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第17話 二羽の雲雀と二匹の怪物(下)


 ルージュはそれからも甲斐甲斐しくアカネの世話に勤しんだ。

 もともと手厚い世話であったが、今や寝食を共にすると言っても過言ではないほどの過保護ぶりである。

 羽が治ってから、アカネも以前ほどルージュを拒否することは無くなっていった。

 流石に撫でることは出来なかったが、彼女が側にいても普通に餌を食べるし、何より威嚇をすることが無くなったのである。

 それはルージュにとって、とても喜ばしい変化であった。


「あれ? ルージュはいないのかい?」


 夕食の席で、魔王が彼女の不在を尋ねる。


「なんか「部屋で食べる!」って言ってましたよ。

 アカネに餌をやりながら自分もご飯を食べてるみたい」


「ふうん………」


 何だかつまらない表情で食事をつつく魔王に、ウィッチはニヤリと笑みを浮かべる。


「魔王様。まさかアカネに嫉妬しているのですか?」


「はぁ!? 何で僕が鳥なんぞに!」


「からかってはいかんぞ、ウィッチ。

 魔王殿はただ、ルージュをアカネに取られて寂しいのだ。

 ここは気を使ってやらねば………中年の男は繊細なのだ」


「勝手な気を回すな!!」


 食卓を包む、いつもの賑やかな喧騒。

 そんな騒ぎを尻目に、ルージュはアカネの世話をしながら、いつかこの鳥が大空を翔る日を夢想するのだった。



 アカネの羽がバタつきを越えて、微かに宙へ浮かぶほどになったころ。

 ルージュは鳥篭からアカネを出してみることにした。

 まだまだ「飛ぶ」とはいかないまでも、練習はしておくべきだと考えたのである。


 魔王から与えられたルージュの部屋は広い。大貴族の私室くらいの広さがある。

 飛行の練習場所として、不自由はないだろう。


 鳥篭を出たアカネは早速翼を広げ、懸命にバサバサとはためかせる。

 その小さな体はふわりと浮き、ヨタヨタと危なっかしくではあるもののソファから戸棚へと飛び移った。

 思っていたよりアカネの体は回復していたようだ。

 これなら他の鳥達と飛べるようになる日も近いかもしれない。


「わわ、すごい! すごいよ、アカネ!

 ちゃんと飛べてるよ!」


 車椅子に座ったまま、ルージュはアカネの雄姿に歓声を送る。

 アカネはそんなルージュへ見せようとするかのように、今度は戸棚の上からルージュに向かって翼を羽ばたかせた。


 アカネは真っ直ぐルージュに向かって滑空し。

 ルージュはアカネへ手を伸ばす。


 アカネは先ほどよりもずっと安定した様子で、ルージュの手中へと下り立ち。


 そして―――


 そのまま、ぐしゃりと握りつぶされた。



 何故、それをしたのかルージュ自身にもわからない。

 「何でそんな事をした!?」と問い詰められても、彼女は「わからない」としか答えられないだろう。


 ただ、ルージュは捕まえたアカネを片手でしっかり抑え付けると、もう一方の手でその翼を掴み。

 そのまま、バキバキと力任せに捻り折っていく。


「アカネ………」


 ルージュは滅茶苦茶にアカネの片羽根をへし折ると、今度は戸から大きなはさみを取り出す。

 そして、残ったもう片方の翼を刃を当て、露ほどの躊躇いもなくジャキジャキと切断していった。


 手の中ではアカネが狂ったように暴れている。

 しかしルージュはそんな小鳥の動きを、力任せに握り締めることで封じこめる。


「アカネは私を裏切るの?」


 どこからか聞こえるそんな声。よく聞けばそれは自分の声だ。

 無表情に羽を切り裂きながら、ルージュは無意識のまま言葉を続ける。


「それは駄目。そんなことは許されない。

 アカネは空なんて飛んじゃいけないんだよ。

 アカネはね。私と一緒に地を這って生きるの。それが幸せで、正しいことなの」


 その言葉と共に、ルージュの作業は終了する。

 アカネの右翼は滅茶苦茶に折り曲げられ、左翼は根元からばっつりと切り取られていた。


 これなら、例えウィッチの魔術であっても、治すことなど出来ないだろう。

 ルージュは安心する。

 どういう訳か、心の底から安心する。


 ルージュはアカネの歩く姿が好きだった。

 2本の足でカツカツと進む姿が、たまらないほど愛らしく思えた。

 ルージュ自身も気付いていなかったことだけど………本当は、アカネの飛ぶ姿など、見たくなかったのだ。


「………アカネ?」


 そこでふと、ルージュはあることに気付く。

 手の中のアカネが微動にも動かないのだ。

 ルージュがそっと指を触れると、アカネはどんどんと体温を失い固くなっていくようだった。


「アカネ? うそ!?

 ちょっと、元気出して? ねえ!?」


 ルージュは慌ててアカネを揺らすが、この鳥が目を覚ますことはない。

 翼を切り取られる前に、もう死んでいたのである。


「ど、どうしよう!

 アカネが死んじゃった………」


 アカネの死を悟り、ルージュは錯乱したようにうろたえる。

 どうしたことだ?

 なぜ、いきなり死んでしまった?

 ちょっと羽をいだだけではないか!?

 ルージュには、目の前で起こっていることが信じられなかった。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう………!?」


 自分がアカネを殺したと知ったら、みんなはどう考えるだろうか?

 

 アカネの世話をするために、色んな人の力を借りてしまった。

 プリーストには雲雀について色々教えてもらったし、魔王にも色々相談に乗ってもらった。ウィッチに至っては何日も魔術をかけてもらったのだ。


 そのアカネを自分は殺してしまった。

 怒られるだろうか? 褒められるだろうか?

 一番恐ろしいのは嫌われてしまうことだ。

 みんなに嫌われたりしたら、自分はきっと耐えられない。


「そうだ」


 そこでルージュは一つのことに気付く。

 あれを使えば、アカネを生き返らせることが出来るかもしれない、と。


 魔人 奴隷スレイブの持つ異能『怪物フリークス


 廃人に陥った魔王さえ、瞬時に完治してみせた奇跡の力。

 それならば、例え死んだものだって―――。


 ルージュに迷いは無かった。即座に自らの親指を噛み切り、その指腹から血を零す。

 そして、血の雫をポタポタとアカネの死骸へ垂らしていった。


「お願い………生き返って、アカネ」


 血はアカネの体を赤く染め、体の中へ染み込むように消えていく。


 変化は、劇的だった。


「オ゛………オ゛、オォ」


 微動だにしなかった死骸がメキメキと音を立て震え始める。

 左翼の切創から血が噴出し、それは真紅の節足となってバラリと広がり。

 折れ曲がった右翼はバキバキと更に歪に形を変える。そしてバラリと幾条もの触手となってウネウネと蠢いている。

 目玉が明らかに肥大化し、魚類のような無機質さでギョロギョロと周囲を伺う。

 嘴が限界まで開かれ、頬を裂いていく。その中には鳥類が決して持ち得ない筈の鋭い牙が、びっしりと並んでいた。


 その姿は異形。趣味の悪い神様が悪ふざけで造ったような、おぞましい怪物だった。


「アカネ、元気になった?」


「オ゛オ゛!」


 怪物は地を蹴ってルージュに飛びつき、右翼の触手を伸ばして彼女の首へ絡みついていく。

 そして主人への忠誠を誓うように、その額に当たる部分をルージュの頬へ擦り付けて見せた。


「ははは、くすぐったいよ。アカネ」


 そしてルージュはそんな怪物を片手で支え、満面の笑顔で頬づりする。


 アカネが生き返ったのだ。

 ならば、他のことなどどうでもいいではないか。


「アカネが生き返ってくれて、本当によかった………。

 アカネ、いきなり死んじゃうんだもん。私、びっくりしちゃったよ」


 厳密に言えばアカネは生き返ってなどいないし、ルージュに纏わりつくのは唯の怪物に過ぎないのであるが、ルージュはそれを理解出来ない。

 彼女は人として、色々なものを持っていなかったし、持ちたいとも思っていなかったのだ。


 生き返ったアカネは良くルージュに懐いていた。

 決して、空を飛ぼうともしなかった。

 節足動物のような脚で地面をガサガサと這い回り、長い触手でルージュに愛嬌を振りまいてくれる。

 これ以上、何を望むというのか?


「元気になって、良かったねアカネ!

 そうだ。さっそくおじさんに、元気になったアカネを見せてあげよう!」



「おじさん!」


 魔王の私室で、ルージュが首元の怪物をうれしそうに見せてくる。

 魔王は始め、ルージュが捕食されているのかと思い、慌てて戦闘体勢に入ったのであるが、どうも様子が違うようだ。

 彼女の話では、この目を背けたくなるような怪物が、アカネなのだと言う。


「………」


 魔王は怪物を凝視する。

 彼とて幾多の地獄を回り、おぞましい物や不気味なものたちを幾度と無く見てきたが、この怪物はそれらと明らかに異質なものであった。


 本来、この世界に存在してはいけないモノ。

 そんなものであるような気がするのだ。


「それ、どうしたの?

 何でアカネはそんなことになってしまったのかな?」


「実は私………間違ってアカネを殺してしまったんです。

 だけど、だけど! 私の異能でこのとおり、アカネは元気に生き返ったんです!

 ほら、アカネもそれを分かっているみたいで、こんなに私へ懐いてくれるようになったんですよ!」


「そ、そっか………」


 確かに怪物は触手によってルージュの首に絡みつき、長い舌でベロベロと彼女を嘗め回しているようだ。


(気持ち悪っ………)


 しかし、魔王は生理的な嫌悪感を持って、そんな怪物とルージュを見つめてしまう。

 魔王のそんな眼差しに気付いたのか、ルージュは不安そうに恐々と口を開く。


「おじさん………おじさんはアカネが生き返ったのに喜んでくれないのですか?」 


「あ、ああ………」


 どう答えるべきか。

 魔王は考え、逡巡し、頭を捻って、

 結局、楽な方へ逃げることにした。


「アカネが生き返って………良かったね。

 ルージュ………」


「はい!」


 魔王の答えに、ルージュは笑顔で答える。

 

 おじさんが肯定してくれた。それなら大丈夫だ。

 自分は間違いなく正しいことをしたのだ。


 この異能は素晴らしい。きっと神様がこの力を与えてくれたに違いない。


 ルージュはそう考え、確信を深めていく。

 道徳も倫理も知らないルージュにとって、魔王の言葉は絶対だった。

 逆に言えば、彼女には、他に指標とするものが何も無かったのである。



 フェイトは上機嫌だった。

 基本的に機嫌が悪い彼にしては珍しいほどのご機嫌で、くすくすと笑みを漏らしている。

 彼が見るのは薄くて四角い板のようなもの。

 板には怪物を首に巻いて笑うルージュと、ひきつった笑みを浮かべる魔王の姿が映っていた。


 ルージュの異能に気付いてから、フェイトはずっと彼女の様子を監視していたのである。


「ドン引き、と言ったところか。

 くくく、魔王。そんなに引いてしまっては、スレイブが可哀想だろう?

 彼女はお前に受け入れてもらおうと、必死なのだぞ」


 寝転がったまま板を眺め、フェイトは満足そうな声を上げる。


「魔王よ。その異能『怪物フリークス』の力はそんなものではないぞ。

 スレイブはまだ気付いていないようだが、本来の使い方をすれば、そんな怪物など目ではないほどに強く、おぞましい物になる。

 もしやしたら、お前の『魔王』さえ超えるかもしれん」


 板の中では、相変わらず魔王とルージュが会話を続けていた。

 フェイトは、ルージュが無意識なまま、魔王に対して左側を向いていることに気付き、目を細める。


「もっとも、その娘がそれまで持つかは、分からんがね」

 

 どうやらあの雲雀を怪物に変えてから、ルージュは左耳が聞こえなくなってしまったようだ。

 あの異能は強力な代わり、失うものも大きい。

 こんな下らないことで、あまり酷使しないで欲しいものである。


「飽きた………寝るか」


 フェイトは板を捨て、目を閉じる。

 最近は魔王たちが勝手に混沌を撒き散らしてくれるので、フェイトがやることは少ない。

 今日も特にすることがない彼は、昼間から惰眠を貪るのだった。


◇ 


「さて、これはどうしたものか………」

 

 王宮の中庭でスオウは途方に暮れていた。

 さきほど、シエルが怪物に変えてしまった雲雀の死骸。それをどうするべきか考えていたのである。


 死骸とは言え、この姿はあまりにも現実離れしている。

 誰かが見つけたら腰を抜かしてしまいそうだ。


 スオウは仕方なく死骸を拾い上げ、中庭の外れへ持っていく。

 とりあえず、人目につかないように埋めてしまおうと思ったのである。


 スオウは先ほどの小刀を使って土を掘り、手ごろな大きさまで広げていく。

 しばしそんな作業を続け、もうそろそろかと息をついたとき、不意に後ろから声を掛けられた。


「なに、してる………?」


「む?」


 振り返った先には、先ほどのシエルがいた。

 シエルは相変わらずの無表情だが、どこか不思議そうな様子でスオウへ七色の視線を向けている。


「穴を掘っているのだ」


「なんで?」


「なんでもだ」


 スオウは素っ気無く答え、作業を再開する。

 レーゲンの不気味さもさることながら、この娘の薄気味悪さも相当なものだ。

 あまり関わらず、さっさとこの場を立ち去って欲しいと思ったのである。


 しかし、シエルは無言のままちょこんとスオウの隣へ腰を下ろし、感情の読み取れない目で彼の手元を見つめ始める。

 スオウは少し気になり、彼女へ問いかけることにした。


「シエル、レーゲン殿はどうした?」


「お父さん、魔女の死体探すって、どこかへ行った。

 私、自由にしてていいって、言われた」


「何故、ここに?」


「鳥、気になった」


「鳥………この怪物か」


「怪物じゃない………とり!」


「鳥か? これは………」


 どうにもシエルの言葉は要領を得ない。

 それに何故だろう? 彼女と話していると、人形と会話しているような空虚さを感じてしまうのだ。

 もう嫌になったスオウは無言で穴を掘り進めていく。

 シエルの視線が気になりはしたものの、それを無視してひたすら地面を掻き続ける。


 穴が手ごろな大きさになると、スオウは死骸を摘み穴の中へ入れ土をかけていく。すると今まで動きのなかったシエルが突然、慌てたようにスオウの服をつまみ出した。


「なんで埋める?」


「死んでるからだ」


「埋めたら、生き返るのか?」


「…………」


 スオウは無言でシエルへ振り返る。彼女の顔は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。

 スオウは手を止め、ゆっくりとシエルへ語りかける。


「いいか、シエル。

 この怪物………いや、鳥はもう死んでいる。

 死したものたちはこうやって埋めたり、燃やしたりして供養してやらねばいかんのだ」


 正直、スオウはただ単にこの死骸を隠蔽するだけのつもりだったのだが、こう言った方が聞こえがいいだろうと、そんな言葉を告げる。

 しかしシエルはキョトンとした様子で眉を顰めるだけだった。


「くよう………?

 お前の言っていること、よくわからない。

 それより、鳥をよこせ。

 私が生き返らせる」


「あ、こら―――」


 シエルはスオウから助け出そうとするように死骸を奪い取り、再び魔術式を描いていく。

 そして先ほどと同じ緑の光を浮かべると、それを死骸へ照射しはじめた。


「………」


 スオウはため息をつき、周囲へ気を配る。いくら使用許可を受けているとは言え、魔術を使用しているところなど見られれば大騒ぎになってしまうだろう。

 仕方ない。もうこの娘の好きにさせようと、諦観の心持ちであった。


 シエルは光を照射し続けるが、鳥が動き出す筈もなく、微動だにしないまま骸を晒している。


「なんで、生き返らない……?」


 しばらくその作業を続けたのち、シエルが困惑したようにそう呟く。


「当たり前だ。一度死んだものはもう生き返らんよ」


「でも、私の魔術はすごい。

 どんな奇跡だって起こす。お父さん、そう言ってた!」


「お前がどれだけすごい魔女だろうと死んだものは生き返らんし、生き返ったりしてはいかんのだ」


「でも………でも!」


「シエル?」


 スオウはそこではたと気付く。

 それまでずっと無機質だったシエルの声音に、微かな熱が混じっていたのだ。

 視線を向けると、シエルは悔しそうに顔を歪め、死骸を抱き締めていた。


「シエル。お前はあの時、その鳥を助けようとしていたのか?」


「………あの時、これの声が聞こえた。

 痛い、苦しいって言ってた。

 私、すごい魔女。

 絶対に、助けられると思っていた。

 だけど―――」


 シエルは死骸を抱き締めたまま、肩を振るわせる。

 七色の瞳は相変わらず無表情であったが、そこから一筋だけ涙が零れる。


「だけど、これ。

 私が魔術をかけたら、すごい怒ってた。

 最初、可愛かったのに、魔術浴びたらすごい恐くなった。

 恐くなって、怒って、私に噛み付こうとした」


 言葉を発しながら、シエルの声音が湿り気を帯びていく。零れた涙は幾筋にも増えてポロポロと頬を伝っていった。


「私、ただこれを撫でたかった。

 見た時、かわいいって思ったから、触ってみたいって思った。

 それで………それで………」


「もういい。その鳥を寄越せ」


 スオウはシエルの胸から死骸を取り、再び地面へと埋めていく。

 今度はシエルも反抗しなかった。ただ、涙交じりの七色でスオウの手元を見つめ続けているようだ。


「………シエル。お前が見つけた時点で、この鳥はもう駄目だった。

 あの傷は致命傷だ。どうやったって助からん。

 こうやって埋めてやることくらいしか、我々には出来んのだよ」


「埋めたら、鳥は喜ぶか?」


「………さあ、それは分からん。

 生憎、鳥の気持ちなど理解できないものでな。

 だが、ここに埋めれば鳥は、大地に還ることになる。

 草花の栄養や水となって、新たな命の糧となるのだ」


「そうやって、生まれたり死んだりを繰り返しながら、我々は生きてきたのだ。

 無数の死と、無数の生の先で私たちは生きている。

 その理を、人の手で勝手に変えてはいかんよ。

 あの幸福の魔女だって、命を蘇らすことだけは出来なかった」


「………」


 シエルは無言のまま俯く。スオウもそれ以上は何も言わず、ただ黙々と土をかけていった。

 

「む?」


 不意にシエルが対面に座り、一緒に土をかけはじめる。思わず視線を上げると、シエルは下を向いたまま無表情に呟く。


「私も、手伝う………」


「そうか、ありがとう」


 スオウは少しだけ笑うと、再び作業へと戻っていく。

 お互いに無言。元よりスオウもあまり多弁な性質タチではない。

 ただ、シエルと一緒に墓を作りながら、スオウは一人考える。


 その風変わりな容貌と、レーゲンの娘であるということ。

 そして魔女であることから、このシエルに対し不気味な印象を持ってしまっていたが、それは偏見であったのかもしれない。

 少なくとも、今ここで鼻を啜りながら土をかけているシエルは、ただの少女である。


「シエル、これは雲雀ひばりという鳥なんだ」


「ひばり?」


 スオウは何となく口を開く。

 この少女に、何か声を掛けたくなってしまったのだ。


「ああ。雲雀はな、春になるとこの国へやってきて、小さな体ながら天高くまで飛翔するんだ。

 雲まで届く雀だから雲雀。

 王国にももうすぐ、春がやってくるのかもしれん………」


「雲雀………覚えた。

 もう、忘れない」


 そう言ってギュッと唇を引き締めるシエルへ、スオウは微笑む。

 そんな二人の姿を、スオウの言葉通り春を連想させる温かい日差しが、微かに照らしていた。


 もっとも。


 いくら雲雀が現れたところで、この国に春は訪れない。

 この国に本当の意味で春が訪れるのはずっと先、気が遠くなるほど先の話である。

 これから彼らを待ち受けているのは冬の時代。

 身の凍るような冬が、絶え間なく訪れることになるのである。


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