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第33話 同胞

「フクツ殿!!」


 産業都市の中腹を進んでいたフクツへ、背後から多数の声がかけられる。

 振り返った先には、朝倉を始めとしたドワーフ戦士たちがフクツを伺っていた。


「朝倉殿か、藪から棒にどうされた?」


「フクツ殿は海岸都市で、魔王共と直接刃を交えたと聞いています。

 どうか、奴らの仔細を我らにご教授下され!」


 うろたえるフクツへ開口一番そう叫ぶと、朝倉を始めとしたドワーフたちが頭を垂れる。

 そんな彼らに、フクツはやや呆気に取られながらも、力強く頷いて見せた。


「私のような者でよろしければ……」


 領主館での会合後、ドワーフたちは目に見えて協力的になっていた。

 劉や覚悟はともかくとして、他のドワーフたちは当初『人間族』に協力することへ懐疑的だった。

 しかし、そんな彼らも魔人……特にバルバロイの正体が日ヶ暮ではないかという情報を得てから、率先して魔王討伐へ協力するようになったのだ。


 もともと、ドワーフたちにとっては他人事だった魔王討伐。しかし、その眷族に日ヶ暮がいるのなら話は別だ。

 かつて誰よりも羨望を集め、そして今は憎悪を持たれている日ヶ暮 弾蔵。

 皇都の罪無き人々を根絶やしたあの鬼を、生かしておく訳にはいかない。

 ドワーフ族にとって、魔王討伐は自分たちの戦いと変わっていたのである。


「魔王は卓越した戦士ですが、些か油断しがちというか……抜けている所があります。

 奴を倒すには奇襲が良策かと」


「ほうほう……」


 フクツの言葉を一言一句逃さぬと、必死で書き留める朝倉たちは、もはや協力者ではなかった。

 共に魔王討伐を誓う、同志となっていたのである。



「さて……ドワーフ族の協力を得て、我々はいよいよ強大な勢力となった。

 そろそろ魔王への具体的な対策も考えねばならんな」


「対策……つってもなぁ」


 騎士団駐留地にある簡易住居の中で、スオウとユウキ、フクツ、ジンギの4人が今日も対魔王への作戦会議を行っていた。

 『王国の剣』総戦力2800に加え、産業都市のドワーフ戦士推定1万。

 計12800の大軍勢である。

 戦力としては申し分ないが、相手はあの魔王たち。

 数の有利など、下手を打てば逆手に取られてしまう。


「先ず、厄介なのはプリーストの毒ガスですね……。

 アレは海岸都市一帯を包み込んだ広範囲攻撃。

 その一撃で住民を殺され、死者をグールに変えられては目も当てられません」


「毒ガスだけじゃねぇぜ? ユウキ君。

 一番不味いのは魔王の炎魔術。

 この街、ほとんどが木造建築だからな。一度火の手が上がれば、あっという間に焼け野原だ」


 早くも暗礁に乗り上げ「ううむ」と呻り声を上げるユウキとジンギ。

 そんな中、フクツがぼそりと口を開いた。


「プリーストの毒ガス……これは防げるかもしれん」


「どういうことです?」


「ユウキ殿、思い出して欲しい。

 海岸都市が壊滅した夜、ユウキ殿たちは山岳部で野営を取っていたのだろう?

 その夜、貴方方の中で毒気にやられた者はいるか?」


「いや……一人もおりません。

 確かに、海岸都市が燃えているのを見て、我々は一気に山を降りましたが……気分を害した者さえいませんでした!」


 ユウキは天井を仰ぎ、思い出したように声を上げる。


「さきほどユウキ殿が言ったように、プリーストの毒ガスは広範囲。

 海岸都市全域……更に言えば調査部隊が野営していた山岳部まで、その範囲に含まれている。

 しかし、それならどうしてユウキ殿たちは無事だったのだ?」


「そう言えば……!」


 ユウキたちが野営をしていたのは海岸都市付近の山岳部。

 位置的には、毒ガス発生地点のすぐ隣である。

 本来であれば、ユウキだって毒殺されていてもおかしくなかっただろう。


 驚嘆するユウキを尻目に、フクツは思案しながら言葉を重ねていく。


「気体という物にはそれぞれ重量があり、空気より軽いものは空へ、重いものは地に溜まると聞いたことがる。

 私が思うにあの毒ガス。空気より比重があるのではないか?

 だとすれば……この産業都市は我々にとって、絶好の戦場となりますぞ」


「山頂部に陣を張り、魔王たちより上部で戦えば毒ガスを防げるということか……」


 フクツの言葉を引き継ぎ、スオウが頷く。


「確かに今まで、毒ガスの性質までは考えていなかった。

 フクツ殿の仰る通り、あれが空気より重いということは有り得るな……」


「そ、それなら凄いことですよ!?

 毒ガスさえ封じれば、魔王たちの力は半減したも同然!

 残りの連中など、多勢で押し潰してしまえばいい!!

 勝てる! 我々は勝てますよ!?」


 スオウの言葉にユウキが歓声を上げるが、そんな彼へ釘を刺すようにジンギが口を挟む。


「いくらなんでも楽観的すぎやせん?

 フクツの叔父貴が言ったのは、あくまで想像。

 逆に、毒ガスが空気より軽かったらどうすんです?」


「ジンギさん! 悲観すぎるのも考え物ですよ!?

 文句ばかりでは、話が前に進みません!」


 腰を折られユウキが不平を叫ぶが、ジンギはそれを無視して言葉を続けていく。


「それに旦那。一番厄介な魔王を忘れていますぜ。

 山頂に陣を張ったとして、街を焼かれちまったらどうすんです?

 ご存知のとおり、火ってヤツは上に向かって燃えていく。

 俺ら、みんなまとめて丸焼きですぜ?」


「う……」


 理詰めで迫られ、ユウキはぐうの音も出ない様子で黙り込んでしまう。

 スオウも肩を竦めてため息を吐くと、気分を変える様に仲間たちを見回した。


「まあ、我々だけで考えても仕方ないな。

 産業都市はあくまで、ドワーフ族の街。

 フクツ殿の考えを踏まえた上で、劉殿に相談してみることにしよう」


「ほほう、それはちょうどいい折だったようじゃのう」


「覚悟殿!?」


 不意に発せられた声へ、スオウが振り返る。

 彼の背後、部屋の入り口には覚悟と劉の二人が立っていた。


「一応、断りを入れたのだが……会議に熱が入りすぎて耳に入っていなかったようですな。

 盗み聞きをするつもりは無かったのだが、スオウ殿たちの話を全て聞いてしまった」


「それは別に構わないのだが……」


 柔和な笑みを浮かべる劉へ、スオウは罰が悪い調子で頭を掻く。

 何時の間に彼らが入ってきたのか、想像もつかない。


「劉大人――」


「わかっておるて」


 そんなスオウたちを前に、覚悟が劉へ目配せする。劉は少しだけ躊躇うように、スオウたちへ口を開いた。


「それで……ですな。

 その毒ガスと炎についてなのですが……。

 我々なら……この産業都市ならその両方を防御することが出来る」


「なんだと!?」


 劉の言葉にスオウたちその場の全員が驚愕の声を上げる。

 防御できる、と簡単に言うが……あれらは摂理を越えし異能。そう易々と防げるものではない。


「ど、どうやって……ですか?」


「……」


「劉大人!」


 スオウの問いに、劉はまた躊躇いを見せるが、覚悟の急かすような声によって意を決したように再び言葉を告げる。


「この手段は産業都市の最機密。これを明かすことは、我々の切り札を白日に晒すと同義である。

 だからスオウ殿。

 秘密を明かす前に、一つ誓って頂きたい」


「誓うとは?」


「魔王を倒し、この戦いを終えたなら……。

 貴公は皇国のため、力を尽くすと。

 我々が再び誇りを取り戻すため、国王に比類してくれると!

 そう、約束して欲しいのです」


「私が国王陛下に……?」


 劉の申し出を受け、スオウは狼狽してしまう。

 自分が国王に比類するなど、身分不相応もいいところだ。

 あくまで自分は国王の家臣。王へ意見は言っても楯突くつもりはない。


「無論、魔王討伐の暁には、貴公らの力になりたいと思っているが……。

 私は唯の一家臣に過ぎん。

 皇国の誇りを取り戻すなど、私如きの手には余ってしまう」


「貴方は王国の英雄ヴーロート一族の当主。

 その発言力は王国家臣でも随一であると聞いている。

 別に、国王と対立して欲しいなどとは言っていません。

 ただ、どうか我々の側に立ち、口を聞いて欲しいのです」


 劉はスオウの手を取ると、懇願するように声を上げる。


「我々とて、皇国の独立までは望まない。

 ただ、ある程度の自治と、文化の保護。

 ……そして、我々ドワーフ系移民を祖国に帰して欲しい。

 私達の望みはそれだけだ……」


「しかし!」


 うろたえるスオウへ、劉はバッと書物を広げる。

 それには墨で文字が描かれており、左隅に大きな朱印が捺されていた。


「これは我々の主君。

 皇王 ヤン 虞淵ユゥエン殿下、直筆の書状です」


「皇王殿下の!?

 いったい、何が書かれているのです!?」


「スオウ殿が我々に力を貸してくれるなら……。

 我々、ドワーフ族は貴公の刃となる。

 貴方に降り懸かる天魔外道の諸々を、白刃によって斬り払う。

 皇国の未来を貴方に委ねるかわり、皇国の全てが貴方の力となる。

 ……そう書かかれています」


 劉がスオウの力になると決めたあの日。

 彼は本国の皇王へと密書を送っていた。


 その文面に書かれていたのは、スオウが信頼に足る人物であることと、彼の力になることは皇国にとって有益であること。

 そして、産業都市の力をスオウに託したいという願いが書かれていたのである。


 皇王 ヤン 虞淵ユゥエンは賢明な王である。

 彼は、現状の皇国が王国に対抗出来ないことを悟っていたし、劉たちドワーフ系移民の気力が尽きかけていることにも気付いていた。

 武力による抵抗が望めないのであれば、王国内に人脈を築き交渉力によって国を取り戻さなければならない。

 そう考え始めていた皇王にとって、劉の嘆願は吉報であった。


 劉は皇王が誰よりも信頼を寄せる文官。彼がここまで言うのであれば、皇王としてもスオウを信じることに、やぶさかではない。

 そう考えて皇王はスオウへ書状を送ることにしたのである。


「皇王殿下が……私如きの為に?」


「殿下はスオウ殿に賭けることにした。

 貴方を、皇国の未来を託すに値する人物であると、信じたのです」


 握った手に力を込めて、劉が熱を込めて言う。そんな劉の傍らで、覚悟が苦笑混じりに口を開く。


「さあ、スオウ殿。

 刀は今や、お主の手にある。

 それを振るか振らないか、決めるのはお主じゃぞ?」


「……」


 スオウは唾を飲み込み、しばし黙する。

 

 あくまで自分は一介の騎士。

 一国の未来を担うような、大人物ではない。

 しかし、劉を始め皇王までもが、ここまで自分を信じてくれたのだ。

 信頼に応えることこそ、騎士の本分。

 そして自分は騎士道の頂点を担うものである。


「劉殿、どうか皇王殿下へ返信を願いたい」


 長い沈黙のあと、スオウはゆっくりと覚悟を決めたように言葉を発する。


「皇国の刃、どうかこのスオウに貸して頂きたい。

 その白刃によって、あらゆる魔を打ち払ってもらいたい。

 さすればこのスオウ。

 ヴーロートの誇りにかけて、貴公らに尽力しよう。

 貴公らの誇りを取り戻すため、全身全霊を尽くすことを誓おう。

 ……そう殿下へ伝えて欲しいのです」


「スオウ殿……」


 歓喜に瞳を潤ませる劉。しかし傍らの覚悟は厳しい表情でスオウを睨んだまま、最後の試を試みる。


「その言葉……嘘偽りはないじゃろうな?」


「騎士に二言はない!!」


「……よかろう」


 断固としたスオウの宣言に、覚悟もようやく表情を緩めると、柔和な笑顔で双剣を抜いてみせた。


「ならば、この杉間 覚悟。

 正式に『王国の剣』の一太刀となろう!

 魔王の一人や二人、この剣によって掻っ捌いてくれるわ!!」


 そう高らかに覚悟が謳った途端「おおおぉぉ!!」という歓声と共に、天井裏や床下、壁の隙間から大量のドワーフたちが現れ、口々に己が名を叫び始める。


「大川一刀流 真田 平八! 我も刃の一人となろう!」


「浅井真影流 佐久間 兼継! 私も傘下に加えて下され!!」


「呉式形意門 袁 蓋世! ヴーロート大人ターレンにこの功夫を捧げよう!」


 我先にとスオウへ殺到するドワーフたち。

 その奥から朝倉がやれやれといった調子で、姿を現した。


「杉間無影流 朝倉 十郎左。

 両腕の骨折が完治したゆえ、スオウ殿と皇国の為に身命をかけよう」


「い、いったいこれは何事ですか!?」


 突然の状況に狼狽するユウキの傍らで、ジンギが呆れたように劉を見やる。


「あんたら……相変わらず、俺らを監視してやがったな?」


 じとりとしたジンギの視線を受けながら、劉は悪びれない様子で肩だけを竦めてみせた。


「どうかご容赦を……。

 有備無患と言いましてな。

 国を賭けた大事ゆえ、慎重に慎重を重ねなければならなかったのですよ」


 いけしゃあしゃあとそう言い放ちながら、しかし確かな信頼を持って劉は口添える。


「だが、一度信頼すると決めたなら、ドワーフ族は決して裏切りません。

 スオウ殿。

 『王国の剣』に一(ふり)、刀が加わりましたぞ。

 産業都市一万のドワーフ戦士は今や貴方の刃。

 貴公の同胞はらからになることを、ここに誓おう」

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