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第34話 土蜘蛛砦


「さて。

 それで早速、我々の切り札についてだが……」


 騒ぎがようやく一段落し朝倉たちが去って行った後、劉はやれやれと口を開く。

 魔王の魔術とプリーストの毒ガス、その両方を防御することが可能であるという産業都市の最機密。

 劉はようやくそれを、説明することにしたのである。


「覚悟の爺様。ここから最も近い入り口は?」


「『ゑ門』が、ここから一番近いじゃろうな」


「では、さっそくゑ門へ向かうとするか」


「ゑ門?」


 なにやら勝手に話しを進めている劉たちへ、スオウが不思議そうに問いかける。


「ゑ門は43番目の門でのう。

 まあ、見るのが一番早いじゃろうて」


 覚悟は悪戯っぽい笑みでそう嘯くと、スオウたちを誘って産業都市の山腹を登り始める。

 彼らが向かったのは麓付近の集落。

 騎士団駐留地点の側にある小さな集落だった。


 覚悟は集落の中心、他の家屋より大きな木造倉庫らしき物の前に立つと、連れていた使いに目配せする。


「壊せ」


「はっ!」


 覚悟指示のもと、数人のドワーフたちが大木槌を持って倉庫を破壊していく。

 倉庫はまるで張りぼてのようにあっけなく壊れ、その中から本来の姿を現し始めた。


「これは……!?」


「これが『ゑ門』。

 我々の切り札ですじゃ」


 にやりとした笑みで覚悟が見上げるのは、産業都市には不釣合いな石造りの堡塁。

 六角形に形造されたそれは、三階建て家屋と同等の高さを誇り、上部に弓矢の投射場となる窓が備え付けられている。


「この要塞が、切り札ですか……?」


 小型要塞――確かに戦をする上で有益な施設であるが、この程度の物が対魔王において切り札になるとは思えない。

 そんなスオウの思惑を慮ったように、覚悟は一飛びでゑ門の中へと入りスオウ達へと手招きする。


「まあ、そう焦らんでええ。

 あくまでこの堡塁は切り札の一部。

 本命はこの中じゃ。

 ほれ、入った入った」


 覚悟に導かれるまま、スオウたちは堡塁の中へと入る。

 堡塁は簡素な造りで、上部の投射場と下部の槍衾用の小穴以外、これという特色は無かった。


「スオウ殿、こちらです」


 周囲を見回すスオウたちへ、劉が声掛ける。

 見れば、彼らは堡塁内の床に設けられた穴へ半身を埋め、地下に下りようとしているようだった。

 穴は相当深いようで、下が暗闇に包まれ底となる場所が見えない。

 スオウたちは訳が分からないながら、劉たちの導きに従ってとにかく穴を降りていく。 

 劉たちの持つ灯りを頼りに縄梯子を下っていくと、4、5メートル下で穴は終わり、そこから長い横道に繋がっている。

 横道はスオウでも立って歩けるような大きいもので、産業都市の中心へ向けて長く長く続いているようだった。

 

「地下壕か。確かに魔人たちの異能に対し、地下壕に避難するというのは良い手かもしれぬ。

 海岸都市でも生き残ったのは地下壕に避難した者たちであった」


「しかし、随分と長いな……。

 劉殿、どれだけ続いているのです?」


「もうすぐです」


 永遠と続くような地下道を進んで行った後。劉の言葉通り、スオウたちは地下壕の最奥へ辿りつく。

 地下深くに造られたその場所は日差しが全く届かず、深遠の闇に包まれていた。


 ヤマギシは手に持った灯りから、手近な灯篭へと火を移す。

 その火は導火線を辿り、他の灯篭へと灯りを伝播していく。

 そんな風に、一つの灯火が無数の灯篭へと火を伝え、地下壕全体をぼうっとした光で照らし出した。


「これは……!?」


「これが、産業都市の最機密。

 我々は『土蜘蛛砦』と呼んでいます」


 それは確かに、地下壕というより砦と形容すべき代物であった。

 無数の灯篭――それは300挺にも及ぶ大照明群。

 しかしそれだけの灯りを持ってなお、この地下壕の全てを照らし出すことは叶わないほどの巨大な地下要塞であった。


「土蜘蛛砦……東西に約100メートル、南北に約60メートルで10階層。

 総面積は約25面平方メートル。

 最下部の麓から、最上部の山頂まで産業都市の全域をくりぬいて造った大要塞です。

 収容人数は20万人――産業都市全住民と更に10万人の収容が可能。

 兵糧に関しては備蓄米が3000トン。

 乾物、燻製食物など保存食が2000トン。

 収容者全ての食糧を半年間は賄うことが出来るでしょう。

 また、地下水から直接水道を引いているため、飲料水についても問題ありません」


 劉は要塞内の倉庫や兵員詰所、無数の部屋を示しながら説明を続ける。


「保有武装は、打刀を6万ふりくち

 短剣が10万()、弓を8万張。

 また棍、矛、鞭、戟など北方武具もふんだんに保有。

 その他、爆薬武器や軍馬などの兵器も所持しています」


 そこまで説明した劉に代わり、今度は覚悟が要塞内に設けられた地下道門を指差して言葉を続ける。


「そして、この砦が『土蜘蛛砦』と呼ばれる所以、それはこの地下道群にある。

 地下道は産業都市全域まで張り巡らせてあり、『い門』から『す門』まで地上47箇所の堡塁に繋がっておる。

 先ほどのゑ門もその一つじゃ。

 つまり一度ひとたびこの土蜘蛛砦に篭れば、儂らは都市内のどこへでも出陣が可能。

 門は全て堡塁となっており、どこにでも防衛線を築くことが出来る」


 かかと笑いながら、覚悟は愉快そうにスオウたちへ振り返る。


「知ってのとおり産業都市は山間に築かれた山岳都市。

 立地そのものが天然の要塞と言える。

 そして、山岳の内部に造り上げたこの砦。

 大陸広しと言えど、これほどの拠点を築いた勢力はおらんだろう」


 誇らしげに要塞へ手を広げる覚悟へ、スオウは厳しい表情で頷く。


「なるほど……確かに、要塞の上部に毒ガスは届かず。

 魔王の炎も、地中には影響しない。

 ここに陣を張る限り、我々は異能を完全に防ぐことが出来るでしょうな」


「ははは、その通りじゃ。

 あくまで防衛戦に限るが……この都市で戦う限り儂らは無敵。

 これは自惚れでも過信でもないぞ?」


「確かに覚悟殿のお言葉通り。

 産業都市は難攻不落の大要塞と言える。

 この都市を滅ぼせる勢力は存在しないでしょう」


 スオウは顔を強張らせたまま、ゆっくりと劉を仰ぎ見る。


「……例え、それが王国であったとしてもな」


「……」


 スオウの言葉に劉と覚悟が沈黙する。

 その沈黙を肯定と受け止め、スオウは厳しい表情のまま問いを続けた。


「それが、この砦を隠し続けた理由ですか?」


 しばらく沈黙を守り続けた劉であるが、やがて諦観したように頷く。


「お察しの通り、我々が仮想敵としたのは王国。

 産業都市はいつか皇国が王国へ攻め込んだ時、前線基地となる予定の街でした。

 この都市は最初から、王国への支城として築かれたのですよ」


 皇王が、劉に与えた課題。それは大陸内に軍事拠点を形成することである。

 表向きは従ったと見せながら、その真意はいつでも王国へ刃を向けられるよう剣を研ぎ続けること。

 ハロルドの協力もあり、劉は王の求めを十分以上に果たしたのである。

 産業都市は王国へと突きつけられた懐刀だったのだ。


「土蜘蛛砦は、我らドワーフ系移民にとっての誇り。

 王国に屈しながら、それでも心だけは服従せぬと。

 10万人のドワーフが、血反吐と共に築き上げた最後の拠り所なのです」


 口端を歪める劉に代わって、覚悟が言葉を引き継ぐ。


「だが……この砦を持ってしても、儂らは王国に敵わんかった」


 覚悟はそう言って、寂しげに笑う。 


「この10年。儂らが力を蓄える以上に、王国の躍進は凄まじいものじゃった。

 皇国を支配し、エルフ族を鎮圧し、弾圧によって魔女の力を削ぎ落とし。

 国内の不穏分子を軒並み粛清して、王国は恐ろしいほど一枚岩になっておる。

 まさに破竹の勢い。伊達に大陸の覇者を名乗っとらんわい」


 皇国が王国に屈して10年間。

 劉たちはよくやってきたと言えるだろう。

 都市内に砦を築き上げ、武装を整え、1万規模の戦力を編成したのだ。

 しかし、王国の躍進はそれらの努力を水泡に帰すほど目覚しかった。


 敵対勢力を全て打ち倒し、軍備を増強し、国王の権力は独裁状態にまで上昇している。

 いかに土蜘蛛砦が難攻不落と言えど、あくまでそれは防御に限った話。

 皇国が全力で王国に挑んだ所で『誇り高き英雄の騎士団』一つさえ、打ち倒すことは出来ないだろう。

 大紛争が終わって10年。人間族はもはや無敵の種族となっているのだ。


「皮肉なもんじゃのう……。

 必死こいて砦を築きながら、完成した頃にはもう戦う気が起きんほど敵が強大になっておった。

 この砦も今や、無用の長物じゃ」


 覚悟は悔しげに要塞の壁を蹴り飛ばすと、キッとした視線をスオウへと向ける。


「スオウ殿。

 儂らは全てを晒したぞ。

 産業都市の全戦力、全機密。

 その全てを白日に晒して見せた。

 その上で再度問う。

 儂らの同胞になるという言葉……それに嘘偽りはないじゃろうな?」


 試すと言うより、どこか懇願しているような覚悟の眼差し。

 スオウはそれに、思わず笑みを零してしまう。


 彼らが王国へ謀反を企てていようが何だろうが、実のところ、スオウにとってどうでもいいことだった。

 彼の目的はひたすらに、魔王を殺すことだけ。

 それ以外のことには、さほど興味を持たなかったのである。


 それはどこか、狂気染みた妄執を感じるものであったが、その時はスオウ自身を含めて誰も気付くことが無かった。


 だからスオウは、ドワーフたちへあっけらかんと笑ってみせる。


「先にも言った筈でしょう?

 騎士に二言は無い。

 魔王討伐の暁には、ドワーフ族の誇りを取り戻すため尽力してみせよう。

 それより、覚悟殿こそ嘘偽りはないでしょうな。

 本当に『王国の剣』の一太刀となってくれるのですか?」


 冗談めかしたようなその言葉に、覚悟は確かな真意を感じ取る。


「当たり前じゃ! 武士に二言は無い!!

 儂らがおれば、魔王など恐れるに足らず!

 皇国武士団の力、その目に焼き付けるがいい!!」


「頼りにさせて頂きますよ」


 その日『王国の剣』と産業都市は真なる意味で一つになった。

 王国と皇国。二国の連合軍が完成したのである。



「ここが産業都市……何だか、独特な形をした街だね」


 魔王は街並みを見上げながら、感嘆と声を上げる。

 ようやく辿りついた次の殲滅予定地。

 それは山腹を切り開くように、麓から山頂にかけて造られた山岳都市。

 一つの山をそのまま街へと変えたような、そんな風変わりな街だった。


 魔王たちが居るのは、山の麓。産業都市の入り口に当たる場所である。

 魔王たちは海岸都市の時と同じように、髪や顔をフードで隠し街へ入るつもりであった。


「待て」


 しかし、進む魔王たちへ制止の声が掛けられる。

 街の入り口には兵士のような出で立ちのドワーフたちが立っており、入街者たちへ警戒の目を向けていた。


「僕らに何か?」


「我は産業都市入街警備を担当している朝倉という者だ。

 現在、産業都市は非常事態ゆえ、限られた者を除き、街への立ち入りを制限している。

 なにか許可証の類は所持しているか?」


 声を掛けたのは朝倉 十郎左。

 彼はいつも通り、麓の門に建ち入街者の検閲をしている所だった。


「十郎左?」


 朝倉の姿を見、バルバロイはぽつりと驚きの声を上げる。

 もっともその呟きは小さな物で、魔王たちの耳には入らなかった、


「ほう、それは知らなかった。

 生憎、僕らは行商でして………許可証の類は持っていませんねぇ。

 わかりました。出直させて頂きます」


 魔王は慇懃な笑顔でそう伝えると、朝倉に背を向け来た道を戻っていく。


「魔王殿、押し通るか?

 見た限り、警備の人数は30名ほど。

 この程度なら、1分と掛からず殲滅できるぞ?」


「いや、いい。

 魔人とは言え、僕らは5人。

 その上、戦士は君と僕だけだろう?

 まともにやり合うのは、少し分が悪い」


 バルバロイの提案に、魔王は首を振る。

 いかに超常の異能を持つとはいえ、五大都市が相手なのだ。正面から事を構えれば、破滅は自分たちに向かってくる。


「海岸都市の要領で、プリーストの毒ガスとウィッチのグールを活用して行こう。

 まだまだ先は長いんだ。こんな所で無理をする必要はないよ」


「魔王様、それなのですが………」


 歩を進める魔王へ、プリーストが言いにくそうに口を開く。


「この都市の形状、いささか厄介かもしれません。

 私が毒ガスとして使用する硫化水素。

 これは一般的な空気より比重があり、下部へ溜まる傾向があるのです。

 しかしこの街は見ての通り山腹へ沿うように作られている……これでは毒ガスを散布したところで、街の中まで行き渡りません」


「魔王様、私も、私も!

 私、ここへグールを百匹くらい連れてきてるんだけど、この街って周りの森林を伐採して視界が開けてるじゃないですか?

 グールはただでさえ動きが緩慢ですし、弓兵からすれば恰好の的になってしまいますよ」


「えー?」


 二人から告げられた言葉に、魔王は頭を抱えてしまう。


「まいったな……僕の『魔王』だって、そんなに射程が長い訳じゃない。

 それに、また無理をしたら海岸都市の二の舞になってしまうからなぁ。

 さて、どう攻めたものやら………」


 魔王は考え込んでしまう。

 産業都市には武装組織が無く、警備体制が小村と変わらないというのがもっぱらの評判だった。

 だから、魔王の心にはやや油断している部分があったのかもしれない。

 適当に街の中心で毒ガスなり炎なりを撒き散らし、それによってグールを量産すれば、後は勝手に滅びるだろうなどと楽観的に考えていたのである。


 しかし、先ほどの朝倉や、彼の背後に控えていたドワーフたち。

 彼らはどう見てもただの住民ではない。あの目は戦いに身を置いていた者が持つ目だ。

 非武装都市………その考えは改めなければいけないかもしれない。


 思索に暮れる魔王へ、プリーストがやや上気した表情で訴える。


「しかし魔王様!

 こんな時の為の秘密兵器です!

 是非、あれを活用しましょう!」


「秘密兵器って……あのやたらと大きくて重い鉄塊のこと?

 あんなもの、どうするんだい?」


 魔王は懐疑的な表情を浮かべるが、プリーストはどこ吹く風と得意げに、胸をどんと張ってみせる。


「ご心配なく!

 私の『黒き灰燼の使者』であれば、容易にこの街を壊滅せしめて見せますよ!

 いやぁ、持ってきて良かった!

 早く使いたい!」


 意気揚々と述べられるプリーストの言葉。

 それは決して自惚れでも過信でもないものだったのである。

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