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第26話 無法者


 その日、ジンギは苛立っていた。


 突然すがたを消したセルゲイたち、5人の冒険者。

 奴らは逃げ出したに違いない。

 そもそも連中は『ギルドに登録している』と言うだけで、身の上もはっきりしない放蕩者。

 いざ戦うとなったら、ビビッて逃げ出したのだろう。


 とにかく、冒険者という奴はよく逃げるのだ。


 戦況が不利になれば逃げる。

 給金が思うようにならなければ逃げる。

 雇い主が気に入らなければ逃げる。

 仲間と喧嘩したら逃げる。

 風邪を引いたら逃げる。


 所詮、言ってしまえば雇われ傭兵。そうやって直ぐに逃げ出すのも仕方ないことではあるのだが、残された者にとっては溜まったものではない。

 ジンギはこれまで、戦いの最中さなかに逃げ出した仲間によって、何度も煮え湯を飲まされていた。


「あいつら………見つけ出して絶対にぶっ殺してやる!」


 ジンギは憤る。彼は逃げる奴が大嫌いだった。

 本当に殺すとまではいかなくても、見せしめとして半殺しにしてやるぐらいは本気で考えていた。


 あの5人が産業都市の外へ出ている可能性は少ない。

 この都市は山間の中に存在する山岳都市。外へ逃げたところで行き倒れになってしまう。

 逃げるとしたら、街の中。

 おおかた、ドワーフに小銭を掴ませて匿ってもらっているのだろう。


 何でもあのユウキとかいう騎士は馬鹿正直に聞き込みなんぞをしたらしいが………ジンギに言わせれば、そんなものやるだけ無駄である。

 ドワーフ族は寡黙かつ閉鎖的な種族だ。

 人間族に協力などする訳が無い。


 ジンギは煙草に火をつけ、麓から産業都市の街並みを睨みつける。


 あの5人は今ごろ、ドワーフの家屋で旨い飯でも食ってるのだろうか?

 ふざけやがって羨ましい。やっぱマジで殺す。


 ジンギは憤りに殺意をも混ぜ、産業都市へと進んでいく。

 冒険者は本来、逃走した者など一々気にかけないが、このジンギは違っていた。

 別に義へ熱いわけではない。ただ、なめられるのが大嫌いなのだ。


「セルゲイ、ウォーレン、ルドフィン、オスカー、ベルクウッド………いなくなったのはこの5人か。

 ふざけやがって!

 この俺から逃げられると思うなよ?」


 ジンギ・チェンバレン。冒険者ギルド 無法者バンディッドのギルド長。

 数多の無法者達を束ねる彼もまた、他に類を見ない無法の徒であった。



 夕陽が沈み、夜の帳が包み始めた産業都市。

 勤勉なドワーフ族もようやく仕事を終え、帰宅したり盛り場へ出たりしているようで、路地はごった返している。

 ジンギはそんな雑踏をそそくさと進んでいく。

 彼が着ているのはクロース・アーマーに厚手のカーゴパンツ。

 無数のドワーフたちの中、この出で立ちはあまりに浮いてしまう。


 そう考えたジンギは小さな雑貨屋へ入り、そこで笠と合羽を購入した。

 簡素な変装であるが、見てくれだけならドワーフも人間も大差は無い。

 笠で顔を隠せば、流れ者のドワーフくらいに見えるだろう。


 ジンギはそのまま付近で一番大きい居酒屋へと入っていく。

 店内には仕事を終え、酒を酌み交わすドワーフたちで盛況のようだ。


 ドワーフ族は勤勉、生真面目、職務に忠実で、何より集団主義的思想が強い。

 彼らは命令の伝達などが入ると、驚くべき早さと正確さで組織内へ行き渡らせる。

 そして、所属する集団外の者に対しては排他的、決して心を許そうとしない。

 

 あのユウキは聞き込みの結果、何の情報も得られなかったと言っていた。恐らく「この件について口を噤め」とどこからか指示が出ているのだろう。


 だから、ジンギはいかにも自分がただの客であるように酒を飲み、周囲の喧騒へ耳だけをすませる。


 ドワーフ族は生真面目であるが、その分、羽目を外した時の振れ幅も大きい。

 特に酒が入れば、言ってはいけないことを平気でポロリと零す。

 そして、集団主義的な為か極度の噂好き。特にスキャンダルなどには目がないようだ。

 ドワーフの噂は三日で国中まで広がる、というのがもっぱらの評判であった。


 ジンギの耳に、ドワーフたちが雑談が次々と入ってくる。


『あの頭領、早く死なねぇかな―――』 


『また休みが潰れた。仕事辞めてぇ―――』


『健康診断の結果が―――』


 もっとも、入ってくるのはそんなどうでもいい内容ばかり、しかしジンギは忍耐強く雑談たちを吟味しながら耳をすませる。

 そして、彼らの雑談に『人間』『騎士』『冒険者』という単語が混じった者の会話だけを取捨選択していった。

 それは、ジンギが長年の冒険者生活で身につけた情報収集術。

 隠し事は、それが厳密であればあるほど、こういった場で漏らしてしまうものだ。

 ジンギはこう言った盛り場で聞き耳を立て、情報を盗み聞きする術に長けていた。


 最終的にレンマは彼らから一店の店の名を聞きとめる。

 『人間』『騎士』『冒険者』という単語を発した者たちは、みな一様に一つの店名を上げていたのである。


「それで………杉間料飯店の人間の件。劉大人はどうするつもりなんだろうな?」


「杉間料飯店は、覚悟様が出している店だろ?

 あの人は劉大人の懐刀だ。どうにかして揉み消すだろう」


「杉間料飯店………」


 ジンギはそこまで確認すると、無言のまま勘定を済ませる。

 まだよくはわからないが、いなくなった連中の件に、この店が絡んでいる可能性が高い。

 セルゲイたちは、この店に匿われているのだろうか?


「待ってろよ………糞共」


 ジンギは獰猛な笑みと共に、夜の街へ振り出て行った。


 杉間料飯店。それは居酒屋からさほど遠くない場所にあった。

 大きくも小さくもない料理店であるが、清掃が行き届いており、入りやすい印象を与えられる。

 もう営業はしていないようで、店内の明かりは落とされていたが、居住部と思われる2階や奥の窓には明かりが灯されているようだ。

 店の暖簾には大きな文字で『杉間料飯店』と書かれている。どうやら、ここで間違いないらしいと確認しながら、ジンギは物陰に身を潜ませる。


 この店に、あの5人は隠れ潜んでいるのだろうか? 外からではわからない。

 店内を探るにしても、もっと夜が更けてからの方がいいだろう。

 ジンギはそう考え、潜伏したまま店の様子を監視するのだった。



 杉間料飯店の店主。杉間すぎま 覚悟かくごは悩んでいた。

 期せずして、家に隠すことになってしまった二人の人間族。

 今日、その件について劉へ相談に行ったところ、領主館で預かると言われてしまったのだ。

 領主館で預かるという申し出はありがたいが、この店から館まではそれなりの距離がある。

 仮にも健康な男子二人を連れて、問題なくあそこまで行けるのだろうか? と考えてしまうのだ。


『覚悟の爺様なら容易かろう?

 まさか『剣聖』が腕を鈍らせた訳でもあるまい』


 劉は軽々しくそう言っていたが、生憎自分は年だ。

 正直、山頂の領主館まで歩いていくのさえ億劫である。

 と言っても、元は自分が撒いた種。我侭を言うわけにもいかない。


 覚悟は二人の店員を連れ、セイギと案内人の前に訪れる。  


「おい、お前さん方。ちょっと儂についてこい」


「どこへ行くんだ?」


「なに、別に取って喰ったりはせんよ。

 ここよりはなんぼか過ごしやすい場所に連れてってやる」


 警戒を混じらせる騎士に、覚悟は笑って伝えると二人の全身を覆うように、広い風呂敷を被せる。

 そして店員たちと左右を挟み込むように並び立つ。

 覚悟とセイギと案内人に二人の店員。

 ちょうど5人になった一団は、領主館を目指し一路山頂を目指していったのだった。



「連中め! とうとう尻尾を見せやがったな!!」


 ジンギは店から出てきた人影を捉え、会心の叫びを上げる。

 出てきた人数は全部で5人。みな一様に人相を隠すような布を被っている。

 どう考えてもこれはあの逃げ出したセルゲイたちに違いない。


 夜も更けたので、酒でも一杯やりに出たのだろうか? ふざけるな、殺してやる。


 ジンギは怒りのままに5人を追いかけ、その内一人の肩を捕まえて怒鳴り声を上げた。


「この野郎!! ようやく見つけたぞ!!

 俺から逃げられるつもりだったのか!!?」


「だ………誰っすか? あんた」


「あ………?」


 振り返った顔は、人間族のものであったが知らない顔だった。

 ただ、突然肩を掴まれた案内人が、ビビッて顔を引きつらせているだけだったのだ。


「―――」


 互いに虚をついてしまった一瞬の沈黙。

 一番早く動いたのは覚悟だった。


 カクゴは肘から下だけを動かして、電光石火の如く銀の光を投げ放つ。

 それは鋼線。セルゲイたちの頚椎をへし折った、必殺の隠し暗器である。


 鋼線は一瞬でジンギの首へ巻きつき、確かな手がかりとなる。


(取った!!)


 覚悟はそのまま身を翻し、テコの原理を応用して体重以上の負荷を鋼線へかける。

 その間、わずか1秒足らず。常人なら何が起こったかも分からぬ内に死に伏すだろう。


「こなくそ!!」


 しかし、生憎このジンギも、常人からは逸脱している。

 彼は鋼線が巻きつくと同時、ポケットからナイフを取り出しその戒めを切り捨てていた。


「!?」


 手がかりを失い、空を掴んだ覚悟は態勢を崩してしまう。そんな覚悟へジンギは手にしたナイフを投擲する。


 ジンギ・チェンバレン。

 若干27歳ながら、13から冒険者として、数多の死地を潜り抜けてきた戦士である。

 戦闘経験という面なら、フクツさえ凌ぐ古強者であった。


 魔女、ドワーフ、エルフにオーク。ジンギはこれまで、あらゆる種族と戦ってきた。

 ドワーフ族の戦い方だって、経験から心得ている。


「ふっ!」


 瞬時に眼前まで迫るナイフの投擲。覚悟はそれを二指によって掴み取る。

 無刀取り。

 神業と呼ばれるそれを、覚悟は歯牙も無く成してみせる。

 杉間 覚悟とて皇国の誉れたる男。

 剣聖の異名は伊達ではない。


 鋼線の投射からナイフの投擲まで、わずか数秒の攻防。

 しかし、長年の経験から二人は、お互いの実力を把握していた。 


(ほほう、こやつ………若いのになかなか出来るらしい。

 久しく楽しめそうではないか)


(やべえ!! なんだこいつ!?

 こんなのに勝てる気がしねぇぞ!!?)


 突然の強者にほくそ笑む覚悟と、早々に勝利を諦めるジンギ。

 反応こそ対照的であるが、正確な把握である。

 

「セイギ君! 何すか、これ!?

 俺、君と絡むようになってから、ろくなことがないっすよ!!」


「あ、案内人さん! 離して下さい!」


 唯一の懸念は、あの二人に逃げられないか、ということだったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 あの騎士は、混乱したもう一人の男に抱きつかれ、身動きが取れなくなっている。


「………ちぃ」


 追い詰められているのは圧倒的にジンギの方。

 敵の人数はどうやら3人。しかもその内一人はかなりの腕を持っているようだ。

 逃走した5人を捕まえにきただけのつもりだったのに、とんでもないことになってしまった。

 この状況からの挽回は困難を極めるだろう。


「こういう時は―――」


 ジンギは懐から棒状の筒を取り出すと、地面へ叩きつける。


「逃げるっきゃねぇよなあ!!」


「!!」


 叫び声と同時、周囲が濃い白煙の渦に包まれる。

 

 噴煙筒


 噴出す煙によって相手の視界を奪う、ジンギの武器の一つである。

 突如発生した白煙に、覚悟は視界を奪われ彼を見失ってしまった。


 ジンギは風の流れを読み、白煙の流れる方向へ突っ走って、そのまま細い路地へと流れるように逃げていく。

 ジンギは逃げる奴が大嫌いだが、自分が逃げる事には躊躇いが無かった。

 要するに「自分よりも先に逃げる奴」が嫌いなのである。


「覚悟様!!」


「無駄だ………恐らく、もう見つからんよ」


 白煙が晴れた先に、もうジンギの姿は無かった。

 どこへ向かったのかも分からぬほどに、忽然と消えてしまったのである。

 覚悟は店員たちへ、一応周囲を警戒するように指示すると、疲れたように空を見上げる。

 突然現れたあの男に、自分達が人間を護送しているところを見られてしまった。

 これを報告されれば、劉にとって不味いことになってしまうだろう。


「すまんな、劉大人。

 儂としたことが、とんだ失態を演じてしまった」


 覚悟はやれやれと肩を竦め、ため息を漏らすのだった。



 ハロルドがスオウの為に用意した簡易住居。その一室でスオウたちが会議をしていた時のことである。


「どうもこうも無い。

 そもそも我々がこの都市に来たのは魔王を倒すためだ。

 協力者であるドワーフたちから反意を買うわけにもいかん。

 事の成り行きを待つしかあるまいよ」


「…………」


 スオウの言葉にユウキが黙り込んだ、その瞬間。


「旦那! スオウの旦那はいるか!?」


 ドタドタという足音と共に、一人の男が部屋の中へと走りこんでくる。

 スオウは彼に対し、少しだけ目を見開いた。


「ジンギか、お前は行方不明になった冒険者を探していた筈だろう。

 それとも見つかったのか?」


「へぇ! 見つかったと言うか、何と言うか………!」


 ジンギは何故か煙でも浴びたように真っ黒となった顔で、スオウたちへ声を放つ。


「なんか、すげぇことになってるんだ!

 とにかく、俺の話を聞いてくれ!」

 

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