第24話 杉間料飯店
王国の剣が産業都市に駐留してから数日が過ぎたが、戦士たちは街の中に出来る限り近づかないようしていた。
彼らはスオウから「必要以上に住民と接触するな」と言われ、麓の野営場に留まるように指示を受けていたのだ。
しかし、そこは勝手の知らぬ異郷の地。
彼らにとって物珍しい建築物群には、どうしても興味を惹かれてしまう。
更には、中腹の繁華街から届く楽しげな喧騒。
それらは長く行軍を続けていた彼らにとって、強く魅力を感じるものだった。
「セイギくーん。
ちょっと、ちーっとだけでいいすから、街に繰り出さない?」
そして、その魅力はこの男――案内人にとって抗い難いものだったのだろう。
彼は、セイギに小声でそんな誘いをかけ始めたのである。
「案内人さん……スオウ様の指示を知っているでしょう?」
「まーたセイギ君はそんなこと言ってぇ。
大丈夫大丈夫、バレやしないですって!
セイギ君だって、ドワーフの街が気になるでしょう?」
「そりゃあ、気にはなりますけど………。
というか案内人さん。あなた、産業都市で働いていたことがあるんですよね?
何でそんなに街へ行きたがるんです。
あなたにとっては慣れた街でしょう?」
「は? なにそれ?
俺、産業都市なんて初めてっすよ?」
セイギの言葉に対し案内人は首を傾げてみせるが、セイギはますます困惑したように言葉を続ける。
「いや、あなた!
スオウ様に雇ってもらう時「産業都市で働いていた」って言ってたじゃないですか!?」
「あー、そう言えばそんなこと言ったような……。
ごめん。アレ、嘘」
「嘘ぉ!?」
驚愕するセイギへ、案内人はいつものヘラヘラとした笑みで言葉を続けていく。
「いやぁ、あの時はあんなこと言ったけど。
俺、本当は産業都市なんて来たことないんすよねぇ。
「案内しろ」なんて言われて焦ったっすわ!
本当、よく辿り着けたもんだ」
「なんだこいつ……」
他人事のように嘯く案内人へ、セイギは戦慄さえ感じ始める。
よくもまあヌケヌケ「案内する」なんてほざいたものだ。
こんな奴、案内人でも何でもないではないか。
そんなセイギの心に気付かず、自称案内人はソワソワとしたようにセイギの手を取る。
「こまけぇことはいいんすよ!
それよりほら、早く街に行きましょ!
こっそり行けばバレねぇって!!」
「あ、ちょっと!!」
案内人から強引に手を引かれ、セイギは繁華街へと繰り出して行ったのだった。
◇
二人が繁華街に到着したのは夕方。
茜色の日差しが落ち、夜の帳が訪れはじめた頃のことである。
憂国の繁華街は、むしろ人ごみが増大傾向にあるようで、元々広くない路地をドワーフたちがごった返しているようだった。
「ひょー、すげえ。
どこ見てもドワーフばっかっすね!
セイギ君、どこ行きましょ!?」
「こんなことをして、いいのだろうか……」
「いやぁ、保存食ばっかで碌なモン食ってなかったし、何か美味い物が食いたいっすね!
あ! あの店なんてどうっす!?」
脳天気な様子で喜ぶ案内人と、落ち着かないセイギ。
対照的な姿を見せながらも、二人は何だかんだと繁華街の奥へ進んでいく。
繁華街には沢山の出店が並び、見慣れぬ食物や造形品が所狭しと飾られていた。
異国情緒溢れるそれらの品々は目に楽しく、次第にセイギも好奇心を擽られ始める。
いつの間にか、セイギは率先して繁華街の中を散策するようになっていた。
「あ、案内人さん!
あのお店はどうでしょう?
何だか、とてもいい匂いがします!」
「あの店っすか?
本当だ、これは溜まらん!!」
その内、二人は一軒の店に目をつける。
それは繁華街の中心部から少し外れた場所に料亭。
造り自体はシンプルな造詣であるが、それ故なんとも言えない名店の気配を感じる。
店先の暖簾には、この店の名前なのか『杉間料飯店』と文字が書かれていた。
「暖簾に何か書いてありますね、えーと、これは………」
「す………すぎーまー、りょーめしみせ?」
それは二人にとって、あまり見慣れぬドワーフ族の象形文字。
人間族とドワーフ族は同じ言語と文字を使うが、ドワーフはそれへ更に自分達の象形文字を混ぜており、彼らにとってあまり馴染みの無い文字であったのだ。
「杉間料飯店。
ウチは杉間料飯店といいます。お客様」
文字を解読しようと四苦八苦する二人へ、一つの声をかける。
見れば、店員と思しきドワーフ族の少女が、店の入り口から笑みを浮かべていた。
「あ……」
「人間族のお客様なんて珍しいですね。
ウチは安くて美味しいって評判の料亭なんですよ!
入っていきません?」
「は、はぁ……」
「俺ら、あんまり金ないんすよねぇ。
安いならこの店で決めちゃうっすか? セイギ君」
少女の視線に射止められたように固まるセイギへ、案内人が弾んだ声を上げる。
少女はそれへうれしそうにお辞儀してみせた。
「ありがとうございます。
それじゃお二人様、入りまーす!
ほら、お客様。どうぞどうぞ」
「はぁ………」
相変わらず阿呆のように立ち尽くすセイギと、案内人の手を引いて、少女は店内へと進んでいったのだった。
◇
「うぉ! 苦っ、なんだこりゃ!」
「こら!案内人さん、店内で失礼ですよ!」
ぺっぺと口のものを吐き捨てる案内人へ、セイギが顔を顰めて叱りつける。
杉間料飯店の席についた二人は、何やら陶器で出来た杯に緑色の液体を出されたのであるが、それを口に含んだ案内人がいきなり吐き出したのだ。
「おーい、店員さん!
水! 水を持ってきて!
口の中が苦くて仕方ない!」
「あと、何か拭くものを……」
セイギはため息とともに注文を付け足す。テーブルの上は案内人が撒き散らした液体でびしょびしょになっていた。
「満足に飲み物も飲めないのですか? あなたは………」
「だってよぉセイギちゃん!
これ、めっちゃ苦いんだよ! なに、飲み物なの? これ!」
「また大げさな……う゛っ」
ため息をつきながら液体を含むセイギであったが、彼もまた痺れるような苦味に呻り声を漏らす。
確かに案内人の言った通り、この液体はえらく苦い。
「あの……お水と手拭いです」
「あ、すいません」
セイギが舌に残る苦味に必死に耐えていたところ、店員―――先ほどの少女が来ていたらしい。
セイギは慌てて、彼女から手拭を受け取る。
「失礼。連れが飲み物を零してしまって………」
「いえ、いいんですよ。
私たちの方こそごめんなさい。
人間の方が初めて抹茶を飲んだら、ビックリしますよね。
お出しした時、味について一言伝えておくべきでした」
「抹茶?」
「はい。「茶」という植物の葉っぱを粉末にして、お湯に溶かしたものなんですよ。
私達は好んで飲むんですけど、人間さんにはあまり馴染みが無いですよね」
「好き好んでこんなもん飲むんすか?
ドワーフってのは、よくわからんすねぇ」
「こら、またそういう失礼なことを……!」
「ははは……」
セイギは案内人へ手拭を投げつけると、苦笑を浮かべる店員へ取り成すように伺う。
「先ほどから失礼なことばかり言ってすいません。
彼は馬鹿なので、どうかご容赦下さい。
―――えっと……」
店員の胸には名札がついている。
セイギはそれを読もうとしたが、それは先の店名と同様、ドワーフ族の象形文字で書かれていてピンとこない。
言葉を濁すセイギへ、店員は察したように微笑んで見せた。
「栗沙……私の名は、栗沙と書いてリーシャと読みます」
「リーシャさんですか。
色々と失礼を重ね、すいません」
「いえいえ」
リーシャは控えめに頭を下げ、微笑んだまま厨房に戻っていく。そんな彼女をセイギはいつまでも目で追っていた。
「いやぁ、案内人さん。
この店は当たりでしたね!
我ながら、良い店を見つけたものです!」
ウキウキと微笑むセイギへ、案内人が呆れたように見つめる。
「魔女の時も思ってたんすけど……。
セイギ君さ、女に免疫ないっしょ?」
「な、何を失敬な!!
あなたはさっさとテーブルを綺麗にしなさい!」
対面のテーブルでセイギと案内人が騒ぎ声を上げる。
料理さえ訪れていないというのに、二人の盛り上がりは大したものだった。
王国領であるといえ、異国情緒溢れるこの街が二人の心を浮かれさせていたのかもしれない。
しかし、浮ついていたのは彼らだけではなかった。
杉間料飯店の一角に、ある種、彼ら以上に浮かれ、有頂天になっている人間族の一団がいたのである。
「おい、蛮族共!!
どういうつもりだ!!」
不意に店内へ怒鳴り声が響き渡る。
セイギが驚いて視線を向けると、その先にはもう一組。5人の人間族がいた。
彼らは一様に粗野な出で立ちで、顔を真っ赤に染めて怒りを露にしている。
「あ、あの……どうかしましたか?」
男達の卓へ先ほどのリーシャが近寄っていくと、彼らは怒りのまま彼女に向かって怒鳴り声を上げる。
「どうかしました? じゃねえよ!!
てめぇ、俺たちをなめてんのか!?」
「え……?」
男達の物言いにリーシャは困惑してしまうが、そんな彼女へ、男のうちの一人が、手に持った杯を押し付ける。
「この水、腐ってるじゃねーか!!
この店は客に腐ったモンを出すのか!?」
「あの……それは抹茶と言って……」
「んなこたぁ聞いてねぇんだよ!!」
リーシャは何とか説明しようと試みるが、男達に取り合う気はないようだった。
ただ、怒りのままに杯を投げつけ、床に緑色の水溜りを作り上げる。
「セイギ君。あいつ、セルゲイっすよ」
「セルゲイ……以前、案内人さんが言っていた男ですか?」
「そう、王国の剣の一人。
俺たちの仲間っす」
セイギはセルゲイについて思い出す。
セルゲイ・ヴォルマルフ。確か、夜な夜なオリーブの馬車を覗き込んでいたという不審な男だ。
まさか、こんな場所で出会うとは思わなかった。
そんなセイギの思索と裏腹に、セルゲイたちの諍いは続いていく。
「おい、蛮族!
どう責任を取るつもりなんだ!? ああ!!?
「そ、その失礼しました。
何か別の、お客様の口に合う物をいま―――」
「ふざけんな!!」
リーシャの言葉を遮り、セルゲイは椅子を蹴り飛ばす。
木で出来た椅子は壁に当たって砕け、木片へと姿を変えてしまう。
周囲の緊張が張り詰めていくのを感じ、セイギは思索を止めて立ち上がった。
「おい、いいかげんにしないか!」
セイギはリーシャとセルゲイの間に割り立ち、彼女を庇うように男たちを睨みつける。
スオウの指示を反故にし、あまつさえ地域住民に狼藉を働くなど言語道断である。
『王国の剣』の一人として、セイギは彼らの無体が許せなかった。
「お前達は魔王討伐騎士団『王国の剣』。
仮初めと言え騎士なのだぞ!?
このような狼藉、論外だ!
恥を知れ――」
「うるせぇ!!」
「がっ!?」
勇ましく口上を上げたセイギであるが、彼の叱責はセルゲイの拳によって言葉ごと遮られる。
セルゲイはセイギを遥かに越える大男だ。
その力は尋常でなく、顔面を殴りつけられたセイギは元の卓まで吹き飛ばされてしまった。
「ヒェ! セイギ君、弱っ!!」
吹っ飛んできたセイギを受けて、案内人が悲鳴を上げる。
セルゲイはそんな二人を見下ろすと、忌々しげに口角を歪めてみせた。
「騎士だか何だか知らねぇが、ガキがえらそうにしやがって!
何だ!? 騎士様ってのはそんなに偉いのかよ!!?」
セルゲイはそんなことを怒鳴っていたようだが、朦朧としたセイギの頭には入ってこない。
運悪く、ちょうど顎に一発もらってしまったらしい。
もう一度立ち上がろうとするが、足元がおぼつかず上手くいかない。
「お、お客様! お願いですからもう帰ってください!
御代はもう結構ですから!」
縋るようにセルゲイの体を抑え、リーシャが必死になって声を上げる。
彼女の顔からは、先ほどまで浮かべていた笑みが掻き消え、今にも泣き出しそうになっていた。
「あ? 帰れだって?
せっかく来てくれた客に帰れってのは、あんまりじゃないかい? 姉ちゃん」
そんな言葉を並べながら、セルゲイと同席していた別の冒険者が立ち上がる。
彼は先ほどから事の成り行きをニヤニヤと見守っていたのだが、そのニヤケ面を更に歪ませリーシャへとにじり寄っていった。
「えっ……あの……」
「アンタのせいで俺らがこんなに迷惑を受けたってのに、金を返すから帰れ?
そんなんで、俺たちが納得すると思ってんのか?」
ジリジリと近寄ってくる男にリーシャは後ずさるが、すぐに壁へと追い詰められてしまう。
「あの、お客様……それでは、どうしたら……」
壁に背を当て、リーシャが震えた声で問いかける。
その瞳は恐怖に見開き、何かを必死に堪えるように口元を噛み締めていた。
男は壁に手を掛け、挟み込むようにリーシャへ顔を近づける。
「なに、おっさん達とちょっと遊んでくれればいい。
俺ら長旅で、すっかり女日照りでよ。
本当は人間がいいんだが……この際、姉ちゃんでも構わねぇや。
俺たちと遊ぼうぜ?」
「……いや」
ぎらぎらと光る男の視線から逃れるように、リーシャは目を反らす。
店内にはセイギやセルゲイたちの他、ドワーフ族の客も多数いる。
しかし彼らはこの状況に及んでも他人事のように、ただ黙々と自分達の食事を口に運んでいるようだ。
「ぐっ……」
セイギは何とか立ち上がろうとするが、ふらふらとよろめき、また倒れてしまう。
完全に脳震盪を起こしてしまったようだ。
「お待ち下され! お客様!!」
そんな中、一人の老人がセルゲイたちへと駆け寄っていく。
老人は年老いたドワーフ族の男で、衰えた体を杖で支えヨタヨタと傭兵へ縋りついていった。
「お爺ちゃん!!」
「その子は儂の孫娘なんです!
どうか、どうか離してやってください………」
「あぁ?」
セルゲイが縋りつく老人を蹴り払う。
老人は一度倒れこむも、またよろよろと立ち上がり媚びた笑顔でセルゲイ達を見上げてみせた。
「へ、へへぇ。
御代はもちろんお返しします……いや、それ以上の金を払いましょう。
だから、どうか孫は勘弁してください」
「……」
老人はそのまま土下座し、ヘラヘラと笑いながら上目づかいにセルゲイたちを見上げる。
セルゲイはそんな老人に対し、侮蔑を持って見下ろしていた。
「別にさ……俺らは代金を誤魔化そうとか、金をせびろうと思ってる訳じゃねぇんだよ」
セルゲイは先ほどの抹茶を手に取り、老人の頭へボタボタと落としていく。
体中を緑色に濡らしながら、それでも老人は笑っているようだった。
セルゲイはその顔に唾を吐きかけ、忌々しげに顔を顰める。
「ただ俺は、どうにもお前らのそのニヤケ面が気に喰わねぇ。
何をされても、ヘラヘラ笑いやがってよ」
「へぇ?」
「俺らはさ、確かに薄汚ねぇ冒険者風情だが、それでも誇りだけは守ってきた。
何が相手でも、どんな状況でも、決してなめられることだけは許さなかった。
いつだって気に食わねぇ相手には噛み付いて生きてきたんだ」
「そ、それはご立派で……」
「そんな俺らからすればよ。
てめぇらのへりくだった態度がむかつくんだよ。
へこへこへこへこ機嫌を伺いやがって。
腹が立って仕方ねぇ」
セルゲイはそのまま、土下座する老人の頭を踏みつける。
「ぐっ……!」
「だからつい、いじめたくなっちまう」
セルゲイはグリグリと老人の頭を踏みつけると、リーシャに絡んでいる仲間へ声を掛けた。
「おい、こんなジジイを相手にしてもつまらねぇ。
その姉ちゃんを連れて、店を出ようぜ」
「栗沙を連れて!?
ま、待って下さい! 孫をどうするおつもりですか!?」
「なに、ただちょっと相手してもらうだけだ。
ドワーフ如きの相手をしてやるんだ、感謝して欲しいくらいだぜ?」
男が抱きかかえるように、リーシャを連れて行こうとする。
リーシャはそれでも黙ったまま、ただ老人を見つめているようだった。
老人はもう一度セルゲイに縋りつき、哀願の言葉を漏らす。
「お客様、これで最後です。
どうか……どうか、もうご勘弁下さい!」
「勘弁しねー」
もうセルゲイは老人から興味を失ってしまったようだ。
ただ、リーシャに好色な目だけを向けている。
「……」
老人は無言になっていた。
だた黙って濡れた顔を拭い、一言だけ言葉を告げる。
「お客人、聞こえなかったのか?
儂は『最後』だと言ったのだぞ?」
先ほどに比べ低く重くなった老人の声音。セルゲイはそれに気の無い様子で短く応じる。
「あ?」
その返答が、彼の最期の言葉となってしまったようだ。
気がつけば、セルゲイの首には銀色の線が巻きつけられていた。
「哼!!」
バキッという低い音と共に、セルゲイはそのまま崩れ落ちる。
「誇りを守るか……随分とご立派な志じゃが。
それでやることが「若い娘をかどわかす」では、些か説得力に欠けるな」
老人はセルゲイに巻き付けた鋼線を散らし、鷹の如き獰猛な双眸で微笑んでみせた。
「もっとも人間族の誇りなど、その程度であろうが」
「お、おい?」
セルゲイの仲間たちは訳がわからないといった様子で、死骸へ駆け寄っていく。
彼の首は90度ほど折れ曲がり、小さく痙攣だけしているようだ。
頚椎断裂、即死である。
「て、てめえ……!」
驚愕を受けながらも、事態を理解した冒険者の一人が老人に向かって剣を抜く。
「よ、よくもやりやがったな!?
ぶっ殺してやる!!」
「お前如きが儂を殺す?
身の程を知らんようじゃな」
老人は杖を拾うと、瞬時にその冒険者に向かって投擲する。
杖は正確に冒険者の咽喉へ突き刺さり、気道を切り裂いていった。
一見すると杖のようであったそれは、先を研ぎ尖らせた投槍であったのだ。
「――!」
気道に風穴を開けられた冒険者は、声を上げることさえ叶わず。咽喉を抑えたまま、静かに窒息していく。
仲間の屍を前に、冒険者たちの決断は早かった。
「に、逃げろ!!」
残った3人の冒険者達が店の外へと逃走していく。
しかし、彼らが向かう出入り口にはドワーフ族の店員たちが、冷徹な瞳で人間たちを見つめていた。
「お前たち、戸を封じろ!
こいつらを一匹たりとも生かして返すな!!」
「承知しております、杉間様」
無常にも、料飯店の戸が閉められていく。それは冒険者たちにとって、退路を断たれたことを意味していた。
「ま、待て!!」
「待てんのぉ!!」
冒険者の一人が降参するように両手を上げるが、老人はその両腕をへし折り、そのまま絞殺する。
もう一人は何とか応戦しようと試みるが、老人の体術によって撲殺されてしまった。
杉間料飯店を訪れた5人の冒険者。彼らは物の数分で、一人だけを残し殺されてしまったのである。
「う、動くな! お前らぁ!!」
ただひとり残った冒険者は抱きかかえていたリーシャの首元に剣を突きつける。
「お、おいジジイ!
少しでも動いたら、こいつをぶっ殺すからな!!」
彼がリーシャを捕まえたままだったのは、僥倖だったかもしれない。
彼女を人質に脱出することが、彼にとって唯一の活路であった。
「お爺ちゃん?」
首筋に剣を突きつけられ、それでもリーシャは笑っているようだった。
今までで一番可愛らしい笑顔を浮かべ、首を傾げて老人へ問いかける。
老人はそんな孫娘に思わずため息をついてしまう。
「わかった……構わん。
そいつはお前が仕留めていいぞ。栗沙」
「うん!」
リーシャは元気良く答えると、そのまま踵を後ろに向けて思い切り蹴り上げる。
その踵は真っ直ぐに男の陰部へ命中し、パチンという音が小さく鳴っていた。
「っっ~~!!」
金的に寄る睾丸の崩潰。
男は悲鳴を上げることも出来ず、口から泡を吹いて仰向けにバタリと倒れる。
「さあ、お客さん。私と遊びたいんでしたよね?
何をして遊びましょうか?」
リーシャが営業スマイルで男へ問いかけるが、彼は痙攣するだけで何も答えないようだ。
「あれ? ひょっとして死んじゃった?」
「ショック死だな……まったく、お前という奴はいつもいつも―――」
「えー!? つまんないの。
こいつは絶対、嬲り殺してやろうと思ったのに」
不満気に頬を膨らませるリーシャへ、老人がげんなりとため息をつく。
あんなに可愛かった孫娘が、いつの間にか睾丸を潰して喜ぶような不心得者になってしまった。
彼女の将来を考えると、老人は胸を不安に包まれてしまうのだ。
老人は顔にしたたる抹茶を拭きながらやれやれと周囲を見渡す。
どうやら、あの無法者たちは無事、皆殺しに出来たようだ。
「またやっちゃったね。
劉様に怒られるかな?」
「まあ、多分大丈夫じゃろう。
傭兵が戦地で逃げ出すなどよくあることじゃ。
こいつらも逃走扱いで、それほど追及もされんだろうさ」
老人は気を取り直すようにパンパンと手を叩き、他の客たちへ声を張る。
「お客様方、失礼致しました。
ゴミ掃除は終わりましたので、引き続きお食事をお楽しみください」
詫びるような老人の言葉。
しかし彼らはこの状況に及んでも他人事のように、ただ黙々と自分達の食事を口に運んでいるようだ。
調子に乗った人間族を秘密裏に始末するなど、いつものことなのだ。
一々気にしていては、食事も満足に味わえない。
「ちょっと待って、お爺ちゃん。
ゴミ掃除は終わってないよ?」
しかし、リーシャは老人の服をくいくいと引き寄せ、もう片方の手でこちらを――セイギたちを示してみせる。
「ここにまだ、ゴミが二匹残ってる」
「え……?」
「おっと、いかんいかん。
こやつらも連中の仲間であったな」
「そうそう。こいつらを生かして帰したら、色々不味いでしょ?
お爺ちゃん、こいつらは私に殺させてよ」
ようやく脳震盪がおさまったというに、更に頭がふらつくような出来事が起こり続けている。
セイギは床に這い蹲ったまま、二体のドワーフ族を見上げる。
彼らは言葉通り、ゴミでも見るかのような目つきでこちらを見下ろしていた。
「あー……。二匹って俺らのことね……」
セイギの傍らで、案内人はテーブルを拭きながら、そんな言葉を呟くのだった。