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第29話 人間族


 山頂から少し下った先にある、小さな館。

 そこに劉と覚悟、そしてスオウたちが集い円を囲むように座していた。

 本来の集会場である領主館は、先ほどスオウが叩き潰してしまったため、この館に集まることにしたのである。


「では……セイギと案内人の二人は拘束。

 セルゲイら5人の冒険者は殺した、ということでいいのだな?」


「うむ……」


 スオウの問いかけに、覚悟が固い表情で頷く。


「ジンギ……そういうことらしいが、どうする?」


 杉間料飯店での一件を聞き、スオウは困ったようにジンギへ振り返る。

 殺された冒険者たちは事実上、ジンギの配下。

 決断は彼に委ねるべきと考えたのだ。


「どうするって言われてもなぁ……」


 その場に居る全員から視線を浴び、ジンギは罰が悪い調子で頭を掻く。


「要するに、あいつらが店員を掻っ攫おうとしたんだろ?

 そりゃあ重大な軍規違反だ、普通に処刑ものっすよね」


「そうだな」


 ジンギのそんな呟きへ、スオウは頷きながらジロリと睨みつける。


「そもそも、ジンギ。これは失態だぞ?

 ちゃんと冒険者たちへの指導を行っていたのか?」


「あ~旦那、そういうこと言っちゃう?

 俺は最初から、ある程度信用できる500人に絞れって言ったはずですぜ?

 それを「とにかく人数を増やせ」って押し切ったのは旦那でしょ。

 根本の原因は旦那にあるんじゃないですかねぇ」


「むぅ……そう言われては、何も返す言葉がない」


 ジンギの反論へ、スオウは首を竦めてしまう。

 とにかく戦力を増やそうと、片っ端から冒険者を雇ったのが裏目に出てしまったようだ。

 ジンギの言う通り、バンディッドの風紀が乱れた原因は自分にある。


 まだ何か言いたげなジンギから目を反らし、スオウは慌てたように覚悟へ振り向く。


「ま、まあ、そういう訳だ。

 そもそもは、こちらの不心得が招いたこと。

 冒険者たちの件は互いに不問としたいのだが、どうだろう?」


「本当に……それでよろしいのか?」


 スオウの言葉を受けてもまだ、覚悟は深刻な表情を崩さない。

 冒険者たちの件を不問にしたところで、それ以上の牙を自分達は剥いている。

 スオウへの暗殺未遂。それは正真正銘の反逆行為だ。

 自分達が処刑台に上がっても、何らおかしくはない。


 覚悟の固い面持ちを捉え、スオウは笑みを持って劉と覚悟を見回す。


「よろしいも何も、産業都市は今や我らの味方。

 蟠りなど、無いに越したことはない。

 劉殿、覚悟殿。

 お二人の力、頼りにさせて頂きますぞ」


「ふっ……」


 スオウの目を見つめ、覚悟は小さく微笑む。

 彼の瞳には一点の曇りも無い。本当に、心の底から、自分達の力を求めているのだ。

 そして、覚悟としても、その期待に応える自信があった。


 微かな猛りを放つ覚悟の傍らで、劉がゆっくりとスオウを見つめる。


「しかし、スオウ殿。

 一つ忘れていることがありますぞ」


「忘れていること?」


「確かに我々ドワーフ族は、あなたの味方になると決めた。

 しかし、産業都市はドワーフだけの街ではない。

 この都市の領主は人間族……ハロルド閣下が治める街だ」


「ハロルド……?」


 劉の言葉に、スオウは意外な面持ちを浮かべる。

 産業都市の領主、ハロルド・マロン。

 スオウは彼を、傀儡に過ぎない領主だと思っていた。

 この街の実質的な支配者は劉。

 ハロルドは彼の操り人形であると思っていたのだ。


 しかし劉は、そんなスオウの予想へ警告するように言葉を続ける。


「スオウ殿。ハロルド閣下には気をつけなされ。

 彼は穏やかな気質であるが……時に、我々以上の憎悪を王国へ向ける時がある」

 


 館を後にしたスオウは一人、ハロルドの屋敷へと足を向けていた。

 劉から受けた忠告。それを解消せんがため、直接ハロルドと会う心積もりだったのである。


 山頂の下。館を更に下った先に、ハロルドの屋敷はある。

 彼の屋敷は石造りの厳しい王国様式のもので、皇国様式に溢れるこの都市では、些か浮いているように感じられるものだった。


「夜分に失敬。スオウ・ヴーロートだ。

 ハロルド閣下はおられるか?」


「私はこちらですよ」


 門をノックするスオウへ、頭上から声が掛けられる。

 見れば、ハロルドが屋敷のバルコニーからこちらを見下ろしているようだった。


「私に話があるのなら、ここで聞きましょう。

 ほら、門の脇に梯子がある。

 ここまで上ってこられなさい」


「……」


 スオウは無言のまま梯子を上り、バルコニーへと上がっていく。

 そこではハロルドが、椅子に背を預け酒を飲んでいるようだった。

 バルコニーへ降り立ったスオウへ、ハロルドは皮肉気に笑ってみせる。


「ドワーフたちが『王国の剣』へ協力するという話。すでに私の耳にも入っています。

 どうやら……劉殿は貴公らに屈したようですね」


 ハロルドは手にした杯を机に置くと、心の底から失望したようにため息をついてしまう。


「スオウ殿の死に様を肴に一杯やろうと思っていたのだが、当てが外れてしまったようだ。

 ドワーフ共め。まさか、王国騎士などに篭絡されるとは……。

 彼らの言う亡国の無念とやらは、その程度のものだったのですかね」


「ハロルド……!」


 憎々しげに言葉を並べるハロルドへ、スオウは厳しい表情を浮かべる。

 このハロルドは、穏やかな佇まいこそ以前と変わらなかったが、おぞましいほどの憎悪が全身から滲み出ていた。


「ハロルド閣下……お聞きのとおり、劉殿――ドワーフたちは魔王討伐への協力を約束してくれた。

 その上で、産業都市の領主たる閣下にも、真なる意味で協力を願いたい」


「断る」


 出来る限り穏やかに向けた願いの言葉、だけどハロルドはそれをピシャリと拒絶する。


「王国に協力する?

 そんなのは、まっぴらごめんです。

 特に、貴方へ力を貸すことなんてね」


「何故だ!?」


 劉や覚悟と違い、ハロルドはそもそも王国側の人間。

 しかも、五大都市の一つを任された立場ある高官である。

 そんな彼が、どうして王国への協力を拒むというのだ?


 立ち上がるスオウを前に、ハロルドは杯を一息にあおって夜空を見上げる。


「スオウ殿……リーノという女をご存知ですか?」


「リーノ?」


 不意に上げられた名へスオウが首を傾げると、ハロルドは毒々しい笑みを浮かべる。


「……知らないでしょうね。

 貴方が殺した女は数知れず……一人一人の名など覚えている筈が無い」


 ハロルドはゆっくりと立ち上がり、震える手でスオウの胸ぐらを掴みあげる。

 彼の顔には、もはや隠すつもりないような憤怒が浮かび上がっていた。


「リーノ・マロン。

 王都で魔女の嫌疑をかけられ、『誇り高き英雄の騎士団』に嬲り殺された女……。

 スオウ・ヴーロート!!

 貴様が殺した、私の娘だ!!」


「なっ……?」


 穏やかな影はすっかりなりを潜め、怒りを露にするハロルドへ、スオウは狼狽してしまう。

 彼の言葉通り、スオウが王都で『魔女狩り』によって殺した女は数知れず。

 その中に、ハロルドの娘が入っていたとしても不思議ではない。


「貴方はどうやら、私がドワーフたちに利用されていたと思っていたようだが……それは違う。

 私が、ドワーフたちを利用していたのだ。

 彼らの無念を利用し、力を蓄えさせ、いつか王国を滅ぼすようにな」


 ハロルドは切り捨てるようにスオウから手を離すと、そのまま背を向ける。


「わかったら、ここから立ち去れ。スオウ。

 例えドワーフたちが貴様に恭順しようと、私は死んでも貴様らを許さん。

 魔王とやらは、お前達で勝手に殺せばいい。

 だが、覚えておけ。

 王国の暴虐と、貴様の罪。

 私は永劫に忘れんぞ」


「ハロルド……」


 スオウはハロルドへ視線を向けるが、やがて諦めたように目を下げる。

 彼の背から滲み出ていたのは拒絶。王国への、そして他でもないスオウへの確固とした拒絶である。

 どう足掻いたところで協力は仰げぬと悟り、スオウは無言のままバルコニーから立ち去っていった。


「……」


 スオウの気配が消えたことを察し、ハロルドはヨロヨロと椅子へ身を預ける。

 彼の眼下には産業都市の灯火が、蛍火のような光を照らしていた。

 ハロルドは顔に手を当て、忌々しげにそんな光景を見下ろす。


「ドワーフ共め……。

 どんな言葉を受けたのか知らぬが……騎士なんぞに靡きおって。

 そんなだから、貴様らは国を失ったのだ……」


 ハロルドにとって、ドワーフたちはある種の協力者と言っていい存在だった。

 『王国を滅ぼす』、そんな目的を共にする仲間だと思っていたのである。

 そんな彼らがスオウへ味方することに、ハロルドは裏切られたような想いを抱いていた。


「もういい。お前らなど知らん。

 勝手に恭順し、勝手に利用されるがいい。

 だがなドワーフ族よ。

 人間族はお前達が考えているより遥かに、おぞましい種族だぞ?

 せいぜい、その背を刺されんことだ……」



「よっ、栗沙リーシャちゃん。

 とりあえず団子と茶を二つずつ、お願いするっす!」


「は……?」


 スオウへの襲撃が失敗に終わっての翌日。

 杉間料飯店の片隅で、リーシャは呆気に取られてしまっていた。

 当然のような顔で席につき、自分へ注文を告げる二人の男。

 彼らはどう見ても、あのセイギと案内人である。


「あなたたち、どういうつもりですか?」


 リーシャは困惑のまま二人へ問いかける。

 彼らがドワーフから解放されたのは昨日の深夜。

 それから数時間しか経たぬ内に、ノコノコとこの店へやってきたのである。

 リーシャにとってそれは、信じがたい行動だった。


「全くですよ……本当にどういうつもりなんですか? 案内人さん」


 リーシャの前で、セイギが負けず劣らず困惑を浮かべながら案内人へ問いかける。

 ようやく宿営地に戻って来たというのに、この案内人は「よっしゃ! さっそくあの飯屋に行くっすよ!」などとのたまい、セイギをこの店へ連れて来たのである。

 二人の戸惑いを一身に受けながら、しかし彼は当然のように答えてみせた。


「いやぁ。監禁されてた時に食ったあの団子とかいうやつ。

 アレ、めっちゃ旨かったんすよねぇ!

 自由の身になったんで、さっそく食いにきたんすよ!」


 案内人はリーシャへそう笑うと、催促するように言葉を続けていく。


「つーわけで、リーシャちゃん。

 団子を二つよろしく!

 俺のは餡子をたっぷりで頼んます!」


「え……いやですよ?」


「何で!?」


「何でって……」


 リーシャはため息をついてしまう。

 この案内人という男、正真正銘の馬鹿なのだろうか?

 覚悟はともかく、自分はあの時、本気でこの二人を殺すつもりだったのだ。

 そんな自分が居る店へ再び訪れ、あまつさえ監禁中に食べたものを注文するなど、頭がおかしいと思わざる得ない。


 そもそも、自分は彼らを許してなどいないのだ。


「あの……貴方達、馬鹿なんですか?

 劉様は貴方たちに協力するって言ってるけれど……私は人間族を許す気なんてないですよ?

 さっさと出ていって下さい。

 この店に、貴方達へ出す食事はございません」


「許す……?

 俺ら、君に何かしたっけ?」


 案内人は不思議そうにそう述べる。

 まったく悪びれを見せないその態度に、アマネは頬を赤く染め声を荒げてしまった。


「何かした!?

 人間族が私達にしたこと、あなただってご存知なんでしょう?

 皇国を腐敗させ、私から両親を奪って――」


「いや、そんなの俺には関係ないし」


「なんだと……?」


 リーシャの声が低くなる。

 一度朱色に染まった頬がみるみる冷めていき、代わりに瞳から感情が消えていく。


「お前ら……言うに事欠いて「関係ない」だと?

 あれだけのことをしておいて……!

 私から全てを奪っておいて!!」


 激昂よりも深く暗い怨嗟の声。

 しかし案内人は、そんなリーシャへ憤慨するように大声を上げ始める。


「ああ、関係ねぇっすよ!

 王国が阿片を流入させようが、それで皇国が腐敗しちまおうが、俺は何の恩恵も受けてねぇし、甘い汁なんて一滴も吸えてねぇ!!

 つーか、阿片貿易で王国が富を得たっていうなら、何で俺は借金塗れなんすか!?」


「それは案内人さんの自業自得でしょう……?」


 セイギは小さく突っ込むが、案内人はそれを無視して更に憤慨を続けていく。

 

「何なんすか、アンタは!?

 口を開けば人間が何だ、ドワーフがどうしたって、そんなことばかり言いやがってよ!

 俺はリーシャから何も奪ってねぇぞ!」


 案内人はリーシャの鼻先に指先を突きつける。

 もはや逆切れ染みた状況に、セイギは慌てて彼の肩を掴みとめた。


「案内人さん! 何を言ってるんですか!?

 ほら、早くリーシャさんに謝って!」


「謝る? 冗談じゃねぇ!!

 俺は怒ってんすよ!

 セイギ君の件に関してもそうだ!

 セイギ君はな、リーシャを守る為にあの荒くれ共に立ち向かっていったんだぞ!?

 まあ、弱すぎてすぐにやられちゃったけど……それでも懸命にアンタを守ろうとしたんだ!!」


 案内人は怒りに任せ、リーシャを怒鳴り続ける。

 実際、彼は怒り心頭であった。


「それをアンタは何すか!?

 ゴミ扱いして礼も言わず。地下室に監禁して、話も聞こうとしなかった!

 セイギ君が人間族だからって、それだけの理由でよ!!

 謝んのはお前の方だろうが!!」


「黙れ! この馬鹿!!

 リーシャさん、気にしないで下さい!

 彼は馬鹿なので、自分の言ってることがよくわかってないのです!!」


「……」


 怒鳴る案内人と、それを取り押さえるセイギ。

 そんな二人を見つめながら、リーシャは自分の怒りが消えていることに気付いていた。


『おい、いいかげんにしないか!』


 無法者たちが自分へ絡んできたあの時、確かにこの少年は自分を庇おうとしてくれた。

 5人の大男に対してたった一人で……それでも決して引かず、自分を守ろうとしてくれたのだ。


 まだ何か怒鳴ろうとする案内人と、その口を必死に塞ぐセイギの二人を見つめ、リーシャはゆっくりと息を吐いて口を開いた。


「もういいよ……団子とお茶だっけ?

 今持ってくるから待ってて」


「へ?」


 突然の言葉に二人は困惑を浮かべてしまうが、リーシャはそれを無視して、そのまま厨房の奥へと消える。

 そして少ししてから、団子などを持ってセイギたちの下へ戻って来た。


「はい、セイギさん。

 餡団子に抹茶。

 ご注文はお揃いですか?」


「……」


 先日のように笑顔を浮かべるリーシャへ、セイギは無言で黙り込んでしまう。

 リーシャは少し首を傾げ、彼の顔を覗き込んだ。


「どうしました? 何か注文に間違いでも?」


「あの………リーシャさん。

 皇国のこと、スオウ様に聞きました。

 僕、何も知らなくて………」


 気まずい様子で口を開くセイギへ、リーシャは思わず笑ってしまう。

 案内人の言葉を認めるのは癪だが、確かに彼の言う通り。

 皇国の無念を彼らにぶつけても、意味なんてないだろう。

 

 あれらは王国の陰謀。セイギのような少年は知らなくて当然と言える。

 すっかりしょげた様子のセイギに、リーシャは何だか申し訳なくなって、彼の髪へそっと手を添えた。

 

「ごめんね、セイギ君。私の方が大人気なかったよ」


「リーシャさん……」


「私はやっぱり人間が嫌い。

 人間族が私達へしたことは憎いし、この間みたいに乱暴してくることだって、しょっちゅうだもん。

 好きになれるわけがない」


 そこまで話して、リーシャははらりと微笑んで見せる。


「だけどさ、セイギ君のことは嫌いじゃないよ。

 だって君は、私を助けようとしてくれた素敵な騎士様なんだもんね。

 この間はありがとう。

 ぶっちゃけ、あんな連中屁でもないんだけど……庇ってくれてうれしかったよ」


「そんな……僕は何も……」


 リーシャの微笑みに対し、セイギは顔を背けてしまう。反らした顔は真っ赤に赤面していた。


「お、なに照れてんすか?

 セイギ君はやっぱり惚れっぽいっすねぇ」


「そんなんじゃないですってば!」


 案内人のからかい声に、セイギは怒って喚き声を上げる。

 リーシャはジロリと案内人を睨み、窘めるように口を開いた。


「アンタも子供にからかうようなこと言うんじゃないよ。

 ほら、アンタにはこれ!」


 ドンっとやや乱暴に、丼が一つ置かれる。中には煎茶に浸された米飯が入っていた。


「なんすかこれ?

 こんなもん、頼んでないっすよ?」


「これは茶漬けっていうの。

 ドワーフ族はね、迷惑な客にはこれを出して、さっさと帰れっていうんだよ」


「はぁ? 俺のどこが迷惑な客なんすか!?」


「アンタ、この間ウチの出した抹茶を吐き出してたでしょう?

 この店に、そんな非礼なお客さんはいりません!」


「それは、アンタらがあんな苦いモンを出すからでしょうが!」


「ウチの抹茶は高級品よ!? 苦味なんてありません!

 アンタの舌が馬鹿なだけじゃん!」


「確かに俺、頭は馬鹿っすけどね!?

 舌の方は馬鹿じゃねぇ!!」


「まあまあ、二人共……」


 いきなり喧々囂々と喧嘩を始めた二人をセイギは宥めようとするが、二人は更に大声で罵りあい始める。


「大体ねぇ。アンタ、恰好が小汚いのよ!

 ウチは飲食店よ? アンタの存在自体が営業妨害なのよ!」


「あー、そういうこと言っちゃう!?

 ちょっと! この店員、教育がなってないっすよ!」


「ああ、すいません!

 ちょっと、栗沙ちゃん!?

 お客様になんてことを!」


「こんな奴、客じゃないし!

 つーか、団子くらいで偉そうな態度取るなっつー話だしぃ!?」


「ああ、もう……」


 店内の喧騒に、厨房の奥から顔を出した店員がため息をついてしまう。

 そんな大騒ぎを見つめながら、ドワーフたちは愉快そうな笑い声を上げるのだった。



「それで……領主閣下は何と?」


「『スオウに力を貸すなら、勝手にしろ。私はもう知らん』と……。

 いや、酷くご立腹のようであったわ」


 山頂の領主館跡地。とりあえず天幕たけを張ったその場所で劉と覚悟は、疲れたようにため息をついてしまう。


 夜が明けて、劉もまたハロルドの下を訪れていた。

 スオウを始めとした『王国の剣』。彼らに真の意味で力を貸したいと申し出たのである。

 しかし、ハロルドから返ってきたの憤慨の言葉。

 昨夜、スオウへ向けた以上の激昂を持って、劉を追い返したのである。 


「ハロルド殿の王国嫌いは筋金入りだからな。

 まるで、私たちに裏切られたかのような様子だった」


「領主閣下には随分良くしてもらった……。

 出来れば、仲違いはしたくなかったのだが……」


 劉が浮かべる苦笑に、覚悟は頷き応じる。


「しかし、劉大人。

 それでも我らは、彼の御仁に力を貸すのだな?」


「ああ。もう決めたことだ。

 それに、この決定はスオウ殿の為だけと言うわけでもない」


「と、言うと?」


 覚悟の問いに、劉は産業都市を見下ろしながら答える。


「我らの戦力は、王国と敵対するにはまだまだ微弱。

 昨夜の有様を考えれば、皇国の主力部隊が到着しても叶わんだろう。

 我々が王国と比類するには、もっと年月が必要だ。

 戦を仕掛けるには時期尚早ということよ」


「ならば、今は王国へ恭順を示しておく必要がある。

 なに、この10年で産業都市は五大都市の一つにまで発展した。

 我らが本来の力を取り戻すのも、そう遠い日ではあるまいよ」


「ふっ……」


 劉の言葉に対し、覚悟は呆れたように肩を竦めてみせる。


「昨夜、スオウ殿へ「産業都市8万のドワーフ族は、今や貴公と共にある」なんて格好つけといて、腹の内でそんなことを企んでおったのか?

 相変わらず、信用ならぬ古狸よ」


「それに――」


 覚悟の言葉を無視し、劉は力を込めて言葉を続けていく。


「それにな、覚悟の爺様。

 私は彼を――スオウ・ヴーロートを信じてみたくなったのよ。

 私は昨夜、彼の姿に伏竜鳳雛の兆しを見た。

 あの方ならあるいは……王国の在り方そのものに、変革を与えてくれるやも知れぬ」


「ほう……?」


 劉はゆっくりと覚悟へ振り返る。

 その目には洽覧深識……皇国の賢者に相応しき聡明な光が宿っていた。


「爺様。私はスオウ殿に賭けるぞ。

 あの男こそ英雄。

 この大陸へ、真なる平穏を齎す者だ。

 皇国の未来を求めればこそ、我らは彼の力となろう」


「ふむ……」


 劉の眼を見つめ、覚悟もまたその瞳に決意を宿す。


「よかろう。

 ならば、この杉間 覚悟。

 皇国の剣客としてこの双剣、存分に奮ってみせようぞ」

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