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第14話 鉄火王


「―――以上が、フクツ・ブルスクーロの報告です」


 スオウは平伏したまま、玉座に座った老人へ視線を向ける。

 ナランハ・アウランティウム。

 通称アウランティウム13世、この国の国王。大陸の覇者である。


 フクツと接触してから数日後、スオウは海岸都市崩壊の顛末を伝えるため国王との謁見を求めたのであった。


「………」


「陛下?」


 スオウの報告を受けても、国王は微動だにしなかった。

 ただ、呆然としたように宙を仰ぎ、スオウへ目を向けることさえない。

 その虚ろに歪んだ眼からは実年齢以上の老衰を漂わせていた。


 『ヴァルプルギス・ナハト』にて父王を失い、王位を受けて50年。

 ナランハはアルカナ・マギアやドワーフ、エルフといった蛮族との戦乱に明け暮れ『鉄火王』とまで呼ばれた覇王であるが、現在の姿に昔日の威容は残っていない。


「いや、わかった。もういい」


 反応の無い国王に代わり、一つの声がスオウに掛けられる。

 声を発したのは年の頃30くらい。スオウと同年代の、豪奢な衣服を着込んだ男であった。


「フクツ連隊長からの報告、この私がしかと承った。

 スオウ。お前はもう下がっていいぞ」


「アラン皇太子………」


 アラン・アウランティウム。国王ナランハの三男。

 国王は3人の男子をもうけていたが、長男と次男については、国家反逆を図った罪に問われ処刑されてしまっている。

 よって、このアランが現在、次期国王の座に最も近いとされていた。


「どうした?

 下がれ、スオウ」


「お、お待ち下さい!」


 アランからは下がるようにと言われたが、スオウとしてはこのまま引き下がるわけにいかない。

 そもそも今日は、このことを伝えたくて国王へ謁見を求めたのだ。


「僭越ながら………件の魔王について、私から提案があります」


「提案?」


 スオウは立ち上がり、声高らかに王族たちへ訴える。


「海岸都市をたった4名で崩壊に導いた魔王とその眷属たち。

 奴らはもはや、各都市の防衛隊だけで対処できるものではないと考えられます。

 今こそ、王国の総力を持って魔王たちを討伐するべきです!

 どうか騎士団派遣のご決断を!!」


「騎士団の派遣だと………?」


「不肖者とは言え、私もヴーロートの名を告ぐ者。

 我が『誇り高き英雄の騎士団』を出撃させてもらえば、必ずや魔王奴の首を討ち取って―――」


「はっはっは、馬鹿なことをぬかすな。スオウ」


声高く派兵を訴えるスオウに対し、アランは乾いた笑い声を上げる。


「ば、馬鹿なこととは………?」


「海岸都市がたった4人によって滅ぼされた?

 スオウ。お前まさか、フクツの報告を真に受けているのか?

 あそこは五大都市でも最大の繁栄を誇る大都市。

 どんな手品を使えば、そんなことが出来るというのだ?」


「………アラン皇太子は、フクツ殿が虚言を吐いていると仰るつもりか?」


「生憎、その通りだ。

 仮に海岸都市の崩壊が真実だったとしても、それがその………魔王? 魔王とやらに滅ぼされたなどとは放言に過ぎる。

 あの都市には8千名の防衛連隊を置いていた。

 たった4人でどうにか出来るようなものではない」


「ですから、魔王とその眷族は不可思議な術を用い、それによって―――」


「不可思議な術、ねぇ………」


 やや言葉を詰まらせるスオウをせせら笑いながら、アレンはスオウの背後に控える騎士へ視線を移した。


「団長はこう言っているが………副団長として、お前はどう考える? カシム」


「はっ」


 誇り高き英雄の騎士団 副団長カシム・アフダル。

 王族からの間者と噂される男であるが、このような場へ呼ばない訳にもいかず、スオウが仕方なく同席させた男である。


「どうもこうも、ありませぬ」


カシムは浅黒い肌から覗く緑眼で、スオウを冷ややかに見つめたまま言い捨てる。


「フクツ・ブルスクーロの報告は滅茶苦茶です。

 魔王? 魔人? 馬鹿馬鹿しい。

 フクツ殿はどうやら妄想癖をお持ちのようだ。

 しばらく休暇を与えるべきかと」


「カシム―――!」


 もともと、カシムに助力など求めていなかったが、ここまで嘲られるとも思っていなかった。

 本来、カシムはスオウの片腕となるべき男。

 しかし、彼は露ほどもスオウに同調する気はないようだ。

 あまりの言い草にスオウは思わず、声を荒げてしまう。


「まあまあ、お二人とも落ち着きなされ!

 国王陛下の御前ですぞ」


 そんな二人へ一人の老人が慌てたように駆け寄っていく。

 アランはちょうどいいといったように、その老人にも質問を繰り返してみせた。


「そうだ、レイアード将軍。

 此度の一件、貴公はどう考える?」


「私めの考えでございますか?」


「その通り。

 最高武官たる貴公の考えであれば、ヴーロート団長も納得してくれるだろう」


 老人の名はフリッツ・レイアードと言い、王国正規軍の最高司令官を任される戦士。

 すでに70を越えていたが、未だ将軍の座に座り続ける老輩である。


 アランの問いかけへ、レイアード将軍はいささか困ったように額へ指を当てるが、すぐにへつらうような笑みを浮かべてみせた。


「そうですなぁ………。

 私はフクツ殿が妄言を吐いていると思いませぬ。

 嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつく」


「ほう、レイアード将軍も本当に魔王なるものが存在すると?」


「滅相もない! そんなもの存在するわけがございませぬ!

 私が思うに、海岸都市が崩壊したのは真実でしょう。

 しかし、それは魔王などという輩によるものではありません」


「恐らく、海岸都市を襲ったのは魔女。

 アルカナ・マギアの残党でしょう。

 海岸都市は王都から遠く離れているゆえ、王都に比べ魔女たちの勢力が強い。

 あそこの領主は魔女に対し、何かと同情的でしたからな」


「では、フクツの妄言についてはどう考える?」


「そこです。それこそ今回の一件が魔女によるものだという証拠なのですよ。

 アラン皇太子やスオウ殿のお若い方々はご存知ないでしょうが………かつてアルカナ・マギアには幻覚の術を使う者がおりましてな。

 精神簒奪マインド・ユザーブという魔術なのですが………何でもその術中にかかった者はありもしない幻惑に捕われ、認知能力に異常をきたしてしまうというのです。

 フクツ殿は恐らく、その術によって『魔王』などという妄想を植え込まれてしまったのではないでしょうか?」


「精神簒奪にはクリムゾン団長、カーマイン団長、それから………まあ、歴代の騎士団長が手を焼いたと聞いています。

 私は紛争中。王都の防御が主な任務だったので詳しくないですが………魔女たちはそういった搦め手も得意とするらしい。

 海岸都市崩壊は魔女の仕業と考えて、まず間違いないでしょう」


「ふむ………大いに有り得る話だな。

 少なくとも『魔王』なんぞという妄言より、よっぽど信憑性がある」


 つらつらの並べられるレイアード将軍の言葉へ、アランは納得したように頷いてみせる。


「それで、レイアード将軍はこの件をどう扱うべきだと考える?」


「そうですな………。

 恐らく魔女の目的は人的資源の確保。

 魔女たちは少数だ。海岸都市20万の労働力は咽喉から手が出るほど欲するものでしょう。

 現在、市民たちは魔女の支配下にあるものと考えられます。

 然るに―――」


「だから! 海岸都市の民は、みな魔王に殺されてしまったと言っているだろう!?」


「またそれか。いいかげんにしろ、スオウ。

 お前は黙っていろ」


 勝手に話を進めていくアランとレイアード将軍へスオウは声を上げるが、それはむしろアランの不評を買ってしまったようだ。

 アランは不機嫌そうにスオウを一睨みすると、再びレイアード将軍へ向き直る。


「然るに、なんだ? レイアード将軍」


「は、はあ………。

 然るに、海岸都市へ部隊を派遣するのは得策ではありませぬ。

 魔女にとって市民たちは労働力であると同時に人質。

 下手に兵が姿を見せれば、市民たちへ危害が及ぶかもしれません。

 先ずは少数の調査隊を編成し、様子を見るべきかと」


「そうだな………そうするか」


 アランは一つ頷くと、国王の耳元へ近寄り言葉を伝える。


「父上。海岸都市については、いま話し合ったように調査隊を派遣したいと思います。

 よろしいですね?」


「あ………あぁ」


「許可を頂けますね!?」


「わかった………許可する………」


 アランの声へ、国王はしわがれた声で応じる。

 しかし、その瞳は虚空を見据え、口元からはヨダレがだらりと零れている。

 わかっているのか、わかっていないのか。

 最近の国王はずっとこんな様子だった。

 かつて覇王とまで呼ばれた男は、もはや唯の老いぼれと成り果てていたのだ。


 そんな王族たちの姿に、スオウは歯をかみ締める。

 彼がこんな光景を見るのはいつものことだ。

 如何な進言も、如何な報告も、アランとレイアード将軍によって黙殺されてしまう。


 しかし、今回ばかりはいつものように終わらせる訳にはいかなかった。

 魔王の暴挙は国家転覆にさえ成り得る非常事態なのだ。


「国王陛下!! どうか、私の話を聞いて頂きたい!!」


「ヴーロート団長!?」


 アランを押しのけるように、スオウは玉座の前へと駆け進む。

 アランがいかに権力を持つと言えど、王国の現最高権力者は国王―――アウランティウム13世である。

 彼が良しと言ったならば、アランはそれに逆らえない。

 スオウは一縷の希望に賭け、国王へ直接掛け合うことにしたのである。


「………」


 スオウの行動に対し、国王は無言だった。

 ただ、虚空を見据えていたはずの目が、今は確かにスオウを捉えている。


「魔王の目的は、この大陸にいる者たちを根絶やしにすることです!

 このままでは他の都市にまで殺戮が及んでしまう」


「スオウ! 貴様、父上に無礼な真似を―――」


「構わん」


「父上………?」


 アランが声を荒げるも、国王がそれを制してみせる。

 見れば、国王の目には生気が宿り、かつての威容さえもたたえて輝いていた。


「それで、スオウ。

 お前は何を求める?

 ワシにどうして欲しいのだ?」


「陛下………!」


 ずしりとした威圧さえ感じる重い声音。

 それは国王がかつて、常に纏っていたものだ。

 騎士団出撃を成就させるには今しかないと、スオウは言葉を続けていく。


「海岸都市が崩壊したいま、魔王はすでに他の都市を目標としています!

 騎士団の出撃許可さえ頂ければ、私は五大都市を守護し、魔王を討ち取って御覧に入れましょう!

 陛下、どうか出撃命令を!!」


「ふむ………」


 スオウの訴えへ、国王はしばし沈黙しする。


 そして、相変わらずの威圧的な目で彼を睨み、口を開いた。


「駄目だ」


「だ、駄目………?」


 国王の口から漏れる断固とした拒絶へ、スオウは困惑してしまう。


「何故、ですか………?」


「何故? 貴様、自らの職務を何と心得ている?」


「それは………王国に忠誠を尽くし、国家と国民を守護することが―――」


「ふざけているのか?」


 スオウの言葉を遮り、国王は苛々と言い捨てる。


「スオウ、貴様の職務は魔女を狩ることだ。

 王都に巣食う魔女の根絶。それこそが、国家を守るということだろう!?」


 彼は老衰した体を玉座に埋め、昔日と同じくギョロギョロとスオウをねめつける。

 その爬虫類が如き眼には、スオウに対する不審の念が隠す気も無いように渦巻いていた。


「ま、魔女根絶運動も変わらず続けるつもりです。

 しかし、いま王国は存亡の危機に瀕している!

 まずは、何としてでも魔王を倒さなければ―――」


 スオウは何とか説得を試みるが、それは国王の激昂によって一喝されてしまった。


「そんな言葉は聞いておらん!!

 魔女だ………魔女を根絶せねば、この国は安寧を迎えられん。

 その魔王とやらが実在しようがするまいが、どうでもいい!

 お前は魔女の根絶だけを考えていればよいのだ!!」


「しかし! 現に海岸都市が―――」


「そんなもの、知ったことか!!」


 国王は玉座から立ち上がり、わなわなと怒りに震わせる。

 国王さえ説き伏せてしまえばいい。そんなスオウの目論見は甘かったと言わざるを得ないだろう。

 頑なという面において、国王はアランを遥かに越えている。

 

「ち、父上。

 仮にも大都市が一つ崩壊しているのです。

 捨て置くというのは、いささか無茶であるかと………」


「ワシに意見する気か? アラン」


「そ、そういう訳では………」


 アランがおずおずと提言するが、それは王のギョロリとした眼光によって封殺される。

 アランとしても、国王に意見することなど出来なかった。

 そんなことをすれば、自分も兄達と同様に処刑されてしまうだろう。


 障害になり得るなら、我が子でも容赦なく粛清する。

 そんな冷酷さを、この覇王は持っていた。


 ピリリとした緊張が流れる王室の中、国王は改めてスオウに命を告げる。


「スオウ・ヴーロートよ。

 貴様に新たな指示を言い渡す。

 お前は王都に巣食う魔女を狩り、毎夜必ず100人以上を処刑しろ。

 それ以下の人数は決して認めない」


「100人!? そんなことは不可能です!

 50人でさえ、捜査や裁判が建前に過ぎないものになっている現状。

 それが100人などになってしまえば、いよいよ事実無根の者だって―――」


 スオウの言葉はもっともだった。

 そもそも王都にどれだけ魔女が存在するか不明だが、決して多くは無いだろう。

 国王の命令はもはや、虐殺を指示すると同義のものだ。


「ほう、お前は私の命令に従えぬと言うのか?」


 しかし、国王は彼の言葉を理解しないし、する気もない。

 長年の猜疑と恐怖、そして魔女への憎悪は、彼から当の昔に正気を奪っている。


「それであれば、お前に反逆の意があると判断せざる得んな。

 お前もヴーロート一族の一人。

 元より、信頼できる男では無かったが………」


「我らヴーロートは代々王家に仕えてきました………。

 陛下にだって、三代に渡って忠誠を捧げたはず!

 陛下は私を信じて下さらないのですか!?」


「グレン・ヴーロート」


「………!」


 国王がぼそりと呟いた名前。

 しかし、スオウはその名にビクリと体を震わせてしまう。

 

「お前の叔父―――グレン・ヴーロートの狼藉。

 20年の月日が経ったと言えど、一時足りとも忘れたことはないぞ?」


「ぐっ………」


 それを言われてしまえば、スオウに返せる言葉は無い。

 グレン・ヴーロートは彼らヴーロート一族の汚点。

 ヴーロートの名を英雄から奸臣まで失墜させた元凶である。


「………陛下は、どうあっても騎士団の出撃をお認め頂けないのですね」


「当たり前だ。

 あくまで騎士団がワシの兵。貴様の私兵ではない。

 勘違いするなよ? スオウ」


 もはや、どんな言葉もこの老人には届かないだろう。

 50年に及ぶ王としての責務は、彼の心を鉄のように頑なモノへ変えてしまっている。


「ならば………」


 平伏したまま、スオウが顔を上げる。

 その瞳には、悲壮を感じるほどの決意が宿っていた。


「ならば………本日を持って、私は騎士団長の任から引かせて頂く」


「な!?」


「ヴーロート団長!?」


 突然の言葉に、アランとレイアード将軍が驚愕の声を上げる。

 そもそも騎士団長はクリムゾンから始まり、代々スオウまで引き継がれてきたヴーロートの職。

 それを自ら放り捨てるなど、正気の沙汰と思えない。


「ヴーロート団長、落ち着きなされ!

 貴方を置いて、他の誰が騎士団を率いるというのです!?」


 レイアード将軍がスオウの肩に手をかけるが、彼はそれをぞんざいに払う。


「もういい! 貴公らでは話にならん!!」


 スオウはその場に立ち上がり、蘇芳色の燃えるような眼で国王を見下ろした。


「国王陛下。勝手ながら、私は魔王を打ち倒しに行かせて頂く。

 例え、私一人だったとしても………!」


「………そうか、ならば勝手に野垂れ死ぬがいい」


 スオウの決意に対し、国王が返したのはそんな呪詛。

 しかし、スオウは国王に礼をすると、踵をかえし王室を後にする。


「おい! 待て、スオウ!」


「失敬する!」


 アランが必死に引き止めようとするが、スオウは決して振り返らない。

 頑とした背中は、王国との決別を表しているかのようだ。


「あなたが騎士団長を辞退されるということは―――」


 立ち去ろうとするスオウへ、ずっと無言で控えていたカシムが口を開く。


「騎士団は私に任せて頂けるということで、よろしいのですね?」


「………好きにしろ」


「承知しました」


 憮然とした国王に、焦燥を見せるアランとレイアード将軍。

 そんな中でただひとり。カシムだけが無表情な緑眼を光らせ、くつくつと笑みを浮かべているのだった。



「おっと………」


「む?」


 荒々しく王室を出たスオウは、何者かにぶつかってしまう。

 いささか頭に血が上っていたようだ。あまり前を見ていなかった。


 スオウは失敬と口添えながら、ぶつかった相手に目を向けると、そこには久しく見ていない男の姿があった。


「誰かと思えば、アルコバレーノ公か」


「ふふっ、お久しぶりですな」


 スオウはこの男のことを知っていた。

 王都でも指折りの名門貴族アルコバレーノ家の当主レーゲン・アルコバレーノである。


「北の地で研究に勤しんでいると聞いていたが、王都に帰られていたのか」


「ええ。その研究がようやく完成しましてね。

 ようやく陛下へご報告に来たところなのですよ。

 いやぁ、参った参った」


「では、これから陛下に?」


「ええ」


 レーゲンの返事に対し、スオウは苦笑を浮かべてしまう


「それは、些かタイミングが悪かったやもしれぬ。

 陛下は私のせいで、恐らく立腹されている。

 アルコバレーノ公が巻き添えを喰らわねば良いのだが………」


「くく………あの老いぼれ、また癇癪を起こしたのですか?」


「おいおい、アルコバレーノ公………」


 王宮の中、まして王室の前でそんな不敬を吐くなど、命知らずも良い所である。

 レーゲンがいかに高位の貴族であろうと、あの老人は何をしでかすかわからないところがあるのだ。

 スオウの諌言を受け、レーゲンはひひひと嫌な笑みを浮かべてみせた。


「おっと、いけないいけない。

 私の悪い癖でね。

 無能に対してはつい、嘲りの言葉を吐いてしまうのですよ」


 不敬を不敬で上塗りし、レーゲンは底冷えするような黒い眼を細める。


「もっとも、その無能ゆえ。

 私は研究を完成させることが出来たのですがね」


(レーゲン・アルコバレーノか………相も変わらず、わからん男だ)


 スオウはレーゲンについてあまり詳しくは無い。

 知ってることといえば、魔女弾圧運動の急進派でありながら、魔術に対する造詣が深い変わり者であるということ。そして貴族の中でも極端な変わり者であるということくらいだ。


「…………」


「む?」


 そこで、スオウはレーゲンの背後にいる少女へ気付く。

 少女は深いフードを被り顔のほとんどを隠しているが、その隙間から雪のように白い肌だけが確認出来た。

 彼女はずっと、無言でスオウのことを伺っていたようだ。


「そちらは?」


「ああ。これは私の娘。娘のシエルという」


「娘?」


 スオウは少しだけ不思議に思う。

 レーゲンに娘などいただろうか? というより、彼はそもそも独身者であった記憶がある。

 まあ、もともと自分は彼のことを大して知らない。

 彼が娘だと言うのなら、そうなのだろう。


 スオウはシエルの前でしゃがみ、そっと微笑んでみせる。


「初めまして、シエル。

 私の名はスオウ・ヴーロートと言う。

 王宮に来るのは初めてかな?」


「………」


 しかし、シエルはそんなスオウに何も答えない。

 ただ、底冷えするように冷たい目で、スオウを見上げているだけだ。

 フードの奥に覗く双眸はガラスのように冷たく光り、まるで人形に見つめられているかのようだった。


 ぞくりという悪寒がスオウの背へ走る。

 何故かスオウはシエルに対して激しい戦慄を感じていた。

 理由などない、ただ本能がシエルに対して警告を発している。

 まるで咽喉元へ刃を突きつけられているような気分だ。


「レーゲン殿………この娘はいったい………?」


「すまない、スオウ殿。

 もう我々は行かなければ」


「ああ………お引き止めして、すまなかった………」


「では」


 レーゲンはシエルを連れて王室の方へと立ち去っていく。そんな二人の背中をスオウはただ見送ることしか出来なかった。



「いまの男、どう思った? シエル」


 スオウと別れ、レーゲンはぼそりとシエルに問いかける。


「どうって………別に何も」


 父の問いかけに、シエルは相変わらずの無表情で答える。

 そもそも彼女はスオウのことなど眼中に無い。

 シエルにとって、レーゲン以外の存在は路傍の石にも劣るものだった。


「ふふ、何も感じないか。

 我が娘ながら、薄情な奴だ」


「………?」


 不思議そうに首を傾げるシエルへ、レーゲンはくつくつとした笑みで言葉を続ける。


「お前のオリジナルを殺したのは、あの男の叔父なのだぞ?」


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