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第21話 王国の剣(下)


 この大陸は王都を中心として、いくつもの大きな街道が造られ各都市へと繋がっている。

 かつては大陸中をはりめぐっていたその交通網も、30年の紛争とその後の戦乱によってあちこちが破壊されてしまった。

 現在、王都からまともに繋がっているのは王都―学園都市―遠隔教団領―交易都市の区間まで。

 海岸都市への街道は完全に損耗し、交通が途切れている状態であった。


 そして、これからスオウたちが向かうのは産業都市。

 もともと新興都市な上、山間部に位置しているため禄に標となる物が無いのが現状である。


「手引きとなる者が必要だな………」


 地図を眺め、スオウはそう嘯く。

 とにかく迅速な出立を! と意気込んだのはいいが、道案内する者の手配を怠ってしまった。

 辿りつけないつけないということはあるまいが、何せ3千にも届きそうな団体である。

 周囲の地理に詳しく、行軍計画を立てられる者を雇わなければならない。


「私としたことが、とんだ手抜かりをしてしまった。

 誰か産業都市へ行ったことのある者はいないか?」


「産業都市ねぇ………俺らは基本、王都の周辺くらいしかいかねぇからなぁ」


「生憎、我らもあまり海岸都市から出なかったゆえ………」


 スオウの問いかけに対し、ジンギとフクツが首を振る。

 産業都市はドワーフ系移民が中心となる工業地、商人でもなければまず訪れることはない。

 冒険者と王国兵士である二人は近づいたこともなかった。


 うーむと呻ってしまう3人へ、ユウキが得意満面といった様子で近づいてくる。


「心配御無用!

 このユウキ・カスタード、伊達にスオウ様の片腕を名乗っておりません!

 産業都市への道案内は、すでに雇い入れております!」


「本当か? ユウキ」


「ええ。こんなこともあろうかと、セイギに手配させておきました!

 セイギ、案内人を連れてこい!」


「は、はい………」


 自信満々で胸を張るユウキに対し、セイギはやや困った様子で一人の男を連れてくる。

 彼が連れて来たのは、みずぼらしい風体をした一人の男。

 男はスオウたちへペコペコと頭を下げ、こびへつらうようにニヤニヤと笑ってみせる。


「へっへっへ、おたくがあのスオウ様っすか?

 自分、このたび案内人として雇って頂きました。

 どぞ、どうぞ、よろしくお願いするっす」


「あ、ああ………」


 男は媚びるように手を揉むと、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回している。

 一見して浮浪者、良く言って流浪人といったところだろうか?

 あまりに胡散臭いその男へ、スオウたちは眉を顰めてしまう中、ただひとりユウキだけが顔を真っ赤にして男へ掴みかかっていった。


「貴様………なぜ、ここにいる!?

 海岸都市に到着した時点で、貴様との契約は終わった筈だろうが!」


「ええ!? セイギ君、これどういうこと!?

 なんか話違くない!?」


 それは例の案内人。

 ユウキたちが海岸都市へ魔王調査へ向かった時に雇った、あのいいかげんな案内人である。


「セイギ! これはどういうことだ!?」


「いや………それが、その………」


 案内人とユウキ、二人から批難の視線を浴び、セイギはしどろもどろになって説明する。

 ユウキから「産業都市までの道案内を雇ってこい」と命じられたその日、セイギは王都の中でこの案内人と再会してしまったらしい。

 そして、彼がまた金に困っているという話を聞き、つい同情して雇い入れてしまったということだ。


「そんな理由で雇うやつがあるか!」


 セイギの言葉を聞き、ユウキは頭を抱えてしまう。

 スオウに気に入られようと気を利かせたのに、こんな奴を引き入れては逆効果だ。

 この案内人、また適当なことを吹かして『王国の剣』を混乱させかねない。


 頭を抱えたまま、ユウキは案内人に食ってかかる。


「だいたいお前、前回の報酬は渡したはずだろう!

 どうして金に困っていた!?

 そもそも、何で王都に居たんだ!?」


「いや、確かに金はもらったんすけど………あんな額じゃ借金には全然足んねぇから地元に帰れねえし。

 仕方ないから王都で一旗上げようと思ったんすよ」


 案内人は説明しながら、一台の手押車を引いてくる。

 手押車には妙な装飾が施された剣が、これでもかというほど積み上げられていた。


「それで、旨い商売ねえかなって思ってたら、とある商人からこの『勇者の剣』を薦められたんすよ!

 これがすごい剣でして。

 なんと、持ち主の金運、健康運、恋愛運を上昇させる効果があるらしいんです」


「勇者の剣だと………?」


 ユウキは訝しい表情で、剣の一本を抜いてみる。

 剣には安っぽい意匠が施され、刀身に『勇者参上! 幸運爆発!』などという文字がでかでかと描かれている。

 肝心な刃はと言えば、これがとんだ低質で、ペラペラの身にギザギザとした刃を貼り付けてあるだけだ。

 完全な粗悪品。ナマクラもいいところである。

 手押車一杯のガラクタを見据え、ユウキは恐々と問いかける。


「お前、まさかこれ全部仕入れたのか?」


「ええ! その商人が言うには、絶対売れる、売っただけ儲かるって話だったんすよ。

 そんで俺、この間の報酬全部と更に借金までして、200本ほど仕入れたんすわ!」


「200本………」


 ヘラヘラと笑い続ける案内人に対し、ユウキは頭を抱えてしまう。


「それで、実際売れたのか?」


「いやー、それが全然売れなくて、借金だけ残っちゃったんすよねぇ!

 仕入先の商人も姿をくらませちまうし。

 あ、そうだユウキさん。一本買いません?」


「いらん!!」


 ユウキは剣を案内人へ押し返すと、今度はセイギを睨みつけた。


「セイギ………よりにもよって、こんな奴を………!」


「い、いやだって、こんな話を聞いたら放っとけないじゃないですか!?」


「放っとけよ! 完全に自業自得だろうが!

 セイギ、こんな奴さっさとクビにして、他の案内人を―――」


「ち、ちょっと待ってくれよ、ユウキちゃん!

 俺、王都じゃ借金取りに追われまくってるんすよ!?

 ここでクビにされたら、剣奴行きになっちゃう!」


「知ったことか!!」


 狼狽し縋りつく案内人と、それを振り払おうとするユウキ。

 ぎゃーぎゃーと大騒ぎする二人を見納め、スオウはため息をついてしまう。


「もういい、ユウキ。

 ………案内人とやら、お前は産業都市に行ったことがあるのか?」


 スオウの言葉に対し、案内人はここぞとばかりにスオウへ自分をアピールし始める。


「へ、へい!

 自分、以前に産業都市で働いていたことがありまして………。

 道筋はバッチリっす!!」


「ほう………」


 スオウは案内人を見下ろしながら、思案する。

 魔王たちだっていつまでも呑気に構えてはいないだろう。

 戦闘準備も考えれば、一日も早く産業都市へ辿りつきたいところである。

 確かにこの男、見るからに胡散臭いが、スオウとしても新たに道案内を探している余裕は無いのが実情だ。


「よし、お前を案内人として雇うことにしよう。

 ただし、決して嘘はつくなよ。必ず王国の剣を産業都市へと案内してみせろ」


「スオウ様!?」


 スオウの決断に対しユウキは不満を露にするが、案内人はガッツポーズと共に胸を張ってみせる。


「さっすが、スオウ様は話がわかる。

 へい、任せて下さい!

 俺が皆様を産業都市までエスコート致しましょう。まあ、大船に乗ったつもりでいて下さい!

 あ、あとスオウ様。剣とか一本買いません!?」


「………」


 この期に及んで営業活動を続ける案内人に、スオウは沈黙してしまう。

 本当に、こいつで良かったのだろうか?


「セイギ………」


「は、はい!」


「この代償は高くつくぞ?」


「そんなぁ………」


 スオウが己の決断に迷いを生じさせている横で、ユウキとセイギはそんな会話を交わすのだった。



 そんな一悶着を起こしつつも、王国の剣は予定通り進軍を進めていった。

 「産業都市へ行ったことがある」という案内人の言葉は本当だったようで、それなりまとまった進軍計画を打ち出すことが出来たようだ。

 彼を雇い入れたセイギも、それにほっと胸を撫で下ろす。


 王都を発って数日。

 スオウたちは王国の剣をいかに運用していくかと会議を重ねているようだ。

 ユウキもジンギやフクツに混ざり、会議に参加しているらしい。


 セイギはあまりそういった物に興味が無かった。

 自分はまだ少年と言える年齢であるし、そもそも小物。スオウたちと比類出来るような大物ではないことを自覚している。

 それより、セイギにとって気になるのは―――。


 その日も、セイギは馬車を訪れていた。

 王都を離れてから、セイギは毎日のようにこの馬車を訪れている。

 馬車は幾重もの鍵で厳重に封じられているが、セイギはそれらを慣れた仕草で開錠し、入り口の戸をトントンと叩く。


「どうぞ」


 帰ってくるのは、そんな声。

 その声は、男所帯である王国の剣において、聞くことが出来ない筈の鈴が鳴る様な声音だった。

 セイギは身だしなみを整え、ゆっくりと戸を開けていく。


「おはよう、オリーブ。

 昨夜はちゃんと眠れたかい?」


「はい、おかげさまで」 


 戸の先―――馬車の中では、一人の少女が笑顔で持ってセイギを迎え入れる。

 オリーブ・アイボリー。

 『誇り高き英雄の騎士団』が非常時の『備品』として保管していた魔女である。

 もともと、オリーブはスオウ個人が秘匿している備品であった。

 「魔女は見つけ次第殺す」というのが信条の騎士団。いかに有用と言え、魔女を保管するなど騎士団心得に対する重大違反である。

 それゆえ、騎士団内においてもオリーブの存在を知っているのは、スオウやユウキなど一部の限られた者だけであったのだ。

 そして今回の魔王討伐遠征。スオウは行きがけの駄賃とばかりに、このオリーブもまとめて持ってきたのだった。


「朝食を持ってきたんだ。

 と言っても、味気ない保存食だけど………。

 オリーブ、食欲はある?」


「はい、セイギ様に会ったら、何だかお腹が空いてきちゃいました。

 ありがとうございます」


 セイギは鞄からパンやミルクを取り出し、皿の上に並べていく。

 オリーブが『王国の剣』の備品となってから、彼女の管理はセイギが行うことになった。

 ユウキはそもそも魔女嫌い。オリーブの管理用務に対しても不満たらたらであったことから、セイギは立候補する形でその用務を肩代わりすることにした。

 少なくとも、魔女への偏見が強いユウキより自分の方がオリーブにとっても良いだろう。


 オリーブは左手でゆっくりと、セイギの用意した朝食を口に運んでいく。

 彼女の利き腕は重い拘束具によって、今も封じられている。

 晴れてオリーブの管理者となったセイギは、オリーブの拘束を緩めるようスオウに直訴した。

 その結果「馬車内に監禁し利き腕を封じる」というという段階まで拘束レベルを落とすことに成功したのである。

 利き腕こそ使えないものの、これまで全身拘束、猿轡の上、狭い木箱に閉じ込められていたことを考えれば、待遇は雲泥の差である。

 馬車には小さな窓が備えてあり、外の景色だって眺めることが出来る。


「あ………」


 とは言え、やはり左腕で食事をするのは不自由らしい。オリーブはぽろりとパンの切れ端を落としてしまった。


「す、すいません」


 恥らうように頬を染めてパンを拾うオリーブへ、セイギはつい言葉が出てしまう。


「食べにくいのだったら、僕が食べさせてあげようか?」


「え?」


「あ………い、いや………」


 思わず言ってしまった言葉へ、セイギは狼狽する。

 何を言っているのだ自分は。あくまで自分は彼女の管理者、変な気を起こしてはいけない。

 不思議そうにこちらを見つめるオリーブから視線を反らし、セイギは慌てて話題を変えた。


「そ、そうだ、オリーブ!

 何か困っていることとか無いかな?

 暑いとか、寒いとか、こういった物が欲しいとかそういう………」


「………」


 セイギの問いかけに対し、オリーブは一度逡巡するように俯くが、やがて意を決したように言葉を告げる。


「その………それでしたら、一つだけ………」


「なんだい?」


「実は最近………夜、私が寝ている所を、誰かが覗いているみたいなんです。

 昨夜もふと目を覚ましたら、あそこの窓から私を見ている人が………」


「なんだって!?」


 オリーブの告白へ、セイギは青ざめる。

 王国の剣は完全な男所帯だ。

 内部も王国正規軍と同様の厳しい軍規で縛られ、戦士たちは自由を許されない。

 元から王国兵士である正規軍や元防衛隊はともかく、冒険者たちの間で不満が溜まっていると聞く。

 そんな集団の中へ、一人の少女を放りこむなど、狼の群れへ子羊を投げ込むようなものだろう。

 現状、オリーブのことはフクツやジンギなどの幹部しか知らないが、同じ部隊にいる以上、オリーブの存在に気付いた者がいてもおかしくはない。


「その………覗いていたっていうのは、どんな奴だった?」


「えっと………髭を生やしていて、顔に傷のある背の高い人でした。

 ごめんなさい。こんなこと言える立場じゃないのは分かっているけれど。

 私、恐くて………」


 オリーブは肩を震わせて、すっかり俯いてしまう。

 その瞳には微かに涙も滲んでいるようだ。

 セイギはそんなオリーブの肩を抱き、安心させるように優しく声掛ける。


「だ、大丈夫!

 この馬車が厳重に施錠されていることは、他でもないオリーブが一番知ってるだろ?

 それに鍵の管理は僕がしてるんだ。

 絶対、他の誰かがここへ入ってくるようなことはないから!

 それに………そうだ!

 今夜から、出来るだけ馬車の側で寝るようにしよう。

 夜、変な奴が馬車へ近づいたら、僕がとっ捕まえてあげるから!」


 懸命にそう言うセイギへ、オリーブははにかんだような笑みを浮かべる。


「ふ、ふふふ………ありがとうございます。

 セイギ様、監視人のはずなのに………何だか私の騎士様みたいですね………」


「………」


 くすくすと笑うオリーブに対し、セイギは目を反らす。

 思いっきり赤面してしまった。


「あ………すいません。

 お気に障ってしまいましたか?」


「いや、そうじゃない………」


 一転して心配そうに眉を困らせるオリーブへ、セイギは慌てて視線を戻す。

 オリーブ・アイボリー。王都でのテロ活動容疑によって騎士団が逮捕した魔女である。

 殺人犯どころではない重犯罪者である筈なのに、セイギは彼女からそう言った恐ろしさを感じることが出来なかった。

 セイギの目から見て、オリーブは唯の可憐な少女である。


「と、とにかく、そういうことだから!

 オリーブは何の心配もしなくて大丈夫!

 また何かあったら言ってね」


「あ………」


 このままでは彼女のことを好きになってしまう。そんな危機感を抱いたセイギはそそくさと馬車を後にすることにした。ややぶっきらぼうになってしまったが仕方ない。

 きっと、今の自分はゆでだこのように真っ赤になっている。


「セイギ様………」


 セイギが立ち去った後、馬車の中でただひとり。

 オリーブは独り言のようにそう呟き、彼に抱かれた肩をへ手を当てるのだった。



「しかし、夜中に馬車を覗く、か………」


 馬車を出た後、オリーブの話を反芻しながらセイギは考え込んでしまう。

 いま王国の剣に所属する2800人の戦士たち。

 彼らの中に顔見知りの者はいない。

 セイギにとって彼らはみな、素性の分からぬ他人であるのだ。


「およ、セイギ君。

 まーた馬車に行ってたんすか?

 ニヤニヤしちゃって、まったく」


「案内人さん?」


 そんなセイギへ案内人がヘラヘラと近づいていく。

 海岸都市での一件以来、どうもこの男は自分へなれなれしくなった気がする。


「セイギ君さぁ、今まで女の子とつきあったことないっしょ?

 あの魔女にすっかり首ったけになっちゃってまあ。

 気をつけた方がいいっす。女は恐いっすよぉ?」


「べ、別に首ったけになってなんか………!

 大体、えらそうなこと言って案内人さんはどうなんです!

 その口ぶりだと、さぞ女性経験が豊富なんでしょうね!?」


 気色ばむセイギに対し、案内人はえらそうに胸を張ってみせる。


「よくぞ聞いてくれた!

 自慢じゃないっすけどね!

 俺ぁ、地元じゃプレイボーイで通ってまして。

 なんと5人もの女に騙され、ケツの毛まで毟られたわけです!

 地元でこさえた借金は全部、女に貢いだ金なんすよ!」


「確かに、それは何の自慢にもなりませんね………」


 どこがプレイボーイなのか分からないが、やたらと自信満々の案内人に対し、セイギは肩を竦める。

 そして、そういえばと思いついたように、先ほどの件について尋ねてみることにした。


「そうだ、案内人さん。

 髭を生やしていて、顔に傷のある背の高い男に心当たりはありませんか?

 たぶん、あまり素性の良くない輩だと思うのですが………」


「髭と傷に、デカくて柄の悪い奴………?」


 案内人は考え込むようにしばらく沈黙していたが、何か思いついたように言葉を漏らす。


「セルゲイか………」


「セルゲイ?」


「セルゲイ・ヴォルマルフ。バンディッドの冒険者っすね。

 髭、傷、巨漢、チンピラ、全部当てはまってる。

 こいつ、あまり素性がよろしくないようで………何か王都でヤバイことやっちまったから、逃げるように王国の剣へ参加したってのがもっぱらの噂っす。

 最近は似たような連中とつるんで、何やらガチャガチャやってますよ。俺はおっかねーから近づかねえけど。

 そいつがどうかしたっすか?」


「いえ………」


 セイギは真剣な表情で、その名を反芻する。


「セルゲイ・ヴォルマルフ………その名、覚えておきましょう。

 案内人さん、ありがとうございました」



 王国の剣が王都を立って、ちょうど七日後。

 国王はレイアードの元へ向かうことにした。


 レイアードが監禁されたのは『誇り高き英雄の騎士団』が保有する尋問所。

 彼は別に魔女と言う訳ではないが、口を割らせるには騎士の力を借りたほうがいい。

 長年の魔女狩りで培った知識と経験は、騎士たちを王国最高の拷問官へと成長させている。


 冷たい石造りの、窓一つ無い尋問所。

 小さな蝋燭の明かりだけが灯火の、狭い尋問室に彼は居た。

 鉄の椅子に体を拘束され、裏切り者の誹りを受けて、レイアードは国王と対面を果たす。


「わずか4日ぶりであるが………久しいなレイアード。

 こんなところで貴様と会わねばならぬとは、ワシとしても胸が痛むものだ」


「はは、国王陛下自らこんな場所へ足を運んでくださるとは。

 このレイアード、至上の喜びでございます」


 国王の指すような視線と言葉。それにレイアードは、平素と同じ穏やかな様子で答えてみせる。

 しかし、そんな態度と異なり、レイアードの容貌はこの4日で変わり果ててしまっていた。


 昼夜を問わぬ尋問と暴行によって、その顔面は倍以上に腫れあがり。

 特に執拗に責められた右眼は、眼球が体外に飛び出してしまっている。

 かつての英雄とは思えぬその凄惨な有様に、国王は満足そうに笑ってみせる。


「レイアード将軍。貴様が工作した第5歩兵隊。

 奴らはいま、どこにいる?」


「それが、とんとわからぬのですよ。

 私としたことが、すっかり忘れてしまった。

 どうも最近、物覚えが悪くなって………歩兵隊のことなど、覚えておらんのです」


 あくまで笑顔を絶やさぬレイアードに対し、国王は声音に苛立ちを混ぜる。


「………その老体に、騎士たちの責めはこたえるだろう。

 仮にも英雄であった貴様の末路が、獄中死となりかねんぞ?」


「ふふ、それもいいでしょう」


 レイアードは覚悟を決めたように目を閉じ、噛み締めるように言葉を呟く。


「ハンス、アドルフ、ゲオルグ、オットー。戦乱の中、王国へ尽くした忠義者たち。

 みんな、陛下の猜疑によって処刑台へ送られてしまった。

 彼らの後を追えるなら本望です」


「ほざけ」


 レイアードの独白に対し、国王は苛立たしげに吐き捨てる。


「奴らは皆が皆、謀略を企み、ワシへ叛旗をを翻した反逆者。

 貴様まで、奴らのような下衆へ堕ちるつもりか?」


「暴君め」


 しかし、そんな国王の吐き捨てに対し、レイアードは一言によって断じる。

 彼の目には、隠しようもない国王への憎悪が浮かんでいた。


「私を裏切り者と思うのなら、そう思えばいい。

 だが忘れるな、ナランハ・アウランティウム。

 暴君には相応しい末路が必ず訪れる。

 貴様を待つのは破滅のみよ」


「正気を欠いたか、レイアード」


 レイアードの呪詛に対し、国王は蔑みを持って応じる。

 彼の最後の諫言さえも、国王の胸には響かなかった。

 ただ、レイアードが裏切ったという純然たる事実だけが胸に届き、国王の憤怒を煽り続けるだけだ。


「例え狂気に満たされようと、貴様には必ず第5歩兵隊の居場所を吐かせる。

 それまで、己の不忠義とワシから受けた恩を思い返してみるといい」


 最後にそう言い捨て、国王は尋問室を後にする。

 そして、立ち去る王と入れ違うように、一人の騎士が部屋へと入ってきた。

 騎士はバキバキと指を鳴らし、満身創痍のレイアードへ笑いかける。


「国王陛下からお許しが出た。

 場合によっては貴様を殺しても構わんそうだ。

 さあフリッツ・レイアード。

 英雄の殴り心地を試させてもらうぞ?」

 

 騎士はレイアードの髪を掴み、酷薄な笑みを浮かべる。


「下衆め………」


 レイアードはそんな騎士へ蔑みの眼差しを向けるが、その顔は直ぐ騎士によって殴り飛ばされる。


「ぐっ………!」


「よもや、裏切り者のお前に下衆扱いされるとはな。

 貴様の腐った性根、この俺が叩き直してやる。

 簡単にくたばってくれるなよ?」


 そんな騎士の嘲笑と、鈍い打撃音が尋問室に響き渡る。

 レイアードへの拷問は、まだ始まったばかりであった。


※ お話が一段落したので、これまでの設定をまとめておきます。

 えらい長くなってしまったので、一話丸まる使わせて頂きました。

 設定まとめはこのまま直ぐに投稿します。

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