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第22話 産業都市


 ある天気のいい早朝。

 魔王邸の前で、魔王とルージュが一悶着を起こしていた。


「どうしてもついて来るのかい? ルージュ」


「もちろんです!」


「うーん………」


 困り顔で首を捻る魔王に対し、ルージュは断固とした表情で宣言する。


「だって、みんなまたどこかへ行くんですよね?

 私だけお留守番なんて不公平です!」


「別に、遊びに行く訳じゃないんだよ?」


 これから魔王たちが向かうのは産業都市。

 ルージュはそれに、同行することを求めたのだ。

 もっとも魔王の言葉通り、彼らの目的は旅行などではなく侵略。

 魔王としては、またルージュに留守番をしてもらうことを希望していた。

 

「大丈夫です! 私もいのー、使えるようになりました。

 きっとおじさんの役に立てますよ!」


「ルージュの異能………怪物フリークスか。

 おじさん、あの異能の効果がよくわからないんだけど………」


「私もよくわからないですけど、フリークスは凄いんです!

 死んだ人だって、きっと生き返らせることが出来るんですよ!

 もしおじさんが死んだら、アカネみたいに生き返らせてあげますから!」


「オ゛ォ゛!」


「………それはちょっと、ご遠慮願いたいなぁ」


 いつものようにルージュの首へ巻きつくアカネを見下ろし、魔王は困り顔で嘯く。

 正直、この怪物のようになってしまうのは避けたいところである。


「困ったな………」


 珍しく食い下がるルージュに魔王はため息をついてしまう。

 産業都市は、海岸都市には見劣りするといえ腐っても五大都市の一つだ。

 ルージュの身に危険が及ぶ可能性だってある。

 それに魔王はどうしてか、自らが殺戮に及ぶ姿を彼女に見せたくないと感じていたのだ。


「ウィッチ。君からもルージュに言ってくれないか?」


 どうしようもなくなった魔王は、ウィッチに助けを求める。

 しかしウィッチは苛立った様子で、そんな魔王をジロリを睨んで見せた。


「魔王様。困ったら取りあえず私に振るの、止めて貰えません?

 そもそも私、それどころじゃないんで!」


 ウィッチはつっけんどんにそう返すと、そのままグールたちの使役作業へと戻ってしまう。

 彼女が操るのは30人ほどのグールたち。

 グールたちはどうやら、何か巨大な鉄塊をふうふうと運んでいるようだった。


「ほらウィッチ! 先が壁にぶつかった!

 もっと丁寧に運ばせてくれないか!?」


「うるさいなぁ………」


 プリーストの苦言に対し、ウィッチはうんざりとした顔で答える。

 グールたちが運ぶ鉄塊はプリーストが創作した物。

 8メートルをこえる巨大なそれは、とても一人で動かせるものでなく。

 ウィッチの助けを借りて産業都市まで運ぶことになったのだ。

 もっとも、ウィッチにとってそれは迷惑もいいところであった。


「あのさぁ、プリ君。

 人にモノを頼んでおいて、なに偉そうにしてんの?

 グールは、君のガラクタを運ぶ為にいるんじゃないんだよ?」


「ガ、ガラクタだと!?

 この『黒き灰燼の使者』は戦争の形を変えてしまう、画期的な兵器なのだよ!?

 むしろ光栄と思って欲しいものだ!」


「あ~私。ちょっとマジでむかついてきたかも。

 あまり調子のってんじゃねーぞ? 小僧」


「あ?」


 ギラギラと睨み合う二人を前に、魔王はため息をついてしまう。

 彼らに説得を求めたのが、土台無駄であるようだった。


「………よいのではないか? 魔王殿。

 産業都市は以前より長い旅路になる。

 その間ずっと、ルージュへ留守番をさせる訳にもいかぬだろう?」


 ウィッチに変わって、バルバロイが魔王に声をかける。それに魔王は顰め面で応じてみせた。


「簡単に言うなよ、バルバロイ。

 海岸都市より規模が劣るとは言え、決して楽な戦いじゃないんだよ?

 ルージュに何かあったら、どうするんだい?」


「何も起こらんよ。

 産業都市の軟弱者など、物の敵でもない。

 ルージュも安心してついて来るがいい」 


「おぉ……さすが、ばるさん!」


 バルバロイからの追い風にに、ルージュが喝采を送る。

 それに対し、魔王は面白く無さそうに口を尖らせてしまった。


「何だよ、僕だけ悪者みたいに………。

 だいたいバルバロイ。なんか君、さいきん腑抜け気味なんじゃないか?」


 八つ当たりのような魔王の言葉。

 しかし、それはある意味真実で、産業都市を滅ぼすと伝えてからのバルバロイはすっかり、牙が抜けたようになっていた。

 いつもの戦意溢れる気負いが失せ、禄に食事も取らず物思いに耽っているようだ。


「ほう、それは心外な……」


 魔王の言葉に対し、バルバロイは目を細めてみせる。


「心配せんでも、産業都市では鬼気を持って戦おう。

 魔王殿にご満足頂けるだけ、戦働きに尽くすさ」


 どこか明るく告げられるバルバロイの言葉。

 しかし、そんなことを伝えながら、彼の心には滾るような憎悪が湧き溢れていた。


『弾蔵よ……憂国の志士でも気取っているつもりなのだろうが、貴様はその実、国のことなど何一つ考えていない。

 己が殺意を満たすため、憂国という言葉を隠れ蓑にしているだけよ。

 日ヶ暮 弾蔵は皇国に弓引く逆賊である。

 貴様にはこのわしが直々に引導をくれてやろう』


 彼の脳裏に浮かぶは、そんな言葉と決別の視線。

 バルバロイはそれらの記憶を握りつぶすように、拳を固めてみせる。


「俺にとって、あの都市に住まうドワーフ族は怨敵。

 奴らの血雨を持って、蛮族共に引導をくれてやる」


 あくまで明るい声音のまま、バルバロイはそう告げる。

 しかし、鬼面の隙間から覗く両の目は、灰に残った火片のように陰惨な光を纏っていた。



 街道が石造りから土に変わり、周囲の景色が平野から鬱蒼と茂る森へと移っていく。

 歩行も困難な険しい山道を進みながら、幾峰もの山々を超えた先。

 その都市は、山稜の隙間からぽっかりと現れる。


 産業都市―――それは、一座の山を切り開き、山頂から山麓さんろくにかけて、沿うように造られた山岳都市である。


 王都を出立して早一ヶ月。

 距離的に見れば海岸都市より近い筈なのに、倍近くの時間をかけてしまった。

 連なる山脈と、未整備の山道が行軍の妨げとなってしまったのだ。


「スオウ様! 産業都市です!」


「ああ……」


 ユウキの叫びに、スオウは目を細めながら産業都市を見上げる。

 

 王国のモノとは違う、木材を主体として造られた建築群。

 建物の密集地には色鮮やかな幟が立てられ、繁華街の賑わいをみせている。

 それらはスオウにとって異国情緒溢れるもので、本当にここが王国領なのかと迷ってしまうほどだった。


「スオウ殿。何にしても先ず、領主に話をつけなくては」


「はい、そうしますか」


 フクツからの進言を受け、スオウは王国の剣たちを産業都市の麓に待機させる。

 アランの認定証があると言え、都市に駐留するには領主の許可を取らねばならない。

 スオウはフクツとジンギ、ユウキを連れて、4人で産業都市の入り口。山を囲むように造られた木柵へと進んでいった。


「止まれ!!」


 そんな4人へ険しい声がかけられる。

 見れば、木柵の向こう側から鷹のように鋭い目をした男が、高台に立ちスオウを見下ろしていた。

 その姿は、自分達に似ているがどこか違う。

 鋭い目もそうだが、黄味の強い肌で手足が大きく胴体が小さい。

 

 蛮族………王国二等民、ドワーフ族である。

 

 よく見れば立っているのは一人ではない。

 無数のドワーフたちが手に棒や石を持ち、いつでも襲いかかれるよう臨戦態勢でこちらを睨みつけているようだ。

 彼らは一様に、座する大熊の描かれた陣羽織をはおり、スオウたちを見下ろしている。

 そんなドワーフたちの中から、声を上げた男が高台から降りたち、一人スオウの前へ進み出る。


「我は産業都市防衛隊長。朝倉あさくら 十郎左じゅうろうざである!

 貴公ら、何用があって産業都市を訪れた!?

 その武装を見るに、行商という訳でもあるまい!?」


「ドワーフ族の防衛隊だと………?」


 激しい朝倉の詰問の対し、スオウは困惑してしまう。

 各都市に配属された防衛隊は、言ってしまえば王国正規軍の一形態。

 正規軍の大隊、もしくは連隊が国王の命を受け、都市の警護に当たっているのだ。


 しかし、ドワーフ族はあくまで王国二等民。

 軍隊や聖職者、役人などの高位職に就くことを許されていない。

 そもそもドワーフ族にはいくつもの制約がかかっている。


 産業都市からの出立禁止。武器刀剣類の所持禁止。

 徒党、及び組織化の禁止。

 それらを破れば、即座に処刑されることになっている。

 武器携帯の必要がある防衛隊などなれる訳がないのだ。


 そんなスオウたちの困惑を無視し、朝倉は更に厳しい調子で詰問を続ける。 


「何故答えぬ!

 そもそも貴公らの所属は何だ!?

 金獅子の旗印など、見たことがないぞ!

 よもや、匪賊の類ではあるまいな!!?」


「いや、待ってくれ!

 我々は正式な王国派遣軍だ。この通り陛下書記の認定証もある!

 領主殿にお会いしたく、参上した」


 不信感を露にする朝倉へ、スオウは慌てたように弁解する。

 考えるのは後だ。どちらにしても、産業都市領主に目通りしなくては、街で休むことさえ出来ない。


 スオウの提示した認定証を受け取り、朝倉の表情に怪訝な色が宿る。


「なるほど……確かにこれは誠の認定証であるようだ。

 しかし、王国軍の派遣など聞いていないぞ。

 いったい、どういうことだ?」


「それは領主殿にお目通りしてから、お話しよう」


「うむ………」


 朝倉は認定証を返すと、背後のドワーフたちに声を上げる。


「お前達! 彼らは王都からの使者であるようだ!

 領主閣下の元まで、丁重にご案内しろ!」


「「承知しました!」」


 朝倉の言葉に答え、10数人のドワーフがスオウたちを取り囲む。

 彼らは武器こそ構えていないものの、手にした棒を離す気は決してないようで。

 それぞれ鋭い目で持って、スオウたちの一挙一動を監視しているようだった。


「おいおい、疑いは晴れたんだろ?

 もうちょっと和やかにしてくれないもんかねぇ………」


「我々は王国条例によって刀剣類の所持が禁じられている故、外部の者に対してどうしても警戒せねばならぬのだ。

 どうかご理解して頂きたい」


 あくまで剣呑な空気を発するドワーフたちへジンギは肩を竦めて見せるが、朝倉は相変わらずの仏頂面で応じてみせる。

 どうも、このドワーフという連中は基本がぶっきらぼうであるようだ。

 この朝倉についても、先ほどから藪睨みの目を止めようとしない。


 スオウは苦笑いと共に、そんな朝倉へ伝える。


「ああ、確かアサクラ ジ………ジューローザ殿であったか?

 すまない。どうもドワーフ族の名は発音しづらくてな………」


「構わん。我の名など、別に覚えなくていい。

 それより領主閣下だったな。

 いま、ご案内しよう」 

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