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第40話 敗走


 バルバロイが戻って一晩がたった山頂の陣地。

 一時休息を取っていたバルバロイであるが、夜明けと共に魔王たちの前へ姿を現した。


「魔王殿、遅くなり面目ない。

 産業都市の内情を報告しよう」


「昨日の今日ですまないね。

 さっそく教えてくれ」


 魔王は労うような言葉をかけるが、その表情は何故か顰め面である。

 バルバロイは呆れたようにそんな魔王へ苦言を呈してみせた。


「魔王殿……まだ怒っているのか?」


「当たり前だ!」


「ひぐっ」


 あえて怒りを示すように声を荒げる魔王の手で、ルージュがひくりとしゃくりあげる。

 昨夜、ルージュはバルバロイと連れ立ってここへ戻って来たのであるが、勝手にいなくなったことや、体中傷まみれにしたことを魔王に散々叱りつけられてしまったのだ。

 これまでにない怒号を受け、ルージュはすっかり萎縮してしまっていた。


「もう、許してやればよいではないか……」


「なに甘いこと言ってんだ!

 無事だったから良かったものの、ドワーフや獣に見つかったら死んでたかもしれないんだぞ!?

 だからルージュを連れてくることに反対していたんだ!!」


「ご、ごめんなさい……おじさん」


 昨夜から続く魔王の怒りにルージュはグスグスと泣き声を漏らす。

 魔王は一瞬顔をゆるめるが、直ぐに怒りの表情を保ち続ける。


「そんな風に泣いたって駄目!!

 おじさん、今度ばかりは本当に怒ったぞ!

 ルージュがちゃんと言う事を聞くようになるまで、許さないから」


「うぅ~」


 とうとう泣きじゃくり始めたルージュを、ウィッチが困った様子で抱き締める。


「よしよし。まったく魔王様はわからずやだね。

 ルージュだって、バルさんが心配だっただけなのにねー」


「ウィッチ! 勝手なことを言うな。

 そもそも君らが甘やかすから、ルージュが自分勝手なことをするんだ!」 


「うおぉ、恐っ。魔王様、まさかのマジギレモードっすか。

 大丈夫だよルージュ。どうせ三日もすりゃ、いつもの魔王様に戻るから」


 ウィッチは慰めるようにルージュの頭を撫でるが、ルージュは悲壮な顔でウィッチを見上げる。


「でも、ウィッチさん。

 おじさん、昨日は一緒に寝てくれませんでした。

 これまでは毎晩一緒に寝てくれたのに……やっぱりおじさん、私のことを嫌いに――」


「あん? ちょっと待て。

 おい魔王様。毎晩ってどういう――」


「そ、そんなことより早くバルバロイの報告を聞こう!!

 バルバロイ、さっそく産業都市について教えてくれ!!」


「まったく、本当に仕方ない魔王殿だ……」


 何故か冷や汗を流す魔王に促され、バルバロイは産業都市で見てきたことを報告する。

 一万規模のドワーフ戦士や、街内に造られた地下砦。

 人間族の駐留軍など事細かに説明していった。


「元同族へこう言うのも何だが……ドワーフ族とはとことん喰えん種族よ。

 非武装都市などと謳いながらその実、内部は完全な軍事都市となっていた。

 海岸都市より厄介かもしれん」


 バルバロイからの報告を受け、魔王は難しい表情で顎に手を当てる。


「地下砦か……それは少しばかり厄介だな。

 異能があると言え、僕らは5人の少数。

 砦に立て篭もられたりしたら、時間を喰わされてしまう」


「魔王様! こんな時こそ『黒き灰燼の死者』を活用しましょう!

 あの榴弾砲であれば、地下砦など山ごと削り取ってごらんにいれます!!」


 悩ましげな魔王にプリーストが胸を張って申し出るが、魔王は困った様子で首を振る。


「あー、その黒き何とかだけど。

 アレさ、ウィッチの負担がハンパないらしいよ。

 彼女、これ以上酷使したら過労死しちゃいそう」


「ホントですよ……」 


 魔王の言葉へ乗りかかるようにして、ウィッチがげんなりとプリーストを睨む。

 榴弾砲を扱うのはウィッチのグールたちであるのだが、精密な操作を要するその作業はウィッチにとって非常に負担となっていた。

 そもそもグールたちを使役するには多大な集中力を要するのに、勝手の分からぬ砲術などやらされては精神が持たない。


「プリ君あまり分かってないみたいだけど……アレ、めっちゃ疲れるんだよ?」


「たった数名の使役じゃないか!」


「分かってないなぁ!

 グールに精密動作させるのは、大人数のグールを使役するよりずっと大変なの!

 私、あれからずっと偏頭痛起こしてたんだから!」


「ううむ……」


 気色ばむウィッチに魔王は肩を竦め、困ったようにかぶりをふってみせる。


「まあ、そういう訳だから。

 プリースト、君はあのオモチャをしばらく封印するように」


「そんなぁ、アレを造るのに一ヶ月もかかったんですよ?」


 プリーストは不満げな様子で不平を訴えるが、ウィッチからギロリと睨まれ沈黙する。

 どうも産業都市への侵攻を始めて以来、ウィッチからの風当たりが悪い。

 ここらへんで引いておくべきかもしれない。


 ウィッチとプリーストの諍いがようやく終了しそうな兆しを感じ、魔王は思い出したようにバルバロイへと振り返る。


「それで、バルバロイ。

 腕をやられたっていうのは本当かい?

 君ほどの戦士が不覚を取るなんて、俄かに信じられないのだけど……」


「……」


 魔王の問いかけに、バルバロイは自嘲の笑みを浮かべながら深紅に染まった腕を掲げてみせる。


「己の醜態を晒すも無様だが……見ての通りよ」


「産業都市にはそれほどの戦士がいるのか?」


「ああ。

 その戦士については、俺より魔王殿の方が詳しいと思うぞ」


 軽く笑うようなバルバロイの言葉を受け、魔王は合点が言ったように腕を組む。

 大陸広しと言えどバルバロイに手傷を負わせられるような戦士は、一人しか心当たりがいない。


「スオウか……」


「ご明察。

 英雄の名は伊達ではないということだな。

 剣術という点だけを見れば、奴は魔王殿を凌ぐかもしれんぞ?」


「ふうん。ヴーロートが出てきたと言うことは、王国もいよいよ本腰を入れ始めたのかね……」


 大して興味も抱かず他人事のように嘯く魔王へバルバロイは意外そうに首を傾げる。


「随分と他人行儀なのだな。

 ヴーロート家と言えば魔王殿の古巣ではないか」


「差し出がましいぞ、バルバロイ」


 バルバロイの問いかけは、魔王のピシャリとした声音によって遮られる。

 先ほどルージュに向けていたモノとは本質的に異なる冷たい眼差しは、この話題を拒絶していることを示していた。


「ふむ、それは失敬」


 己の失言を理解し、バルバロイは口を噤む。

 魔王はそのまま視線を産業都市に戻すと、顔の傷を指で撫でながら独り言のように言葉を漏らしていった。


「スオウ……相変わらず国王の犬をやっているのか。

 ちょうどいい。20年前の借りを返してやろう」



 スオウが呼ばれたのは、ハロルドが劉たちを連れて行って数時間後のことだった。

 使いの者に連れられるままスオウが土蜘蛛砦の最奥へ訪れると、ハロルドが恭しい態度で出迎えてきた。


「お手数をおかけしてすいませんね、スオウ殿」


「いや……」


 初めてあった時と同じようなハロルドの態度に、スオウは困惑混じりに応える。

 この男は自分を憎んでいる筈だ。今さらどうしてこんな態度を取るのだろう?

 そんな思惑を胸にスオウが周囲を見回すと、ハロルドを上座に据える様に劉や覚悟、産業都市の重鎮たちが長机を囲って席についていた。


「それでハロルド殿。私に何か用でも?」


「はい。今後の見通しがつきましたので、スオウ殿に報告したく思いまして」


「今後の見通し?

 ハロルド殿はこれからどうするおつもりで?」


 スオウは長机の端、ハロルドの対面に当たる席につく。

 ハロルドもまた席に戻り、スオウへと視線を向けた。


「先ず、街の現状を確認しておきましょう。

 産業都市10万人都市。その内1万人が戦士、武士と呼ばれる戦闘員でした」


 ハロルドは書面を示しながら説明を続けていく。

 書面には魔王から受けた被害や惨状が事細かに記載されていた。


「その内、昨日の砲撃と魔人バルバロイの襲撃によって約2万人が死亡。

 負傷者は重軽傷者を合わせて5万人ほど。

 産業都市で無事と言える者は3万人程度しか残っておりません」


「戦闘員に関しては更に悲惨ですね。

 砲撃とバルバロイの襲撃によって実に6割が死亡。

 3割が負傷。

 無事なのはせいぜい1割……千人程度といった所でしょうか」


 ハロルドはペラペラと恐ろしい数字を並べていく。

 あくまで笑みを絶やさぬハロルドと対照的に、劉たちは無念の表情で歯を噛み締めていた。


「街を焼かれ、住民を殺され。

 この都市にはもう、戦う力が残っていません。

 魔王の超常は私達の想像を遥かに上回っていた。

 どんなに足掻いた所で、この街は破滅を免れぬでしょう」


 軽やかに続けられる言葉。それは事実上の敗北宣言と言っていいものだった。

 もっとも、それも当然である。

 昨日まみえた魔王との戦い。

 その中で、スオウは一瞬も勝ちの目を見ることが出来なかった。

 爆散する砲撃やバルバロイの異形に対し、どう対処すべきか想像も出来なかった。

 魔王の前に、自分たちは無力である。


「それで……ハロルド殿はどうするおつもりだ?」


「それです!

 それを話したくて、スオウ殿にわざわざお越し頂いたのです」


 スオウの問いに対し、ハロルドは待ってましたと言わんばかりにかぶりをふる。

 そして少しだけ申し訳無さそうに眉を顰めてみせた。


「単刀直入に申しましょう。

 我々は本日たった今を持って『王国の剣』を追放します。

 今すぐ荷物をまとめ、産業都市から出て行ってもらいたい」


「は?」

 

 突然の追放宣言にスオウは驚嘆するが、ハロルドは表情を変えず言葉を続けていく。


「もともと『王国の剣』は私の許可により駐留していたに過ぎない。

 私が拒否すれば、貴方たちはここを去らざる得ないのですよ。

 さあ、さっさと出て行きなさい」

 

「ハロルド殿、貴公が私を憎んでいることは知っている。

 しかし状況を考えろ!

 産業都市は風前の灯。一人でも多くの戦力が必要な筈だ。

 この街には我々の協力が必要だろう!?」


「スオウ殿はあくまでこの街に残りたいと?

 もはや、破滅しか待ちえないこの街に……」


「私はドワーフ達のために全身全霊を尽くすと約束した。

 彼らの刀を得る代わり、彼らの力になると。

 その誓いを反故になど出来るものか!」


「……そうですか」


 スオウは立ち上がってそう激昂するが、怒鳴りつけられたハロルドは意を決したように言葉を告げる。

 

「ならばスオウ殿、どうか私の願いを聞いて欲しい」


「……?」


 明朗であったハロルドの声音が、不意に抑揚の籠った物へと変わる。

 スオウが怪訝に目を向けると、ハロルドはスオウの下へ歩み寄り乞う様に深く頭を垂れた。


「先ほど話した通り、産業都市には負傷者を含めて8万もの者たちが残っている。

 この8万人。

 どうか貴方の隊列に加えて頂きたい。

 この山々を越えた先には、いくつか人間族の集落や街がある。

 そこまで彼らを連れて行って欲しいのです」


「我々が……?」


 まさに懇願の様相を見せるハロルドへ、スオウは困惑してしまう。

 そんな二人を見納め、ずっと黙り込んでいた覚悟が説明を付け足すようにに口を開いた。


「スオウ殿も知ってのとおり。

 儂らドワーフ族は王国二等民に過ぎぬ蛮族。国令によって街からの移転を禁じられておる。

 この都市から脱出したところで、儂らを待つのは王令反故による極刑のみよ」


「……ああ」


 覚悟の説明に、スオウは合点がいった様に呟き声を上げる。

 王国が彼らドワーフ系移民に課している制約。

 それは、武器類の所持や徒党の禁止。

 そして他都市への移住を禁ずることである。

 

 いくら退避のため、避難のためと説明したところであの国王は聞く耳を持たないだろう。

 産業都市を捨てれば、彼らを待つのは罪人としての処刑のみである。


「スオウ殿は……ヴーロート家は王国において重鎮中の重鎮。

 その発言力は領主たる私を遥かに越えている。

 貴方の進言があれば、国王とて無下に住民たちを処分することは出来ないでしょう」


 ハロルドはその場に膝まつき、スオウの足先まで顔を下ろす。


「お願いです、スオウ殿。

 どうか……私の民を救って欲しい」


 ハロルドにとって、ドワーフたちは手駒に過ぎない存在だった。

 己の怨嗟を晴らすため、利用している蛮族に過ぎない筈だった。

 しかし、自分はそこまで冷酷に徹することが出来ない男であったようだ。

 彼らと共にこの地へ訪れ10年間。

 同じ飯を食い、同じ場所に住み、共に街を築き続けている内に。

 ハロルドもまたドワーフ族の同胞になっていたのである。


「ハロルド殿……」


 足元に這い蹲るハロルドを見下ろしながら、スオウは考えていた。

 たとえ自分にだって、あの国王を説き伏せることなど不可能。

 あの老人はもはや誰の言葉にだって耳を貸さなくなっている。


(だが……)


 国王が年老いてからというもの、王国の雑務はアランとレイアードが執り行っている。

 難民の非難程度であれば、王の耳を介さず彼ら二人に一任することが出来るのではないだろうか?

 彼らの力を借りれば、ドワーフたちの移住を隠蔽できるかもしれない。


「頭をお上げください。ハロルド閣下」


 考えのまとまったスオウはその場にしゃがみこみ、相変わらず頭を下げ続けているハロルドの肩へ手を当てる。


「貴公の願い、このスオウ・ヴーロートが承ろう。

 ご安心されるがいい。

 領民たちは我々がきっと助けて見せる」


「スオウ殿……」


 一度顔を上げたハロルドであるが、再び頭を下げ咽喉奥から振り絞るように掠れた声を呟く。


「ありがとう……ございます」


「礼には及ばず。

 国民を守るは騎士の本分である」


 スオウは抱えるようにハロルドを起こすと椅子に座らせ、先ほどより晴れ晴れとした表情で一座に視線を向ける。


「さて、そう決まった以上うかうかしている暇はありませんな。

 早速人々を集め、移動の手筈を整えなければ。

 8万人もの大移動。魔王の目から逃れるとは思えん。

 いかにして奴らの目を欺くか……」


「それについては心配無用でございます」


 逸るスオウを遮って、静かな言葉が伝えられる。

 見れば、ずっと沈黙を守り続けていた劉が静かに席から立ち上がろうとしていた。


「領主閣下の言葉通り、この街にはまだ千の戦士たちが残っている。

 我らがこの街に残り魔王共の目を引きつけましょう。

 『王国の剣』は安心して退避されるがいい」

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