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第1話  おじさんと3人の魔人

 

 緑豊かな植物が生い茂り、とても丁寧に手入れされた前庭。その先にある白亜の建物がおじさんのお屋敷のようでした。


「どっこいしょっと」


 おじさんは庭のベンチへ背負っていた私を下ろし、ふうと息をつきます。

 街は瓦礫と死体に覆い尽くされ燦々たる有様だったのに、このお屋敷には綺麗な花が咲き誇り、月の薄っすらとした光が幻想的に辺りを照らしていました。

 おじさんは庭の水場で水をゴクゴクと飲んで一息つくと、私に振り返って笑顔を浮かべます。


「ルージュ。おじさんはこれから友達を連れてくるから、ちょっとそのまま待っててね」


「お友達………?」


「うん。この家には君以外にも何人か友達が住んでいてね。

 みんなにルージュのことを紹介したいと思うんだ」


 おじさんがそんなことを話した途端、屋敷のドアがバタリと開かれ私達へ弾んだ声が届きます。


「あ、魔王様。お帰りなさい!

 今日は随分早かったんですね!!」


 声の先では、黒い三角帽子に黒いローブを羽織ったお姉さんがニコニコと笑いながらこちらへ駆け寄ってくるところでした。

 おじさんはお姉さんへニコリと微笑みます。


「ああ、ただいま。魔女ウィッチ

 こっちの方は問題無かったかい?」


「はい! 昼ごろに防衛隊の残党が襲撃をかけてきましたけど、蛮族バルバロイさんがパパパーっと片付けてくれました!」


 ウィッチと呼ばれたお姉さんは剣を振り回すような身振りと共に、おじさんへ笑顔で答えます。

 良く見れば、ウィッチさんの持つ髪は私やおじさんと同じ銀白色。

 帽子から覗く瞳も、同じ真紅の色をしていました。


 ウィッチさんの言葉に、おじさんがやれやれと肩を竦めます。


「表の死体はそれか………。

 全く、また掃除をしなければいけないな………」


「大丈夫ですよー!

 お陰様で私のしもべも増えましたし、彼らにやってもらいましょう!

 ………って、およ?」


 そこまで話して、ウィッチさんはベンチに腰掛けた私へ気付いたようでした。

 訝しげに首を傾げておじさんへと問いかけます。


「魔王様………この子、誰です?」


「ああ、今日向かった屋敷でちょっとね………」


「へえ………」


 少し罰の悪そうなおじさんをすり抜け、ウィッチさんがマジマジと私を見下ろしてきます。


「お嬢ちゃん。歳、いくつ?」


「えっと………」


 お姉さんの言葉に私は口ごもってしまいます。

 生憎、私は自分の年齢なんて知りません。


「………まあ、見たカンジ、10歳か11歳ってトコロかな?

 う~む」


 ウィッチさんはそう呟くと、神妙な表情で顎に手を当て考え込んでしまいました。


「魔王様………前から思っていたんですけど、ひょっとしてロリコンのケでも?」


「め、滅多なことを言わないでくれ!

 ただ、この子から異物の気配を感じただけだよ!?」


 ウィッチさんの言葉に、何故かおじさんが慌てふためいてしまいます。

 出会ったときは落ち着いた人だと思っていたのですが、お友達と一緒にいるとそうでもないようです。

 おじさんは冷や汗をかいたまま、無理やり話題を変えるようにウィッチさんへ問いかけました。


「それよりウィッチ。神官プリーストはいるかい?

 彼にちょっと頼みたいことがあるんだ」


「ああ、プリ君ならいつも通り、部屋に篭って何やらコツコツやってますよ。

 まったく、昼間に防衛隊が攻めて来た時でさえ部屋から出ないんですから………引きこもりもここまでくると立派なものです」


「誰が引きこもりだ」


 おじさんとお姉さんの会話を遮って、お屋敷の中から一人のお兄さんが憮然とした様子で出てきました。

 お兄さんもやっぱり白い髪に赤い瞳。

 私達と同じ姿をしています。


「ありゃ、プリ君。

 ようやく部屋から出てきたの?」


「あれだけ騒いでいれば出てきもするさ。

 君は私を何だと思っているんだ………」


 プリーストさんはウィッチさんへ呆れた視線を送ると、やれやれと私達の方へ来て、おじさんの前にかしづいてみせました。


「魔王様。無事のご帰還うれしく思います。

 お怪我が無い様でなによりです」


 プリーストさんは綺麗に整えられた髪を揺らし、優雅な仕草で頭を垂れます。

 長い手足に尖った耳。そして少しだけ鋭い目。

 実物は見たことが無いのですが、噂に聞くエルフさんと似た見た目をしています。

 おじさんはそんなプリーストさんへ、気安い調子で手を振ってみせました。


「プリースト。そんなことよりちょうど良かった。

 ちょっと君の力を借りたいんだ」


「私の力ですか?

 構いませんが………」


 おじさんは私の方を手で示しながら、プリーストさんへ言葉を続けます。


「この子さ。新しく僕の友達になってくれた女の子なんだけど………どうも足が不自由らしい。

 何とかしてあげられないかな?」


「ふむ………」


 プリーストさんは私へ目を向けると、キビキビとした動作で今度は私の前に膝をつきました。


「お嬢さん、少々失敬。

 ちょっとおみ足を拝借するよ」


 プリーストさんは丁寧に私の足へ触れ、足首の傷を指でなぞります。

 なんだかくすぐったくて私は笑ってしまったのですが、彼は真剣そのものの表情で私の足を見つめています。


「どうだい、プリースト。

 どうにかならないかな?」


「少し難しいですね………。

 だいぶ昔に、アキレス腱を切断されてしまっているようです。

 こればかりはどうにも………」


「そうか………」


 プリーストさんの言葉におじさんは顔を顰め、申し訳無さそうに私へと振り向きました。


「ごめん、ルージュ。

 出来れば君の足を何とかしてあげたかったんだけど」


「いえ………」


 おじさんが謝ることなんて何も無いのです。

 そもそも、私は物心がついた時にはすでに足を切られていたので「自分で歩ける」ということが、今いち想像できません。

 別にこのままでいいのです。


 プリーストさんは私の足を手にしたまま何やら考え込んでいる様子でしたが、何かを思いついたように笑顔を浮かべると、私を見上げました。


「お嬢さん。代わりと言ってはなんだが、私が君の足代わりとなるものを作ってあげよう」


「足代わり、ですか?」


「ああ。君の足を見ていて構想がまとまった。

 少しばかり待っていてくれたまえ」


「は、はい」


 最初に見た時、プリーストさんは厳しい顔つきの恐そうな人だと思ってしまったのですが、こうやって笑うととても優しそうに見えます。 

 優しい人は好きです。


「後は蛮族バルバロイだけか。

 彼はいったいどこに行ったんだい?」


「バルさんは、襲撃にきた防衛隊を殲滅した後、更なる血を求めてどっか行っちゃいました。

 もうかれこれ、5時間は帰ってきませんねぇ」


「相変わらず戦意ありあまってるな………。

 彼の体力は底なしなのかい」


「まあ、バルバロイ殿は元ドワーフですからね。

 ドワーフ族は筋力が弱い分、持久力が我々より優れていると聞きますし………」


 プリーストさんとウィッチさん、そしておじさんが呆れた様子で空を仰ぎます。

 そんな私たちの下へ一つの足音が近寄ってきました。


「×××」


 それは、言葉と認識できないようなくぐもった低い声。声の主は甲冑を身に着けていました。

 さっき私達を襲ってきた戦士様たちと同じような格好の男の人が、切り落された両腕から血を撒き散らしつつ、フラフラと私達へ歩んできます。


 おじさんは男の人へ顔を顰め、ジロリとウィッチさんを睨みました。


「なんだい、それは」


「ああ、さっき魔王様にお話した私の新しいしもべの一人です。

 ほら屍鬼グール298号。

 魔王様たちに挨拶!」


「×××」


 グール298号さん?は死にかけた獣の呻き声のような音を発し、ヨロヨロと私達に頭を下げます。

 その目は虚ろで生気という物が感じられませんでした。


 おじさんはそれに目を向けたまま、呆れたように言葉を漏らします。


「両腕がもげているじゃないか、そんなのグールにしてどうするんだい?

 血で家が汚れてしまう」


「大丈夫ですってば。もうじき体内の血が出尽くして血抜きも終わります。

 バルさん、襲ってきた防衛隊をほとんど八つ裂きにしてしまいましたから、これでもまだ状態がいい方なんですよ?」


 ウィッチさんはグールさんの肩に手を当て、胸を張ってみせます。


「それに彼。中々の美形じゃないですか?

 家事能力は皆無ですが、観賞用に保管しておこうと思いましてね」


「この家はもう、君の蒐集したグールたちで一杯だよ。

 今度、使い物にならない奴を処分するからね?」


「そんな! せっかく集めた私のコレクションが!!」


 ウィッチさんがいやいやと首を振りつつ、自分の背中へグールさんを隠します。そんな彼女へプリーストさんが呆れたように呟きました。


「まったく君の蒐集癖にも困ったものだ。

 魔王様のお住まいがゾンビ屋敷のようになってしまったじゃないか」


「はあ!? プリ君にそんなこと言われたくないんですケド!?

 君だってガラクタばかり集めて、この家をゴミ屋敷みたいにしてるじゃない!」


「な………ゴミとは失敬な!

 あれらは貴重な物品で………君が集めてるごくつぶしとは違う!」


「誰が家事や屋敷の手入れをしていると思ってるの?

 グールはちゃんと役にたってまーす!」


 そんな風に、二人が言い合いを始めてしまった時、新たに低い声が私達へとかけらました。


「ふむ………なにやら、賑やかな様子であるな」


蛮族バルバロイ?」


 不意に周囲へ漂う血の臭い。臭いの中心には血に塗れた男の人が立っていました。


「おお、魔王殿。戻っておられたか。

 俺としたことが、つい戦士共を追って山の向こうまで行ってしまった。

 いや、ここまで戻るのに骨を折ったわ」


 それはしわがれた低い声。

 屋敷の入り口には、これまで私が見たことのない風体の剣士さんが立っていました。


 目や髪は私たちと同じ白に赤。

 だけど、その顔には異国の怪物を思わせる不気味な仮面を被っています。

 身に着けているのは見慣れない懸衣かけぎぬ型の装束。

 そしてその腰に、片刃の反った長剣を一振り下げていました。


「むぅ、お前は何だ?」


 剣士さんは私に気付くと、ギロリと私を見下ろします。

 仮面から覗く目つきは細く鋭くて、まるで鷹のよう。

 その眼に仮面以上の凄みを私は感じてしまいます。


わらしよ、黙っていてはわからん。

 お主は何だと聞いている」


「ひっ………」


 剣士さんは私へ顔を近づけてきましたが、真近で見た彼の顔は一層恐ろしく、私は思わずベンチから転げ落ちてしまいました。


「あ、ルージュ! 大丈夫かい!?

 バルバロイ、君はちょっとあっちに行ってろ!」


 おじさんが私を慌てて抱き起こし、バルバロイさんにしっしと手を振ります。

 彼は憮然としたように首を捻り、プリーストさんへ問いかけました。


「むぅ。なぜこの童は俺を恐がるのだ?」


「バルバロイ殿………自分の風体を考えろ。

 鬼の面に血塗れの刀。

 子供に恐がるなという方が無理な話だろう」


「む………左様か」


 プリーストさんの呆れた言葉を受け、バルバロイさんは納得した様子で手を打ちます。


「ふむ。刀は手放す訳にいかんが………いいだろう。

 とりあえず総面だけでも外すとしよう」


 バルバロイさんは仮面を外し、再び私へ向き直ってきました。


「訳あって醜面ゆえ、がくしでいるのだが………どうだわらじ

 ごれで、恐ぐはないが?」


 バルバロイさんの素顔は歪なものでした。

 その顔はぐちゃぐちゃ。顔の至る所が欠け、頬の肉が削げ落ちて奥歯まで外に晒してしまっています。


 それはさっきの仮面よりも更に怪物を思わせるもので………私は目の前が真っ暗になっていくのを感じてしまいました。


「ああ、ルージュ! しっかりするんだ!!」


 薄れる意識の中、私が聞いたのはおじさんの慌てる声。

 その声を最後に、私の意識はぷっつりと途絶えてしまったのでした。



「やれやれ、バルバロイ殿のせいで大変なことになってしまった」


「私達は慣れたけど………バルさんの顔ってドギツイですからねー」


「俺は何もしていないのだが………」


 前庭で所在無いまま、3人は屋敷の方へ目を向ける。

 

 魔人 魔女ウィッチ

 魔人 神官プリースト

 魔人 蛮族バルバロイ


 魔王に仕える3人の眷属。

 共に人の身を捨て、摂理を越えた魔人たちである。


 彼らの主人である魔王は、気を失った少女を抱え慌てた様子で屋敷の中へ入っていってしまった。

 その時の様子を思い返しウィッチはぼやくように声を上げる。


「それにしても、さっきの魔王様。なんかいつもと違った気がしない?

 あの人いつも適当っていうか………あんまりマジになること無いじゃん。

 だけど、あの女の子―――ルージュ?

 ルージュに対してだけはちょっと違ったような………」


「………私にはいつもと変わらないように見えたが」


「やっぱアレだよ! 魔王様、絶対ロリコンだよ!

 私はずっとそうじゃないかって睨んでたもん!」

 

「ウィッチ。魔王様は私たちの主だ。

 憶測で失敬なことを言うんじゃない」


 一人で盛り上がるウィッチへ、プリーストが咎めるような視線を向ける。


「ちぇっ、プリ君はいつも固いなぁ。

 バルさんはどう思います?」


「英雄、色を好むというが………年端もいかぬ童女へ心を寄せるとは。

 魔王殿はそこまで業の深い道をお望みか………」


 バルバロイは屋敷に目を向けたまま、戦々恐々としたようにそんなことを呟く。

 深刻すぎる彼の言葉に、ウィッチは少し興が削がれた様子で嘯く。


「バルさんはバルさんで、どっかずれてるんだよなぁ………。

 まったく魔人ってのは変な奴ばっかりだね。グール298号、貴方もそう思うでしょ?」


「×××」


 魔人たちがそんな風に好き勝手なことを話していたところ、一人の男がずさずさと足音を立て、新たに魔王邸へと足を運ぶ。

 そして前庭にいる3人を目に納めると、不機嫌な様子でぞんざいに声を上げた。


「おい、魔人共。

 魔王の奴はいるか?」


 それは肥え太った醜い中年男で、ふうふうと息を荒げながら、横柄な視線を3人に向ける。

 男に対し、プリーストもまた忌々しげな様子でぞんざいに言葉を返した。


「ちっ、貴様か。

 魔王様は居るが、貴様が何の用だ?」


 そんな彼の物言いに男は顔を顰め、肥大した顔を朱に染める。


「口の聞き方を弁えろよ? 魔人風情が。

 お前らに用件など伝えるつもりはない。さっさと通せ」


「………ふん」


 プリーストは男への敵意を隠す素振りも見せないが、かといって彼に逆らうつもりもなく、屋敷の扉を開いてみせる。


「それでいい。お前らが存在出来るのはオレのお陰だということを忘れるな。

 死にぞこない共が、黙っていれば調子に乗りやがって」


 男は嘲笑するようにそう言うと、全身から吹き出る汗を拭いつつ、肥えた腹の肉をブヨブヨと揺らして屋敷の中へ入っていく。 

 男が屋敷の中に入ったのを確認し、ウィッチは忌々しげに声を上げた。


「私。あのデブ、嫌い!

 調子に乗ってるのはどっちだって話ですよ!」


「あの悪魔を好いてる者などいないだろう。

 妙な異能さえ無ければ叩き切ってやるのだが………如何せんあいつだけは、俺でも切れん」


 口汚く男を罵るウィッチたちの声を背に受け、プリーストは固唾を呑んで扉を見つめる。

 プリーストの知る限り魔王は無敵と言っていい存在だが、あの悪魔はそもそもが違う。 

 自分たちはこの世界における異物だが、彼からは更にその先の異形とでも言うべき異質さを感じてしまうのだ。


 プリーストは扉の先に居るであろう魔王へ祈るように言葉を漏らす。


「魔王様、どうかご用心されるように。

 その男………フェイトからは何か企みのようなものを感じます。

 決して心を許されることのなきよう………」


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