーロート」


「……決まっている」 


 スオウは胸ぐらの手を弾くと、確かな決意を持ってフクツを睨み返す。

 その瞳に、先の虚ろな濁りは残っていない。


「魔王はこの私が倒す。

 フクツ殿にはあまりでしゃばらないで頂きたい。

 奴は私の獲物だ。

 奴の首を掻き切り、この地へ供え物にしてやろう。

 それでこそ、劉殿たちにも報えるというものだ」


 剣呑なスオウの返答を受け、しかしフクツの顔は満足気であった。

 厳しかった表情を緩め、微笑むように頷いてみせる。


「よろしい。

 私は貴方の部下だ。貴方の指示に従おう。

 それでスオウ団長。

 我々はこれからどうするべきかね?」


 フクツの問いに、スオウは少しだけ頷くと改めて口を開く。


「そうだな……。

 もう陽も沈み、夜半まで幾許も無い。

 いつでも出立できるよう隊列を整えておけ。

 まずジンギ、お前が先導を務めろ。

 冒険者1000名と共に道を切り開くのだ。

 そしてフクツ殿、貴方には殿を任せる。

 我々の背後をしっかりと守って欲しい」


「ああ!」


「承知した」


 スオウの指示を受け、ジンギとフクツが敬礼によって答える。

 彼ら『王国の剣』の初陣は碌な成果もないまま敗北によって幕を下ろした。

 しかし、彼らの顔に憂いは無い。

 不明であったバルバロイの異能や、魔王たちの新たな兵器。それらの情報を得ることが出来たのだ。

 これらのことを踏まえ、今度こそ魔人共を仕留めてみせる。

 そんな決意を胸に秘め、スオウたちは駐留地を後にする。


「お! いたいた。

 いやぁ、探しましたよ!」


 後にしようとした、その時。

 不意に山側から親しげに声がかけられる。

 スオウが怪訝に目を向けると、そこには産業都市防衛隊長のハインリヒ・ブラオがへらへらとした笑みを浮かべながら駆け寄ってくる所だった。


「ハインリヒ殿?」


「スオウ殿たちがお立ちになると聞いて、ご挨拶に伺った訳ですよ!

 いやあ、せっかくこんな僻地へ足を運んでもらったのに、碌なお構いもしませんで……」


 そう言えば、ハインリヒとは初日に会ってからそれっきりだ。

 防衛隊長と言えば、この都市においてかなり要職である筈だが、日がな酒浸りとなっているハインリヒにわざわざ会おうとも思っていなかったのである。


「そんなことをしている場合ではないだろう。

 ハインリヒ殿も早く防衛隊をまとめ、隊列に加わるのだ」


「あっしが『王国の剣』に?

 そりゃまたどうして?」


「どうしても何も、ハロルド殿から撤退指示が出ている筈だ。

 それともハインリヒ殿は産業都市に残るつもりか?」


「へぇ、そのつもりですが……」


「え?」


 あっけらかんと肯定するハインリヒにスオウは戸惑いの声を漏らす。

 産業都市に残るということは、最後まで魔王と戦い玉砕するということだ。

 しかしハインリヒは当然とでも言うように、平然とした様子で言葉を続ける。

 

「俺たち、これでも産業都市の防衛隊ですからね。

 街に賊が攻め込んできた以上、尻尾巻いて逃げるっつー訳にもいかんでしょう」


 ハインリヒは威勢よくそう言うと、背負っていた大型の盾をズシンと腕にかけてみせる。

 武装盾デュエリングシールド……ソードシールドやスパイクシールドとも呼ばれる大形の盾。

 盾の両端には金属のフックがついており、攻守を兼ねた戦盾である。

 盾の表面に描かれた座する大熊の紋章……産業都市の紋章を見せながら、ハインリヒは不遜な笑みを浮かべてみせた。


「ドワーフ戦士1000名と、俺ら防衛隊500名の合計1500人。

 死力を尽くし時間を稼ぎましょう。

 グレン元団長は俺たちが食い止めるんで、スオウ殿方は安心して撤退して下さいや」


「ハインリヒ殿……」


 悲壮な決意を見せながら、それでも相変わらずへらへらと笑い続けるハインリヒへ、スオウは頭を下げる。しかしそんな彼らへハインリヒは驚いたように声を上げた。


「ち、ちょっと、何でそんな今生の別れみたいになってるんすか?

 俺らは玉砕する気なんてないですぜ。

 ドワーフと一緒にすんな」


 ハインリヒは困ったように笑いつつ、スオウを下から覗き込む。


「不肖、このハインリヒ・ブラオ。

 これでもかつてはグレン団長と共に死線を潜り続けてきやした。

 あの頃に比べればこんな逆境、屁みたいなもんです。

 魔王共を追っ払ったらすぐ『王国の剣』に合流してみせますよ」


「うむ、それでこそ『不死身のグレン隊』よ」


 そんなハインリヒの陽気な声に応えたのはフクツだった。

 彼らはもともと魔女討伐騎士団……その中でも激戦に激戦を重ねたグレン隊の出身である。

 そんな彼らにとって、この程度の劣勢など取るに足らないものであったのだ。


「劉さんや、朝倉の兄ちゃんもそうだが……どうもドワーフ族ってのは死にたがりが多くていけねぇ。

 生憎、俺ら王国戦士は死に損なって上等の俗物揃いですから。

 魔王に一矢報いて玉砕、なんつー考えはハナから無いんでね。

 適当に戦って、適当に時間を稼いで、適当なところで切り上げますわ」


 あっけらかんとしたハインリヒの物言いに、フクツは苦笑してしまう。


「まったく、相変わらずいい加減な男よ」


「なんだフクツ、嫌味か?」


 ハインリヒは不貞腐れた目でフクツを睨むと、すぐに元のヘラヘラとした笑みでスオウへ視線を戻す。


「と言う訳でスオウ殿。心配せんでも結構ですわ。

 俺は死ぬつもりなんか、露ほどにもありませんから」


 ハインリヒは戦盾を背に担ぎ直し、二ヤリと口元を緩める。


「次に会った時こそ、一杯やりやしょう。

 結局、スオウ殿とは飲めんでしたからね」


「ええ」


 スオウは下げていた頭を上げ、ハインリヒへと微笑み返す。 


「今度は私も、一献頂きましょう。

 またの機会を楽しみにしておりますぞ。ハインリヒ殿」

第42話は7月2日午後7時頃に投稿予定です。

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