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第27話 初陣


「不味いことになったな……」


「儂としたことが……面目次第もない」


 産業都市の山頂に造られた領主館。

 そこには、この都市の主たる面々。

 劉、覚悟、ハロルドの3人が顔を揃え、此度の一件に暗澹たる思いを抱いていた。


「まさか、隠密に店を割られていたとは……いささか人間族をなめすぎておったのかのぅ……」


 セイギたちの護送を、人間の一人に見られてしまった。

 あの賊はおそらく、事の次第をスオウへ報告しているだろう。


「領主閣下。

 あのスオウという男、話が通じる類でしょうか?

 多少の金子を掴ませて、口を封じるというのは……」


「無駄でしょうな。

 ヴーロートの一族はそもそもが富裕。

 それに、王国一の潔癖者であると、聞き及んでいます。

 贈賄が効く相手ではないでしょう」


「ふうむ……」


 ハロルドの言葉に対し、劉と覚悟は沈黙してしまう。

 そんな中、ハロルドだけが決意を固めたように口を開く。


「消すしかないでしょうな……」


「閣下!?」


「劉殿、杉間殿。

 口を封じるなら、消してしまうのが一番ですよ。

 なに、元より我らは多勢に無勢だ。

 勝利は我らに微笑むでしょう」  


 ハロルドの提案に、劉は目を見開く。

 要するに彼は王国の剣を皆殺しにすることで、その口を封じようと言うのである。

 この中で、唯一人間族である筈のこの男が……。


「領主閣下……よろしいのですか?

 貴方と彼らは同族。

 ましてヴーロートは王国の英雄と呼ばれる者。

 それは、人間族への明確な反逆となりますぞ?」


「構いません。

 私は人間という種族が嫌いだ。

 特に、騎士という輩には虫唾が走る」


 額に汗を滲ませ、緊張の面持ちを浮かべる劉へ、ハロルドは何食わぬ顔で問い返す。


「それとも、劉殿たちは彼らに勝てぬと申すのですか?

 諸君らの最終目的は王国の滅亡。

 まさかその尖兵程度に、怖気ついたと?」


「ふっ、言ってくれるわ」


 煽るようなハロルドに対し、返事を返したのは覚悟であった。


「よかろう、領主閣下。

 その命令、この杉間 覚悟がしかと承った。

 スオウを殺し、王国の剣を血の海に沈めてくれよう」


「覚悟の爺様……」


「劉大人、腹を括りなされ。

 領主閣下の申すとおり、たかだか3000の王国軍に怖気ついているようでは、王国打倒など夢のまた夢じゃ。

 我々が王国に屈して10年。

 そろそろ叛旗の狼煙を上げてよいころではないか?」


 未だ躊躇いを見せる劉へ、覚悟は獰猛な笑みを持って答える。

 この笑みは危険だ。

 一見好々爺に見える老人だが、劉は彼の持つ残虐性を知っている。


「爺様……本気なのだな?」


「言うに及ばず」


 領主館の一室に不穏な空気が流れる。

 その源は、未だ笑顔を絶やさぬハロルドと、獰猛に笑う覚悟の二人。

 今や、戦端を躊躇うのは劉だけとなっているようだ。


「失敬、劉大人。

 報告があります」


 そんな空気へ油を注ぐように、朝倉が姿を現す。

 彼は忍び装束に身を包み、腰には禁じられている筈の刀を帯刀している。


「スオウ・ヴーロートがこちらへ向かっています」


「来たか……。

 人数は?」


「スオウ・ヴーロートと他3名。

 総員で4名です」


「4人だと!?」


 朝倉の答えに劉は驚愕を浮かべる。

 確かに多勢を連れてくると考えてはいなかったが、僅か3人の従者しか連れてこないとも考えていなかった。

 5人の仲間を殺され、2人を拘束された状態だと言うに、あまりに無防備すぎるではないか。


「劉殿。これは千載一遇のチャンスですよ。

 敵の頭を潰してしまえば、後の掃討も楽になる。

 のこのこと現れたスオウには、ここで消えて頂きましょう」


「十郎左。至急、領主館に兵を集めよ」


 朝倉の報告を聞き、ハロルドと覚悟は俄かに沸き立つ。


「すでに、三百の戦士を集めております。

 総員戦闘準備は整い、いつでも戦闘可能です」


「おお、流石は十郎左じゃ。

 仕事が早いのぅ」


「いや、早すぎる……」


 覚悟は呑気に喜びを表すが、劉は訝しげに朝倉を見つめる。

 そもそもこの男、どうして刀を下げている?

 300人の兵だって、そうおいそれと集められるものではないだろう。


「朝倉、貴様……すでに人間と事を起こすつもりだったな?」


「護送の件が割れた時点で、こうなることは明白。

 現在、産業都市の全戦闘員が戦争準備を進めております。

 明朝には戦団が整うでしょう」


 悪びれる様子も無く、朝倉は無表情に頷く。

 どうやら民は、自分達の決断を待つことなく、すでに戦争へと突き進む心積もりのようだ。


「やれやれ……結局、逡巡していたのは私だけだったと言う訳か……」


 頭をふらふらと振りながら、劉は呆れたように決断を下す。


「よろしい。

 本日、たった今を持って……我々は王国に――人間族に牙を剥く。

 我らドワーフが受けてきた屈辱! 奴らへ返してくれよう!!」

 

 劉は迷い無き瞳で、開戦の狼煙を上げる。


「敵は王国の剣!

 この戦を王国打倒の前哨戦とする!!

 奴らの屍を持って、復讐の幕開けとするのだ!!」


「おおぉぉ!!」


 劉の檄にドワーフたちが雄叫びをあげる。

 この日、この時を、彼らは10年の間待ち焦がれてきたのだ。

 

 魔王を倒すため集まった王国の剣。

 しかし、彼らの初陣は魔王でなく、この産業都市となったのである。



「旦那ぁ、本気ですかい?

 本気で、俺らだけで領主館に行くつもりで?」


「ああ」


 困惑するジンギへ、スオウは鷹揚に頷く。

 彼らは一路、領主館へ向かっているところだった。

 スオウが連れるのは、ユウキ、フクツ、ジンギの3人だけ。

 総員にして僅か4名の、小隊とすら言えない少数である。


「いや、旦那。俺の話を聞いてました?

 セイギの兄ちゃんと、あの薄汚ぇ案内人は、ドワーフ共に捕まってたんですよ?

 何だって、こんな少人数で敵の懐なんか……」


「まだ、彼らが敵と決まった訳ではないだろう?

 多勢で押しかけては無礼と言う物だ」


「そんな脳天気な……」


 覚悟との一件後、ジンギは事の次第を全てスオウへ説明したのであるが、どういう訳かスオウは「話をつけに行く」などとのたまい、その場の仲間を連れて領主館へ向かい出したのである。

 ジンギはそれを、自殺行為もいいところだと感じていた。


「フクツの叔父貴、アンタからも何か言ってやってくれよ」


「私も楽観に過ぎるとは思うのだが……当のスオウ殿があれではな」


 ジンギの訴えに、フクツもまた困惑したまま応じる。

 仲間を連れて行けといくら伝えても、スオウは何故か首を縦に振らなかった。

 スオウとてドワーフには懐疑的だった筈なのに、どういう風の吹き回しだろう。


「ユウキ、お前はどう思うよ?

 旦那はいったい、何を考えてやがんだ?」


「私からは何も……」


 ジンギは続けてユウキへ離しを振るが、彼は緊張した面持ちでスオウの背を向けるだけだ。

 

「ちぇっ、どいつもこいつも!

 アンタらは知らねぇかもしれねーが、ドワーフってのはヤバイ種族なんだ。

 奴らのモットーは一人一殺。

 あいつらが本気で戦うと決めたら、殺すか殺されるかしかない。

 それに、今日俺が鉢合わせたドワーフのジジイは、とんでもねぇ手練れだった。

 舐めてかかると、本気で死にますぜ!?」


 早口で言葉を並べるジンギに、スオウは困ったように振り替える。


「まあ、そう怒るなジンギ。

 今日は話をするだけだ」


「連中が同じように考えてるとは思えやせんがね」


「それに、セイギたちの件もあるが……。

 私は何より、そのドワーフとやらに興味があるのだ」


「はぁ?」


「お前ほどの戦士を手玉に取った老人。

 出来ることなら、是非お目通りしたくてな。

 それなのに、兵などを連れていては、彼に無礼だろう?」


「それがお目出度いつってんだよ! 俺は!!」


 ぎゃーぎゃーと喚き声を上げながら、4人は山頂、領主館へと進んでいく。

 もともと夜の帳に包まれていた山は更に暗く、深夜へと時を移し始めていた。



 数日振りに訪れた領主館。

 その姿は以前と何も変わっていなかったが、館を包む空気は物々しいものに変わっていた。

 正門の門扉は閂によって封じられ、塀の周囲には防柵が隙間無く設置されている。

 そして塀の上、館の物見には数十を越えるドワーフたちが、弓を手にこちらを睨みつけていた。


「……?」


 闇に浮かぶ鷹のような眼の数々へ、スオウは怪訝に首を傾げる。

 まるで今にも、戦争を始めようという様相ではないか。


「まさか、本当にのこのことやってくるとは……スオウ殿。

 貴公、相当な痴れ者と見える」


「劉殿か?」


 頭上から掛けられる声に顔を上げれば、そこには甲冑を着込んだ劉が、腕を組んだままスオウたちを見下ろしていた。


「劉殿。これはどういうことだろうか?

 貴公らは武装を禁じられているはず。

 何故、弓や剣を手にしている?」


「知れたこと……。

 我らは皇王殿下に忠義し、ドワーフ武士団。

 王国なんぞが定めた決まりに従うつもりはない」


 シュンと風を切り、スオウの足元へ一本の矢が射られる。

 それは明確な敵対行為。

 彼らからの正式な、宣戦布告であった。


「ほらぁ旦那!

 だから言わんこっちゃねぇって!!

 どーすんですか!?」


「……」


 ジンギの糾弾をその背に受けて、スオウは足元の矢を見つめたまま沈黙する。

 長距離からの正確な射的。それは民間人に出来るものではない。

 劉の言葉通り、ここにいるドワーフたちは錬度磨き上げられた武人たちであるようだ。


「……私はただ、話をしに来たのだ」


「スオウ殿……」


「旦那ぁ……!」


 それでも、スオウはドワーフたちへ対話を求めようとする。

 こうなってはもう、駄々をこねる子供のようなものだ。

 とうとうフクツたちは、打つ手なしといったように肩を落としてしまう。


「……もういい。

 スオウ・ヴーロート、我らは下衆と話す舌を持たぬ。

 貴公らには、言葉より刃で語るが相応しかろう?」


 劉は剣を引き抜くと、頭上に掲げ闇夜の空へと叫びを上げた。


「総員、抜刀せよ!!

 本日より我らは悪辣非道の王国に牙を剥く。

 皇国みくにの誇り、ここに在り!!」


「おおおぉぉ!!」


 劉の檄と共に、ドワーフたちの雄叫びが産業都市へ木霊する。

 同時に領主館の外。背後の森林からも黒装束に身を包んだドワーフたちが姿を現す。

 その先頭には、あの朝倉 十郎左も加わっていた。


 領主館の武士たちと、背後に現れた忍び。

 スオウたちは三百を越える敵に、完全に包囲されていた。 


「スオウ殿、ここはお下がりを……。

 多勢無勢と言え、一刻程度を稼ぐことは出来る。

 ここは我らに任せよ」


「ちっ、仕方ねぇな……。

 いくら俺でも、雇い主の目の前で逃げるわけにゃいかねぇ。

 旦那、行ってくれ!!」


 いよいよ進退窮まったフクツたちがドワーフとスオウの間に立ちはだかる。

 しかし、スオウは動かなかった。

 ただ呆然と、自分たちに向けられた刃を見つめている。


「話し合いは不可能か……まあ、そうなるだろうと思っていたが」


 自分を守るように立つフクツとジンギ。

 彼らの背中をずいと押しどけ、スオウは領主館へと進んでいく。


「スオウ様?」


「ユウキ。二人を下がらせておけ」


「……と、いうことは……」


「少し、暴れる」


 並み居るドワーフの軍団へと歩みながら、スオウの顔には笑みが浮かんでいた。

 それはある種、ユウキがよく知る団長の微笑み。

 ユウキはため息とともに、フクツたちの肩を掴む。


「フクツ殿、ジンギ殿。

 ここは一端、逃げましょう」


「な、なに言っているのだ、ユウキ殿!

 スオウ殿を見捨ててここを下がると!?」


「下がるのではなく、逃げるのです!!」


 スオウは背後の悶着を無視し、門の前――領主館の正面へと進んでいった。


「産業都市、事実上の盟主。

 リゥ 賢魯シャンルィよ。

 王国に服従したと見せかけて、その実、牙を研いでいたわけか。

 その手腕、敬意に値する。

 だが、貴公は一つ。

 どうしようもない間違いを犯してしまったようだ」


「間違い?」


 何故か、劉の額を汗が伝う。

 微笑み続けるスオウの姿が、劉にはまるで獲物を前に舌舐める恐獣のように感じたのだ。


「なあ劉よ。

 まさかこの程度の戦力で――」


 スオウは腰から剣を取り、鞘をかけたまま正段に構えてみせる。


「この私に勝てると思ったのか?」


「――!!」


 しかし、スオウに応えたのは劉でなく、無数の銀光だった。

 朝倉の配下たちが、鋼線によって彼の体をがんじがらめに封じたのだ。

 首、腕、両足と、スオウは全身を拘束、身動き一つ取れなくなってしまう。


「こそばゆいわ!!」


 しかし次の瞬間、劉は信じられないものを目撃する。

 スオウを捕らえた十数名のドワーフ。彼らが飛翔したのである。

 ドワーフたちは、巨大な竜巻にでも飲まれたようにグルグルと宙を舞い、地面は塀へ叩きつけられていった。


「!?」


 スオウが取った行動は一つだけ。ただ腕を振り回しただけである。

 たったのそれだけで、この男は十数名のドワーフをなぎ倒してみせたのだ。

 張力を失いたゆんだ鋼線を払いながら、スオウは不敵な笑みを浮かべる。


「勇猛果敢で知られる皇国武士団。

 諸兄らと一戦交えられるなど、またとない機会だ。

 せいぜい楽しませてもらおうか?」


 そう言いながら、彼が掲げるのは巨大な両手剣。

 全長2.2メートル、刀身1.8メートルに及ぶそれは、初代ヴーロートが王国から賜った英雄のつるぎ

 超大型両手剣『紅蓮剣(ヴーロート)

 英雄一族の名を冠し、巨人の為に造られたような、冗談じみた怪剣である。


 目の前の状況にややたじろぐドワーフたち。そんな中から朝倉が刀を構えスオウへと躍り出る。


「皇国武士団筆頭、朝倉 十郎左!!

 推して参る!!」


「応!!」


 果敢な朝倉へスオウが返したのは横一閃。

 朝倉はそれを刀で受け止めたものの、想像を越えた衝撃が彼の腕を震わせる。


 折れず曲がらずと謳われるだけあって、一撃を受けながらドワーフ刀は折れなかった。代わりに折れたのは朝倉の両腕である。

 スオウと打ち合った朝倉の両腕は、その重量に耐えられずそのまま骨折してしまったのだ。


「ぐっ…!」


「もう少し、骨を鍛えるべきであったな。朝倉殿。

 食生活の改善を薦めるぞ」


 蹲る朝倉にそんな提案をしながら、スオウはゆっくりとドワーフたちへ向き直る。


「さて、次はどいつだ?」


「ひっ……」


 いよいよ、ドワーフたちの動揺が大きくなっていく。

 鋼線を払いのけ、朝倉を一瞬で打ち倒したスオウは彼らの目から見て、明らかに怪物であった。


「ひ、怯むな! 人数差を考えろ!!

 この多勢で怯むなど、恥もいいところぞ!!

 我らは大陸最強、皇国武士団である!!」


 ドワーフたちはスオウへ殺到しながら、己を鼓舞するようにそんな叫びを上げる。スオウはそれを掻き消すように雄叫びを上げて巨大な剣を振り回す。

 それは竜巻のようなものだった。

 円を描くようにブンブンと振り回されるスオウの剣はドワーフたちを薙ぎ払い、壁へ木へと彼らを叩きつけて行く。


「な、なんだありゃ!?

 スオウの旦那、本当に人間かよ!?」


「だから二人共、早く逃げて!!

 ああなったスオウ様は、もう誰にも止められない。

 巻き込まれたら、我々だって死にますよ!!?」


 飛んできたドワーフをよけ、ユウキが悲鳴を上げる。

 スオウの危険性を、彼はよく知っている。

 これは一種の天災のようなもの。

 吹き荒れる嵐に、敵味方の区別はない。近づいた者はすべからく粉砕されるのだ。 


 ユウキたちの悲鳴を聞きながら、本当に悲鳴を上げたいのはドワーフたちの方であった。


 ものの数分で50人近くの仲間が薙ぎ倒されてしまった。

 「ひょっとして、自分達はとんでもない男に剣を向けたのでは?」と、ドワーフたちがそんなことを考えた時、スオウは地を蹴って領主館へと突撃しはじめる。


「どけえぇぇ!! 私はただ話し合いをしにきたのだ!!

 応じる気がないのであればその口、力ずくで開かせるまでよ!!」


「と、止めろ!! 奴を止めろぉ!!」


 迫りくるスオウへドワーフたちも必死の突撃を敢行するが、その全ては無為であった。

 全力疾走する140キログラムの塊など、止められるものではない。

 彼の前に立ちはだかったドワーフ族は全て、吹き飛ばされ、あるいは踏み潰されて、障害にもならぬまま倒されてゆく。


 並み居る戦士たちを薙ぎ払いながら、スオウの疾走が停滞することは一瞬たりとも無かった。

 戦士たちの壁を抜け、防柵を粉砕し、領主館の正門へと体当たりをかましていく。

 

「も、門を押えろ!! 奴を決して中にいれるな!!」


 劉の檄を受け、内側からドワーフたちが門を抑える。


「しゃらくさいわ!!」


 咆哮一声。スオウが放つのは鉄門への前蹴り。

 その蹴りは門を引き剥がし、抑えていたドワーフたちごと数メートル彼方へと吹き飛んでいく。


「門を開いたな」


「くっ……」


 門を開いた? 冗談ではない。

 開いたのではなく、ぶっ壊されたのだ。


 櫓の上で、劉は戦慄する。


 この男は何だ? 鍛え抜かれた戦士を蹴散らし、堅牢だった筈の領主館へ難なく侵入するこの騎士は何者なのだ?


「劉大人。館に入られよ。

 奴の得物は大太刀。手狭な場所であれば、我々に利がある」


「あ、ああ……」


 覚悟の進言に頷き、劉は物見櫓から領主館へと退避する。

 幸い、館内には忍びを待機させている。

 いかにスオウと言えど、屋内であの大剣を振ることは出来ないだろう。そう判断しての逃走であった。


「どうした劉 賢魯!!

 私は貴公と話し合いに来たのだ!!

 背を向けるなど、非礼ではないか!!」


 スオウはそんな言葉と共に領主館へと突貫する。

 数日ぶりに入った領主館。その中は先日と同じく静寂に包まれていた。


「土足にて失敬!」


 スオウはズカズカと内部へ乗り込み、劉の姿を探す。

 そんな彼へ、天井裏、襖の先、あらゆる物陰から無数の短刀が投擲される。

 投擲主は覚悟直属の忍び集団。

 皇国でも精鋭中の精鋭。文字通り最強の隠密部隊であった。


 しかし、スオウは短剣の群れを手甲にて造作もなく打ち落とす。

 いかに姿を隠していようと、滲み出る殺意に気付かぬスオウではない。

 彼の恐ろしさは、怪物染みた豪力もさることながら、その戦闘本能こそが源泉となっている。


 スオウはそのまま拳にて天井を破壊するが、すでに敵は逃走済み。

 攻避一体。ヒットアンドアウェイが彼らの信条であった。

 屋敷中を蠢く影に、流石のスオウも肩を竦めてしまう。


「ふうむ、こうチクチクと攻められてはキリがないな……」


 悩ましげそう呟き、大剣を担ぎ上げる。


「仕方ない。

 この屋敷は壊してしまうか……」


 そう決断してからのスオウは迅速だった。

 剣を縦横無尽に振り回し、屋敷の壁や天井、柱をへし折り、砕き、瞬く間に粉砕していく。

 屋内なら剣は使えない、という覚悟の目算は甘かったと言わざる得ないだろう。

 スオウの怪力を持ってすれば、こんな木造屋敷の一つや二つ障害足りえない。


「ば、馬鹿、やめろ!!

 屋敷を壊すな!!」


 先の忍びたちが慌ててスオウを止めようとするが、それも無駄なこと。

 近づけば吹き飛ばされ、遠巻きでは手が出せず。彼らにスオウの破壊を止めることなど出来ない。

 そもそもスオウの眼中からは、彼らの存在など消え去っていた。


 メキメキという音と共に、領主館が傾き始める。

 主柱が何本も破壊され、天井を支える力が屋敷には残っていなかった


「な、何だ、これは………」


「劉大人、館を出るぞ!!

 屋根が落ちる!!」


 覚悟が呆然と佇む劉を引っ張り領主館を脱出する。

 彼らが部屋を出ると同時、館の屋根が落ち領主館の内部は完全に潰されてしまった。


 一瞬だけ訪れる静寂。しかしその静けさは一瞬だけのものだった。


「どこに行くのだ、劉!!

 話し合いはまだ、始まってもおらんぞ!!?」


 潰れた屋根を突き破り、スオウが再び姿を現したのだ。


「ひぃ………」


 館と共に潰されながら、スオウは無傷であった。

 50センチの厚さを誇る木材と、瓦の屋根を撒き散らし、獰猛な笑顔で髪を揺らしている。

 彼らの瞳に映るのは流れる蘇芳色の髪と、風に揺れる黄金の外套。

 その背では金獅子が、太陽を抱えて咆哮を上げている。

 

「獅子め……!」


 背中の紋章さながらに猛り声を上げるスオウへ、覚悟はごくりと唾を飲み込む。


 スオウ・ヴーロート。

 英雄の一族、ヴーロート一族の当主。

 覚悟とて、彼の一族の武伝は聞いていたが、そのほとんどは創作によるものだと思っていた。

 岩を貫く怪力。獣のような敏捷性。鬼人の如き気迫。その様は、まさに人の形をした獅子。

 彼らに伝わる伝説は、あまりに現実離れしている。

 所詮は英雄として箔をつけるための創作であると、そう思っていたのだ。


 しかし―――。


 どうやら、自分はとんだ思い違いをしていたらしい。

 あれは正に獅子……人の形をした猛獣。

 大陸最強の名に相応しい、怪物である。


 覚悟は額に汗を滲ませ、暴風のように暴れるスオウへ視線を送る。

 50人いた筈の精鋭は、もはや数名ほどしか残っていないようだ。

 それは戦いというより捕食。

 大型獣が小さな兎を狩っているようなものだった。


「……」


 覚悟はスオウに向かって一つ、石を放り投げる。

 それは緩やかな軌道を持って飛び、スオウの手にパシリと受け止められた。


「ご老人、私に何か?」


 獣のような猛りを納め、スオウが穏やかに問いかける。

 そんな彼へ、覚悟は礼式に則って一礼してみせた。


「お初お目にかかる。

 儂は杉間 覚悟と申す者。

 かつて皇国では、皇王殿下の剣術指南役を任されていた」


「ほう、スギマ カクゴ……聞いたことがある。

 確か二振りの剣を自在に操るとか………」


「その通り。

 それで提案なのだが、スオウ殿。

 この二刀、その身で試してみる気はないかな?」


 覚悟は腰からスラリと二振りの刀を抜き、静かな瞳でスオウへ問う。


 その右太刀は霊刀『輝鳳凰こほうおう

 その左太刀は妖刀『夜鳴鷹よなきだか


 それらは皇国の宝剣。

 ドワーフたちが持てる技術の全てを費やして造り上げた、二刀一対の魔剣である。

 輝鳳凰は朝日のように煌く金を、夜鳴鷹は月夜のように輝く銀をその刀身に宿し、幻想的な光を放っている。


「ふむ………」


 スオウはそこで初めて鞘から刃を抜き放ち、真っ直ぐに構えて覚悟と相対する。

 杉間 覚悟。

 彼がスオウを知っていたように、スオウもまた彼のことを知っていた。

 皇国の至宝。変幻自在の二刀を操る、天下無類の大剣客。


 剣聖。


 金銀に煌く双剣を見つめながら、スオウの口元に笑みが浮かぶ。  


「望むところ、とお応えしよう」



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