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第30話 日ヶ暮 弾蔵


 産業都市の周辺を埋め尽くすように聳える、深い山陰の中。

 小さな一団が産業都市を目指し、木々が乱れる山間を切り進んでいた。


「ちぇすとおぉ!!」


 気合一声。そんな咆哮と共に、巨木を次々と切り落していくのは鬼面で顔を覆った一人の剣士。

 バルバロイが異能によって深紅に染まった刀を振り回し、胴ほどの太さもある木々を右へ左へと薙ぎ払っていく。

 道なき道を切り開き、彼の後には通り道のようなものが出来上がっていた。


「ばるさん、おお張り切り」


「確かにバルバロイは頑張ってくれてるんだけど……この調子だと、いつ産業都市に辿り付けることやら……」


 馬場奔騰のバルバロイへルージュは喝采を送るが、彼女を背負った魔王はうんざりとした様子で山上へ目を向ける。

 山並みは未だ険しく、無数の樹木が生い茂っている。


「張り切るのはいいんですけどねぇ。

 この調子じゃバルさん、産業都市に着く前に力尽きちゃうんじゃないですかぁ?」


「お前たち……勝手なことばかり言いおって……」


 背後の声を聞き、バルバロイは不服そうに口を尖らせる。


「別に俺とて、好き好んでこんなことをしている訳ではない。

 しかしなぁ……」


 ちらりと送る視線、その先には車輪のついた巨大な鉄塊を引くグールたちとプリーストの姿があった。


「頑張れ、グールたち!

 もう一山越えれば、きっと産業都市だ!!」


「×××………」


 ふうふうと息を荒げながら鉄塊を引くプリーストの姿に、ウィッチは呆れてしまう。


「プリ君、どうしてもこれを持って行くって聞かないんだから。

 こんなものなければ、今ごろはもう着いてる筈なのに……」

 

 次の攻撃目標を産業都市と決めてからしばらく経つが、未だに魔王たちは到着の目処もつかずにいた。

 原因はプリーストの用意したこの兵器である。

 何やら車輪のついた巨大な鉄塊で、プリースト曰く「これがあれば産業都市など、一網打尽に出来ますよ!」とのことであったが、重量が8トンを越えるそれは、グール20人ほどで引いても手に余るものであったのだ。


 まして、産業都市は山岳地帯に作られた都市。道と呼べる道もなく、こうやってバルバロイが山を切り開く羽目になったのである。


「まったく、僕らは街道を作るために来たんじゃないんだよ?

 いつになったら産業都市に着くんだい?」


 牛歩の如く進まない行軍に、魔王は嫌気がさしたように呟く。もっとも、必死に兵器を運ぶプリーストの耳には届いていない様子だ。

 プリーストはふうふうと息を荒げながら、鉄塊にかかった小枝などを必死に払っている。


「おじさん、疲れました?」


 魔王に背負われながら、ルージュが心配したように問いかける。

 この山道では車椅子を使うことが出来ず、ここ数日ルージュは魔王に背負われて移動を続けていた。


「いや、全然大丈夫だよ!

 ルージュは軽いからね!」


 そんな境遇を気にしているようなルージュへ、魔王は慌てて笑顔を浮かべてみせる。

 しかしそんな彼の首元へ、のべりと長い舌がにじり寄っていく。


「オ゛ォ」


「ひえ! ヌメっとした! 今、ヌメっとした!!」


「ふふふ、アカネったら。

 おじさんのことがお気に入りみたい」


「えぇ……」


 クスクスと笑うルージュを背に、魔王は体中を粟立たせながら後ろを向く。

 背中にいるルージュ、更にその首へ触手を巻きつかせて、異形の怪物が相変わらず魔王へ舌を伸ばしている。


 ルージュを背負うには一向に構わないが、問題は彼女のペット。アカネである。

 この怪物、時折魔王の首や耳を嘗めしゃぶり、陵辱し続けているのだ。


「……産業都市へ急ごう!」


 魔王は断固とした決意を持って、歩を進める。

 このままでは、アカネにおかしな性癖を開発されてしまいかねない。


 そんな魔王の焦りをあざ笑うかのように、生い茂る木々は彼らの行く手を阻むのだった。



 魔王邸を出立してから幾日も過ぎた夜。

 相変わらず山の中を遅々と進んでいた魔王たちは、今日もここで山間で野営を張ることにした。

 山歩きで疲れた魔王やウィッチ、そして疲労困憊のプリーストはすでに、テントの中で熟睡しているようだ。

 

 そんな中、バルバロイだけは刀を抱えたまま、一人夜空を眺めて酒を呷っていた。

 バルバロイとて昼間の山開きで疲労していたが、どうにも眠れないのである。

 夜空の星々を眺めながら、バルバロイは独考する。

 

 もうすぐ……。


 もうすぐ、産業都市に辿りつく。

 そうすれば、自分はあの売国奴共に引導を渡すことが出来る……!


 それを考えるだけでバルバロイの体は熱を帯び、心が猛りくるっていく。

 疲労の極致にありながら自分が眠れないのは、この猛りによるものであるとバルバロイは悟っていた。


「ばるさん?」


「む……」


 そんなバルバロイへ一つの声が掛けられる。

 振り返ると、ルージュが不思議そうな目でこちらを見つめていた。

 車椅子が使えない今、ルージュは這って移動することしか出来ない。見れば、彼女の手のひらや膝には無数の擦り傷が浮かんでいる。

 バルバロイはそれらに少し顔を顰め、ルージュへと問いかける。


「どうした、ルージュ。

 眠れないのか?」


「その……星が綺麗だったから……。

 ばるさん。私もそっち、行っていいですか?」


 ルージュがこちらに向かってズリズリと這いづろうとする。バルバロイは立ち上がって彼女を抱き上げると、自分の隣へちょこんと座らせた。


「無茶をするな、馬鹿者。

 擦り傷だらけではないか。

 動きたいなら、俺やウィッチを呼べ」


「?」


 バルバロイは少しだけ咎めるようにそう言うが、ルージュは不思議そうに首を傾げるのみだ。

 この娘……傷というものに無頓着であるのは知っているが、痛みさえ感じないのだろうか?

 そんなバルバロイの考えに気づいているのか気付いていないのか、ルージュはバルバロイの裾をキュッと摘んでバランスを安定させると、にへらと微笑んでみせる。


「ばるさん、ありがとうございます」


「……ああ」


 バルバロイは少しだけ微笑み、再び酒を煽って夜空を見つめる。

 ルージュもそれに習うように空を仰ぎ、星々へ視線を送っているようだった。

 

「ばるさん、星を見てたんですか?」


「ああ、今日は新月で星がよく見える。

 天の川まであんなにクッキリと」


「あまのがわ?」


 ルージュがまた不思議そうに首を傾げるので、バルバロイは天を指差してみせた。


「ほれ、空を横切るように明るく光る帯があるだろう?

 あれが天の川だ。

 古代のドワーフ族は、あの星雲を川に見立て『天流れる川』――天の川と呼ぶようになったのだ」


「川……あれ、川なんですか?

 おじさんはあれを、女神様の母乳だって言ってました。

 乳の環(ミルキーウェイ)だって……」


「母乳? 人間族の考えることはよくわからんな……」


 天の川に対する人間族の認識へ、バルバロイへくつくつと笑い声を上げる。

 すると、バルバロイが笑ったことがうれしいのか、ルージュもクスクスと笑い始めた。


 それから、バルバロイとルージュは色んな話をした。

 バルバロイは意外と話し好きな男で、ルージュの知らない国のことを沢山話してくれる。

 南の島にある異種族の街や、その街に住む『さむらい』という戦士たちのこと。

 魚や貝を使った料理や、木材で出来た家々のこと。

 それは人生の大部分を玩具として過ごしたルージュにとって、どこか御伽噺のようで……バルバロイの話す国の姿を空想するのが、彼女は好きだった。


「それで、その喜兵衛きへえというのが実にひょうげた奴でな。

 蕎麦を10人前食えるなどと豪語するものだから、実際にやらせてみせたら……見事に腹を壊しおった!」

 

 その国のことを話す時のバルバロイはいつも楽しげで……ルージュはそれが何だかうれしくなる。

 時折彼と交わす会話は、ルージュにとって楽しみの一つだった。


「………もう夜も遅い。

 ルージュもいいかげんにして寝るがいい」


 しばらく話したあと、バルバロイはほっと息を吐いてそう告げる。

 つい夢中になってしまった。

 自分はともかく、幼いルージュに夜更かしは堪えるだろう。


 そう思って告げた言葉であるのだが、ルージュは浮かない顔で俯き、何かを逡巡しているようだった。


「どうかしたのか?」


「その……ばるさん。

 一緒に寝てもいいですか?

 私、山の夜って真っ暗で、ガサガサして恐い……」


「寝る? 俺とか?」


 バルバロイは目を見開き、少し意外そうに問いかける。

 普段は鷹のような目をした彼であるが、こうやって見開くと梟のように見える。


「いつもはおじさんが添い寝してくれるんですけど………。

 今日はおじさん、歯軋りがすごくて……私、目が覚めちゃったんです」


「添い寝……。

 魔王殿、俺たちに隠れて夜な夜なそんなことをしていたのか……。

 ウィッチのいう児童趣味も、案外深刻かもしれぬな……」


 最近、夜になると魔王がいつの間にか消えていることを不思議に思っていたのだが、ルージュと添い寝するためだったのか。バルバロイは些か戦慄を持って魔王のテントを見つめる。


「しかしルージュよ。

 なぜ、よりにもよって俺なのだ?

 ウィッチなんかもいるだろう?」


「ウィッチさんは……添い寝したら、私を抱き枕代わりにするので寝苦しいんです」


「まったく、仕方のない奴らよ」


 バルバロイは罰が悪い様子で頭を掻いていたが、しょうがないといったようにルージュへ目を向ける。


「まあ、俺は魔王殿と違って童子を愛でる趣味はないから、別に問題ないのだが……。

 しかし、良いのか?

 俺とて、流石に寝るときは面を外すぞ?

 お前は俺の素顔が苦手だったはずだろう」


 気まずい顔でそう問いかけるバルバロイへ、ルージュは微笑んで答える。


「大丈夫。

 ばるさんの顔はやっぱりちょっと恐いけど……ばるさんは恐い人じゃないですから」


 屈託無く笑ってそう言うルージュへバルバロイは少しだけ微笑み、その頭に手をのせた。


「そうか……お主はい子だな」


「えへへ……」


 バルバロイは再びルージュを抱き上げると、自分のテントへと歩を進める。

 先ほどまで猛り狂っていた筈の心は、いつの間にか静穏を取り戻していた。



「では、よろしいか。皆々様。

 我々が魔王について知っている情報を全て、お話しよう」


 産業都市、山頂近くの領主館。

 早急の修理によって、何とか館の呈を取り戻した一室で、スオウは集った面々に目を向ける。

 部屋に集ったのはジンギやフクツ『王国の剣』の幹部たちに加え、劉や覚悟、朝倉など産業都市の重鎮たちである。

 現状、産業都市に滞在する総戦力と言っていい顔ぶれ。

 彼らを集めたのは、来る魔王との決戦に備え、情報の共有を行うためであった。


「では、ユウキ」


「はい!」


 スオウの言葉を受け、ユウキが大きな書面を広げる。

 それには、ユウキがこれまで集めてきた情報に加え、フクツから得た魔王たちの詳細が事細かに記されていた。

 現状、魔王たちの風貌や異能を最も正確に捉えた書面である。


「では、始めに。

 現在確認されている限りで、魔王たちは4人。

 それぞれが独自に、不可思議な術を持っています――」


 ユウキは集った面々に向けて、魔王や魔人たちの情報を伝えていく。

 魔王の超魔術。ウィッチのグール使役、プリーストの毒ガスや弓兵器。

 そして、バルバロイの刀。


 時にフクツが捕捉しながら、ユウキは海岸都市を襲った災厄についても事細かに説明していく。

 話が進むにつれ、最初は訝しげだったドワーフたちの表情も、次第に真剣見を帯び始め、食い入るようにユウキの言葉へ耳を傾けている。


「魔王たちは奇怪な術を操りますが、最も警戒するべきは、魔王の炎魔術とプリーストの毒ガスです。

 奴らは始め、この毒ガスと大火災によって、海岸都市の住民の多くを殺害。そして殺された民はウィッチによってグールへ変えられ、生き残った人々を襲っていったのです」


「……20万の規模を誇った海岸都市が一夜にして壊滅したのは、この二つに寄る所が大きい。

 この大混乱によって、我々の命令系統が崩壊。

 組織的な抵抗が禄に取れなかった、というのが正直な所だ」


「だが逆に言えば、この方式さえ回避することが出来れば、勝機があるということだ。

 如何に強大な力を持つといえ、魔王たちは4人の少数。

 まともにやりあいさえすれば負けることはない。

 勝利は我々のものだ」


 ユウキ、フクツ、スオウの言葉を受け、劉や覚悟たちドワーフ族が呆けたように呟く。


「消えぬ炎に毒ガス……死者の蘇生ですか。

 いや、聞けば聞くほど夢物語のようなお話ですな……」


「俄かに信じ難いのは分かる。

 私とて、フクツ殿がおらねば「寝ぼけたことを抜かすな」と一笑に付していただろう。

 しかし、これらは全て事実だ。

 現に海岸都市は崩壊を――」


「いや、疑っている訳ではありませぬ」


 懸命に訴えるスオウへ、劉が取り成すように手を振ってみせる。

 確かに信じ難い話であるが、事実『王国の剣』はその魔王を倒すため、はるばるこの地へとやってきたのだ。

 スオウへ従うと決断した時から劉は、出来る限り彼の言葉を信用すると心に決めていた。


「……」


 とは言え、スオウたちの説明が終わっても、ドワーフたちは無言のままだった。

 彼らの話が真実だったとして、どうやってそれらに対応すればいいと言うのだ。

 ドワーフたちとて歴戦の戦士であるが、そんな超常の力を持つ敵と、戦ったことなどない。

 

「のう、フクツ殿……」


 一時、静寂が包み込んだ部屋の中で、不意に覚悟が声を発する。


「魔王、プリースト、ウィッチという輩たちの異能は分かった。

 しかし、バルバロイ……その鬼面を被った戦士は、どのような力を有していたのだろうか?」


「バルバロイですか……。

 正直に言うと、奴の異能はよく分かっておりません。

 恐るべき技術を持った剣士、ということは判明しているのですが……どんな力を有しているのかまでは……」


 フクツは考え込むようにそう答えるが、覚悟は厳しい表情を崩さぬまま、フクツへ更に問いを続けていく。


「その者の風貌は?」


「風貌ですか……。

 懸衣型の装束に、特徴的な鬼の面を被った男。

 それから……気を悪くしないで欲しいのだが、奴の容姿は貴方がた。

 ドワーフ族によく似ていた……」


「鬼面……だと?」


 気を使ったようなフクツの言葉。しかし覚悟が反応を示したのは『鬼の面』という単語だった。

 ギリッと眉間を皺を寄せる覚悟と同様に、集ったドワーフたちからもどよめきが漏れ始める。


「?」


 急に剣呑な空気を纏い始めたドワーフたちへ、今度はスオウたちが怪訝な顔を浮かべるが、覚悟は更に表情を顰め、傍らの朝倉へと声掛ける。


「十郎左、アレを持ってまいれ」


「承知」


 覚悟の命を受け、朝倉が場から姿を消す。彼が戻ってきた時、その手には一枚の面が握られていた。

 それは、目を見開き、口が耳元まで裂けるほど憤怒を露にした鬼面。


 覚悟はその面をフクツの眼前に置いてみせる。


「これは皇国に伝わる『夜叉』という悪鬼を模った鬼面。

 フクツ殿。

 バルバロイとやらが被っていたのは、この面ではなかったか?」


 覚悟の問いに、フクツは驚いた表情で頷いてみせる。


「そ、その通りだ。

 バルバロイが被っていたのは、これと全く同じものだった」


「……そうか」


 フクツが肯定するのと同時、覚悟は目を閉じ、深くため息を漏らしてしまう。


「爺様!!」


「みなまで言うな、劉大人。

 夜叉の鬼面に、人離れした剣の腕。

 そのバルバロイとやらは、奴以外に考えられん……」


「奴……とは?」


 悔やむように眉間を顰める覚悟へ、スオウが問いかける。

 覚悟はそれに、ゆっくりと噛み締めるように言葉を並べていった。


「今からちょうど10年ほど前のこと……我々が王国へ屈する道を選んだ頃のことじゃ。

 皇国には一人の剣豪がいた……」


 覚悟は面を手に取り、まるでそれに語りかけるように言葉を続けていく。


「そやつはこと、剣の才に恵まれておってな。

 その豪剣たるや、まさに天下無双と呼ぶに相応しき大武辺者じゃった。

 皇国の長き歴史の中でも、あれほどの武を持った者はおらん。

 天才……そんな言葉では、とても言い表せませぬ」


「天下無双……。

 その者は覚悟殿以上の剣客であると?」


「奴に比べれば、儂など凡夫に過ぎん。

 あの男は剣鬼。

 武甕槌の加護を受けて生まれた者……」


「その男の名は……?」


 スオウの問いかけに、覚悟は自嘲を浮かべて答える。


「奴はあざな日ヶ暮(ひがくれ)

 名を弾蔵だんぞうという。

 皇国の至宝 日ヶ暮 弾蔵。

 儂の……不肖の弟子ですじゃ」

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