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第35話 千年先の火砲


「いいすか、皆さん!

 何でも魔王ってのは、毒ガスをばら撒いてくるらしいんす!

 もし腐った卵みたいな臭いがしたら、何を置いても逃げるんすよ!」


 対魔王に向けて着々と対策を進める産業都市。

 その中で、案内人が高台に立ちドワーフたちへ声高々に講説を行っていた。


「フクツ様の話では、毒ガスは地面に溜まる性質があるらしいんす!

 気分が悪くなったからと言って、地面に伏せたりはしないで下さい。

 毒ガスは結構即死ものらしくて、数秒吸っただけで死んじゃうらしいんすわ!」


 案内人の言葉を受け、ざわざわとドワーフたちからどよめきが漏れる。

 毒矢や毒薬などは知っているが、毒ガスなど聞いたことがない。

 不安げなざわめきが広がる聴衆へ、案内人は慌てたように言葉を進める。


「そんなにビビらなくても大丈夫!

 何せこの街には皆さんが築いた、堅牢堅固の土蜘蛛砦があるんすから!

 何でも土蜘蛛砦の中には、毒ガスが届かないって話っす!

 変な臭いを感じたら、すぐに砦へ逃げてください!」


 案内人は安心させるように、務めて明るい表情でドワーフたちへ語りかける。


「魔王共が大手を振って来たところで、街はもうもぬけの殻って算段なんすよ。

 きっと魔王共、アホ面晒している内に自分のばら撒いた毒でおっにますわ!

 俺らの勝利は確定っすね!!」


 身振り手振りを交えておどけてみせたところ、ドワーフたちの中から笑い声が漏れてくる。

 この案内人。武芸が駄目なら頭も悪いが、人を安心させる事に関しては妙に長ける所があった。

 

 その後も案内人は道行くドワーフたちへ、はったりを交えながら魔王たちが攻めてきた時の対処法について説明をし続ける。


「なにしてんの? あんた」


 偶然通りかかった繁華街でそんな彼を見つけ、リーシャは不思議そうに問いかける。

 

「お、リーシャちゃん。

 いやね。劉様とスオウ様から、魔王が来た時の対処法を街のみんなに伝えろって指示が出てるんすよ。

 リーシャちゃんもちょっと聞いてって」


「アンタって民間人でしょ?

 何で騎士団の広報なんかしてるのよ」


 リーシャの言葉にに、案内人はまったくだという調子で憤慨してみせる。


「それなんすよ!

 俺、案内人として雇われただけなのに、あのアホユウキが「することがないなら広報でもしてこい」とか言って、こき使いやがるんすよねぇ。

 こんなん、俺の仕事じゃないっつーの!」


 想像のユウキを殴りながら、案内人は納得がいかない様子で文句を述べる。

 『王国の剣』を産業都市に連れて来た時点で、実質彼の仕事は終わっていた。

 しかし、その後も彼は『王国の剣』へ居座り続け、遂には先日のような事件にまで巻き込まれたのである。

 『王国の剣』としても彼を放免する訳にはいかず、最近は伝令や人員まとめなど、雑用業務を行わせるようになっていた。


「別に雑用すんのはいいんすよ! 金もらってるし。

 ただ、あのユウキとかいうガキが気に喰わねぇ!

 年下の癖に、いつもいつも偉そうにしやがって……!

 この間なんて「お前には、騎士として戦う自覚が足りない」とかほざきやがったんすよ!?

 俺は騎士じゃねーし! つーか、戦う気なんてこれっぽっちもねーしぃ!?」


 どうでもいいことにいつまでも文句をのたまう案内人へ、リーシャは呆れたように口を開く。


「そんなこと言って、この街が魔王に滅ぼされたらアンタだって困るでしょう?」


「滅ぼされる? そんな訳ないっしょ!

 何でもその魔王とかいう胡散臭い連中は全部で4人。

 対して俺らは正規軍1000人、元防衛隊800人、冒険者1000人、そしてドワーフ戦士が1万人もいるんすよ?

 それに、ヴーロート一族のスオウ様までいらっしゃるんだ。

 どこをどうすれば、滅ぼされるっていうんすか?」


「まあ……そうなんだけどね」


 案内人は楽観的に言葉を並べるが、リーシャとて意見は一緒である。

 魔王に関する噂はどれも突飛すぎてとうてい信じられない。

 今や『王国の剣』は1万2千をこえる大軍勢。更に戦場が地下要塞を備えたこの産業都市とあっては、魔王たちに勝ち目など無い。

 戦いにもならぬ内に、魔王は破滅を辿るだろう。


「おい、兄ちゃん。

 説明の途中だろ? それでその腐った卵みたいな臭いがしたら、どうすればいいんだ?」


「ああ、ごめんごめん。

 えーっと、どこまで話したっけ………」


 ドワーフの一人からせっつかれ、案内人は再びドワーフたちへと目を向ける。

 さて、どこまで話したものだったかと思案したとき、彼の耳へ微かに「ドン」と何かの破裂音が届いてきた。


「ん?」


 音に対し、案内人は少しだけ上を見上げる。

 雲ひとつ無い群青色の大空には、何か黒い塊のようなものがシュルシュルと音を上げながら弧を描いて飛んでいた。

 

(何だありゃ? 石か?)


 投石か? とも思ったが、それにしては巨大過ぎる気がする。

 案内人は訳がわからないまま呆然と、その黒い影へ目を向けていた。

 影は白い煙を引いて、彼らの方へと迫ってくるようだった。

 

 結果から言えば、それは投石などではなかった。

 空を舞っていたのは、鋼鉄で覆われた巨大な砲弾。

 それは案内人たちの頭上で弾けるように爆散し、鉄火の矢を雨のように降らせていく。


 榴弾。


 内部の火薬が炸裂することで、弾殻が破砕され、その破片が飛び散って広範囲に打撃を与える砲弾である。

 散らばった鉄片は、その一つ一つが炎の剣や槍となり、圧倒的な威力を持って群衆や建造物を薙ぎ払っていった。


「は?」


 案内人は目を見開く。

 彼の網膜に映ったのは、この世に顕現した地獄。

 たった今、彼が講説を行っていた人々が体をズタズタに引き裂かれ、挽肉のような肉片となって散らばっている光景だった。

 榴弾の炸裂は人だけでなく家々までもを粉砕し、辺りは巨人に踏み潰されたように滅茶苦茶なものへと変っている。


「なんだこれ……?」


 案内人が現状を把握すると同時、足から燃えるような痛みが伝わってくる。

 見れば彼の足にも鉄の一片が突き刺さり、肉を抉って血が溢れ出ている。


「ひ……ひえぇ!!」


 案内人は錯乱し、高台からずり落ちて地べたを這い蹲る。

 何が何だかわからない。いま、目の前で起こっているのは現実なのだろうか?

 この破壊を何かの間違いだと思いたいが、生憎、空には先ほどの黒影が次々と舞い狂い、産業都市の方々へ鉄火の雨を降らしている。


「なにしてんの! 早く逃げるよ!」


 リーシャは錯乱した案内人を掴み起こし怒鳴り声を上げる。

 彼女は幸い鉄片を受けることはなかったが、榴弾の爆風によって吹き飛ばされ、手や足の皮膚がベロリと削げてしまっていた。

 体を動かすたびに激痛が走るが、それどころではない。

 あの榴弾は未だ街へ打ち込まれ続けている。このままでは自分達も挽肉の仲間入りだ。


「も、もう駄目だ、血が出てるぅ!

 俺、こんな所で死にたくねえよぉ!!」


「そんだけ騒ぐ元気がありゃ、死にゃあしないって!!

 ほら、早く肩に掴まって!」


 無理やり案内人に肩を掴ませ、リーシャはここから一番近くにある堡塁へと向かっていく。

 空からは相変わらず鉄塊が、街に死と破壊を送り続けていた。



「はっはっは、いいぞ、いいぞぉ!

 どうです、私の『黒き灰燼の使者』は!!

 圧倒的な制圧力ではないですか!」


 望遠鏡で眺めながらプリーストは喝采を上げ続ける。

 彼らの眼下では、産業都市が煙や炎を挙げながら壊滅していく様が広がっていた。

 悲鳴や絶叫が耳に届きそうな光景を眺めながら、プリーストの興奮は最高潮に達していた。


「すごいすごい! ぷりさん、格好いいです!」


「そうだろう、そうだろう!

 流石、ルージュは分かってくれる!!」 


 彼らがいるのは産業都市から10キロメートルほど離れた隣山の山頂。

 産業都市への侵入を防がれた魔王たちは、この山頂に陣を張り攻撃を行うことにしたのである。


 産業都市へ打ち放たれる榴弾の雨。

 その発生源はプリーストの造り上げた『秘密兵器』によるものだった。

 

 『黒き灰燼の使者』と名付けられた鉄塊――それは、車輪をつけた巨大な筒である。

 8メートルにも及ぶかと目される黒鉄が、鎌首をもたげるように砲身を産業都市へ向け、破壊と殺戮の砲弾を雨霰と連射し続けていた。


 正式名称『ML-20.152mm榴弾砲』


 それはかつて、ソヴィエト連邦が開発した主力カノン砲。

 西暦1939年、ノモンハン事件で初めて実戦投入され、その後の冬戦争、大祖国戦争において主力として活躍。第二次世界大戦に至るまで火力支援や対砲兵・対要塞砲撃戦において運用されたソ連の傑作兵器であった。


 4.240mmの銃身からは口径152mmの榴弾を一分につき4発近く発射が可能で、その最大射程は17キロメートルにも及ぶ。

 この高地から射撃であれば、曲射の必要さえない。


 恐るべきはその威力。

 直撃すれば戦車の重装甲さえ叩き割るほどの破壊力を持っている。

 この世界の文明レベルで、これを防ぐ手段は存在しなかった。


「それ、もっとじゃんじゃん打て!

 弾ならいくらでもあるぞ!」


「はいはい……。

 全く、誰が打ってると思ってんのよ……」


 高揚そのままに声を上げるプリーストへ、ウィッチは呆れた目を向ける。 


 カノン砲は一人で運用できる兵器ではない。

 まして、連射するのであれば装填や仰角変更のために人手が必要となる。

 それらは全てウィッチのグールたちが請け負っていた。

 自考することが出来ず、細かい作業も出来ないグールたちであるが、指示さえ受ければある程度の役割はこなせるし、照準計算はプリーストが行っている。

 目標が機動兵器や小さな的ならともかく、産業都市全体が攻撃対象であれば大きな問題は無い。 


 そして、射出できる榴弾の数は無限。

 プリーストの異能は、いくらでも無から榴弾を生み出すことが出来るのだ。


 それから数時間にもかけて、鉄火の雨を産業都市へ降り注いでゆく。

 プリーストの破壊は徹底的だった。

 産業都市の木造建築群は、完膚なきまで叩き潰され、散乱した木材を火種に大火が広がっていく。

 炎と血と破壊が混ざり赤光に染まる産業都市は、この世に現れた地獄そのものだった。


「ばるさん、お山が真っ赤っかですね!」


 楽しげに微笑みながらルージュが楽しげにバルバロイへと振り返るが、バルバロイはジッと産業都市を睨みつけていた。


「……くだらん」


「ばるさん?」


 ルージュの声など入らぬように、バルバロイは食い入るように燃える街を睨み続ける。

 街の赤光は、そんな彼の鬼面を赤く染めているようだった。



 産業都市は混乱状態に陥っていた。

 昼下がりから始まった謎の砲撃。鉄火の雨が街全体へ降り注いでいったのだ。

 街のあちこちに凄惨な挽肉の血だまりが量産され、出火した火が残った建物を焼いていく。

 地上は壊滅状態へと陥っているらしい。


「馬鹿な……」


 土蜘蛛砦に備えられた司令室で、劉は顔を苦悶に歪めながら呻り声を上げる。


「避難状況はどうなっている?」


「8割程度は無事、砦へ避難したようです」


「残りの2割はどうした?」


「……死亡しました」


「2割……たった数時間で、2万人が死んだと言うのか」


 劉は愕然としたように机へ突っ伏してしまう。

 2万人が死亡? 冗談ではない。

 歴史的大殺戮ではないか。


(魔王……お前はいったい何なのだ?)


 スオウたちから魔王の話を聞いても、劉にはいまいち彼らの目的が分からなかった。

 その魔王たちが、何を望んでいるのか理解出来なかったのだ。

 どこかの勢力に加担し、大陸の均衡を崩したいのか?

 それとも、王国を滅ぼし自らが大陸の覇者となりたいのだろうか? 


 どんな目的があれば、何を望めば、こんな非道へ手を染めることが出来るというのだ。

 まるで、殺戮そのものが目的であるような――。


「劉殿」


 独考する劉へ声が掛けられる。顔を上げると、スオウが厳しい顔で前に立っていた。


「幸い、あの砲撃は砦まで届かぬようだ。

 住民の避難が完了した今こそ、防衛体制を整えなければならん!」


「わかっております……」


 スオウの言葉に劉は顔を引き締める。

 彼の言葉通りだ。

 産業都市が崩壊しようと、土蜘蛛砦があれば自分たちは戦うことが出来る。

 奴らへ……魔王共へ天誅を下さなければ……!


「朝倉! 朝倉はいるか!?」


「ここに」


 劉の呼び声に応え、朝倉がいつものように音も無く姿を現す。

 劉は立ち上がり朝倉へ吼えるように命を下す。


「お前が防衛に当たれ!

 防衛線を築き、魔王たちの侵入を防ぐのだ!」


「はっ!」


「現場の指揮は全てお前に委任する。

 是が非でも、土蜘蛛砦を死守せよ!」


「承知しました」


 朝倉は頷くと、帯剣を整え地下道へと進んでいく。

 そんな朝倉を見送りながら、スオウは劉へと声掛ける。


「防衛線を築くのであれば、我々も朝倉殿に合流しましょうか?

 元海岸都市防衛隊の者は一度魔王たちと戦っている。

 数以上の力は見せることが出来ると思うが」


「いえ、防衛線に関しては朝倉に一任させて下さい。

 それより、スオウ殿方は砦に待機していてもらいたい。

 戦況の動きによって、臨機応変に動いて欲しいのです」


「遊軍ですか………」


「朝倉は優秀な男ですが……この状況ではまともな編成も出来ぬでしょう。

 魔王たちが攻めてきた場合、時間稼ぎが僥倖と言ったところ。

 スオウ様には最後の太刀となってもらいたい」


「承知した。それでは我々は待機しておくことにしよう」


 劉の言葉にスオウは頷き、司令室から出て行く。

 司令室の前にはユウキ、フクツ、ジンギの3人が待ち構えるように立っていた。


「旦那、出番ですかい?」


「いや、当面は待機せよとのことだ。

 だが、いつ出撃要請がかかってもおかしくない。

 我々の編成状況はどうなっている?」


「正規軍は総員1000名の内、何とか500名を掻き集めることが出来ました。

 あの砲撃による混乱は大きく、兵たちはバラバラ。死傷者も多少出ているようです。

 現状、戦力となるのはこの500名だけかと」


「防衛部隊も同様ですな……総員800名のうち、集めることが出来たのは450名。

 幸い、こちらも死傷者は軽微であった」


「冒険者の方は悲惨ですぜ。

 あいつら砲撃を受けたとき、蜘蛛の子散らすみてぇに逃げていきやがった。

 それでも残った奴ぁ110人。大体10分の1だな。

 後の連中は砦ン中で震えているか、それとも街の外へ逃げてったか……」


「ふむ……合計で大体1000名ほどか。

 これっぽちと見るべきか……この状況でよく集まったと見るべきか……」


 3人からの報告を受け、スオウはため息を漏らす。

 海岸都市では8000人の防衛隊が手も足も出なかったと聞く。

 しかし、いま自分の手元にあるのは1000名の混合軍。この戦いが厳しいものになることは明白であった。



「プリースト、ちょっとストップストップ。

 打ち方止め!」


「魔王様?

 どうしてですか?」


 気分良く砲撃を続けていたプリーストへ、魔王が呆れたように口を開く。


「砂煙が酷すぎて街の様子がわからない。

 砲撃を始めてかれこれ4時間だ。

 もう、住民たちは死滅したんじゃない?」


「はぁ……わかりました。

 おい、グールたち。打ち方止め」


 仕方ないといった様子で砲撃を止めるプリーストに方を竦め、魔王は傍らのバルバロイへと目を向ける。

 バルバロイは望遠鏡を覗き込み、産業都市の様子を確かめているところだった。


「どう?

 まだ生き残っている奴はいるかな?」


「ううむ……」


 バルバロイは望遠鏡から目を離すと、怪訝な様子で首を傾げる。 


「妙だな……」


「妙ってなんだい?」


「産業都市は10万都市。

 他の五大都市に劣るとはいえ、王国有数の人口を誇っていた筈だ。

 だが、それにしては死骸の数が少なすぎる」


「燃えて灰になっちゃったんじゃないですかぁ?」


 魔王たちの会話へウィッチが気楽そうに口を挟むが、バルバロイは怪訝な表情のまま首を振る。


「いや、挽肉になった者たちはそのままだ。

 それに、生者の姿が一つも無いのはどういうことだ?

 街の外へ逃げ出す者がいたっていい筈だ。

 解せんな、これは解せんぞ……」


 しきりに舌打ちながら、再度望遠鏡を覗き込むバルバロイを見つめ、魔王も思案しながら口を開く。


「どうしたバルバロイ?

 妙に苛立っているじゃないか、君らしくもない。

 気になるのだったら、街へ偵察にでも行くかい?」


「偵察か……」


「もし仮に生き残っているドワーフが居たとして、君の腕なら恐るるに足らずだろう。

 僕としても死骸の数は気になる。

 僕らの主目的は街を潰すことでなく、生きている人を殺すことなんだからね。

 君が様子を見てきてくれるならありがたい」


 魔王の言葉に、バルバロイは望遠鏡を放って頷いてみせた。


「よかろう。

 俺が様子を見てくる。

 魔王殿たちはしばし待っていてくれ」


「りょうかーい。

 じゃあ、僕らはちょっと休憩することにしようか。

 ウィッチが今にも吐きそうになってるしね」


 そんなことを言いながら魔王はちらりとウィッチへ目をやる。

 ウィッチはぜーぜーと息を荒げ、苦しそうに地へ手をついていた。

 砲撃を実際に行っていたのはウィッチの使役するグールたちである。

 4時間に渡り複雑動作をさせていたウィッチは疲労困憊を呈していた。


「本当ですよ……。

 っていうか、もっと早く休憩が欲しかった……」


「なんだウィッチ。もしかして疲れていたのか?」


「小僧……お前、マジでぶっ殺すぞ?」


 ケロリとした様子で問いかけるプリーストを、ウィッチは苛立ち混じりに睨みつける。

 そんな二人を尻目に、バルバロイは崖をひとっ飛びに飛び降り、産業都市へ向けて駆けていったのだった。

 


 朝倉は地下道を進みながら、如何に防衛線を築くか考えていた。

 街自体は壊滅状態だが、堡塁はかろうじて生きている。

 砲撃の咆哮を鑑みるに、魔王が陣を張っているのは南方。敵は恐らく南から攻めて来ると考えて間違いはない。

 ならば南側の堡塁「ゆ門」から「し門」の間に兵を配置し、戦線を展開するべきだろう。


 彼は兵士の待機所に入ると開口一番に大声を上げた。


「これより防衛線へと移る!

 動ける者は我に続け!!」


 朝倉の声に待機していたドワーフたちが立ち上がる。

 その人数は3000名ほど。

 地上の大混乱によって散り散りになりながら、何とか掻き集めた戦力である。


「我々は「ゆ門」へと向かう!

 敵は回山倒山の魔人共、しかし恐れる必要は無い!

 皇国武士団の底力、魔王とやらに見せつけてやるのだ!!」


「応!!」


 朝倉の激にドワーフ達が沸きあがる。

 超常的な災厄に見舞われても、彼らの戦意に衰えはないようだ。

 朝倉は少しだけ微笑み、ゆ門へと足を向けた。


「十郎左」


「杉間老師?」


 不意に声を掛けられ目をやった先、そこでは覚悟がそっと佇んでいた。


「我に何か?」


「もし魔人共が攻め込んできたなら……その時は悪戯な戦闘を避け、土蜘蛛砦へ引き込んでもらいたい。

 奴らにはこの儂が引導をくれてやろう」


「しかし老師。

 劉大人は土蜘蛛砦を晒すなと命じられた。

 引き込んだりすれば、奴らに砦の存在を知られてしまいます」


「心配するな。死人に口なしと言うじゃろう?

 魔人など一匹たりとも生かして返さんよ」


 覚悟はそれだけ言うと、土蜘蛛砦の奥へと戻っていく。

 そんな師の背中を、朝倉は複雑な目で見送っていた。

 覚悟の気持ちなどわかっている。

 彼は、魔人の中に居るというかつての弟子、弾蔵に引導を渡すつもりなのだ。


「老師……貴方は今でも弾蔵の師であるつもりか……」


 闇の中へ遠ざかっていくその背へ、朝倉は小さく呟くのだった


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