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第25話 阿芙蓉


 巨大な山峰に造られた産業都市。

 あまり広大とは言えない鞍部に木造の建築物がひしめき合い、露天街が立ち並ぶ活気ある都市である。

 その都市の外れ、麓の位置に『王国の剣』は駐留が許可されていた。


 彼らが野営場を設置した麓の平野、そこには二階建ての小さな木造家屋が置かれている。

 それはハロルドがスオウやフクツたち、騎士団幹部の為に用意した簡易住居であった。

 スオウはその一室。坪庭に面した部屋にフクツとユウキを呼び寄せ、会議を執り行っていた。


「それで、セイギと案内人はまだ見つからんのか?」


「はい。団員たちに住民への聞き込みを行わせたのですが、誰一人見た者はいないと………」


 数日ほど前から、行方不明になったセイギと案内人。

 彼らは、こそこそと山を登って行く姿を目撃されたきり、ぷっつりと姿を消してしまったのだ。


「案内人はともかく、セイギが黙って姿を消すなど考えられません。

 あいつは誠実に実直を足したような男ですよ!!」


 ユウキは必死な様子でスオウたちへ弁明する。

 普段はセイギのことを口うるさく叱るユウキであるが、その実、絶対の信頼をセイギに寄せていた。


「ユウキ殿。聞き込みの結果、住民は誰一人セイギ殿たちを見ていないと言ったのだな?」


「はい………山腹の繁華街から山頂の領主館まで、かなり広範囲に聞き込みをさせましたが、セイギたちの目撃情報は一件も………」


「妙だな」


「ああ………」


 フクツは呻り、スオウが頷く。ユウキだけが不思議そうにそんな二人を見つめていた。


「妙とは?」


「二人は少なくとも、街に入って行ったのだろう?

 それならば、行方不明になった原因こそ分からなくても、彼らを見た住民はそれなりにいる筈だ。

 如何せん、この都市においては我々の方が奇妙な風体をしている訳だからな」


「その通り。これはあの劉に一つ、してやられたかもしれませんね」


「つ、つまり住民たちは劉 賢魯の命で口裏を合わせていると?」


 ユウキの言葉にスオウは頷いてみせる。


「ああ。だが、その可能性がある、というだけだ。

 さしたる証拠も無ければ、我々とておいそれと動く訳にはいかんよ」


「それでは、どうしたら………」


 問いかけに対し、スオウはただ静かに首を振る。


「どうもこうも無い。

 そもそも我々がこの都市に来たのは魔王を倒すためだ。

 協力者であるドワーフたちから反意を買うわけにもいかん。

 事の成り行きを待つしかあるまいよ」


「…………」


 スオウの言葉に、ユウキは黙り込むことしか出来なかった。

 彼の言葉通り、自分達の目的は魔王討伐なのである。

 正直、たかが一人や二人の為に、大局を動かす訳にはいかないのは、当然のことであった。



「なんで!? お爺ちゃん!!

 なんで、あいつらを生かしておくのよ!!?」


「なんでもなにも、あの二人………特に騎士の方の兄さんは、お前を助けようとしてくれていたじゃないか。

 殺しては可哀想だろう?」


 リーシャは不満だった。

 この間の一件のあと、リーシャはセイギと案内人も殺してしまう心積もりであったのだが、彼女の祖父は事もあろうに「可哀想」等とのたまい、彼らを拘束、監禁するだけに留めてしまったのだ。


「だって、あいつらに人間を殺すとこ見られたじゃん!

 監禁するって、いつまでここに置いとくのよ!?」


「それも含めて、少しばかり劉大人(ターレン)に相談してくる。

 栗沙リーシャ、お前はあの二人を見ていてくれ」


「あ、ちょっと待ってよ! お爺ちゃん!!」


 リーシャから逃げるように、祖父はそそくさと店を出て行ってしまう。

 小さくなっていく祖父の背中へ、彼女は憤慨したように肩をいからせた。


「そうやって、面倒臭くなるとすぐに逃げるんだから………!」


「まあまあ、栗沙ちゃん。

 杉間様にだって何かお考えがあるんだろう。

 それに、下品な方はともかく、騎士さんは方はなかなかの美男子じゃないか。

 せっかくだし、仲良くしてみたらどうだい?」


 地団太を踏むリーシャへ、店員の一人が気を使うように声をかけるが、彼女はそんな彼をジロリと睨みつける。


「仲良く? バッカじゃないの!?

 人間族なんて糞の塊みたいな連中じゃない!!」


「ちょっと、栗沙ちゃん!

 ここは食事処なんだから、そういう汚い言葉は使わないの!」


 憤慨するリーシャに対し、店員はそんな言葉で窘めるのだった。

 


「おおっ、セイギ君!

 ドワーフって連中は悪舌なのかと思ってたんすが、この団子とかいうやつはなかなかイケルっすよ!!」


「案内人さん………。

 あなた、状況が分かっているんですか?」


 ドワーフたちから与えられた、団子なるものへ舌鼓を打つ案内人へ、セイギは呆れ果てた視線を向ける。

 彼らは飲食店の地下室、普段は道具置場にでも使ってるらしい部屋の中に居た。

 セルゲイたちとの一件後、セイギたちはドワーフに捕まり、この場所へ捕えられてしまったのだ。


「一刻も早くここを脱出して、スオウ様たちにこのことを報告しなければならないんですよ!

 食事を楽しんでる場合じゃないでしょう!?」


「つってもどうやって?

 あのドアは俺でも開けられねぇし、仮に脱出したところで………ここは街のど真ん中。

 直ぐに捕まっちまうっす」


「それは、そうですが………」


「まぁ、殺されることはないみたいだし、ここは一つのんびりしましょうよ!」


 案内人は気楽な調子でそう嘯くと、ゴロリと横になって昼寝を始める。

 悔しいが案内人の言う通りだ。

 この地下室は鉄のドアが取り付けられており、その鍵はドワーフ族特有のものらしく、案内人でも開錠することが出来なかった。

 それに―――。


(例え脱出したところで、彼らに勝てる気がしない………)


 あの老人が見せた繰糸術くりいとじゅつ。どうやら鋼線ワイヤーを操って頚椎をへし折った様であったが、セイギにはその動きを見切ることが出来なかった。

 セイギがかろうじて認識出来たのは、身を翻す老人の姿と、骨のへし折れる鈍い音だけ。

 セイギとて大陸中の格闘術に対する見識はあるが、あんな技を見るのは初めてのことだった。


 そんな風にセイギが考え事をしていると、ガランという音と共に鉄戸につけられた小さな物入れから食料が入れられる。

 ここに捕われてから、セイギたちは日に二度ほど、こうやって食料が与えられていた。


 セイギは慌ててドアに駆け寄り、向こう側へと声を張る。


「ち、ちょっと待て! 話を聞いてくれ!!」


「………」


 食料を入れた人物は暫し逡巡を見せたようだが、物入れから顔だけを出してセイギに応えて見せる。


「なによ?」


「リ、リーシャさん………」


 それはセイギにとって見覚えのある顔。自分達をこの店に招き入れた、リーシャである。

 もっとも彼女の顔から笑みは完全に消え、能面のような無表情でこちらを睨みつけているようであったが………。


「リーシャさん! 話を、どうか話を聞いてください!!」


「話ってなに?」


「どうか、我々をここから出して下さい!

 我々の目的は魔王の討伐!

 決してあなたたちに危害を加えることが目的ではありません!」


「はぁ?」


 必死の形相で訴えるセイギに、リーシャは思わず鼻で笑ってしまう。


「正直ね。私達にとっては魔王なんてどうでもいいんだよ。

 そんなのが実在してようがしてなかろうが、どうでもいい。

 私達にとっての敵は、人間族なんだから」


「え………?」


「どうせ、アンタらはここから出られないだろうから教えてあげる。

 産業都市はね、ただの工業街じゃない。

 ここは戦闘都市。

 来るべき皇国と王国の決戦において、前線基地になる場所なんだ」


 王国が皇国から徴発した10万人のドワーフ技術者たち。

 皇王はその中へ、周到に牙を混ぜていた。


 巧みな二枚舌で調略を得意とする、皇国切っての策略家 劉 賢魯。

 皇国が誇る荒武者 朝倉 十郎左。

 そして皇国最強の剣聖 杉間すぎま 覚悟かくご


 彼らはみな皇王の腹心。牙を隠し、爪を隠し、技術移民として送りこまれた皇国の鷹である。

 産業都市に住まうドワーフたち。確かにまっとうな技術者も多く存在するが、その内実に3割が皇国の武者や忍びなどの武人。

 その総戦力は海岸都市を凌ぎ、五大都市最強と言えるものだった。


「どうして―――」


 リーシャの言葉は俄かに信じがたいが、セイギはそれでも意味がわからないといった様子で言い返す。 


「どうして、皇国と王国が戦うんだ!?

 皇国が疲弊した時、我々は救いの手を差し延べたじゃないか!!

 確かに属国化という形にはなったけど………それは皇国を救うためのものだ!

 どうして王国と敵対するって言うんだ!?」


 セイギは困惑していた。

 彼の知る限り、人間族とドワーフ族は友好関係である筈だった。

 彼らの国―――皇国を属国化したのだって、元を正せば弱体化した彼らの国を救うため。

 麻薬の蔓延によって乱れた、皇国を立て直すためのものだった筈だ。


「はっ………アンタ。

 本当に、何も知らないのねぇ」


 そんなセイギへ、リーシャは冷めた目を向ける。

 その顔にもう怒りは浮いていない。

 ただ凍てつくような蔑みだけを持って、彼へ―――全ての人間たちへ嫌悪を向けていた。 


「どうして敵対する?

 そんなの決まってるでしょう。

 アンタたち人間族はドワーフの敵だ。

 あんたらのせいで、私の両親は死んだんだから………」


「え………?」


 唐突なリーシャの言葉に、セイギは疑問符を浮かべる。

 彼女はそんなセイギたちから視線を外し、虚空を見つめたまま小さく呟く。


「………私のお父さんとお母さんは、阿芙蓉アーピェンで死んじゃった」


「あーぴぇん?」


「アヘンか………」


 ずっと黙っていた案内人がごろりと寝返り、言葉を呟く。


「アヘン………皇国で蔓延していた麻薬の名前っす。

 使うと、多幸感やら万能感やら、とにかく色々と愉快な感覚を得られるらしい。

 だけど、なにがヤバいってヤベぇのが、その依存性と副作用。

 大麻、コカ、草麻黄と巷にゃ麻薬が溢れているが………アヘンのヤバさはその比じゃない。

 一度ひとたび使えば、その魅力に抗えず。

 続けて使えば、あっという間に中毒死だ。

 廃人になる暇も与えちゃくれない」


「アヘンの禁断症状は、そりゃあ地獄でしてね。

 全身をくまなく締め付ける激痛に、激暑と極寒が代わる代わる押し寄せて。

 大体の奴がショック死しちまうらしい。

 数ある麻薬の中。禁断症状で死ねるのは、このアヘンだけっす」


「…………」


 饒舌に語られる案内人の言葉。

 リーシャはそれを聞きながら、何かを思い出すように冷や汗を流していく。


「リーシャさん?」


「もういい………!」


 心配するようなセイギの声を斬り捨てて。

 結局、リーシャは食事だけを置いて、彼らの前から去っていった。



 まだ皇国が一つの国としてあったころ。

 王国は一つの悩みを抱えていた。

 それは所謂、輸入超過と呼ばれるものである。


 当時、王国はアルカナ・マギアとの紛争や、エルフ族との抗争。

 周辺勢力の撲滅などによって、大量の武具を求めていた。

 それに目をつけたのが、工業国家として頭角を現し始めていた皇国である。


 皇国はドワーフ刀を始め、甲冑に盾、弓矢や槍に至るまであらゆる武具を王国へ輸出し、その影でアルカナ・マギアやエルフへも武器を横流す。

 大陸の戦争は、皇国にとって恰好の市場であった。

 莫大な利益を得た皇国は栄えに栄え、建国以来最大の繁栄を謳歌していたのである。


 大陸で紛争が終わり、あらゆる抗争が収縮されたころ。

 困窮したのは王国であった。

 国内のあらゆる財産を投じ得た、大量の武具。

 戦いの無き世に武器は不要の長物である。

 まして国内では大量の若者が消え、戦火によって農業や産業が荒廃していた。

 

 このままでは国が滅ぶ。


 そう悟ったアウランティウム13世は、皇国へとある商品を輸出することに決めた。

 それこそが阿片あへんである。


 本来、アヘンは王国にとって貴重な医薬品であった。

 超微量であれば、鎮痛薬として非常に優秀であり、戦争の多かった王国にとってそれは非常に価値高い物品であったのだ。

 また、芥子からアヘンを精製するまでの工程が困難なものであったことも、その価値を上げていた。


 そんな貴重なアヘンであったが、王国は偶然にも大量のアヘンを手中に納めていた。

 その源は魔女。アルカナ・マギアとの紛争からである。


 何でも、アヘンを大量に服用し、陶酔状態に陥ると、魔女たちの魔力は著しく上昇するらしい。

 陥落した幸福の地。その農場には大量の芥子が栽培されており、倉庫には信じられない量のアヘンが貯蔵されていた。

 

 始めこそ喜んでそれを接収した王国であるが、すぐに持て余すようになってしまう。

 微量ならばこそ医薬品となるアヘンも、多量となれば昏睡や呼吸抑制を引き起こす劇物である。

 また、その使用による中毒症状は凄まじく、決して常用できるものではない。


 そんな折りに発生した、皇国との貿易問題。王国はこのアヘンに目をつけた。

 皇国への新たな輸出品として、このアヘンを『鎮痛剤』という名目で輸出するようになったのである。

 無論、王国はアヘンの常用による中毒症状と危険性については黙秘した。

 幸い、皇国はこの劇物について無知。

 彼らの島に、芥子は存在しない。


 皇国はこの新たな医薬品を歓迎した。

 あらゆる痛みを取り除き、体へ多幸感を齎す。そして値段も安い。

 アヘンは皇国にて阿芙蓉アーピェンと呼ばれ、霊妙の万能薬としてその地位を不動のものにしていったのである。


 アヘンの最盛期、皇国は酷い惨状であった。

 阿芙蓉はもはや、医薬品というより嗜好品として扱われ、一般の居酒屋や飲食店でアヘンを混ぜた酒や食事が振舞われた。

 安価で手に入るアヘンは庶民の強い味方とされ、人々はこぞってその麻薬を手に入れ、その冒涜的な魅力に取り付かれていった。

 この時、実に皇国民の7割近くがアヘン中毒に陥っていたと言われている。

 

 貿易によって繁栄を誇っていた皇国は生産力が凋落し、その国力を弱めていく。

 この段階になって皇国はようやくアヘンの危険性を認知。

 国内での使用と王国からの輸入を禁止した。

 しかし、その行動が皇国の衰退を更に早めることになった。


 すでに生活の一部になっていたアヘンを、人々はこぞって求める。

 当初は密輸などによって補われていたアヘンであるが、遂に知識人が芥子の栽培に成功。

 皇国内でアヘンを生産することを可能にしたのである。


 しかし、彼らの生産したアヘンは、王国産のそれより非常に高価であり、禁止令が出たことも相まってこれまでのように気軽に入手できるものではなくなった。


 ドワーフたちはアヘンを求め、人身売買や強盗、殺人などの蛮行へ手を染めるようになっていく。

 アヘンの販売元は政府から無法者たちへと変わり、彼らはその商売によって多大な資産を得、国内での力を蓄えていく。

 規律と全盛を標榜としていた皇国は一転、血を血で洗う無法国家へと変化を遂げていったのである。


 時の皇王はこれらの事態を受け、国内の統制は不可能であると判断。

 王国へ支援を求めるが、王国はその求めに対しいくつかの条件を提示する。


 一つ、皇国は今後、王国の植民国家として従属し、その統治権についても王国へ完全に委譲すること。

 一つ、皇国内の技術者、知識人などを王国へ強制移住。王国の二等国民としてその生産活動を続けること。


 これらが王国の提示した、支援条件である。

 これを受けて、皇国の意見は真っ二つに別れ、二つの派閥に分かれることになった。

 

 その一つは親王国派。

 たとえ王国に与することになろうと、とにかく皇国の安定を優先するべきだと主張する一派。

 派閥の長には、皇国の賢人と名高い劉 賢魯が立っていた。

 皇王もまた劉の提案に賛同し、皇国は服従へと傾き始めていた。


 しかし、そんな情勢に断固として異議を唱える一派があった。

 彼らは、そもそもの原因である王国を打倒し、大陸をこの手に収めるべきと主張する過激な一派。

 反王国派と呼ばれる彼らは、ついに主たる皇王にまで反旗を翻す。


 王国への憎悪と屈辱の猛り狂う益荒男たちを束ねあげ。

 彼らを導くのは、かつて皇国の至宝とまで呼ばれた男。


 剣鬼 日ヶ暮 弾蔵。


 剣聖 杉間さえも凌駕し、天下無双の名を欲しいままにしていた剣客である。


 二派は国内で激しく争い続ける。

 しかし、あくまで反王国派は逆徒の集団。皇王の庇護を受けた親王国派の敵ではなかった。

 反逆者 日ヶ暮 弾蔵は捕えられ、戦いは親王国派の勝利で終わったのである。


 こうして、皇国は王国からの属国化を容認。

 王国の慈悲を賜ることになったのである。



 リーシャの両親は腕のいい料理人だった。

 夫婦で小さな飲食店を経営し、ささやかながらも繁盛していた記憶がある。


 彼女はその店が好きだった。

 どこか嬉しげに料理を作る父の姿も、客と談笑にふける母の姿も、リーシャにはとても好ましいものに思えた。

 自分も大きくなれば、この店を継ぎ。両親のような料理人になるのだろう。

 幼いながら、リーシャは漠然とそんな風に考えていたのである。

 

 しかし、そんな両親も阿芙蓉に手を染めてしまう。

 それは当時の皇国において当然のこと。阿芙蓉は皇国民にとって生活の一部になっていた。


 皇国の末期。両親の惨状は目に余るほどだった。

 彼らの収入では、高価になったアヘンを購入することなど出来ず、両親はその地獄染みた中毒症状に苦しんでいた。

 寸時も置かず繰り返される激痛に倦怠感。床をのた打ち回りながら声無き悲鳴を上げる両親の姿は、さながら生きたまま地獄へ投げ落とされてしまったようだった。


 父は富豪の家へ強盗に押し入り、その場で殺された。

 母は禁断症状に発狂し、糞尿に塗れて死んだ。


 その全てはアヘンの―――人間族の手によるもの。

 リーシャは人間が憎かった。


『どうして、皇国と王国が戦うんだ!?

 皇国が疲弊した時、我々は救いの手を差し延べたじゃないか!!

 確かに属国化という形にはなったけど………それは皇国を救うためのものだ!

 どうして王国と敵対するって言うんだ!?』


「くそっ!!」


 リーシャは先ほどの、セイギの言動を思い出し椅子を蹴り飛ばす。

 恐らく、あの青年は何も知らない。

 王国において皇国の属国化は、王国が善意で差し伸べた救いの手であると認識されている。

 その事実が、リーシャには堪らなく悔しい。


 人間族と力を合わせるなど死んでも御免だ。それならいっそ、魔王とやらに殺された方がましである。


 リーシャは噂の魔王に対し、さほど嫌悪感を持っていなかった。

 むしろ、彼らが人間達を殺戮していることに、喝采さえ送っていた。


 彼らはきっと、憤怒の権化。


 魔女が、エルフが、ドワーフが。

 王国から虐げられた全種族の憎悪が。

 魔王という形になって具現したように、感じていたのである。


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