第23話 ドワーフの民
麓の正門から険しい山道をこえた山頂。
そこに産業都市の領主館がある。
領主館もまた、周囲の建築物と同様の木材建築であり、白塗りの漆喰に粘土を固めたブロック―――瓦屋根で造られていた。
領主館の謁見室は畳が敷き詰められ、壁に座った大熊の幟がかけられている。
その御印は朝倉たちの陣羽織と同じもの。産業都市のシンボルといえる紋章だった。
そんな大熊たちから見下ろされるようにして、一人の男がへりくだった態度でスオウに頭を下げる。
「いや、まさかヴーロート……王国の大英雄にお目通り叶うとは。
私、些か驚いてしまいました。
ヴーロートの当主にお会いできるなど、光栄の極みでございます」
「滅相も無い」
産業都市の領主、その名をハロルド・マロンという。
領主までドワーフ族だったらどうしようかと思ったものだが、どうやらこの男は正真正銘の人間族であるようだ。
スオウはホッと息を吐くも、ハロルドは何やら落ち着かない様子でスオウたちをギョロギョロと伺っているようだった。
「して、その御当主がどうしてまた、このような辺境に?」
ハロルドの問いに対し、スオウは待ってましたと言わんばかりに腰を上げ、熱く口を開く。
「ハロルド閣下は、魔王という存在をご存知ですか?」
「魔王……」
スオウの返事に対し、ハロルドは思案するように首を傾げる。
「確か……海岸都市周辺を荒らしまわっている賊であるとか。
あの海岸都市を崩壊させた元凶であるとか、そんな噂は聞いております。
もっともそんなもの、眉唾物であると考えていたのですが……」
「魔王は実在する!」
怪訝そうなハロルドに対し、スオウは力強く断言する。
「魔王とその眷族たち。それらは決して流言などではありません。
海岸都市を滅ぼした魔王は、次にこの産業都市へやってくる!
私はそう睨んでおります」
「は、はあ………」
膝を立ち、熱弁するスオウへ、ハロルドは相変わらず訝しげな表情を浮かべる。
「では、スオウ殿はその魔王とやらを倒すため、はるばる王都からやってきたということですか?」
「然り。
その上でお頼みしたい。
我々、王国の剣に産業都市への駐留許可を頂けないでしょうか?
先ほどお見せした認定証の通り、王国の剣は国王陛下から認可された正式な派遣軍です。
どうか、ご協力を!」
「う、うーむ……」
スオウの求めに対し、ハロルドは些か困ったように視線を泳がせると、傍らの男へ声を掛けた。
「と、いうことですが、どうします?
劉殿」
「そうですな」
ハロルドが声を掛けた男―――初老のドワーフ族が目を閉じ、思案するように口を開く。
「よろしいのではないでしょうか?
スオウ様と言えば、王国が誇るヴーロート一族の出自。
信頼するに十分でしょう」
「劉殿がそう仰るのであれば………」
劉の頷きに対し、ハロルドは安心したように胸を撫で下ろし再びスオウへ目を向ける。
「スオウ殿、産業都市は貴方がたを歓迎しましょう。
長旅でお疲れではないですか?
先ずは、ごゆるりと疲れを癒して下さい」
「ご好意、ありがたく承ります」
スオウは頭を下げ、ハロルドに謝辞を述べる。
しかし、そのまま視線だけを彼に向け、どこか問いただすように言葉を続けた。
「ただ、非礼を承知で一つ伺いたい。
先ほど、我々はアサクラ ジューローザなる防衛隊長にお会いしたのだが、彼の容姿は明らかにドワーフ族のそれだった。
本来ドワーフ族は武装を禁じられ、軍属も許されていない筈。
ハロルド閣下は、このことをご存知か?」
「え……」
「それについては、私の方からお話しましょう」
問いに対しギクリと顔を青ざめるハロルドに代わって、先ほどの劉というドワーフがスオウの前に進み出る。劉はあくまで温厚な笑みを絶やさず、だけど視線だけは鷹の如き獰猛さを持って、スオウと相対した。
「スオウ様のお言葉通り、彼らはみなドワーフ族。
ですが、防衛隊というのは建前のようなものでして……正式に軍属という訳ではありませぬ。
まあ、言ってしまえば自警団のようなものですな。
誤解を招いたのであれば、申し訳ありません」
「しかし、彼らは武器を所持していた。
それはどう説明する?」
「スオウ様も人が悪うございますな……そうまで仰られる以上、彼らの持つ『武器』とやらも御覧になったのでしょう?
御覧になられた通り、彼らが持つのは棒っきれのみ。
武器と呼ぶにはあまりに大仰すぎる」
「む……」
劉の言葉に対し、スオウは押し黙ってしまう。
確かに棒切れまで武器と呼んでは、誰もが武装していることになってしまう。
だが、スオウとしてもここで引き下がる訳にはいかなかった。
「そもそも、本来の防衛隊はどうされたのだ?
産業都市には、国王陛下認可の正式な防衛隊が駐留していた筈だ」
「ああ……勿論、いらっしゃいますよ。
慈悲深き国王陛下は、我々のような蛮族のために500人もの防衛隊を送って下さいました。
彼らはとても仕事熱心でして……。
今日も産業都市の治安を守るため、尽くして下さっている」
「たったの500人だと……?」
劉の言葉に対しスオウは困惑する。
産業都市とて、10万の人口を抱える大都市。
海岸都市に8000の防衛隊が駐留していたことを考えれば、その数はあまりにも少ない。
スオウは更に疑問を発しようと口を開くが、それを制するようにハロルドが口を挟んできた。
「このへんでよろしいでしょう? スオウ殿。
この産業都市は、陛下の御意志に何一つ反していない」
「しかし……!」
「いいかげんにして下さらんか?
我々は貴方がたを迎え入れると言ったのだ。その上、四の五の言われる筋合いはない。
これ以上の無礼を重ねるのであれば、こちらにも考えがありますよ?」
あくまで食い下がるスオウへ、ハロルドが表情に怒りの色が混じる。
これ以上の追求は、王国の剣に対する不利益にもなりかねない。
「いや、失敬した。
私としたことが、出過ぎた真似をしたようだ。
劉殿にもとんだご無礼を……」
「いえいえ……。
私こそ、二等民の分際で生意気な口を利き申し訳ありませんでした」
慇懃に頭を下げる劉から、スオウは諦めたように目を反らす。
仕方ない。不審点は一切晴れていないが、自分たちの目的は魔王を倒すことである。
こんなことで領主から不興を買っては元も子もなくなってしまう。
スオウは仕方なく謝意を述べると、追求を納めるのだった。
◇
ハロルドと『王国の剣』駐留についての話をまとめ、スオウたちは領主館を後にする。
彼に取り付けたのは、産業都市麓における駐留と、都市内施設の使用許可。
そして兵糧の配給である。
成果としては大成果。予想以上の厚遇である。
しかし、立ち去るスオウには、どうしようもないわだかまりが残っていた。
「フクツ殿。あのハロルドという領主、どう思います?」
スオウは小声で、傍らのフクツへ問いかける。それに対しフクツもまた同じように小声を返してみせた。
「どうにも、信用できませんな……」
「やはりそうか」
「防衛隊の件もそうだが……何より、あの劉という老人。あやつの存在が気になる。
そもそも、此度の会見は王国――人間族のもの。
なぜ、あのドワーフがあの場にいた? なぜ取り仕切る?
まるで、あの男こそが領主のようではないか」
「……この街の防衛隊に、当たってみる必要がありそうですな」
スオウの言う防衛隊。それは無論、先の朝倉たちではなく、王国が派遣した正式な人間族の防衛隊である。
彼らの使命は街を守ることであるが、同時にドワーフたちの監視を兼ねている。
兎に角、この現状を彼らに問いただす必要があるだろうと考えたのだ。
◇
「あれで良かったのだろうか……」
立ち去っていくスオウたちを領主館の物見から見下ろし、ハロルドは嘆息するように呟く。
「構わないでしょう。
彼らは王国認可の派遣軍だ。
我々はある程度彼らに協力し、国王への忠誠を見せなければなりません」
ハロルドの傍らで同じようにスオウたちを見下ろしながら、劉が安心させるように答える。
しかし、ハロルドは納得しかねるように劉へ向き直った。
「劉殿はそう言いますが……。
あのスオウという男、信じられるでしょうか?
魔王など、所詮風聞の戯言。
そんなものの為にあの国王が、わざわざ軍など派遣しますか?
まして、スオウはヴーロートの者なのですよ」
「閣下はどうお思いで?」
「魔王討伐なんてのは唯の建前で、その真意は産業都市を探ること。
私たちの動きに勘付き、王国が調査隊を向かわせたのではないかと……そう思うのです。
あの砦も、ようやく完成したところですからね」
「土蜘蛛砦ですか……」
なおも不安そうに眉を顰めるハロルドへ、劉は笑ってみせる。
「心配いりませんよ、閣下。
あれを知るのは閣下とドワーフ族のみ。
情報が漏れることなど有り得ません。
それに―――」
そこまで話して、劉の瞳に烈しい光が宿る。
それは正に鷹のような、猛禽類が持つ獰猛な光。
顔は相変わらず微笑んでいるものの、スオウたちを見下ろす眼差しは、殺意に満ち満ちていた。
「それに、もし秘密が漏れた所で問題は無いでしょう。
その時は、あのスオウとやらを消してしまえばいい。
暗殺、毒殺の類は、我らドワーフ族の専売特許ですからな」
ハロルドはまだ何かを言いたげであったが、劉は話が終わったというように言葉を締める。
産業都市領主、ハロルド・マロン。
彼はフクツが見越したとおり、傀儡的な領主であった。
産業都市の実質的な支配者は、この劉というドワーフ族である。
まだ何か不満を漏らしそうなハロルドから目を反らし、劉は手駒の名を呼ぶ。
「朝倉」
「ここに」
劉が呼び出したのは、先ほどの防衛隊長。
朝倉 十郎左である。
朝倉は音も無く現れると、平服したまま劉の指示を待っているようだった。
「素破を使い、スオウたちを監視せよ。
その一挙一動、決して見逃すな。
奴らに何か動きがあれば、逐一私へ知らせるのだ」
「承知しました。劉大人」
朝倉は短く答えると、来た時と同様に音も無く姿を消す。
産業都市防衛隊長などと名乗っているが、朝倉は王国の為に戦うつもりなど毛頭無い。
彼が忠誠を誓うのは、皇王ただ一人。
国から離れど、朝倉の主君は今も皇国だった。
朝倉の気配が消えるのを感じ、劉は小さくほくそ笑む。
劉 賢魯
かつて皇国において、最高文官に位置していたドワーフ族の賢人である。
それは皇王が大陸へ送り込んだ、埋伏の毒と言っていい存在だった。
劉はもう一度、ハロルドへ振り返りまとめるように言葉を告げる。
「ハロルド閣下。何もご心配はいりません。
ドワーフ族は機密を保持するという面において、どの知的種族よりも秀でている。
スオウは何事もなく、この都市を去ることになるでしょう」
最後にそう伝えると、劉は領主館から立ち去っていく。
ハロルドはそんな劉の背中を見送りながら……やはりどこか不満気な様子であった。
「私としては……」
先ほど対面したスオウの顔を思い出しながら、ハロルドは独り言のように言葉を呟く。
「私としては何事かあろうと無かろうと、スオウの奴めを消してしまいたいのですがね……」
◇
産業都市は山の傾斜に沿って造られた山岳の都市である。
領主館のある山頂部から山稜にかけて急な傾斜となっているが、山の中腹辺りに他山との鞍部があり、広大な平野となっている。
ドワーフたちの大部分はその平野に居住しているらしく、折り重なるように木造建築が建てられ、多くの人々で賑わっているようだった。
この平野部は繁華街も兼ねているようだ。
多くの商店や飲食店が建ち並び、赤、青、黄色と色鮮やかな看板が飾られている。
行き交う人々は、木綿で出来た平織りをはおり、賑やかにざわめきながらそんな店々の中を進んでいた。
「こんな山奥に、これほどの都市があるとはな」
人の波を掻き分け、スオウは感嘆したように言葉を漏らす。
「ドワーフってのは、もともと山岳地に住んでいる種族ですからね。
それにこの山には鉱脈があって、質の言い金属が取れるらしい。
こいつらの主産業は製鉄だから、仕事がしやすいってのもあるんでしょう」
「元より、彼らは技術移民。
皇国の製鉄技術を伝播するため、大陸へ連れて来た者たちだ。
だからこそ陛下は、彼らをこの地に封じ込めたのでしょう」
スオウの言葉に対し、同じく人波を掻き分けながらフクツとジンギが答える。
ふむ、と頷きながらスオウは一面のドワーフたちを見渡した。
領主や防衛隊など、一部の役人を除けば産業都市の住民はドワーフ族。
その人口比率は1:100にまで達している。
故に都市を構成する住民はほとんどがドワーフ族。時折、行商らしき人間を見かける程度だ。
そんな中で、スオウたち人間の姿は雑踏から明らかに浮いていた。
「旦那、あんまり目立つと具合が悪い。
さっさと騎士団の所へ戻りましょうや」
雑踏から向けられる視線に辟易したようにジンギは提案するが、スオウは首を振ってみせる。
「いや、その前に、産業都市の防衛隊長に会いたい。
あの劉や朝倉のことを、確認しなければならないだろう」
なぜ、都市防衛をドワーフ族が取り仕切っているのか。
なぜ、領主の側近という立場にドワーフ族がいるのか。
それらの疑問を、スオウは防衛隊に尋ねるつもりだった。
あのハロルドがいささか信用に欠ける以上、最も信頼出来るのは王都から派遣された防衛隊である。
それに魔王討伐を行う上で、彼らの協力を仰ぎたいという考えもある。
スオウはそれらの思惑を胸に繁華街の奥。産業都市防衛隊詰所に向かうのだった。
◇
「へへぇ。あっしが産業都市防衛隊の責任者。
隊長 ハインリヒ・ブラオです。
まさか王都の騎士団長殿がこの街にいらっしゃるとは………。
いや遠路はるばる、ご苦労でございますな!」
防衛隊詰所でスオウたちを迎えたのは、ハインリヒという中年の男だった。
ハインリヒは昼間だと言うのに、酒臭い息を吐き、赤ら顔をニヤニヤと緩めている。
彼の背後では、甲冑も身につけず酒盛りに興じる防衛兵たちの姿があった。
スオウはそんな彼らに眉を顰めつつ、ハインリヒへ問いかける。
「不躾であるが………貴公らはまだ職務中であるはず。
何故、酒など喰らっているのだ?」
「まあまあ、固いこと言わんでくださいよ。
こんな辺境、誰も攻めてきやしませんって!」
ハインリヒは悪びれる様子もなく、ヘラヘラ笑ってみせる。
「それに、あの……朝倉?
朝倉とか言う兄ちゃんが有志を募って、市内の治安維持をしてるんです。
ぶっちゃけ、俺らに仕事なんてありませんよ!」
「朝倉……朝倉 十郎左か……。
まさか貴公ら、都市防衛を彼らに一任しているのか?」
「そうですよ?」
ますます眉を顰めさせるスオウに対し、ハインリヒはキョトンとしたように答える。
「この街に住んでるのは、ほとんどドワーフ族ですからねぇ。
ドワーフの事はドワーフに任せた方がいいでしょう。
それにあいつら、何かと酒やら何やらを持ってきてくれましてね。
飲み物、食い物に困らんのですよ!
スオウ殿も一杯、どうです?」
ハインリヒは杯をスオウたちに手向けるが、スオウはそれに手を振る。
「いや……今はまだ、すべきことがあるので」
「なんでぇ、スオウ殿。
俺の酒が飲めねぇってんですかい。
ヴーロートだか何だか知らねぇが、お高くとまってんじゃねーぞ?」
「は?」
不意に言動が乱暴になったハインリヒを、スオウは見つめ直す。
ハインリヒは目が据わり、ジロジロとスオウの顔を睨んでいるようだった。
「スオウさんよ。アンタ、少なくとも俺より年下だろう?
年長者の酒が飲めねぇってのは、些か無礼ってもんじゃねーのか?」
どうやらこの男、酷い絡み酒のようだ。
ネチネチと嫌味を言いながら、なおもグイグイと杯をスオウへ押し付けようとしている。
どうしたものかとスオウが思案していたところ、背後からフクツが身を乗り出し、ハインリヒをジロリと睨みつけた。
「相変わらず酒癖が悪いようだな、ハインリヒ」
「フ、フクツか!?」
フクツの姿を納め、ハインリヒは驚愕したように叫び声を上げる。フクツはそれに構わず、彼の胸ぐらを掴むとそのまま宙に吊り上げてみせた。
「身の程を弁えろ。
スオウ殿は貴様など、手の届かぬような位にある方なのだぞ。
それとも、この場で処刑されたいのか?」
「フ、フクツ……。
お前、海岸都市に行ったんじゃねぇのかよ?
何でこんな街に居やがる!?」
相変わらず驚き続けるハインリヒに嘆息し、フクツは彼を放り捨てる。
「山奥に篭っていると言え、海岸都市崩壊の報も知らんのか……。
とことん相変わらずな男だな、貴様は」
「お知り合いですか?」
深くため息をつくフクツへ、スオウが不思議そうに問いかける。
「ええ、この男。
かつては魔女討伐騎士団に所属しておりましてな。
あの第18回遠征にも参加していたのですよ」
コソコソと逃げ出すハインリヒを見送り、疲れ果てたようにフクツは言葉を続ける。
「腕は確かなのだが……御覧の通り放蕩者でしてな。
騎士団時代にも随分手を焼かされたものだ。
紛争が終わって、どこぞに編成されたと聞いていたが……まさか、この産業都市にいるとは」
フクツはもう一度ハインリヒの方へ目をやるが、当の彼はとっくに逃げ出した後だった。
面倒な奴に会うと逃げ出す。そんなところまで若い頃と変わらない。
フクツはスオウに向き直ると、降参したように首を振ってしまう。
「もう行きましょう、スオウ殿。
あの男には、なんの期待も出来ませぬ」
◇
「………話にならんな」
防衛隊詰所を出て開口一番、スオウはそう吐き捨てる。
都市防衛の全てを、名目上は一般市民である朝倉たちに任せきり、職務中から酒を喰らっているような防衛隊である。
産業都市について有用な情報を得られるとは思えず、また魔王打倒の手助けになるとも思えない。
「どうやらこの都市は領主も防衛隊も、およそ王国から派遣された者は、ドワーフたちに懐柔されているようだな」
「そのようです」
傍らのフクツと共に、スオウは大きくため息をつく。
この都市は中枢から司法機能まで、そのほとんどをドワーフ族に奪われてしまったようだ。
産業都市の現状にスオウとフクツは暗澹たる思いを持ってしまう。
「しかし、スオウ殿。
いかがされるおつもりだ?
傀儡と言え、我々は領主から協力を取り付けることが出来た。
目的は果たせたのではないか?」
「そうですね………。
それに、下手にこの都市の現状を王都へ報告すれば、その協力自体を不意にしてしまうかもしれない」
ハロルドが危惧していたように、もしスオウたちが王都からの調査隊であれば、この状況を報告しなければならないだろう。
しかし、彼らの目的はあくまで、魔王を倒すことなのだ。
そして、ハロルドは魔王打倒に関して、協力すると約束した。それもかなりの好条件、王国の剣にとって悪くない処遇である。
下手に現状を報告し、ハロルドが罷免されたりすれば、この約束も無に還されてしまう。
王国民としての忠義を取るか、魔王を討つ物としての利点と取るか。
それがスオウにとって、悩みどころであった。
「スオウの旦那に、フクツの叔父貴。
あまり声を上げない方がいい。
領主館を出てから俺たち、奴らに監視されてますぜ」
「なに?」
小声で密談を重ねる二人を、ジンギが小さく咎める。
こと密偵を看破する能力に関して、ジンギはスオウやフクツに勝っていた。
「どこからかは見当がつきやせんが………あちこちから視線を感じやす。
ドワーフ族には忍びだか素破だかと言う、間諜がいるんだ。
俺らの話もたぶん、すっぱ抜かれてやがる」
「……」
ジンギの言葉に、スオウは考え込む。
報告するにしろ、黙殺するにしろ、どうやら早く決めねばならぬようだ。
少なくとも、あの劉という男は自分達に探りを入れている。
「仕方ない……か」
スオウは僅かに思案し、直ぐに意を決したように言葉を告げた。
「色々と疑問はあるが、この件は放置することにしよう。
元より、我々の目的は魔王の討伐。
ハロルド殿が協力してくれるなら、是非も無い」
スオウはその決定を、周囲に潜んでいるのであろう間諜たちにも聞こえるよう、あえて大声で伝える。
結局、スオウは産業都市の現状を黙殺することにした。
いかに不審点があろうと、ハロルドが魔王討伐に助力してくれるというのは事実だ。
ならば、それを自ら放棄することもないだろう。
「ではフクツ殿、ジンギ。
『王国の剣』へ戻るぞ。
彼らも休養させてやらねばなるまい」
最後にそう言うと、スオウたちは足早に山の麓。
仲間たちが留まる場所へ戻っていったのだった。