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第28話 剣聖と英雄


 産業都市の山頂、領主館の庭先で。

 月下のもと、二人の戦士が対峙する。


 片は、二刀の魔剣を構えた、皇国きっての大剣客。杉間 覚悟。

 片は、怪剣を携えし、王国随一の大英雄。スオウ・ヴーロート。


 互いに笑みを浮かべながら、二人の間には濃密な殺意が立ち込め剣呑な気配を放ち続けている。


(この男……)


 スオウと相対しながら、覚悟は彼の姿態を観察する。

 人間族は自分達より大柄な種族であるが、スオウの体格はその中でも明らかに巨大であった。


 身の丈、七尺。体量、四十貫といったところだろうか。

 甲冑から覗く体は鋼のように引き締まっており、剣を握る右腕が自分の胴ほどの太さを持っている。

 それに、配下たちを倒した手際を見るに、敏捷性や瞬発力もかなりのものであるようだ。


 体格だけを見れば圧倒的に不利……というより、挑むこと自体が無謀である。


(だが、付け目はある)


 それでも、覚悟の心に敗北の二文字はない。

 いかにこの男が怪物であろうと、自分は皇国の剣聖。

 誰が相手であろうと、負けるつもりはない。


「いざっ!!」


 微かな沈黙の先で、先に声を上げたのは覚悟だった。

 覚悟は足元の砂を蹴り上げ、スオウの顔へ砂煙を叩きつける。


(――目潰し!)


 自分の瞳めがけて飛散する砂煙を回避し、スオウは覚悟から視線を反らす。

 その一瞬。

 覚悟は地面を滑るように駆け抜け、スオウとの間合いを至近距離まで詰めていた。


(その巨剣、懐では使えまい!!)


 スオウの両手剣へ立ち向かうには、近距離では駄目だ。

 至近距離―――懐まで飛び込まねばならない。


「なんの!!」


 しかし、スオウはそれに一閃を持って応える。

 彼が奮うのは強烈無比な横薙ぎの剣。

 それは轟という風切り音を持って、疾走する覚悟へ振り下ろされた。


 覚悟はそれを刀で受ける。

 もっとも、こんなものをまともに受ければ刀身ごと、体を吹っ飛ばされてしまうだろう。

 だが、覚悟は刃と峰の間に走る稜線―――文字通りしのぎを削って受け、そのまま両手剣の刀身を転がるようにしてかわしてみせた。


「なんと!?」


 スオウの顔に微かな驚愕が浮かぶ。

 彼とてこれまで無数の強敵と戦ってきたが、ここまで華麗に剣を受け流すものはいなかった。

 間合いを保つために放った一撃。なのにこの老人は更に肉薄し、スオウの懐まで飛び込んできたのだ。

 その距離、僅かに30センチ。

 これは覚悟の間合いである。


 まさに絶好の好機。これを逃してはならぬと覚悟は首へ狙いを定めるが、その瞬間、視界の下部で何かがせり上がってきたことに気付く。


(蹴り上げ――!)


 スオウが至近距離のカクゴに対し足を振り上げ、強靭な蹴りを放ったのだ。

 唯の蹴りとは言え、スオウは目を疑うような恵体。振り上げた足は大木のような質量と脅威を持っている。


「のぉ!!」


 覚悟の判断は早かった。

 即座に攻撃を止め、全力を持って後ろへ飛び上がり宙返り――要するにバク宙を持って蹴りをかわす。

 蹴りは覚悟の顎を掠り、そのまま宙へと上げ放たれていった。


 覚悟はそのまま二転三転し、体勢の建て直しを図る。

 しかし、スオウはすでに次の攻撃行動へと移っていた。


「おおおおぉぉぉ!!!」


 空ぶった足を振り落とし、そのまま大地を踏みしめての突進。

 それは体当たりというより、獣の特攻。

 140キロの鉄塊が豪速で疾走してきたのである。


「獣め!!」


 覚悟は体を大きく振って横へ転がり、その疾走を何とかやり過ごす。

 スオウはそのまま彼の背後にあった巨木へと全身を叩きつけた。


 巨木がメキメキと音をたてながらぐわぐわ揺れる。

 あんなものをまともに受けたら、全身を粉砕されていたところだ。

 しかし、脅威をぎりぎりでやり過ごしながら、覚悟は会心の笑みを浮かべていた。


「懐が丸空きじゃ! ボケぇ!!」


 期せずして、スオウとの間合いは再び至近距離。更に彼は体勢を崩しているようだ。

 今度こそ退かぬと絶対の覚悟を固め、剣聖は魔装の双剣を振り上げる。


 スオウのツヴァイハンダー。その破壊力と間合いは脅威であるが、同時に多くの弱点を抱えている。

 その最たるものが小回りの悪さ。

 身の丈ほどもある大剣は取り扱いが壊滅的で、こと防御という点ではまったく当てにならないものであった。


 対する覚悟の得物はドワーフ刀。まして手数に優れる二刀流である。

 脇差に分類されるこの二刀は、殺傷力という面において一般的な打ち刀に劣るとされていたが……『輝鳳凰』と『夜鳴鷹』。

 これらは魔力を込めて精錬した魔剣。

 その切味は、皇国の宝刀と呼ばれるに相応しいものを持っている。


「覚悟!!」


 勝利の確信を持って、覚悟が放つのは皇国剣術の連撃剣。


 刺突。唐竹。兜割り。 

 逆風。右袈裟。左袈裟。

 そして、横一文字の斬。


 掟破りの七段打ち……加えて二撃の偽斬を混ぜている。

 剣聖の二つ名は伊達ではない。

 至近距離での剣撃において、覚悟は絶対の自信を持っていた。


「はっ?」 


 だから。次の瞬間起こった出来事が、覚悟には信じられなかった。


 電影の如き素早さで放たれる斬撃の嵐。

 金刃と銀刃の吹き荒れる舞の中、スオウの両手剣がそれに勝る速さで踊り狂う。


 巨木のような大剣を、まるでナイフのように軽々と操って。

 覚悟の必殺を、スオウの防撃が全て打ち返していく。


 これまで七十余年。

 あらゆる剣客、剣豪と仕合い続けた覚悟でも、ここまで完全に奥義を防がれたことは無い。


「馬鹿な……」


 覚悟は致命的な勘違いをしていた。

 彼はこのスオウという男を、驚異的な身体能力を持った豪傑だと思っていたのである。

 

 しかし違う。


 この男、獅子であって、獅子ではない。

 人間離れした怪力を持っているが、同時に人間が研鑽の上で練り上げた技も、その体に秘めている。


 獅子の怪力と、烈火の気迫。

 そして湖面のような技を備えたこの男はまさに――


「誇り高き、英雄の騎士……」


「ふむ、覚悟殿。

 空恐ろしささえ感じる刀捌きであった。

 皇国の剣聖――その名に違わぬさむらいよ」


 どこか賞賛さえ混じったスオウの声。

 しかし、覚悟はスオウの言葉通り侍であった。

 例え相手が獅子であろうと英雄であろうと、その覚悟に迷いは無い。


 一足飛びに距離を取り、覚悟は両手の二刀を投げつける。


「!」


 スオウはその双剣を剣で弾くが………それでいい。

 元よりこの投擲は陽動。覚悟の真たる狙いは他にある。


「取ったぞ!!」


 彼の腕から流れるのは、銀に輝く一条の光。


 鋼線。

 

 それはすでに、二刀の魔剣を犠牲にしてスオウの首へ巻きつけられていた。

 

「ぐっ……!」


 ガクリとスオウが態勢を崩す。

 覚悟はそのまま大木を駆け上がり、枝へ鋼線を引っ掛け飛び降りる。

 落下の勢いと全体重。

 更には逆さになった状態で枝を蹴り、鋼線を圧倒的な重量で引き締める。


 たとえスオウがいかな怪力の持ち主だったとしても、首一点に掛けられた重量には耐えられない。

 それは、常人なら頚椎断裂を越え、そのまま首を落とされるほどの致命的な負荷であった。


 しかし―――


(岩……?)


「力比べか……それならば、私としても意地がある」


 スオウは微動にしなかった。

 首筋から血を流しつつ、だが歯を喰いしばって衝撃に耐え。

 更には、鋼線越しにギリギリと、こちらへ力さえ加え始めている。


 スオウから逆に引っ張られ、覚悟は戦慄を感じていた。

 目の前で起こっている現実が信じられない。まるで悪い夢のようだ。


「馬鹿な……!

 何だ!? お前はいったい、何なのだ!!?」


 覚悟の絶叫へ、スオウはただ咆哮だけを持って応える。


「我が名はスオウ・ヴーロート!!

 王国の、誇り高き英雄である!!!」


 月夜へ響き渡る大咆哮。

 その反響を聞きながら、覚悟の目に映ったのは満月だった。


 反らした半身から、万力を込めて振り回した首。

 それは覚悟を大木から振り上げ、月夜の空へと投げ飛ばしたのだ。

 スオウの首を起点にして、弧を描くように宙を舞う覚悟。

 彼の終着は、庭先に置かれた石灯籠――。


「がはっ!!」


 体を逆さにしたままそれに叩きつけられ、覚悟の視界が暗転する。

 巨人に踏み潰されたような衝撃。

 立ち上がろうと試みても、もう何も見えない。どちらが上でどちらが下かもわからない。

 そして何より、足に力が入らない。


 明滅する視界の中で、銀の光が首元へと突きつけられる。


「勝負ありだ、覚悟殿……」


「そのようだな………」


 咽喉元に突きつけられた剣先を目に納め、覚悟は静かに頷く。

 言われるまでもない、自分の敗北である。

 何をしても、どんな手を使っても、自分はこの英雄に勝てない。

 そう思わせられるほどの完全な敗北だ。


 覚悟は力なく石灯籠へ背を任せ、眼前の英雄へと口を開く。


「なあ、スオウ殿。

 一つ、儂の願いを聞いてくれぬだろうか?」


「何だろうか?」


「貴方の部下を殺したのは儂。

 此度の一件は、それを秘匿するため儂が謀ったもの。

 領主閣下や劉大人……そして産業都市のドワーフは、儂に騙されていただけよ」


「爺さま………?」


 劉が困惑の声を上げるが、覚悟は意に介さず、自らの服を捲って腹を晒してみせた。


「儂が腹を切って詫びるゆえ、どうかその責をみなにかけんで欲しい。

 この反逆行為は、儂が皆を謀ったものに過ぎんのだ」


「爺さま、何を言っておる!?

 この反逆は、私が意図したものだ!!」

 

 覚悟とスオウの間に立ち、劉が叫び声を上げる。

 彼が並べる言葉の数々は、自分たちを庇おうとするもの。

 この老人は全ての責を背負おうとしているのだと悟り、劉もまた必死に言葉を並べていく。


「スオウ殿、この不義の私が決断したもの。

 如何なる処罰も、この私が受けよう。

 切腹も求めん。スオウ殿の望む形で殺して頂いて結構だ。

 だから―――」


 頭を地面に擦りつけ、劉は必死になって懇願する。


「だから、仲間たちは………。

 この地に住むドワーフの命だけは、どうか許してもらえないだろうか?

 彼らは皇国からの移民。

 耐えがたきを耐え、ようやくこの地に生を見出した仲間たちだ。

 それを、私の浅はかさで失うなど、あまりに報われん……」


 土下座する劉の姿に、スオウは困ったように頭を掻いてしまう。

 

 こいつらは何を言っているのだ?

 黙って聞いていれば詫びだ、責だと、勝手なことを……。

 自分の望みは、ここへ訪れた時から何度も言っているではないか。


「まったく。ドワーフという種族は、どうしてこう意固地なのだ?

 私は再三「話し合いを求める」と言っていたではないか」


「話し合い……?」


 この期に及んで何を話し合うのかと、劉は訝しく顔を上げる。

 スオウは少し考え、そんな彼へ思いついたように口を開いた。


「いや……そもそもの非礼は私であったな。

 年長者へ助けを乞うのに、思えば不躾な物言いをしてしまった。

 よし、改めて願うとしよう」


 スオウは腰に剣を納め、腰を落とすと、そのまま大地に手をついて深々と頭を下げる。


「ドワーフ族の作法にはあまり明るくないため、間違いがあればどうかお目こぼし願いたい」


「え……?」


 劉は思わず困惑を漏らす。

 土下座をする自分に向かって、何故かスオウもまた土下座を返しているのだ。

 意味の分からない状況に、劉も覚悟も呆然としてしまうが、スオウは構わず言葉を続ける。


「以前から言っているように、我々の目的は魔王の打倒。

 しかし、彼の者が持つ力は強大。

 正直、我々『王国の剣』だけでは如何ともし難いのが実情だ。

 そこで改めて願いたい」


「貴公らの力――覚悟殿の武芸と、ドワーフ族の戦力。

 どうか、このスオウに貸してもらえないだろうか?」


 領主館に向かうと決めた時から、スオウの望みは決まっていた。

 産業都市防衛隊が当てにならないという現状、ならば、彼らの戦力。

 皇国武士団の力を、自分に貸して欲しいと望んだのだ。


 かつて皇国を配下に貶めた時。

 反王国派のドワーフは、王国と散発的な戦闘を行っていた。

 その戦いぶりは勇猛果敢を越え、もはや狂乱怒涛。

 全兵が玉砕の覚悟で突貫し、自らの死と引替えに屍の山を築く修羅の群れ。

 一時は「王国の悪夢」とまで言わしめた、荒武者の集団であったのだ。


 そんな者たちを味方に出来たなら……これほど心強いことはない。


 ジンギから事の一件を聞き、スオウはそう考えたのである。


「貴公らが我々を憎んでいること、その理由。

 それらを私は理解している。

 だが、その上でどうか、力を貸して欲しいのだ」


「スオウ殿………」


「海岸都市を滅ぼした時、魔王はこれを「戦争」だと言った。

 我々全人類と、奴らの戦争なのだと。

 魔王が破滅を願うのは、この大陸に居住する全知的種族。

 その怨嗟に人間やドワーフの違いはない。

 ならば我々は総力を持って、魔王と戦わなければならない!」


 スオウは少しだけ頭を上げ、劉と覚悟へ視線を送る。

 それは勝者が敗者に送る憐情などではなく、共に戦って欲しいと願う者への懇願の眼差しだった。


「劉殿、覚悟殿。どうか、私に力を貸して欲しい。

 我々と共に戦って欲しい。

 私にはあなたたちの力が必要なのだ」


「………頭をお上げ下さい。スオウ殿」


 劉は静かにそう告げる。

 彼はもう土下座をしていなかった。ただ瞳に聡明な光を宿し、そっとスオウの肩へ手を当てる。


「間違いに目こぼし願うと仰っていたが、どうしても目に余るところがあるので一つ指摘させて頂きたい。

 いま、スオウ殿がしているそれは土下座と言って、礼を尽くすものではなく陳謝を示すものだ。

 貴公の言動には相応しくない」


 劉はそう言って、静かに笑う。

 それは彼がこれまで浮かべていた張り付くようなものではなく、心からの笑み。

 彼がドワーフの仲間たちへ向けるそれと、同じ笑顔であった。


「もっとも、それを一番理解していなかったのは私かもしれんがね」


 劉は眼下の山並み――産業都市へ目を向ける。

 そこには夜の帳へ射すように、夜明けの光が届き始めていた。


「スオウ殿。産業都市8万のドワーフ族は、今や貴公と共にある。

 我々は皇国の誇りにかけ、貴方へ尽くすことを約束しよう」


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