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第13話 叔父さんと勇者の話


 王都の中心部に位置する、巨大な王宮。

 その中でも限られた者だけが入ることを許される『誇り高き英雄の騎士団』執務室。

 そこに、スオウとユウキ、そしてフクツが一同に会していた。


 ユウキたち調査部隊は海岸都市の崩壊を確認した後、海岸都市の生き残りを引き連れてトンボ帰りに王都へと帰還。

 2週間の時を経て、スオウの下へ戻って来たのである。


「それで、ユウキよ。

 魔王たちについて、何か判明したことはあるのか?」


「それが―――」


「スオウ殿。その件については私が説明しよう」


 口ごもるユウキの前にフクツが一歩進み出る。

 一時を生死の境を彷徨っていたフクツであるが、魔女の治療の甲斐あってか、元の精強さを取り戻していた。


「フクツ殿、お体はよろしいのか?」


「お陰様でね」


 海岸都市の崩壊と、防衛部隊の壊滅については、ユウキから聞くまでも無く、スオウの耳に届いていた。

 王国第二位の繁栄を誇る海岸都市の崩壊。

 それは王国全体にとっても、ただならぬ事件であったのだ。

 気遣うスオウに対し、自嘲するような笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「諸君らも知ってのとおり、海岸都市は市民20万の大都市。

 私が指揮下に持っていた防衛部隊も8000名と、大都市の名に恥じぬ規模を持っていた。

 この兵力は王国でも有数。仮に他大陸の国家が戦争を仕掛けてきたとして数ヶ月は持たせることが出来ただろう。

 しかし―――」


 フクツはそこで言葉を切り、忌々しげに口を歪める。


「しかし、たった4人の敵によって、海岸都市は崩壊してしまった」


「………」


 スオウは顎に手を当てたままフクツをジッと見つめ、ゆっくりと口を開く。


「フクツ殿、その4名は如何様な者たちでした?」


「ふむ………これはあくまで生き残りたちから得た情報をまとめたものだ。

 誤っている部分もあるかもしれん。

 その上でお話しよう」


 そう言って、フクツは海岸都市を滅ぼした4人の異形について説明し始めた。



 一人目―――青緑の僧衣と胸元に銀十時を刻んだ神官のような出で立ちの男。

 年齢は20代前半くらい。精悍な顔立ちで、純白の髪に真紅の瞳を持っている。

 彼が身につける僧衣は、遠隔教団領に存在する聖戦士パラディン部隊のものと酷似していた。

 手足が長く、尖った耳に鋭い目。一部の者たちは彼をエルフ族のようだと言っていたが、あくまで憶測に過ぎない。

 暫定的に彼のことを神官プリーストと呼ぶことにする。


 プリーストは妙な武器を持っていた。

 見た目は短槍やメイスのようだったが、その武器は鉄火を吹き、次々に人々を薙ぎ払う。

 その使い方はある種、エルフ族のクロスボウに酷似していたが、その連射性能はクロスボウより遥かに秀でており、また甲冑を貫通するなど威力面も他の弓兵器を越えていた。


 またプリーストと交戦した小隊が全員毒殺されたという報告もあり、毒物に類する物も用いていたと思われる。戦闘前、海岸都市全体を毒の霧が包み込むということがあったが、今思えばそれもプリーストによるものだったのかもしれない。


 二人目―――黒い三角帽に黒いローブをはおり、背中に星月の刺繍を刻んだ女。

 年齢は20代後半といった程度。純白の髪に真紅の瞳を持っている。

 その出で立ちはかって『アルカナ・マギア』に所属していた魔女と酷似している。

 暫定的にこの女のことを魔女ウィッチと呼ぶことにする。


 ウィッチは見た目こそ魔女のようであったが、魔術を使うことは無かった。

 それどころか、あの戦いにおいてウィッチは戦闘行動らしいものを何一つ取っていなかったのだ。

 だが、この女には明らかに不穏な動きがある。


 戦いにおいて倒れた戦死者。殺戮された犠牲者。

 ウィッチはそんな死体たちに近づき、何事か詠唱を唱えて回っていた。

 すると死者たちは次々に起き上がり、亡者の暴徒となって生き残った人々を執拗に殺戮していったのだ。

 最終的に、ウィッチの眷属は数万人の大軍勢にまで膨れ上がり、生者を求めて海岸都市をさ迷い続けていた。

 海岸都市崩壊において最も大量の人間を殺戮したのは、このウィッチであったと言えるだろう。


 三人目―――懸衣型の装束に、鬼の仮面を被った男。

 仮面によって年齢は不明だが、鬼の面から覗く瞳は真紅で、純白の髪を持っていた。

 その出で立ちは、近年王国が支配下に置いた蛮族『ドワーフ族』の戦士に酷似している。

 暫定的にこの男を蛮族バルバロイと呼ぶことにする。


 あの戦いで、バルバロイが殺した人間の数は多くない。

 せいぜい4、5千人といったところだろうか?

 問題は、彼が殺した者たちの種類である。

 バルバロイが殺したのは全て防衛部隊―――海岸都市の戦闘員たちであったのだ。

 実に防衛部隊の7割が、このバルバロイによって殺戮されたと言えるだろう。


 防衛部隊の錬度は決して低くない。むしろ『誇り高き英雄の騎士団』にだって決して引けは取らないと自負している。

 しかし、そんな彼らであってもバルバロイには敵手にさえなれなかった。

 まるで棒切れでも薙ぐように、彼は防衛部隊員たちを斬り刻んでいったのだ。

 単純に戦うという面において、バルバロイは先の二人よりも抜きん出ていると考えられる。

 

 そして………最後に四人目―――漆黒の軽鎧けいがいに銀のモッズコートを着た男。

 コートの背には兎足(ラビット・フット)の紋章が描かれている。

 年齢は30代前半、他の者たちと同じく真紅の瞳と純白の髪を持っていた。

 地元住民の噂に合わせ、暫定的にこの男のことを『魔王』と呼ぶことにする―――



兎足ラビット・フットの紋章だと!?」


 そこでフクツの話を遮り、ユウキが驚愕の声を上げる。

 兎足ラビット・フットの紋章。それは騎士であることの証。

 スオウやユウキが着込むコートの背にも、黒い兎足の紋章が刻まれている。


「その通り。紋章については私自身がこの目で確認した。間違いはない」


「………その兎足は何色でした?」


 ずっと黙ってフクツの話を聞いていたスオウが、重々しく問いかける。


「魔王の背に刻まれた兎足は白色。

 かって私が背負っていた紋章と同じものだ」


「そうですか………」


 『魔女討伐騎士団』がアルカナ・マギアを鎮圧し、その名を『誇り高き英雄の騎士団』へ変えた時。

 紋章にも僅かな変化が加えられた。

 白色だった兎足を黒色へと塗り替えたのだ。

 兎足は魔女狩り人の証。

 白から黒への変化は、彼らが魔女を捕え火刑に処したということを表している。


 この国に、騎士団と呼ばれる組織は一つしか存在しない。

 魔女狩り専門の武装組織『誇り高き英雄の騎士団』だけである。


 スオウはゆっくりとフクツへ言葉を投げかける。


「フクツ殿、はっきりと申し上げて頂きたい。

 その魔王とは如何様な面持ちでした?」


 フクツは暫し黙り、やがて意を決すように問いへ答える。


「確かに………下手な繕いはむしろ貴公に対して失敬であるな。

 はっきりとお答えしよう。

 魔王の正体は、かつて魔女討伐騎士団の団長だった男。

 救国の英雄 グレン・ヴーロート。

 スオウ殿、あなたの叔父上だ」


「な、何を仰るのだ!? フクツ殿!!

 言うに事欠いてグレン前団長が魔王だと!?

 スオウ様に対し失敬ではないか!」


「黙れ、ユウキ」


 激昂するユウキを静かな声音で制止し、スオウは改めてフクツへ言葉を投げかける。


「叔父上が行方不明になったのは20年も前のことだ。

 見間違いということはないのですか?」


「ああ。私はかつて魔女討伐騎士団において、グレン団長の補佐を務めていた。

 彼の顔を見紛うなど、万に一つもありえない。

 それに―――彼の容貌は20年前と全く変わっていなかった。

 髪や目の色こそ変化していたものの、人相も声も、私の知っているグレン団長と同様のものだったよ」


「そうですか………それで、叔父上―――いや、魔王は海岸都市でどのようなことを?」


「魔王がしたことは非常に単純だ。

 ただ、黒い炎を持って、海岸都市の全てを焼き尽くしていった。

 それは、魔術のようであったが、魔女たちが使うものとは規模が違う。

 まるで未曾有の大災害に見舞われたようであったよ。

 他の3人が如何に異能の持ち主であろうと、魔王の力が無ければ海岸都市は崩壊しなかっただろう」


「魔術だと………。

 あの、叔父さんが………」

 

「彼は言っていた………これは戦争だと。

 彼と、彼以外の人間全ての戦争なのだと。

 どちらかが全て息絶えるまで、この戦争をやめるつもりはないと。

 そう宣言していた」


「そうですか………」


 最後にスオウはそう頷き、何か考え込むように沈黙する。

 フクツもユウキも同じく無言。

 執務室にはしばらく、耐え難いような沈黙の時間が流れるのだった。



 ヴーロート家7代目当主、スオウ・ヴーロート。

 彼は5代目当主カーマインとその妻ローズの間に生まれた男である。


 その体格は屈強にして強靭。

 身長218センチメートル、体重148キログラム。

 その恵体は祖父クリムゾンの体格をそのまま受け継いだかのようだと、今も母から言われてしまう。


 しかし、スオウの記憶に祖父や父のものは少ない。

 二人とも、アルカナ・マギアとの紛争によって、スオウが幼い頃に戦死してしまったからだ。

 本来、カーマインの死と同時に家督はスオウに受け継がれるべきであったのだが、その年齢を理由に6代目当主の座は、彼の叔父グレン・ヴーロートが継ぐことになった。


 グレンもまた、カーマインと同じくヴーロート家の婿養子である。

 グレンがヴーロートを名乗るようになるまで何をしていたのかは、スオウもあまり知らない。

 しかしグレンは卓越した剣術を持ち、王都最強の剣士とまで呼ばれていた。


 幼い頃、スオウはよくグレンに稽古をつけてもらっていた。

 グレンは年齢に比べやや幼い所があり、まるで同年代の子供と遊ぶように、よくスオウに付き合ってくれたのだ。


「スオウ、こんなことをしてていいのかい?

 確か午後からは勉強の時間だっただろ?」


 ある日、グレンはそんなことを言った事がある。

 それはスオウがいつも通り、彼に剣の稽古をつけてもらっている時のことだった。


「叔父さんまで私に勉強勉強と言うのですか?

 勘弁して下さい。もう耳にタコが出来る思いなんです」


 そんな不平を漏らすスオウへ、グレンは控えめに笑ってみせる。


「そんなことを言っても、スオウはヴーロート家の正統後継者なんだから、ちゃんと勉強をしないとダメだよ。

 みんなスオウに、お祖父さんやお父さんみたいな英雄になってもらいたいと、期待しているんだから」


「今の当主は叔父さんでしょう?」


「僕は所詮、繋ぎみたいなものさ。

 叔父さん、剣はともかく学の方はからっきしだからね。

 英雄は文武両道。しっかり勉強もしなくちゃ」


 うんうんと頷きながらそんな言葉を告げるグレンへ、スオウは不満げな表情を浮かべる。


「私は………叔父さんのような英雄になりたいのです」


「僕のような?

 馬鹿なこと言っちゃいけない。

 叔父さんはただの馬鹿。剣だけが取り得の馬鹿なんだ。

 スオウまで叔父さんみたいになったら、ヴーロート家が破滅してしまう」


 グレンは慌てて、そんな言葉を口早に述べてみせる。

 しかし、スオウは叔父のそんな卑下を認める気になれなかった。

 

 グレン・ヴーロート。

 戦死したカーマインを継ぎ、埋め合わせのように当主となった男であるが、人々の思惑を裏切り彼は大きな戦果を上げていた。


 ドワーフ族に存在する、反王国勢力の鎮圧。

 国境周辺を荒らしまわすエルフ族の撃退。

 そして、魔女―――アルカナ・マギアへの遠征。


 そのどれもにおいて、グレンは王国に多大な貢献を果たしている。

 始めこそ鳴り物入りで現れたグレンへ反感を持っていた人々も、いつしか彼をヴーロートの正統な後継者として受け入れるようになっていたのである。


 不服そうに頬を膨らませるスオウへ、グレンは困ったように微笑みながら、甥の蘇芳色の髪を撫でてやった。


義兄にいさん―――スオウのお父さんは、それは立派な人だった。

 賢くて、明るくて、何よりこんな僕にも良くしてくれる優しい人だったんだ。

 叔父さんとしてはスオウに、カーマインさんのような立派な英雄になって欲しいな」


 それに―――と口添え、グレンは思い出したように言葉を重ねる。


「そう言えば、義兄さんはこんなことも言っていたな。

 今の時代、唯の英雄では王国の暗雲を払うことが出来ないと―――」


「え?」


 スオウは思わず問い返す。父がそんな言葉を言っていたなど、聞いたことがない。


「今や王国の敵は魔女だけじゃない。

 エルフやドワーフなどの他種族。

 貧民や辺境人などの虐げられる民たち。

 そんな人たちの怨嗟や憎悪を入り混じり、大きな魔となってこの大陸を暗黒で包んでいる。

 だから、そんな闇を晴らすには、英雄なだけじゃ駄目なんだ」


「では、どうすればいいのです?

 父は誰ならば国を救えると言っていたのですか?」


 スオウの問いに、グレンは遠い目をしたまま短く答える。


「勇者、だよ」


「勇者………?」


 グレンの言葉と同時、空を覆っていた曇天の切れ間から一筋の光がスオウを照らす。

 その眩しさにグレンは少しだけ目を細め、呟くように言葉を続けて言った。


「そう、カーマインは言っていた。

 悪を倒すは英雄。

 しかし、魔を砕くのはいつだって勇者なのだと。

 いま、この世界を覆っているのは、決して悪じゃない。

 誰もが持ち得る魔の心が、澱み、積み重なり、大きな暗黒となって大陸を包んでいるんだ。

 そしてそんな闇を払い、世界に夜明けを齎すことが出来るのは勇者だけなんだって………そう言ってたんだ」


 雲の切れ間から差し込む光は、少しずつ大きくなって。

 グレンとスオウ。二人の英雄を赤い光で包み込んでいく。


「叔父さんはね、スオウ。

 カーマインの息子たる君に、勇者になってもらいたいんだ。

 強いだけじゃ駄目だ。

 勇ましいだけじゃ駄目なんだ。

 叔父さん、頭が悪いから上手く言えないけれど………きっと勇者っていうのはもっと、何か凄いものを持った人のことを言うんだと思う………」


 そこまで話して、グレンはにへらと人懐こい笑みを浮かべてみせた。


「だから、スオウはちゃんと勉強をすること!

 頭の悪い勇者なんて、格好がつかないだろう?」


「もう! 結局言いたいことはそれですか!」


 スオウは何だか誤魔化されたようにぷんぷんと声を上げるが、グレンはどこまでも優しい瞳で、そんなスオウへ笑いかけた。


「そして………もし叔父さんが魔に屈するようなことがあったなら。

 その時は勇者になった君が、僕を倒してみせるんだ。

 約束だよ、スオウ」


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